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For an Oath:Reverse -last

     はじまりの二人は、再び、交差する道で@1790年代

 

For an Oath:Reverse (  / Ⅱ-1 / Ⅱ-2 /  /  / Ⅴ-1 / Ⅴ-2 )

 

 

 

 クロスローズ。そこはアイリーンにとって、出会いと転機の、幸運の街。

 冒険者ギルドに続く通りの途中に、コーヒーがやたら高い店がある。こだわり抜いたらしいコーヒーを、アイリーンは飲んだことがない。

 忘れもしないその店に足を運ぶ。約束の時間よりも早いが、恩人はすでに来ていた。いつかとはデザインが変わったものの少しオシャレになった丸テーブル。そこについた男が、アイリーンに気が付いて微笑んだ。

 アイリーンも微笑み返し、迷いながら名前を選んだ。

「レイス、でよろしいでしょうか?」

「ええ」

 エルミオはさっと立ち上がってアイリーンのために椅子を引いた。どうぞ、と促されてアイリーンは座る。エルミオも向かいに座った。アイリーンは落ち着きなく、またすぐ立ち上がろうとして、しかし思いとどまったようだ。

「人目がある場所でなければ、また深くお礼を申し上げ、感謝を示すところなのですが」

「もうお礼は受け取りましたよ」

「感謝してもし足りません」

 結局アイリーンは、座ったまま丁寧に頭を下げた。

「全ての経験が」

 アイリーンがようやく頭を上げた頃、エルミオが言った。

「私となります」

 だから、と、言葉は続かない。その先を、アイリーンはなんとなく感じ取る。感謝はする、いくらしてもし足りない。でも何かを負い目と感じたり、借りがあると感じたりしなくてもいい。かといって、感謝するな、と押し付けるわけでもない。そんな意味を含んでいる気がした。

 それから、エルミオは興味深そうにアイリーンを見つめた。口にしたのは、社交辞令だろうか。

「お元気そうでなによりです。お忙しいでしょうに、お時間をくださってありがとうございます」

「いいえ、…レイスさんこそ、お忙しいでしょう」

 ふ、とエルミオは笑った。

「俺はそうでもないですよ。それより、『空の鈴』でアイカが頑張っています」

 アイカ。その名を思うと、アイリーンは不思議な気持ちになる。エルミオはどこか面白そうに言う。

「あなたから頂いた音で作られた名が、アイカの名前になってしまいました」

 アイリーンの名前からいくつか音を取った名。エルミオが”オルフィリア”を預かった時に、咄嗟に付けた名前が、アイカ。真名ではない、”レイス”のような名だとしても、普通はそうそう変えたりしない。

 仮の名も、真名も、誰かと同じになることはある。真名だって、同じになることはある。アイカも、オルフィリアもフェリシアも、アルフェリアだって、どこかにいるかもしれない。それでも変えることは滅多にない。エルミオのように複数の呼び名を持っているのは、それなりの立場があるが故だ。

 ”アイカ”は”オルフィリア”よりも彼女に定着するだろうことは分かっていた。

 その名で冒険者を続けていく彼女を思うと、暖かく切ない情が、アイリーンの心の底から溢れ出て笑顔となる。

「そうですね、不思議ですね。アイカさんは、お元気ですか?」

 ええ、とエルミオは答えてから、アイリーンを少し観察するように見た。

「…黒髪を伸ばしていますよ。あと10センチほどで、アイリーンさんと同じくらいです」

 ちょっと驚いて、アイリーンはくすぐったそうに笑った。

「もう一息ですね」

 

 

 『空の鈴』同盟は、アイカがアルフェと初めて出会うたった一週間ほど前に、書類上、出来上がった同盟だ。メンバーは最低限。

 

 何年か経て、3、40人ほどの規模になっていた。”初心者の学び舎”のような同盟の性質上、加入者も脱退者も多い。いわゆる”卒業”をして個人やパーティで冒険者を続ける人もいれば、途中で転職する人もいる。『空の鈴』に残って指導者になる人もいれば。『緋炎の月』などにいく人もいる。嬉しいことに、戻ってきてくれる人もいた。

 『空の鈴』は、初心者時代を過ごしやすいティークの街に拠点を構えていた。同盟員だけではなく、初心者~中級者を募って合同で依頼に望むこともある。定期的にティークの荒地で魔物との実戦経験を積む、練習試合のようなものも企画していた。

 

「…というわけで、参加させて頂きたいのですが」

 明らかに中級者以上のレベルの冒険者が大真面目にそう言った。ディル族だが、クラスは剣士だ。

 ティークにある食堂の一角、ブルートパーズの光る冒険者証を胸に、女性がそれを聞いている。長い黒髪をハーフアップにした彼女は、空色の瞳でディル族の冒険者を見、頷いた。

「かまいませんよ。でも、魔法使いとしての参加になると思います。それでもよろしいでしょうか?」

 『空の鈴』ロード、アイカの返答に、冒険者の彼はくっきりした水色の瞳を輝かせた。大人らしい落ち着きは纏ったまま、彼本来の無邪気さが垣間見える。

「もちろんです!ありがとうございます。余計な手出しは絶対にしませんし、いざという時は頼って下さい。前衛にも後衛にも、大砲にもなってみせます」

「頼りにしています、ルイスさん」

 微笑んだアイカに頷くルイス。彼は、一児の父だそうだ。自分の息子が将来どの同盟に入ればいいか、いつかきたる時にアドバイスが出来るよう、『空の鈴』の様子を見て、体験したいのだそうだ。

 今度の企画では、今のところ、初心者が多く集まりそうだった。ティークの荒地とはいえ、もし魔物の数が多くなってしまったときは魔法使いの力が欲しい。ルイスのような魔法使いの参加は好都合だ。『空の鈴』の幹部からも魔法使いを参加させるが、二人いて悪いことはない。人間関係の面でも、悪いことにはならなさそうだ、と、アイカは考えた。

 このルイスという人の息子は、まだ3歳だという。同盟は尚の事、冒険者になるかもまだ分からない。そうと知ったときは、少し呆れた。心配性というか、なんというか。

 

 同時に、ふとアイリーンのことを思い出したのだった。

 アイリーンがアイカを連れ出して、エルミオに預けたのは、アイカが2歳のときのこと。あの時すでに、アイリーンやエルミオや、エドワードや、『盾』の仲間たちは、アイカの未来のことを多少なりとも考えていたのだろう。

 ルイスはきっと、とても真剣なのだ。

「聞いた印象の通りでした」

 不意にルイスが言った。誰かからアイカのことを聞いて、それでここに来たのだろうか。アイカは少し首をかしげる。

「クロスローズで出会った旅人に、『空の鈴』やあなたのことを少し聞いたんです」

「旅人?」

 アイカの脳裏を過ぎった名を、ルイスが口にする。

「リーフから」

 戦いの記憶が、ふうっと蘇った。あの後、リーフはまた一人旅立った。あの悪魔を追うに違いないと分かったが、止めることも、触れることも出来ず、する間もなかった。

 何年も前に共に戦った剣士の名が、今という時に現実味を帯びて蘇る。

「無事だったんですね」

 安堵の言葉を聞いたルイスが微かに眉を上げた。

「ギルドの掲示板の前で会ったんですよ。大変なやつを相手にしているようですね」

「…そうですね」

 ルイスに話す気はなかった。この人には家族があるのだ。話すだけで、あの悪魔と接点が出来てしまう、そんな気がした。アイカは『空の鈴』のことを考える。

「では…集合は明後日、早朝ですので、よろしくお願いします」

 分かりました、こちらこそ、と頷いたルイスは、それ以上踏み込んでくることはなかった。ああ、冒険者の中でも上級者だな、とアイカは感じ取る。

リーフも、ルイスに話すことは拒んだに違いない。いや、きっと、ルイスに限らず、誰にも…。

 ふ、とルイスが笑った。

 アイカは何かと首をかしげた。

「リーフは元気そうでしたよ。口が達者で話していて楽しかったです」

 思わずアイカも笑った。

「そうでしたか。よかった」

「前からああなんですか?リーフは」

「リーフさんは…真面目な方です。私と会ったときは、色々ありましたから…そういえば、あまり楽しく雑談する機会もありませんでした…」

「ああ、真面目。真面目でしたよ今も。だからリーフの言葉を信用して、あなたに会いに来てみたんです」

 ディル族独特のくっきりした瞳が、何かを見通すようにアイカを見ていた。

「楽しみです」

 明後日の魔物退治が、とは言わなかった。アイカは、明後日頑張りましょうね、と言う言葉を飲み込んだ。何が、とも聞き返さない。ただ、暖かい独特の雰囲気は多分、父親のものだ。

 ディル族は、妙な”勘”が働くことがある。もはや予知のごとく当たる。当たってしまう、とディル族の仲間が言うのも聞いたことがあった。ルイスは何を予感したのだろう。

 否応なしに、ふっとディル族のルシェンが脳裏をよぎる。当たってしまった、と、あの人が言うのを想像することができない。だってあの人は全力で抗って、道を自分で決めたのだ。最後の魔法は、それを意味していたと、アイカは思う。

 アイカと会ったことで、『空の鈴』とルイスの息子の未来に、「楽しみ」と言える何かを感じたのだろうか。

「それなら、良かった」

 その言葉は、実現させよう。

 

 

 私は母を知りません。

 アイリーンはその言葉を、メア国に来てからほとんど誰にも言ったことがなかった。それを、流れで自然と口にしていた。とても個人的な話になっていた。

 あえて言うことでもないのに。冒険者という職のエルミオは、親の顔を知らない者たちなどたくさん知っているだろう。

「”私は生まれてきて良かったよ”…アイカさんが言ってくれて、良かったと、なんだかそう思います。何かを…実現させてくれた気がして」

 エルミオはやはり、これまで通り興味深そうに話す。奇妙で綺麗な形の石を見つけたように目を輝かせて、良かった、と繰り返す。

「私は、親のことを全く知りません。アイカがそう言ったときに傍にいれば、私もアイリーンさんと同じような気持ちを抱いたのでしょうか」

 エルミオは一時考えに耽って、不意に疑問を発した。

「アイリーンさんが良かったとおっしゃるのは、エドワードのためですか?あるいは、自分のため?」

 自分のため、という予想外の言葉に、アイリーンは一時口ごもった。そうとは意図していなかったが、そうだったかもしれない。自分の発言を省みると、たしかに、自分のため、と受け取るのがむしろ自然に思える。考えて、それから答える。

「両方、です。あの方のため、というのは、結局、私自身のためでもあるのですから」

「なるほど」

 上手に答えますね、と続きそうな口調だ。

「アイリーンさん。あなたはどうして、ここまでのことをしたのですか?二十六年というのは、決して短い時間ではありません。何がそれほどまでに、あなたを動かしていたのでしょう?」

 オルフィリアを連れて城を出た後の二十六年間。エドワードを待ち続けた二十六年間。

 答えを強要するものではなかった。アイリーンは微笑を浮かべる。

「…どうしてでしょうね」

 エルミオを見つめ返した。

「エルミオさんは、どうして、ほとんど二つ返事で私のお願いを聞いてくださったのですか?2歳の子供を任せてしまうなんて、大変なことですよ」

 オルフィリアを預けた当時のことだ。ダメなら次は『緋炎の月』にあたり、それでもダメなら、逃げ回りながらの暮らしでも、ふたりで生き延びようと決めていた。アイリーンのそれは杞憂で、エルミオはオルフィリアを育ててくれた。

 エルミオはあっさり応えた。

「引き受けることが、俺にできることでしたので」

 それに、と加える。

「幸い、仲間がいました。任せられる仲間が」

 エルミオの瞳が、「あなたは?」と問い返すようだ。再び、同じ質問。何がアイリーンを動かしたのか。

「私は…」

 しばし考えに耽る。

「…これが、私に出来ることだったからです」

 興味深そうなエルミオに、アイリーンは自分の内側を見つめて、それを素直に言葉にした。

「今思えば、きっかけが何であっても、そういうことだったんです」

 そこまで言ってから、予期せずエルミオの台詞と同じになったことに気が付く。

 エルミオはどう受け取ったのか、アイリーンには知る由もない。同じ言葉を口にしたアイリーンを、自身と重ね合わせることを、しただろうか…。ただ彼は、そうですか、と、頷いた。興味津々、質問を続けた先程までとは雰囲気が変わる。何かに納得したようで、穏やかにこう言った。

「良かったですね」

 どうとでも受け取れそうなアイリーンの答えで、エルミオが何を思ったのかわからない。ともかく、理由を詮索する必要がなくなって、知りたかったことが、満足に足る程度には見えたようだ。

 アイリーンは口元をほころばせた。

「ええ」

 ヴェイラ・アルフェリア・ルフュレン。それがアイリーンの真名。何があっても、絶対に誰にも明かさないであろう名。

 事実は、誰も知らない。そして、どうであっても構わない。

 今は、ただ、ともに生きていけたなら。

 

 

「リーフだって!フィオがね、リーフと会ったって!もう聞いた?」

 オルトが興奮気味に報告したのは、何日か経った後だった。

 エルミオは、ヴァース村、セルとリオナの家を訪ねていた。そこへ真っ白な鳳が飛んできて、家の前へ降り立った。着地した時にはオルトがそこに立っている。誰かに言いたくて仕方なかったのだろう。いてもたってもいられずに、居場所が分かっているセルとリオナを訪ねてきたらエルミオもいた、という嬉しい偶然つきだった。

「精鋭部隊の彼?」

 セルの確認に、そうだよー!とオルト。ええ、とセルの隣に座ったリオナは頷いて、オルトに座るよう促した。ヒューマン族のリオナは、時を反映して容姿が変化している。柔らかい茶色の髪には、まだ白い髪があまり混ざっていない。皺は増えたが、それはリオナの柔和な雰囲気を手伝っているだけだと、オルトの目には映る。

 オルトは、飴色のテーブル、エルミオの隣にぱたぱたと足早に歩いて座った。

「やっぱりまだあいつを追ってるみたいだって!でも、無事だって!」

「気になるね。会いに行ってみた?」

 エルミオの言葉にオルトは、んー、と首を振る。もどかしい様子で、座ったまま体を揺らす。

「もうどっか行っちゃったって。エラーブル村にいたんだけどねー」

 それだけ言って、両手を椅子の角に着いたままゆらゆらする。

 追いたい。手伝いに行きたい。思ったとしても、オルトがそう口にする事はなかった。悪魔リューノンは悪魔シュラインの宿敵。リューノンに近づくことはつまり、シュラインにも近づくことだ。

「俺たちも手伝えたらいいね。リーフが大変なときには、助けてあげよう、オルト」

 オルトのゆらゆらがゆっくりになって止まった。

 もう、なんとなく結論まで思い至ってはいたのだ。シュラインと契約しない。シュラインを追わない。追ったら、出会ったら、きっと、もしかしたら、契約してしまう。それは、別れ際に感じたシュラインの気持ちの片方を裏切ることになる。

 もう、何年も前に別れた。約束した。

 それでもこんなに揺らぐ。追うわけには、自分から関わりに行くわけには、いかなかった。

「うん、そうだよね」

 その度にこうして頷いた。

 悪魔シュラインは、独占欲が強い悪魔だった。オルトはそのことを、最後に本当に知った。

 そんなシュラインが、契約せずに一緒に生きてくれて、契約を強要せずに去った。シュラインが一切オルトとの別れを願わなかったならば、オルトは契約することを選んだかも知れない。契約が全て悪いこととは思っていなかった。ただ、冒険者たちの近くで生きた時間が、オルトに悪魔の知識を与えていた。

 シュラインはやっぱりいい人なんだ、と、オルトはその気持ちを信じている。

 

 

 メアソーマの夜、大通りは魔法灯で明るい。城下町にはハーフエルフに対応してノンアルコールを多く置いている酒場があった。”酒”場と呼んでよいものか迷うほどだ。

 ずっしりした扉を開くと、カラカラ、ガラン、と大きな鈴の音が鳴る。

 いらっしゃい、と、ラーク族の音使いが迎えてくれる。男性のその声は近くで聴こえるのだが、実際にはもっと遠くに居る。急ぎ足でやってきた。

 熱気で温まった店内、エドワードは藍色の外套のフードを取った。

 ラーク族の店員は、ああ、と笑いかける。

「予約のお客さん、いらっしゃい。そこを左に行って、一部屋目、右手の席だよ。お相手さんはもうお待ちだ」

「ありがとう」

「ディル族のバロンが担当させてもらう。安心してくれ」

「恩に着ます」

 入り口付近には仕切りがほとんどなくテーブルと椅子が並び、人が詰めて座っている。壁際の席には中央からの目を遮る仕切りがあった。

 それよりも少し奥に進む通路があり、彼はそこに足を進めた。

 予約した――例外として予約させてもらった――席の仕切りを見つけたその時、一番奥の部屋からちょうど人が出てきた。

 一番奥の席は、特別な人と特別な日を楽しむ席でもあるし、秘密の情報を開示しあう場所でもある。エドワードはそうと知っていたが、だからこそ相手を見ることはしまいと思っていた。それでも、出てきた男は目を引いた。

 青と紫のオッドアイだ。いや、それ以上に、何かを連想させるような…何か重要な出来事の、重要な人物のことを思い出しそうな気がした。同時に危険を感じるような、不安な気持ちが沸き起こった。

 男は一切エドワードに見向きもせず、闇を抱えたような妙にきつい目つきのまま、通り過ぎていった。

 誰だったのだろう…一時考え込んで、エドワードはふと人を待たせていることを思い出した。

 灯りがぼやっとして見える薄布の仕切りの向こうへ進む。

 テーブルについた女性が一人。あ、と顔を向けたアイカが目を輝かせた。エドワードはほっとして微笑んだ。

「すまない、待たせてしまったな」

「ううん!久しぶり!元気そうで良かった」

 誰かに似ている、とまた思った。今度はすぐに思いつく。

「アイリーンに似てきたな。髪を伸ばしているせいだろうか」

「本当?」

 アイカははにかんだ。

「やっとここまで伸びたんだ。憧れてたけど、私、剣士だし、邪魔になるかなあって…でもやっぱりやってみたくってね。意外となんとかなってるよ。結ぶけど、普段は降ろしててもいいし」

 嬉しそうなアイカ。エドワードは向かいに座ったアイカの後ろに回ってみた。

 そうしながら、なぜか思い至る…すれ違ったオッドアイの男は、どこかルシェンを思い起こさせる人だった。正気を失ったときのルシェンだ。ルシェンより若い見た目だったし、ディル族ではなさそうだったし、髪だって濃い金色で、全然違うというのに。

 そんな思いをさっと、頭の隅にしっかりしまって、エドワードはアイリーンの髪の長さとアイカのそれを比べてみた。

「後ろから見ると、あともうわずかだな」

「あとどれくらい?」

「ふむ…10センチほどだろう」

「あーもうちょっと!頑張ろうっと」

 エドワードからすれば、10センチはもうちょっとではないのだが、確かにここまで伸ばしたアイカにとってはもうちょっとなのだろう。

「エド、飲み物頼まなきゃ」

「おお、そうだった」

 ちょうど店員がやってきて、とっさにアイカと同じものを頼む。

「おんなじでいいの?」

「それがいいのだ。それに、アイカはアルコール入りを頼まぬだろう?」

 二人共ハーフエルフだ。アルコールには弱い。

 アイカはいたずらっぽく笑った。

「レイキが居るときは、隙を突いて飲むこともあるんだけどね」

 それから不意にたずねた。

「エド、何か心配事?」

 さっきの男と、ルシェンとが頭を過ぎった。エドワードは笑ったがごまかさない。

「いや、大したことではないが、先ほど、ルシェン殿と似た雰囲気の方を見かけたのだ」

「ルシェンさんと」

 うむ、と頷いた。その様子からアイカは何か感じ取ったのだろう。ルシェンと似た人を見た、その意味が良くないものであると。

 頼もしい冒険者の顔が現れた。

「この酒場の中、すぐそこでね、『空の鈴』(うち)のガーディアンウィザードが居てくれてるの。おせっかいで心配性な人だけど、頼りになる友達。女版、魔法使い版のレイキみたいな感じの」

 あんまりな例えに、エドワードは思わず笑った。

「なるほど、想像出来ないが、よく分かった」

「それに、この酒場、冒険者多いよ。ハーフエルフにも優しいし、私ももっと来たいんだけどなぁ。いっつも混んでるんだよね…」

 ふむ、とエドワード。悪魔関連のことは、頭においておかざるを得ないが、冒険者たちに頼ってよさそうだ。内心改めて彼らへの信頼を認めながら、エドワードは芝居がかった大真面目な声色で言った。

「では、冒険者諸君の活躍のためと銘打って、資金を回すとしようか」

「あ、職権乱用!暴君!『空の鈴』にもお願いします」

 笑い合い、乾杯をして、近況報告を兼ねた他愛もない会話が咲いた。

 会うのに理由は要らない。場所と時間を合わせればいいだけだ。

 過ぎたあのときはすべて、今、心にある。この先も、共に。

 

 

 

 

「For an Oath:Reverse」fin.                  

 

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