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For an Oath:Reverse -Ⅰ.中央騎士団

     マナが濃く魔法国と言われるメア国。

      隣国エトラニアの同盟から、メア国の『琥珀の盾』と『緋炎の月』へ、知らせが届く。@1743~

 

For an Oath:Reverse ( Ⅰ / Ⅱ-1 / Ⅱ-2 /  /  / Ⅴ-1 / Ⅴ-2 

 

そこに、はじまりの樹が生まれた。

根が大地を掴み、枝が空を押し上げ、その世界は始まった。

はじまりの樹の《葉》から生まれた、神と呼ばれるものたちと、精霊とよばれるものたち。

はじまりの樹の《実》から生まれたヒト――ヒューマンやエルフ、ドマール、天使といった種族や、動物と呼ばれるものたち。

はじまりの樹の《息》、世界に満ちるマナは、生き物たち自身や、その心に応じて姿や性質を変える。

 

そのマナの性質により、長い時間を経て、意図せずヒトの心から生まれたもののひとつが悪魔であった。

 

《悪魔を倒すもの》、すなわち《冒険者》。

それは、《魔物》や《悪魔》、そして《契約者》を討つ者である。

それは、冒険者以外の人々の暮らしを守るものである。

それは、旅するものだったり、国に留まるものだったり、目的によって大きく異なるものである。

 

目的を等しくする冒険者たちは、同盟を創り上げることもあった。

メア国を拠点に活動する、『琥珀の盾』、『緋炎の月』。

その王手同盟が創立される400年も前、同盟が出来始めた初期の頃に、隣国エトラニアの同盟、『中央騎士団』は創立された。

 

 

 メア国の隣には、大陸一の規模と歴史をもつエトラニア国がある。

 冒険者制度や、同盟が出来た初期の頃、エトラニア国が出来たと同時に、冒険者の同盟『中央騎士団』は創立された。

 大抵の同盟は、精霊立会人の元で創立されるか、冒険者ギルドに登録して創立されるか、いずれにせよ、最終的には両方行う場合がほとんどだ。メア国の王手同盟である『琥珀の盾』も『緋炎の月』も『旋風』も、そうだった。

 

 『中央騎士団』は違う。

 初代ロードと、初代エトラニア王は親友であった。一方は王として、一方は冒険者として、国を守ることにしたのだ。『中央騎士団』は創立当初から国と契約した同盟であった。エトラニア国の依頼を最優先でこなし、有事の際には動く。一般的な同盟よりは自由度が低くなるが、その代わり、安定した報酬がある。精霊に挨拶したのは、国と契約をした後だった――そう、ただの挨拶、だ。

 1770年、ロードはエルフ族とミユ族のハーフである、ラティスが勤めていた。サブロードはミユ族のフィリア。初代の頃から、サブロードはゴブリン族やヒューマン族といった種族だ。つまり、エルフ族のように長寿ではない種族ということだ。新しい考えでサポートしてほしい、というロードの考えだった。同盟幹部であるガーディアンの位には、エルフやディルも多い。長く続く同盟であるから、長命な種族がガーディアンになるのは自然なことだった。

 

 そんな、王手中の王手同盟へ、厄介な調査依頼が舞い込んだ。1743年のことだった。

 

 

 渋い顔で手紙を読み終えたラティスは、それをサブロードのフィリア、ガーディアンのカローラとマックスに投げるように渡した。

「また厄介なことになりそうじゃのう」

 年寄りくさい口調でラティスはぼやき、同盟幹部の反応を待った。

 手紙は、『中央騎士団』への依頼。もちろん国からだ。

 フィリアは、よくわからない、といった様子だ。

「メアのお世継ぎ…? が? …軟禁されてるのではないか、ということですか?」

 えー、物騒―、と、次いで依頼を見ていたカローラは軽く言いながら依頼を速読し、マックスにぱっと手渡した。

 マックスも、うっわあ、という顔で依頼を読む。

「はー…なんじゃそりゃ。スパイでもしろってことかい」

 フィリアを除く全員が、まるで「テレポート使えないけど隣町までお使いしてきて」と頼まれた程度の反応だ。この変人の集まりに、フィリアはどうにかついていく。みんな、悪い人ではないし、本当は頼りになるのだ。ただ、フィリアが冒険者でなかったなら、絶対に相容れない人種であったことは確かだ。

 ラティスは口を尖らせた。

「わしらも国と契約しとるんだから、そう簡単に動けやしないっちゅうに。そうだのう、メアのほうのロードと話してみるか。

 びっくりするかもしれんのう、エトラニア王がメアの王子と会ったことがないなんて。メアのエルディン様もアルフェ様も、軟禁なんかなさる方ではないと思うのだがのう…」

「ご病気、とか…何か事情があるのでしょうか」

 フィリアの言葉に、んー、とカローラ。いつも突拍子のないことを言う彼女は、またもいきなり極端なことを言った。

「いっちばん最悪なことは、悪魔関連なことだよねー。『月』のココルネちゃんなら知ってるかなー?」

 それじゃ、とラティス。

「この依頼、どうも、それを疑っておるようじゃ。最悪を想定しておるのじゃ。まったく。メアに限ってそんなことがあるかいな! …と、ここまで生きてくると、言い切れないのが辛いのう」

 えっ、とフィリアは驚く。メア城に悪魔関連の事件なんて考えられない。あそこの魔法の守りは最強だ。それが事実だ…しかし、今までこの変人たちと付き合ってきて、”絶対そう”と思ったときこそただの先入観であることも分かっていたので、代わりにこう言った。

「でも、悪魔関連だとしたら、それがどうして王子の軟禁に繋がるんでしょう?」

 さてなあ、とマックス。カローラは当然のように肩をすくめた。

「悪魔の考えなんかわっかんないよ~? 王様たち脅すための人質だったりしてねー。あっ、それか王子が契約者? 読んだ限りだと、エルディン様やアルフェ様は普通に表出てるんでしょー。不思議―。あははっ、何企んでるのかなぁ、暴いちゃうよ~くふふ」

 にやにやしたカローラ。

「俺はお前の頭ん中がさっぱり分かんないよ」

 マックスは慣れた様子でそう言った。フィリアはついて行けないので、ついて行かなかった。

 二人を華麗にスルーしたラティスは、フィリアに視線を送った。

「ロード・エルミオとロード・クレィニァに連絡が必要じゃのう。フィリア、転移鞄で音便箋を出したい。手伝ってくれ」

 ミユ族の音使い、フィリアは頷いた。

「はい。準備しますね」

 

 

「エルミオ、変わった封筒が届いていたよ。音便箋?」

 転移鞄を確認していたセルが、エルミオにそれを差し出した。

 音使いだけが作成できる、文章ではなく、音を内側に込めた封筒だ。魔法でも証明できないこの技術は、形を残したくない場合に用いられる。

 へえー、とフィオは関心する。

「いいタイミングだったな、俺たち三人揃ってる時に来るなんて。なんかすごい知らせなんじゃないか? 音便箋なんて、どこのミユ族かラーク族からだ?」

「エトラニアの『中央騎士団』だ」

 封筒を確認しながら、エルミオは言った。

「ロード・ラティスから。なんだろう」

「先に聴いておいでよ。緊急かもしれない」

 セルの言葉に、フィオも頷いて、エルミオを促す。

「うん、そうさせてもらう。悪いね、少し待ってて」

 

 3人は、10年に一度、必ず集まって語り合う日を設けている。それが、この日だったのだ。

 少しお高いおいしい料理店に入って座った後に、エルミオの鞄を成り行きで預かったセルが封筒に気がついたのだった。

 

「ロード・エルミオ。ご無沙汰しておる。半月まんの期間限定味の販売はまだかのう?」

 そんな言葉から始まった。

 半月まんとは、メアの有名スイーツだ。お手軽サイズで、甘くて、皮がほろっとして、餡が入っている。スタンダードは栗あんで、栗一粒を餡で包み、さらに皮がそれを覆う形だ。しかし、スタンダードが栗であるがゆえ、それは期間限定になってしまうのだ。普段は粒あんとこしあんが売られている。

(来月だったかな、販売…)

 人ごみを見るともなしに見ながらエルミオは思った。あえて便箋を街のざわめきの中で聴いているのだ。

 

「メアにはお世継ぎが…王子、かのう? 誕生したらしいのう。

 いやいや、王子ではなく姫であったら失礼じゃ。お世継ぎ、と言っておこうか。お世継ぎはお元気なのかのう?

 こちらでは、大層心配しておるぞ。

 王子が元気か確認してこいなどと言われる始末じゃ。わはは」

 

 本題は、たったそれだけで終わった。

 あとは季節の話題だ。

 エルミオは全部聴いてから、店の中へ戻っていった。

 

 

 

「半月まんの期間限定味が販売されたら、それを手土産に遊びに来いっていう内容だった」

 そんな報告だった。フィオとセルも、普通の話題として頷く。

「王子のこと、二人は何か聞いてる?」

「王子?」

 ああ、そっちが本題か、と二人ともすぐに順応する。

 エルミオはそうそう、と何気なく言った。

「あちらでは、お世継ぎがお元気か気にしているみたいだよ」

「ふうん…会った時に風邪でも引いてたのか?」

 心にもないことを言いながら、フィオとセルは、エルミオの言ったことに違和感を感じる。この公の場で、直接それを言葉にすることはない。

 『中央騎士団』は、国と契約している同盟だ。あちら、というのは『中央騎士団』だけでなく、エトラニア王も含まれると考えて間違いないだろう。

「お世継ぎについてなにも分からないから確認してこいって言われる始末だ、って、愚痴を聞かされたよ」

 そこで二人は思っていたよりずっと異常な事態だと気がついた。

 国のトップ同士、交流はあるものだ。メアは原則世襲制だ。お世継ぎ誕生なんて大イベントがあれば、知らないはずがない。

「エドワード王子、対人恐怖症説浮上だな」

「私たちも会ったことないね、そういえば」

「今年で9歳になるはずだね」

 和やかな食事会の雰囲気をまとったまま、3人の頭の中ではあらゆる可能性がぐるぐる巡る。

「とにかく、半月まんを手土産に、また訪ねてみるよ。期間限定味は来月かなあ」

「おー、あと6日か。留守番任せろ。セルも行くだろ?」

「そうだね。行くまでに、少し国魔法使いと話せるといいな…」

「愚痴のことは秘密だよ、感じ悪いから」

「うん」

「ああ」

 

 二人の了解を受け取って、エルミオは、十年に一度の集まりの、一杯目に何を飲むか考え始めた。

「二人共、飲み物どうするの」

「「グラス・フィールド」」

 声がかぶった。フィオが付け加える。

「『船の国』からいいワイン仕入れたらしい。高いが、これは十年後にまた飲めるか分からないぜ?」

 エルミオは少し難しい顔をした。

「ワインかぁ…」

「一杯目くらいいいんじゃない?」

 セルが勧める。

「いや、俺はアルコールは…」

「500歳児かよ」

「いや多分もうすぐ6…あれ? それも超えてるっけ? まあいいか。やっぱりこれにしよう」

 結局ノンアルコールを選ぶエルミオ。

「さて、また十年過ぎたね。どうだったかな、フィオリエ、セルヴァ」

 エルミオと、フィオリエと、セルヴァ。三人ぼっちの『琥珀の盾』初代組は、言っても仕方ない、と普段は言葉にしないことまで、この場で吐き出す。表立って目立ちはしないものの、いつまでたってもエルミオは空気が読めないことがあるし、フィオリエは調子に乗りすぎることがあるし、セルヴァは暗い思考の迷路に迷うことがある。三人はお互いそれを知っていた。今日またそれを確認し、自覚し、反省し、認めてあげるのだ。

 音便箋のことは、ひとまず今夜は考えない。

 

 

 『緋炎の月』のロード、クレィニァは、それを聴き終えてしばらく動かなかった。

 一緒に聴いていたココルネは難しい顔をし、ライナスは少し驚いた様子をみせたものの、すでにいつも通り、ふたりを見守っている。

「最悪の事態を想定しておけということだな」

 クレィニァがつぶやくように言った。

「最悪の事態だとして、」

 ライナスが淡々と考えを口にした。

「すぐに対処できる事案でもないようだ。おびきだせるなら別だが」

 その言葉とともに視線を受け取ったココルネは、小さく首を振った。

「相手による…けれど、一体いつからいたのかも分からない…いるのかすら不確か。いるとしても、下手に手出しはできない相手だと考えるべきでしょうね。

 国魔法使いに探りを入れてみましょう」

 頼む、とクレィニァ。

「私はロード・ラティスを訪ねよう」

「半月まん期間限定味は来月発売予定だ。あと6日待って行くといい」

 ライナスの言葉に、ふ、とクレィニァは笑った。

「そうしよう」

 

 

 期間限定、栗餡。

 『中央騎士団』のロードと、ガーディアン中のガーディアンが、3人。あと自分たちの分。6個だ。

 しかし、10個買うと、1個分安くなる。そこで、『中央騎士団』には1人2個ということにして、10個買っていった。

 

 手紙を受け取った翌朝、メア国の同盟ロードは、ロード・ラティスに、7日後に伺いますと手紙を返した。町々の間ではテレポートが使えるが、国境を跨ぐと町同士が遠い。そこは徒歩か馬車で行くしかないのだ。

 

 やがて、ロードたちはラティスのいる、エトラニア国の町へ到着する。場所は、ラティスから再び送られてきた音便箋で指示されていた。

 

 賑わう大通り。人々のざわめきや笑い声の中に、店の呼び込みの声が大きく聞こえる。

「見てあれ」

 ある店の前を通りかかって、セルヴァが楽しそうに言って示したのは、木の人形だ。

 揺らせばカタカタいいながら長いあいだ揺れる、おもしろい人形。それが何十体もいて、ピアノを弾いたり、ラッパを吹いたり、音楽隊をやっているのだ。

 エルミオは、横笛を吹いて忙しなく揺れている人形を指した。

「フィオリエだね」

「だよね」

 二人はおかしくて笑った。

 フィオリエは横笛が上手い。楽しそうな曲を吹いているとき、小刻みにリズムに乗っているとき、この人形とフィオリエは雰囲気が似ている。人形のほうがよっぽど細かく動いているし、フィオリエはそんなおかしな動きはしていないのだが、なんだか似ていておかしかった。

「お土産決まったね」

「帰りにまた寄ろう」

 

 大通りの終わり、T字路の交点付近に、趣味が良いとは言い難い看板を掲げる店があった。指示された場所、カプリース《気まぐれ》だ。

 ロードたちは、一方は右の通りから、一方は左の通りからやってきた。

「お」

「ん」

 鉢合わせた。

 王手同盟のロード・幹部同士、顔は知っている。クレィニァは本来朱一色の髪だが、目立つので、変身術だろう、今は黒髪だった。ココルネも、以前会ったときはドマール族の衣装と分かるものだったが、今は普通の街の女性のように、ブラウスにスカートだ。

 それでも、記憶力のいいエルミオはすぐに気が付く。クレィニァのほうも、エルミオに気がついた。

 連れの魔法使いたち、ココルネとセルヴァもまた、お互いの持っているお土産に気が付く。

 半月まんの紙袋。

 被った。

「何個買ってきました?」

 エルミオが唐突に訪ねる。

 ん? と一瞬面食らったクレィニァは、それでも冷静に応える。

「10個だ」

「私たちもです」

「全部で20か」

「ええと…そうだなぁ、『中央騎士団』が4人だったら、大丈夫そうですね」

「ん…先方に3個ずつ、私たちが2個ずつということか?」

「それか、4個はなかったことにして、半分こして持ち帰るとか」

「4個頂いて…表向きには、全員2個ずつということか」

「そう。いかがでしょう?」

「ふむ、持ち帰るとなると…腹を下さなければ良いのだが」

「あぁ…今食べるのは違うんだよなぁ…。仕方ない。潔く20個出しましょうか」

「そうだな」

 合意に至ったロードたちの後ろで、魔法使いたちは保護者の如く挨拶し合う。

「食い意地張ってて…お恥ずかしいところをお見せしました」

「いえ、こちらこそ…」

「エルミオの最近のブームなんです、半月まん」

 

 

「おぉ! 随分たくさん買ってきたのう!」

 『中央騎士団』のロード・ラティスは目を輝かせた。ガーディアンウィザード・カローラも目を輝かせて、わおー、と歓声をあげる。

 メンバーは、予想通りだった。『中央騎士団』ロード・ラティス、サブロード・フィリア、ガーディアンのカローラとマックス。あとは『琥珀の盾』と『緋炎の月』メンバー。全部で8人がテーブルに着いた。

 がやがやとした店内で、飲み物だけ頼んでお土産を広げて、ラティスも、他のメンバーも、早速半月まんをぱくついた。

「良いのう。今年の栗は大粒だのう。お土産までもって、はるばるここまで足を運んでもろうて、感謝するぞ。ありがとう」

「いえ、こちらこそ知らせをありがとうございます」

 律儀にクレィニァが応える。

 そのやり取りを傍目に、カローラはココルネを構う。

「ココルネちゃん、今日はドマールの服じゃないんだねー」

「目立ってしまいますからね」

「ブラウス可愛いー。ローブもたまに白着てみたらー?」

 マックスはエルミオをぼーっと見ていた。エルミオが気がついて、ん? と微笑む。

「惚れちゃだめだよ」

 マックスは思わず吹き出して、眉をひそめた。

「そんな冗談を習得したんですか」

「どうでしょう?」

「男に言うのは止めたほうが賢明ですよ。あと、言うならもっと冗談っぽくはっちゃけて言わないと、女に言って真に受けられたら面倒くさいですよ」

「なるほど。ちょっとやってみてくれませんか?」

「…。洒落にならないトラブルに繋がりかねないセリフだから、本当にやめたほうがいいですよ」

「無茶ぶりすぎました?」

「俺に惚れるなよ」

「おぉ」

「こっちのほうが良いと思うんですよね、個人的に」

 ついて行けないことに慣れ始めたフィリアに、セルヴァが話しかける。

「ロード・ラティスとうまくやっているようですね」

 フィリアはなんとも困ったような顔で笑って、ちょっと皮肉っぽく言った。

「うまくやっているんでしょうかねぇ」

「うまくやっていますよ。言いたいことを言えるようになったんじゃないですか?」

「…そうですね。染まっちゃってるかもしれません」

 

 まるで旧友の集まりのように談笑していた8人は、不意に本題に入る。

「そちらの方はお元気かのう?」

 ラティスの言葉に、ああ、とエルミオは頷く。

「今年で9歳を迎えるはずですよ。顔を合わせたことがないので、今どうしておられるか分からないんですけれどね」

 メア国の王子のことだ。ココルネも次いで口を開く。

「魔法使いとも話してみたんですが、特にお変りないそうです」

 やはり、とセルヴァも言った。

「私も、話しましたが、魔法使いも元気そうでしたし、皆様お元気だということでした」

 おかしなことだ。変わりない。元気。だが王子は顔を見せない。

 へえー、と一人場違いに能天気な声で言ったのは、やはりカローラだ。

「魔法使いがボンクラばっかなのか、魔法使いを上回っちゃうほんとにヤバイのか、わけありなお子様なのか、どれかだねー」

 ふむう、とラティスは顎を撫でる。

「こちらの方は、”ほんとにヤバイの”を想定しているようでな。

しかし、わしらが動くと、こちらの上の方が動いたのと同義となる。ほんとにヤバイことを想定した動きをして、そちらの方に失礼があってはならん。そちらでどうにか出来んかのう」

 メア国民である『琥珀の盾』や『緋炎の月』メンバーはもちろん、エトラニアにとっても、メア国は重要だ。マナが濃く、優秀な魔法使いも多いメア国は、マジックアイテムを輸出したり、街魔法使いとして魔法使いを派遣することもある。「ほんとにヤバイ事態」、つまり王族が悪魔に関わる事件に巻き込まれていたら困るし、かといって、下手に動いて国同士の関係が悪化しても困る。国の同盟として依頼をもらった『中央騎士団』は、板挟みになっているのだ。

 

 しかし、エルミオもクレィニァも、はい、と簡単には言えない。

「警戒を続け、出来る限りで探りを入れてみようと思います」

 エルミオの応えに、そうよのう、とラティス。

「そうとしか言えぬよのう」

 クレィニァも少し難しい顔をする。

「我らで…ロード・エルミオと私とで連携し、目を光らせておきます。

 …本当に敵がいるのかすら分からないということは、本当にいないか、相手が上手に隠れているということ。前者であれば私たちの杞憂、後者であれば迂闊に手を出せない。確認出来る好機があれば、そうしようと思います」

 つまり…とラティスは真顔で、どことなく演技臭い動作で考えた。

「事態が動けばそなたらと、そなたらの同盟が、全力で事に当たってくれるということかの?」

 薄々何かを予感しつつ、メアの同盟のメンバーは頷く。この演技臭さはなんだろう。

「”ほんとにヤバイ”事態だったと分かった場合には、わしらも動ける。必要ならば、いつでも便りを寄越してくれ。ただし、早めにな。上の方にも報告せんと、わしらはそれほど自由には動けんからの」

 ええ、とエルミオは頷いた。

「事が動いて本当に力が必要な場合には、よろしくお願いします。お声をかけない場合は、我らでどうにかできるということだと判断して下さい」

 ほう、とラティスは少し関心したような驚いたような顔をした。

「やれやれ、お見通しじゃったかの? 率直に言おう、声をかけてくれぬほうが助かる。わしに、ではなく、わしの仲間の冒険者に個人的に、というなら別じゃがのう」

 メアに悪魔がいるとすれば、それは強大なものだ。巻き込まれたくない、というのがエトラニアの本音だろう。冒険者ならば悪魔との戦いは本業だが、国は別だ。『中央騎士団』は他国のために大打撃を受けるためでなく、エトラニア国を守るために在る。

 とは言うものの、メア国に悪魔がいるとして、それに『琥珀の盾』と『緋炎の月』だけで立ち向かうことができるのかは分からない。城にいるのならば、兵士が敵になりかねないからだ。二同盟合わせても総員500名に届かない。強大な悪魔との戦闘に参加できる者は、それより少ない。メア国内で悪魔との戦いに敗れれば、次には隣国に飛び火しかねない――エトラニアも例外ではない。

 エトラニアを守るために、『中央騎士団』は不透明な戦いに加わりにくい。だが、エトラニアを守るために、強さも分からない悪魔を倒す力の一部として戦うほうが、良い結果につながる可能性が高い。そこには『琥珀の盾』と『緋炎の月』がいるのだから。

 では、とココルネ。

「有事の際には、”エトラニアの冒険者の皆様”にお声をかけますわ」

 はっはっは、とラティスは笑った。

「頼んだ。わしはきっと、知らせを受けることはないだろう。わしは何も知らぬ、メンバーのプライベートはわしが制限することはできぬ。そういうことじゃ、カローラ、マックス、お前たちも自由にせい。フィリアはわしと同じく何も知るでない」

 おっけーい!と元気よくカローラ。マックスは軽く目を閉じて頷いた。

「さーて、これで良い報告が出来そうじゃ!」

 ラティスは満足げに、半月まんを頬張った。

 

 

 『琥珀の盾』と『緋炎の月』は、違う宿をとっていたが、同じ食堂で食事をしていた。

 ラティスから受けた知らせは、二同盟のロードと幹部中の幹部だけが知ることとした。変に動いて相手に悟られては困る。

 いるのかも分からない相手をひたすら警戒し、少しでも尻尾を出せばそれを捕まえる。何か行動を起こすなら、必ず事前に連絡を取る。

 もし本当に、メアに悪魔が隠れているならば、『盾』と『月』、メアの大手同盟を全く警戒していないということはないだろう。

「長期戦になるだろうな…あまりにも動きがなさすぎる」

 クレィニァはそう言って、大粒のブドウを皮ごと口に放り込んだ。好物なのか、すまし顔が微かに幸せそうにほころぶ。

 エルミオとセルヴァは、空人の食事情を、失礼にならないように気をつけつつ、興味をもって見ていた。

 さっきからクレィニァは、生のもの――専ら果物――ばかり食べている。これだけで夕飯になるのだろうか。

 ココルネは慣れた様子で、クレィニァの隣で魚のムニエルやらスープやら、つまり普通の定食を食べていた。

「クレィニァ、私のもいいわよ」

「ありがとう、頂く」

 ココルネの定食にデザートとしてついていたブドウも、クレィニァが食べる。

「ブドウ、お好きなんですね」

 エルミオがついに言った。

 うむ、とクレィニァ。

「美味しいからな」

「肉や魚は召し上がらないんですか?」

「食べないこともないが…」

 クレィニァは、ぱちっと、鳥のように素早い瞬きをした。

「生のほうが好ましい」

「あまり食事時にするような話じゃありませんよ」

 ココルネが話を打ち切った。

 クレィニァは、「私にとっては普通の食事の話なのだがな」とだけ言い残し、ブドウを食べきった。

 クレィニァの普通の食事はもしかして、動物を狩って、それをそのまま食べる、と、そういうことかもしれない。エルミオもセルヴァも同じ推測をして、なんとなしにちらっと視線を送りあった。

(そういうことか)

(だろうね)

 そうして特に話し合いもなく食事会は続いた。

 食後、余韻に浸りながら、食堂のざわめきの中、唐突に話が始まる。

「密に連絡を取り合いたいところですが、取りすぎも禁物ですね」

「定期的に、というのも、危険だろうな。隠れ上手な奴が本当に存在するのなら、私たちもどこで見張られているか分かったものではない」

 ロードたちはそう言って、しばし、間を空けた。二人は何かが通じ合ったのか、どちらからともなく頷きあった。

「では適当に」

「うむ、そのうち」

 『盾』と『月』は、それだけ話して、その後何年も、何かと口実を見つけて適当に連絡を取り合うことになった。

 メアに潜んでいる何かがいることは、その後予想より早く確信することとなる。

 

 

 

 

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