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For an Oath -Ⅲ

     メア国の主精霊イネインの力を借りて、アイカは空間魔法を練習し始める。

      アイカ、エドワード、リーフを含む精鋭部隊が挑むクエストは、意外なところからの依頼だった。@1770年

 

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For an Oath - Ⅲ 1 ​/ 2 / 3 / 4 / 5 / 6 / 7 / 8 ​)

 

 朝早く、それこそ日の出前に、アイカは目覚めた。

 リオナの部屋だった、とすぐ思い出す。起き上がってすぐ、アイカはふうっと息を吐いて、微笑んだ。

「おはよう」――イネイン。

 すると、くすぐったいような感覚があってから、返事が聴こえた。

『おはよう、フェリシア』

 本当に話せるようになったんだなあ、とアイカは嬉しくなった。

(今日は、よろしくね。セルさんがいろいろ、みてくれると思うから)

『出来ることをしよう。フェリシア、空間魔法を、侮ってはいけないよ。無茶をすれば、身を滅ぼす。気をつけて』

 穏やかだが、真剣に言っているのが伝わってきた。アイカは身が引き締まる思いで頷いた。

「うん。ありがとう」

 

 

 

「おはようございます」

 セルは一番最後に部屋から出てきた。といっても、日の出寸前の時間だ。

 ゆっくりだが、慣れた様子で朝食の支度をするリオナを、アイカが手伝う。手伝おうとしたエドワードとセルを、アイカとリオナがそれぞれ諫めた。

 和やかな朝食を終えると、セルが早速、さて、と切り出した。

 窓の外は、朝を予感させる青色に変わってきていた。エドワードとアイカは隣り合って座り、テーブルを挟んでセルと向かい合っている。リオナが手早く朝食の片付けをしながら、様子を気にしてくれている。

「アイカさんは、空間魔法は初めてですね?」

「はい」

「では、ここから始めましょう」

 透明なガラスの花瓶を逆さまに置いて、その上に花弁を一枚置いた。白い花弁は、静かに水に浮いているようにも見える。

「この花弁が」

 セルは手でそれを示し、その手をすっと下げていった。

「水に沈むように、降りていきます。水の底に呼ばれ、導かれるように…では、目を閉じていてください。その間に、水の底のなにかが、花弁を呼びます」

 セルの穏やかな声に従い、アイカは目を閉じた。エドワードは目を開けていたが、セルに無言で促され、目を閉じる。

「 ここに、花弁があります 」

 そこに、花弁がある…目を閉じたまま、暗闇の中で、さっき見ていた場面が思い起こされる。そこに、花弁がある。

「 水の底に、花弁を呼ぶものがあります 」

 それは、とても抽象的なものだった。どんな形なのか、何なのか分からない。

だが、なぜだろう。セルに言われて意識してみると、たしかにそこには何かがあった。見えるわけはない。感じる、というのが近かった。

「 今から、花弁と呼ぶものの間に、道を作ります。意識を向けていて下さい 」

ややあって、その道が、花弁から伸びていった。ぼんやりとした、もやのようにはっきりしない帯が、少しずつ伸びて呼ぶものと花弁を繋ぐ。

「 みえますか? はっきりしないようなら、焦点を合わせて下さい 」

 焦点を合わせる?

 アイカもエドワードもよくわからなかったが、とにかく、その道がはっきり見えるように、集中してみる。

 一筋縄ではいかなかった。ちょうど、遠いのか近いのか分からない縞模様の物を見るような感覚に似ていた。

 その帯が、だんだん、道だと分かってきた。トンネルのようだ。

 

 十分に時間を置いて、セルは言った。

「 この道を 」

 トンネルのすぐ傍、エネルギーを感じる…マナが反応し、魔法が始まりそうなのが分かる。

 いや、違った。そのトンネルは、魔法なのだ。そばにあると感じたエネルギーはきっと、セルの手のあたりだ。トンネルを作ったセルは、さらに何かをしようとしているのだった。

「 花弁が通ります 飛ぶように すっ と 呼ばれて飛んでいきます 」

 次の一秒が終わるまでに、花弁は通り終えていた。

 その一瞬、セルの手にあったエネルギーは急速に濃度を増し、そしてそれが花弁を包んで、すっとトンネルを通って、下へ動いたかと思うと、エネルギーはあっという間に拡散していった。

 思わずアイカは目を開けた。

 花弁は花瓶の中へ移動していた。

 それは不思議なことだったが――同時に、当然だとも思えた。花弁はさっき、ああやって、花瓶の中へ行ったのだから。

 アイカは花瓶と花弁を食い入るように見つめた。――そこに、こう、道があって、こう、花弁が通ったのだ。すっ、と。

「戻しましょう」

 セルはそう言うと、花瓶の中の花弁を出して、再び上に載せた。

「では、いいですか、アイカさん」

「ひゃい!?」

 突然呼ばれてアイカはびっくりして飛び上がった。いきなり、実践だろうか!?

 セルは笑った。

「落ち着いて。始めは私もお手伝いします」

「は、はい!」

 

「…この花びらはね」

 セルは突如、声の調子を楽しそうにして言った。

「バラの花びらなんですよ。いい香りがするでしょう?」

 セルが花びらを差し出してくれたので、アイカは手のひらにそれを受け取った。

「…本当ですね。いい香り。ほら」

 エドワードにも差し出す。

「ほう…こんなに甘い香りがするのだな」

「このバラは、『南』には自生しないそうです。『北』でも、あまり北すぎると育たないとか。私たちのいるあたりがちょうど良いみたいですよ」

 へえー、と関心する二人に、セルは微笑んだ。

「さて。それでは、やってみましょうか」

「はい!」

「心構えができたら、目を閉じてください」

「はい」

 

 花瓶と、その上の花びらに集中して、アイカは呼びかける。

(いきます、イネイン)

『ああ。イメージをしっかりもって』

(はい)

 トンネル。花びらが通った、トンネルがそこに現れる――そのイメージを持ちながら、アイカはふっと目を閉じた。

 ――花びらがそこにある。

 ――花びらを呼ぶものが、そこにある。

 花びらを呼ぶもの…それが、アイカの意識の中に現れた。そこにあると分かる。ここは、セルが手伝ってくれたのだろう。

――ふたつの間に、道ができる。トンネルのような、道が、ある。

『道ができたら、さっと花弁を移動させるよ、いいね』

――トンネルができ、そこを花びらが移動する。導かれるように、引かれるように、すっ、と。流れて――。

 道の形をはっきりさせようと、アイカは手をかざした。もっと、さっきセルがやってみせたような道を。

 思ったよりもすぐに形になった…かと思うと、すぐにほつれるように歪む。集中をきらせば、道は崩れるのだと分かった。

 イネインが言ったのは、そういうことだ。道ができたらすぐに花弁を移動させないと、いつまでも道を保っていられない。だから、さっと移動させると言ったのだ。

(いきます)

 アイカは道に集中した。同時に花びらを導かなければならないかった。どうイメージするか、試すうちに、やりやすいイメージを見つける。花びらが通っている場所だけは、道を確保するような、イメージ。

 

『それは良くない』

 すぐにイネインに言われてしまった。アイカが戸惑って、道がほつれた。

『やり方を変えよう。いいかい、移動は一瞬だ。道は、トンネルというより激流だ。不思議な力の河が、それを一瞬で運んでしまうのだよ。一度乗れば、終点まであっと言う間だ。さあ、フェリシア、イメージして』

 イネインの言葉を聴きながら、アイカのイメージは変わっていった。

 トンネルをイメージするより、流れる水の道をイメージするほうが、ずっと保ちやすかった。

『水に似た、光のような、力の流れだ。そう、そこに、花弁が乗る』

 イメージした。すっと、花弁は流れに乗って、一瞬で流れ、花弁を呼ぶものの元へ行き着いた。

『まだだよ、道をほどいて、呼ぶものは空へ溶けるように去っていく』

 アイカに手を添えるように、イネインが、アイカの意識の中で道と呼ぶものを輝かせるようにして強調し、集中させた。

(ほどく? どうすれば?)

『大丈夫。ゆっくり手を離すように…そう』

 イネインに手を添えてもらいながら、道を形作っていた集中を、徐々に緩めてゆく。

『少しずつ緩めて、少しずつマナへ戻っていけるようにするだけだ』

 徐々に道と呼ぶものは拡散し、薄らいで、やがて感じられなくなった。

『これが、空間魔法だ』

 イネインの気配が少し遠くなり、アイカの集中は切れ、大きく息をつきながら目を開けた。

 わかっていたが、ちゃんと花弁は花瓶の中へ移動していた。

 ただ、とても疲れた。魔法使いたちは、魔法を使うたびに、こんなに集中してやっているのか…それも、戦場で。

 

「お見事です」

 セルは驚きつつも興味深そうにアイカを褒め、いつの間にか見守っていたリオナも、心配して組んでいた手を少し緩めてほっと微笑んだ。

 アイカは、エドワードににこっと笑った。エドワードは目を輝かせてアイカを見ていた。

「イ…精霊が…メアの精霊が、たくさん助けてくれたの」

「そうか…いや、それでも…すごいことだ!」

 エドワードの感嘆の言葉に、セルも頷いた。

「空間魔法を、一回で成功させるとは…」

「でも、セルさんも手伝ってくれて…」

「いいえ」

 セルは首を振った。

 え? とアイカは驚く。

「私は一切手伝いませんでした。本当は、少なくとも魔法の終了を手伝うつもりだったのですが…いざその段階になったとき、精霊さんに”手助けは不要だ”と言われたので、ただ見ていました」

「えっ!? えっ!? でもあの…どこだっけ…あ! 花びらを呼ぶものをイメージするとき、手伝ってくれませんでした?」

 やはりセルは首を横に振る。

「それはアイカさん自身の力ですね。イメージはアイカさんの力です。存在させるのは精霊さんが助けてくれていたかもしれません」

 セルの言葉にアイカは呆然とした。信じられない!

(ほんとに!?)

『本当だとも。フェリシアと私の力だよ』

 ああ、そうか、とアイカは思い出したように納得した。イネインの力だ。イネインの力が大きいのだ。

 イネインは訂正するように言った。

『フェリシアと私の力だよ。フェリシアのイメージがなければ、魔法は現れない。私は勝手に魔法を現しはしないよ』

(そっか…)

 そのイメージを、助けてくれたのはイネインだ。それをイメージするのは、アイカ自身にしかできない。それでも、イネインの力は大きい。

(うん、ありがとう)

 では、とセルが立ち上がった。

「次は外での練習です」

 どきりとした。

 

 

 町は目覚め始めたばかりで、人気は少ない。店はまだしまっていて、時々住居の中から声や物音が聞こえる。4人は各々上着にくるまって、朝の澄んだ空気の中を歩き、街の中、住宅地や大通りから離れた《転移先》魔法陣へ向かう。

「花びらを移動させるとき、”花びらを呼ぶもの”を作ったでしょう? あれが元々あるようなものです。長距離の空間転移のときには、遠くに”呼ぶもの”を作る必要がありますが、それはとてもイメージしにくいし、遠くに魔法を出現させるので、やりにくい。《転移先》無しでの正確なテレポートは実質不可能です。《転移先》魔法陣があると、術者はただそれを繋げて移動するだけで、正確なテレポートができます」

 少し息を白くしながら、セルが説明した。

 《転移先》魔法陣専用の建物は、入口が一箇所で門番が外に二人ついていた。

 セルはその二人へ近づき、おはようございます、と朗らかに挨拶した。

 

「おはようございます、セルさん。お早いですねえ」

 門番の反応に、セルは少し不思議そうにした。まるで来ることを知っていたようだ。

「少し用事があるのですが」

「ええ、どうぞどうぞ。リオナさんから昨夜連絡を頂いていますからね」

「ああ、そうでしたか」

 セルはちらりとリオナを振り返って微笑んだ。

「グラスの《転移先》まで行くのですが、向こうの方はご存知でしょうか?」

「大丈夫ですよ。昨夜のうちに連絡してありますからね。お礼はリオナさんにどうぞ」

 門番に茶化されて、セルは少し頼りなさげに笑った。

「じゃあ、私が先に飛んでいるから、後のことも、よろしく頼むよ、リオナ」

「はい、お気をつけて」

 セルは頷いて、それからアイカに向き直った。

「これから、アイカさんはグラスまで空間転移します。私とリオナ、二人でサポートしますから、さきほどやったように、アイカさんはただ集中して、流れに乗って、グラスまで来てくださいね」

 神妙な顔でアイカは頷いた。

「はい」

 よくわからないし、今度は移動するのは自分だし、出来るのかわからないけれど、やるしかない。

 セルは、先ほどの頼り無さはどこへやら、力を秘めた目でアイカを見つめながら言った。

「こればかりは、やってみるしかありません。力の流れを信じて、一度乗ったら到着地点まで身を任せて下さい。それさえできれば大丈夫。アイカさん自身と、アイカさんの精霊を、信じて」

 イネインを信じる――。

セルの低く落ち着いた声に、アイカは微笑を浮かべた。イネインのことなら、信じている。イネインが信じてくれた自分自身なら、信じられる。

(私は大丈夫)

 アイカは、はい、ときっぱり返事をした。

(イネイン)

『ああ』

 イネインがいるのが分かる。イネインの声が聞こえる。

 小さい頃からずっと語りかけてきた、精霊。アイカのために、返事をしなかった精霊。全てを知って、かつ、今のアイカを受け入れて共にいてくれる精霊。

 戦いが終わったら、この絆は終わるのかもしれない。

 でも、今は今。

 城を取り戻す。この力は、そのためにある。

 

 《転移先》魔法陣の建物へ入っていくセルを見送って、いよいよアイカが空間転移を使う時がきた。

「出発点の魔法陣は使いません。出発点は、使ってもそれほど消耗が変わらない上、少し、コツが違いますからね。到着点の魔法陣だげ使います」

 とりあえず、という感じでリオナは軽く説明した。

「では、まず到着点を確認しましょうね」

 確認といってもどうするのだろう?アイカの心配をよそに、リオナは先へ進める。

「目を閉じてみてください。そして、精霊や魔法の動きを感じる時のように…さきほど、セルの魔法を感じた時のように、私のすることに注意を向けてくださいね」

「はい」

 アイカは、どうやら自分よりも緊張している様子のエドワードに少し微笑んで頷いた。エドワードも頷き返してくれた。

リオナに言われたとおりに、目を閉じ、集中した。

 

 イネインと話すときの感覚。魔法を感じるときの感覚。いつも過ごす世界とは、半歩ずれたところにある世界を見つめるような、不思議な感覚。

その世界でのリオナは不思議なものだった。決して強くも濃くもないのだが、周囲のマナと一心同体になるようにしてそこにいた。リオナの周囲のマナが、リオナの意思を待ってそこにあるのが分かる。

「 目指す場所は 」

 まるで腕を伸ばして指差すように、リオナの周囲のマナがある一方向へ渦巻き、流れ、伸びて示した。

あまりに自然な動きだった。盲目であるリオナがいつも見ているのは、こんな世界なのかもしれない。アイカにとって初めてのこの世界が。

「 あちらです 」

 アイカが意識できるギリギリのところまで、マナは伸びていって示した。

 これ以上離れれば、アイカには見えなくなってしまう。

「 そして、あちらのほうから伸びてきている道があります。アイカさんを”呼ぶもの”です。見ていて下さい 」

 リオナは遠くへは行かなかった。

 その代わりに、マナが不思議な動きをした。何かを求めて、引っ張るような、手招きするような動きだった。すると、マナがすっと収束して道となり、リオナの動かしたそのマナに吸い込まれるように繋がった。どこか遠くと繋がっているのが分かる。

 すぐに、その道は空間移動する前の、力の流れになる。次の瞬間には空間移動は完了しているのだ…アイカがそう確信したとき、道はほつれて拡散した。

 何も起こらなかった…いや、起こる前にリオナが意図的にやめたのだ。

「 見えましたね? 百聞は一見に如かずということで、空間転移発動の寸前まで実践してみました。道はあちらが示してくれます。アイカさんは、その道の端を掴んでくださいね。アイカさん、準備が整ったら、やってみてください 」

 

 忘れないうちに、と、アイカはすぐに集中し始めた。

 リオナが手招きして掴んだ、道の端を探す。どうやるのか分からないが、とにかくやってみるしかないことと分かっていた。

 アイカがイメージすると、大幅に足りない魔力や、マナの操作面をイネインが手伝う。良くも悪くも、アイカのイメージ通りに。

『大まかな方向だけは定めなくてはいけない。リオナの言う”あちら”だ』

 アイカは”あちら”のほうへ、できるだけ遠くに意識の腕を伸ばす。

 すると、拍子抜けするくらい簡単に、道がアイカとどこかを繋げてくれた。こんなにすぐ繋がると思っていなかったアイカは、たじろいだ。

『魔法陣のサポートがあるから、こうなのだよ。力加減はおいおい覚えるから大丈夫』

 道は、アイカには届かないどこかまでずっと伸びていた。目的地に通じているのかどうかを、どうやって判断するのだろう。

『心配なら、名前や古代語を使うといい。目指す場所はどこ? そこへ行くことを唱えるんだ』

(グラスへ…ええと…)

『無理して使わなくてもいい』

 《飛べ》や《移動する》が咄嗟に思い浮かばなかったアイカは、、イメージだけにすることにした。

 グラスへテレポートする。この力の河に乗って、次の瞬間にはグラスへ着く――。

『自分から飛び込んで走り抜けるくらいの気持ちで、さあ―――乗って』

 

 ぽん、と地面を蹴るような気持ちでアイカは道へ身を投げた。

 ふっと体が軽くなって、水よりは軽く、風よりは重い流れに乗ってすっと通り抜けた。

 その不思議な感覚は驚く間もない一瞬で終わった。

 すぐに体は重さを取り戻し、とんっ、と足が地に着いた。ただ跳んで着地したにしては早いタイミングで、アイカは予想外のことによろめいた。

(失敗した?)

 目を開けると、建物の中にいた。魔法灯で薄暗い丸い部屋。床には魔法陣…《転移先》の魔法陣。

 アイカはどきどきしながら、扉を探した。両開きの大きな扉があった。

 足を向けたそのとき、扉がゆるやかに開いた。外の光が差し込む。

 穏やかな朝の光の中に、長身のエルフがいた。

「アイカさん」

 セルだった。

 

 

 

 

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