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For an Oath:Reverse -Ⅴ.悪魔

     戦いの中、問いかける。@1770~

 

For an Oath:Reverse (  / Ⅱ-1 / Ⅱ-2 /  /  / Ⅴ-1 /  Ⅴ-2 )

 

 

(アイカの真名は、エドワードが付けたんだって。アイカとエドワードとアイリーンしか、アイカの真名を知らないんだって)

 

(オレのは? シュライン。オレの真名は、―――)

 

 それ以上、問いかけることは出来なかった。

 シュラインは拒絶していた。オルトが聞きたいことは分かっていた。

 

 オルトには絶対に届かない深いところで、シュラインは答えた。

『そうだったら本当に良かったのに』

『お前の真名は、紛れもない、お前の親から与えられたものだ』

『私の、最後の契約者から与えられた名前だよ、ルーキス』

『お前の真名も、何もかも…全て、私が与えたものだったら、本当に私だけのものになっただろうか』

『私のルーキス。愛しい子』

 

『最後の契約者は、私との契約を破ったのだよ』

『私は制裁を与えた。生まれたお前を、永遠に奪ったのだ』

『真名ごと、お前を奪った』

『お前の両親は、私がお前を殺したと思い込んでいる』

『彼らは永遠に、解放されることはない』

 

『だが、お前に非はないのだ。ルーキス』

『長く私のものであってくれた』

『ただの制裁の結果だったにも関わらず、充実していた』

『愛しい子』

 

『お前は私との契約を望まないだろう』

『私は、お前の唯一の絆ではなくなったからだ』

『だが、もし、望むのならば』

『もしお前が再び、私だけのものになるのならば』

 

『…愛しい子。そうなってはいけないのだ。ルーキスよ…』

『だが私はその選択肢を示そう』

『おまえがどちらを選んでも、私は喜悦に酔うだろう…』

 

 これは、オルトに語ることのない真実を含んだ独白。悪魔シュラインは、”過保護”であった。契約違反さえしなければ、強い味方になり得る悪魔だ。しかしその契約内容は、束縛が強すぎるものだ。社会的に生きていくことを困難にする。

 社会的に生きていく、ということをし始めたオルトに、シュラインは問う時が来た、と感じていた。

 最後の契約者に、契約違反の制裁を与えてから数十年。オルトと共にいたのは制裁の結果でしかなかった。

 ついに、オルト個人と、シュラインが、契約をするのかどうか、決定する時が来たのだ。

 

『愛しい子。お前は制裁の被害者だ。

 私が力づくで、お前の全てを手に入れてしまうことはできる。なぜなら、お前は私を愛してくれているからだ。

 だが、お前が選ぶといい。なぜなら、愛しいお前がただただ理不尽な被害を被っただけだなど、私は許せないからだ』

 

 

 オルトが先陣を切った。太陽がまだ昇らない空で、白い鳳は輝いた。

 暗黒の竜のような形をとった悪魔が、白い鳳と絡み合うように空を飛び回る。時折魔法が飛び交ったが、魔法封じのせいで、オルトのほうが威力が低いのは明らかだった――悪魔シュラインがいなければ、魔法を行うことすらできなかったであろう。

 太陽が顔を出し、灰色の雲の間から炎色の光が差し始める。それを背に、スザクが――『緋炎の月』ロード・クレィニァが、レフィーヤとシャルアと共に魔法塔を襲撃した。空からの不意打ちだ。

 クレィニァが飛んだのを合図に、本格的な開戦を迎えた。セルとココルネを中心とする魔法封じ解除部隊は、他のパーティとほぼ同時に、メア城を包む魔法の範囲に入る。

 

「いきますよ」

 セルの呼びかけに、向き合って座ったココルネが頷く。神妙な面持ちで、周囲のメンバーに呼びかけた。

「魔法封じの解除を開始します。よろしくお願いします」

 命をあなたたちに預ける――ココルネの声には、その重大さが含まれていた。

 解除中、セルとココルネは無防備になる。二人を守護するパーティメンバーもまた、真剣な表情で返事をした。半数は二人とともに魔法封じの範囲内で。半数は、少し離れた、魔法封じの範囲外で。

「では」

 セルはそう言って目を閉じ、集中した。ココルネもまた、同じように目を閉じる。

 

 メアの守りのひとつ、広範囲の魔法封じ。恐らくマナが反応しずらくなるタイプのものだ。術者の魔力を封じるものもあるが、それを広範囲に展開するのは効率が悪い。ともかく、魔法封じを解かなければ、持参したマナの石が底を尽きたとき、全滅するしかない。

 応用された魔法封じは、メアの兵士たちの魔法は阻害しない。封じられるのはこちらだけだ。

 悪魔がその魔法に何か手を加えたのかどうか、こうして範囲に入り、体感するまで分からなかった。

(空気が悪い…こんな中、魔法を使う気は湧いてこない。魔法封じとは別に、悪魔特有の、気力を低下させる効果の何かがあるようですね…)

 セルとココルネはどちらからともなく、そう思う。

 二人は、《共有》という特殊な魔法を用いて、ある程度まで意思を共有する状態になり、解除に臨んでいた。滅多なことでは使わない魔法だ。二人の力と知識を最も効率よく合わせることができるが、それは同時に、自分の真名や秘密が、相手、さらには周囲からの魔法攻撃で敵にまで知られてしまう危険も孕んでいた。その上、相手と意思を共有するうちに、どれが自分だったのか、わけが分からなくなることがある。

 それでも、《共有》を使った。セルひとりでも、ココルネひとりでも、メア城の魔法を破ることはできないと予測してのことだ。単純に力不足であるし、相手が悪魔であるならば、ドマール族であるココルネの知識と判断は欠かしたくない。そして、セルの魔法の技術も欲しい。

 一番早くメア城の魔法を解除するには、これが最適だった。リスクは高い。が、マナの石が尽きるまでに解除を終えなければ、いくつのパーティが消えるだろう。

 相手が魔法を使う体制になり、こちらのマナの石が底を突く前に、解除を終えなければならなかった。

 

 ――どんな魔法? どんな効果? どのくらいの強さ? 何種類使われている? 相互作用は?

 ――どれを先に解くべきか? 罠やカウンターは?

(魔法封じを先に解きたい…いや、それは危険だ、それが、罠発動の条件になっている。ほら、”引っかかっている感じ”がする…順番は――)

(…オルトのおかげで、やはり少しだけ効果は薄らいでいる…解きましょう。悪魔特有のこれは、…)

(私に任せてください、ウィザード・セル。ですから、…)

(力をお借りします)

(力をお貸しします)

 解析し、提案と同意を瞬間的に行いながら、二人は魔法封じに立ち向かう。

 魔法の範囲が広い。それに応じて時間もかかる。惜しみなくマナの石を解除の魔法へ注ぎ込む。

 二人の周囲では、ぎりぎり魔法封じの範囲に入っていない守護部隊のメンバーが、マナを扱う主導権を相手に握られる前に詠唱をし、マナを確保しておく。あるいは、遠くへ魔法を放つ。マナの集中は、大魔法を可能にしてしまう。魔法封じが解けるまでそれは、相手方の力にしかならない。

(大丈夫、これなら解ける。みんななら、持ちこたえる)

 絡まったうえに癒着した紐を解くような作業だった。ドマール族ココルネの呪術や悪魔に関する知識や技術と、セルの魔法トラップの技術や長年の経験が、困難なその解除を可能にする。

 どれだけの時間がかかったのか、集中しすぎて本人たちには分からない。

 ひとつ、ひとつと結び目を解いていき、いつのまにか最後のひとつだ。

(解ける――)

 

(いけない、離れて!)

 《共有》して遠慮していたセルの意思が、突如強く叫んだ。固く突き飛ばされる…閉じる! ココルネは吹き飛ばされるように、《共有》を中断し、どうにか自分へ戻っていく。

 どういうこと、と問う時間など、ありもしない。

 

 ココルネは急に自分だけに戻り、体の感覚を久しぶりに取り戻した。ぐらりと世界が回る。

「ウィザード・ココルネ!? 大丈夫ですか? しっかり!」

 守護部隊のメンバーに支えられて、ココルネは天を仰いだ。

「いけない…離れては…セル…ウィザード・セル…一人では…」

 うわごとのように繰り返したココルネ。あまりに急激に《共有》を終了し、混乱していた。少しすると、守護部隊の言葉がようやく頭に入ってきた。

「ウィザード・セルは、ちゃんとそこにおられますよ。大丈夫ですよ、ウィザード・ココルネ!」

 示されて、ココルネがそちらを見ると、魔法を開始したときと同じ場所に、同じようにセルはいた。目を閉じて、微動だにせず座っている。

 ココルネだけが分かっていた。

 カウンターが来た。それを、セルが一人で引き受けた。

 ココルネは、あれに立ち向かえる気はしなかった。ちらりと感じた気配、それだけでセルは判断し、ココルネを逃がした。今思い返せば、あの気配が危険なものだったと分かる。二人だったなら、立ち向かえただろうか。今となっては分からない。

 どうして《共有》を打ち切ってしまったのか。

 セル一人で立ち向かえるのだろうか? たしかにココルネは、自分がいて力になれたかというと、自信をもって頷くことはできない。

「ウィザード・ココルネ。しっかりなさって」

 守護部隊の言葉で、ココルネは気持ちを切り替えた。

「解除自体は成功です。半分はここに残り、ウィザード・セルを守護してください。半分は、私とともに、前線へ。いいえ、あなたは守護のため残ってください」

 前線に出ようとした最高レベルの魔法使いに制止をかけて人員を調整し、了解、と守護部隊の返事を受け取りながら、ココルネは最後に、セルへ目を向けた。

(どうかご無事で…そうでないと、私を無理やり引き離したこと、永遠に恨み続けますよ)

 

 

 リューノンは不気味に笑った。

 《魔法封じ》が解除された直後のことだった。

 クレィニァのパーティは既に魔法塔のひとつを攻略した。二箇所目の魔法塔は、クレィニァがことごとく大魔法の詠唱を阻んでいる。スザクは魔法なしで”自分の一部である炎”を扱うことができるのだ。《魔法封じ》が解除されたことで、一箇所目の魔法塔に設置されたはずの《転移先》へ精鋭部隊がテレポートをする段階まできた。

 内心喜んだオルトだったが、リューノンの笑いが不安をもたらす。

『これで貴様の望むとおり、派手な魔法戦が楽しめる、そういうわけか』

 シュラインが皮肉っぽく言葉を投げつけた。それと共に、高いところへいたリューノンへ光の槍のような魔法も投げつける。

 リューノンは、膜のような四枚の翼を翻し、回転するようにそれを躱す。

『そうそう。それに…』

 くっくっく、とリューノンはまた笑う。

(なんなんだ)

『落ち着け、ルーキス。悪魔の言葉はお前を惑わすためにある』

 シュラインは、もどかしそうにしたオルトだけに語りかけた。

『これからだ』

 リューノンの言葉が引き金であったかのように、爆発音が鳴り響いた。

(なに!? 大魔法?? でもクレィニァさんが防いでたのに…!?)

 はーぁ、とリューノンは大げさなため息をついてみせる。

『テレポート、テレポート。まったくどいつもこいつも。足がいらないならいつでも切り落としてやるっての。そうだ、なあ? アルフェのところに来たら、邪魔な足を落としてやろうか! おぉ、名案!』

『言ってろ』

 シュラインの一言とともに、朝の陽光、その筋がいくつも収束し、リューノンに飛んだ。

 翼や胴まで貫かれたリューノンは、声もなく落ちる。シュラインはその真上から追い、光の槍のような魔法で追撃した。

 ところが、魔法が届く前にリューノンは穴の空いていたはずの翼を広げて回避する。

 悪魔たちは再び上昇しながら魔法戦を繰り広げた。

『何イラついてんだよ。おまえの”ご主人様”が、不安がっているのかい? いつまで下らない使い魔ごっこしてるつもりだ?』

『具現化の核は…心の臓にあたる部分か? 私の目の前にいる貴様と、アルフェと共にある貴様を滅ぼせば、それで全部か、契約せし悪魔よ』

『契約もしてないのによくまぁ、そんなエルフのガキに尽くしてるねえ。しんどくね? 俺なら全部乗っ取って――』

『貴様にこの子の何が分かるっ!』

 シュラインの怒号と魔法が飛ぶ。

 何がおかしいのか、リューノンは笑いながらそれを防いだ。鞭のような黒いもやが光を叩き、弾く。

『相変わらずの溺愛っぷりだなぁ。なんで独り占めしてないんだよぉ、せっかくのお気に入りちゃんなんだろ?

なあなあ、俺が、そいつの仲間皆殺しにしてやればいいんじゃね? あ、駄目だ、皆殺しは面白くないからな。半分ちょいくらいでどうだよ』

『貴様の力は必要ない』

 ちぇ、とリューノン。

(シュライン…)

 オルトには、聞きたいことがたくさんあった。使い魔ごっこ。契約してない。

(シュライン、…)

 オルトは、幼い頃にシュラインと契約した…と思っていた。「一緒にいて」と頼んだ、はずだ。見返りにシュラインがなにを得ているのかは知らないが、あれは契約、だったと、思っていた…。

 言葉にしなくても、二人の間では通じる。掴みどころのない不安や驚きを、シュラインはわかっているはずだった。オルトはまだ言葉にできず、シュラインはまだ言葉にしなかった。

 

 割り込むようにリューノンの声がした。

『どっちにしろ、まず、あの魔法使いは死んだな』

 オルトはついさっきの爆発音を思い出した。あれは、なんだったのだろう。魔法塔すら下方にある今、戦場がどうなっているのかわからない。リューノンの言葉がら察するに、テレポートに関すること…。

(…! 《転移先》…魔法塔を、爆破したの!?)

 そうであろうな、とシュライン。

 《転移先》がなくなっても、精鋭部隊はどうにか城内へ入るはずだ。オルトが心配しているのは、魔法塔で《転移先》を展開していたはずの『緋炎の月』レフィーヤのことだ。それに、『旋風』のシャルア、『緋炎の月』ロード・クレィニァも。

『魔法封じは解いてもらう予定だった。さすが、ベテランは違うねえ。思ったより早かったぜ。だからそのお礼を返してやった…あろうことか一人で受け止めたぜ、賢明だな。一人は死なずにすむわけだ。俺の闇に飲まれて、最後の暗闇の中で衰弱し、心が果て、身体は力を失うだろう』

 リューノンが言った”魔法使い”とはレフィーヤのことではなかった。セルのことだ。

 オルトは怪訝に思った。

 オルトは、シュラインは、ただ率直にこう言う。

「セルは、お前に負けないよ」

『あの魔法使いは弱くないぞ』

 リューノンは笑った。

『どうだか。一人で打ち勝てないことは、本人が一番分かってるんじゃないかなぁ。くくく』

 ああそうか、と、オルトは納得する。言ったところでリューノンには届かないことなのだ。

 結局オルトは、独り言のようにこう呟いた。

「オレたちは、ひとりじゃないんだよ」

 それを、心から思ったとき、シュラインが不思議な心境になっていることがオルトには分かった。

 寂しいのか。嬉しいのか。苛立っているのか。がっかりしているのか。混ざり混ざって、オルトには理解できない。どうしてそんな気持ちになっているのだろう。

 リューノンと、シュラインとオルトは攻防を繰り広げた。魔法塔のほうへ行きたかったが、それをすれば余計な被害を出すことが目に見えている。悪魔たちは上空で戦っているほうがいい。

 

『ルーキス…』

 シュラインが呼んだ。何を問いたいのか。何が言いたいのか。オルトは薄々感じ取った。契約…使い魔ごっこ…。

(オレたち…契約してなかったの?)

 シュラインの心の中の返事は、頷きだった――一緒にいた理由は、ほとんどが、オルトへの執着とも言える愛情だった。制裁の結果、というのは、些細なことだ――。オルトは理由を感じ取って知り、ほっと息をつきたい気持ちになった。

(シュラインはやっぱり、いい人なんだよ)

 何度目かわからない。シュラインはいい人だ、と言うと、シュラインは妙な気持ちになるのだ。今もそうだ。そして決まって、悪魔は悪魔だ、過信するな、と忠告してくれるのだ。

 そうわかっていたオルトは、言われる前にもう一度繰り返した。

(シュラインは、いい人なんだよ…)

 言葉にする前に、伝わってしまう。

 契約していない。

 オルトはひとりではなくなった。制裁のためや、オルトを生かすという理由で、オルトと共に居る必要はもうない。

 シュラインの奥のほうに見え隠れする独占欲。そこから分かる契約の意味。シュラインが今まで散々、悪魔を過信するなと忠告してきた事実。相反する気持ち。契約していないということを抑止力にして欲を抑え、オルトの自由を奪わなかったのだ…。

『問わなければならない』

 シュラインが言った。

『この戦いが節目だ。奴と戦うのは私でなければならない。私はお前のためではなく、自分の意思に従って奴と戦っている。

 お前がいることで、私は結果的に冒険者どもからの攻撃を受けることがない。

 だが、この戦いが終われば、共にいる理由はなくなる』

 上手に隠した心の底に、狂った衝動がある。オルトはそれを感じた。そして、シュラインがそういう性質の悪魔なのだと、ようやく思い知った。

『ルーキスよ、選べ。戦いが終わるまでに。

 答えを出さなければならない。それを私にはっきり伝えるのだ。

 そうでなければ、私は…』

 …何をしでかすかわからない。

 答えを出してくれ、という願いすがるような気持ち。その裏に、いつまでもまごついて、その間に戦いが終わって、答えが出る前に自分の好きにしてしまいたい…そんな願望があった。

 オルトはまだ、何も言えなかった。

 悪魔たちは戦い続ける。

 精鋭部隊がいつアルフェの元にたどり着いて、戦いが終わるのか。オルトは、少しだけ、被害が広がらない程度にそれが延びることを望んだ。

 

 

 

 玉座の間に、アルフェはいた。

 楕円の形の部屋、紺色に銀の装飾が施された敷物が、扉から玉座へ幅の広い道を作っている。ライナス、レスター、スーラ、コロナ、エドワードの5人と、アルフェとの間を遮るものはない。

 エドワードの母親は、病的に白い肌になっていた。黒一色の滑らかなドレスとの強烈なコントラストが目に焼きつく。

「母上…」

 エドワードは声を絞り出したものの、呼びかけようとして出来ずに、一度口をつぐんだ。最後に見たとき、母親は、こんなにも人から離れた雰囲気ではなかった。その衝撃はあったものの、それを超えるものをエドワードはもっている。守りたいものと、守らなければならないものを、知っている。

 

 エラーブル村での事件の後、それは意識の上に現れた。ずっと前から心の奥に存在していたもの。エドワードを形作っているものたち。

(父上はきっと、これに支えられていたのだ…これが、王である父上を、支え、形作ってきたのだ…)

 自分を守ってくれた人たち。守るべき人たち。守りたい人たち。

 エドワードに与えて、エドワードを形作ってきた、人々。エルディン、アルフェ、アイリーン、ルナティア、ルシェン、エルナ、城の兵士たち、教師たち。城の外に出てからであった人々。レスター。レイキ。アイカ。

 エドワードはそこから、自分として生まれた。これからも、生まれるだろう。そして、守りたいと、思い続けるだろう。王としてのエドワードをも、エドワード個人をも、形作り、変化させ、エドワードは常に新しい自分として生まれる。

 王であること。国を守ること。取り戻すために、成さねばならないこと。契約者。

 アイカの無事。夢の成就。その兄であること。エドワードと呼んでくれる仲間たちが在ること。母上。

 なんて寂しいのだろう。なんて、暖かいのだろう。いつの間にか、使命と望みは変化し、エドワードの中、同じ場所で重なって、繋がった。それはエドワードの真ん中、一番大事な場所にある。

 エドワード自身がそうと決めて、エドワードの基準となるもの。エドワード自身。

 それに従って、エドワードは再びアルフェを見据えた。

 

「母上。私の成すべきことを成すために、参りました」

 アルフェの目は虚ろだった。笑みもなく、エドワードを見返す。

「エドワード」

 諦めが滲んでいた。

「ようやく戻ったのね、エドワード」

「いいえ」

 エドワードは咄嗟に否定した。

「母上、私は、そちら側にいたことがありません。ですから、参りましたと、申したのです」

 怒りのような激しい感情が、アルフェの表情を変えた。

「違う。あなたはこちらにいた。ずっと。あなたは。あなただけは、私の手の内だったのに…いいえ手の内よ。今も」

 次第に声を荒げ、アルフェは精鋭部隊がいることなど見えていないかのように、忙しなく目を動かした。

「あなただけは。子供だけは。何を失っても、失っても、いなくなっても、最後には…あなただけは…私を見捨てないで戻ってきた」

 もう否定はしなかった。エドワードはそんな残酷なことを、この哀れな人にする気が起きなかった。

「エドワード、そうなのでしょう? 私はもう、契約に従って終わりを迎える。あなたはついて来てくれるでしょう?」

「…もし、…あなたがまだ王族であるなら、少しでもその記憶や、信念をもっておられるなら、契約者であるあなたを、私が討たねばならないのだと、分かっておられるはずです。母上、どうにも出来ないのなら、私がどうにかします。…共に行くことは出来ません」

 アルフェは何も言わなかった。涙をこぼさんばかりの悲しい表情で、エドワードから視線を外し、次第に荒くなる呼吸で胸を上下させる。どこか虚空を見上げ、やがてアルフェは落ち着きを取り戻した。

「ならば…おいでなさい、その剣で私を刺すために」

 アルフェは続けて、古代語の詠唱を始めた。エドワードにはその文句の意味が分かる。この場にある守りの仕掛けを作動させるための、王族が知る文句だ。

 既に武器を取り臨戦態勢となったメンバーに、エドワードは警告する。

「あの詠唱で複数の、魔法耐性のあるゴーレムが作動します」

 事前に話し合っていたことだ。予測はしていた。エドワードが知っている停止方法は、侵入者がいなくなること。

 ライナスは短く、了解、と応えた。

「レスターと私で攻める。スーラ、コロナ、援護頼む。エドワード、我らの輪から外れず危険が及ばない範囲で、思う通りに行動してくれ。多少の無茶ならサポートするが、死んでくれるな」

「え…」

 一歩前にいるライナスは、予想外の“指示”に驚くエドワードを振り返った。まるで初めからそう話し合って決めてきたかのように、当然、という表情のライナス。

 

「悪魔というのは」

 この場において不思議なくらい穏やかな目で、ライナスは語った。戦いの前、張った空気の中で、ライナスの低めの声がまっすぐエドワードへ届いた。

「人を消すことができない。その点、時間というもののほうが、幾らか恐ろしいと私は思う。時間があれば、悪魔も人を変えてしまう…消えてしまったと思わせるほどに」

 アルフェの詠唱が終わる。広い空間、玉座へ続く道の両端で、風景になじんでいた魔法陣が光を放つ。

 エドワードの脳裏に、エラーブル村でのレスターの言葉が蘇った――”ダリルを引っ張り戻せる奴は現れなかったが、アルフェには、エドワード、お前がいる”。

「良くも悪くも、事実は事実。過ごした時間があったとお互い認識しているなら、何かを、知っているはずだ。アルフェと語ることが出来るのは、エドワード、あなただけだ」

 先行くぞ、とレスターが前へ出る。スーラは狙い撃ちを避けて移動する。

 魔法陣からは光の帯があふれ、絡まりあい、立体的な何かを構築していった。

 ライナスはさらに加えた。

「勘違いもしてくれるな。我らはアルフェを討伐する。エドワード、精鋭部隊の一員であることを忘れてくれるな。我らは、我らの成すべきことを成す為に、ここへ来た」

 ライナスはレスターを追って前へ出る。

 いまや光の帯だったゴーレムは形をもち、実体をもち、エドワードたちに殺気を向けていた。翼のあるものと、足のあるもの。どちらも藍色に、白い光の帯が刻まれた体だ。足のあるものは大きいが、翼のあるものは、人に翼を生やしたくらいの大きさだ。

 エドワードは、再びアルフェに目を向けた。

 虚ろな表情で傍観している。どんな言葉が、何が、届くのだろう。何を、届けたいだろう。レスターの言葉を受けてから、考えなかったわけではない。むしろ頭から離れなかった。

 だがエドワードは王族で、王族として、アルフェに語りかけたように、成さねばならないことがある。それはたしかにエドワードの思いだった。それでも、アルフェをどうやって助ければいいのかと、まだ諦めきれないエドワードは確かにいた。誰よりも、アイカのためにそう思うのだ。そして恐らく、アルフェのために。個人としても、王族としても、エドワードは望んでいた。それが叶わないであろうことも、分かっていた。

 

 ―――これが、最後になるだろう。

 

 アルフェと共にいた時間は、長かったようで、多くはない。エドワードは、アルフェを避けて過ごしてきたのだ。だがアイカよりはずっと母親を知っている。あの遠い日に、思い出はある。母親自身の欠片が、そこにあったのかもしれない。

 過ごした時間を遡り、エドワードは、戦いの中守られながら、記憶と思いの海の中を模索するのだった。

 

 

 

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