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For an Oath -Ⅲ

     

 

For an Oath - Ⅲ 1 ​/ 2 / 3 / 4 / 5 / 6 / 7 / 8 )

 

 

 レイキはアイカを訪ねなければならない衝動に駆られて、一人、やってきていた。アイカがセルと同じ街に拠点を移してから、会っていない。

 戦いの前日には、何も予定がなかった。予備日だったのだが、忙しい人はまだ忙しいし、予定のない大抵のメンバーはそれぞれ戦いに備えている。なにしろ、前日といっても、開戦は早朝だ。今のうちに十分休み、暗いうちに準備を済ませておかなければならない。

 レイキはただの戦士の一人だが、アイカはロード。そしてテレポート作戦の要。

(まだ忙しくやってんのかな、アイカ)

 そう思いつつセルの家を訪ねると、迎えてくれたのはリオナだけだった。

「レイキさん、ようこそ。アイカさんなら、今、村をお散歩していますよ」

 アイカに会いに、なんて一言も言っていないのに教えてくれる。レイキはなんとも言えず、ただ曖昧に頷くしかなかった。

「いや、その…探してみます」

 散歩、というと、村を探しまわるしかない。アイカの行きそうな場所はどこだろう。といっても、畑か、小さな市場か、あとはどこがあっただろう。ヴァース村にわざわざ来るなんて、依頼か、セルやリオナに用事があるかのどちらかしかない。定住するにはいいのかもしれないが、冒険者にはあまり縁のない村だった。

 市場や店が集まる中心部、一番大きな通りから外れたところに、セルとリオナの家はあった。レイキはそこから、通りには行かず、なんとなしに民家の並ぶ道を歩く。森の中に拓かれた村は、森の木を使った家と、土の道、畑と柵、そして村人の温かみで構築されていた。

 レイキはどこにいくともなく歩いていたが、ふと視線を感じて振り返った。

 何人かの子供たちが、珍しそうにレイキを見ていた。レイキが急に振り返ったので、びっくりしたり怯えたり、一瞬わたわたしていた。

(俺じゃ怯えるだろうな、そりゃ)

 自分が決して友好的だったり子供に好かれたりするタイプの人でないと、レイキは自覚していた。睨んでなくても睨んでるように見られることもある。かといって、それをフォローするような話術ももっていない。フォローする相方なら、いるのだが…それは今まさに探している、アイカだ。

 

「レイキ!?」

 思い浮かべた瞬間だった。レイキはどっきりして振り返る。なんだか久しぶりに見る、相変わらずのアイカがいた。目を丸くして、覗き込むようにレイキを見ている。

「おう。こんなとこにいたのか」

「おう!? レイキこそなんでこんなとこにいるの?」

 少しレイキの口調を真似て、アイカはたずねる。

「ていうか、なに子供達怖がらせてるの!」

「フォロー役に任せる」

「もー」

 そうこうしているうちに、子供達はどこかへ去っていく。去り際にアイカが笑って手を振ると、最後尾にいた男の子が気がついて、照れたように笑った。

「また会えたらフォロー入れとくよ」

 アイカはそう言いながら見送った。おう、と言って、レイキは穏やかに笑うアイカの横顔を見ていた。いつもより少しだけ、”あほっぽさ”が少なくて”凛々しさ”が強い印象だった。

(こいつはまた何か抱え込んでるんだろうなぁ)

 ぱっ、とアイカがレイキを振り返った。

「それで?」

「は?」

「どうしたの?」

 少し真剣な眼差しは、明日の戦に関連した話を予測しているのだ。レイキは、やっぱりなあ、と内心小さくため息をついた。前日だから、仕方がない。レイキとは役割の重さが違いすぎる。レイキでは推し量ることができないものを、抱えている――そうレイキは理解していた。戦いの中の一戦士であることは同じでも、役割の違いは、無視できないほどのものだ。

 だからといって、レイキはレイキだし、アイカはアイカなのだ。数日の間に、いろんなことが明らかになった。それでも、人物が変わったわけではないのだ。能力や、生まれや、いろいろなことが分かっても、これまで十年も一緒にいたアイカが、レイキが、嘘になるわけではないのだ。

 それを一体、どうやって言葉にすれば伝わるのだろう。そもそもレイキは、それを伝えに来たとも思っていなかった。わざわざ街魔法使いや顔見知りの魔法使いにテレポートを頼んで、テレポート料金を払うことまでして来た。ただ漠然と、アイカに会いに行かなければと思って来ただけなのだ。

こういうときにアイカの傍にいるのは、レイキの役割だった。

 それを改めて「どうしたの?」と聞かれても、レイキは応えられない。

「いや…。特に用事はない」

 どう言ったものか、とレイキは少し困った。しかしアイカは、その応えにあっさり頷いた。ほっとしたようにも見えた。

「そっか。ちょっと、歩こっか」

「おう」

 何の案もなかったレイキも、ほっとしてアイカと歩き出す。

 

「おまえ、どうしてたんだ?」

「ん? んー。テレポートの練習して、みんなとクエスト行って…結構仲良くなれたと思うよ」

「みんなって、あのメンバーか」

 精鋭部隊のトンデモメンバーがレイキの頭に浮かぶ。『盾』のメンバーが多いところは安心だが、『盾』や『月』『風』の中でも精鋭ばかりを集めたあのパーティで、アイカがプレッシャーを感じないわけがない。

 その証拠に、だろうか。仲良くなったという内容のわりに笑顔が控えめだった、気がした。

「そうそう、あのトンデモメンバー」

 まるでレイキの心を読んだようにアイカはそう言って笑う。

「トンデモだけど、なんかね、けっこう、やっぱり優しい人たちだよ」

 だから、とアイカは続けた。

「頑張ろって。私、戦力外かもしれないけど、できること沢山あると思うから」

「おう。まぁ無理すんなよ」

 流れでレイキはそう声をかけたが、アイカはただ笑っただけだった。

(ああ、しまった。無理しない、なんてこの状況じゃ無理にきまってんのにな)

 レイキは思ったが後の祭りだ。それでも、二人は気まずくなったりしない。レイキがいつもの調子で言っただけだと、アイカは分かっている。そしてそのことを、レイキもなんとなく感じ取っていた。言い訳も、謝罪も、何もいらない。

 しばらく黙って歩いた。

 何か言いたいことがあるのだが、レイキの心の中でそれはもやもやとしたまま形にならない。

「レイキはどうしてたの?」

 やがてアイカが問いかけてきた。

「俺? …俺は、特にない」

「特にないじゃ分かんないって」

「いや、本当に…。…あー、勧誘続けてた。少しだけどな…。あとは、警備だ」

「あ、そうだよね。夜、街とかが襲われるって話、あったね」

「おう。お前んとこは大丈夫だったみたいだな」

「んー…。そうだねー、奇襲はなかったね」

 何を思い返してか、アイカは少しひっかかる言い方をした。

「レイキのほうは? 大丈夫だった?」

「1回あった。冒険者の多いクロスローズだからな、大した被害出なかった」

「そっか、よかった」

「つうか、ギルド勤めの奴らがいる街狙ったら、返り討ちしかないだろ」

 クロスローズには、冒険者ギルドのメア国支部がある。依頼の管理や、同盟ロードが利用する”テレポートを利用した郵便”の管理、冒険者試験の開催などを行うところだ。冒険者はかなり自由度の高い職業だが、まとめる機関を挙げろと言われれば、この冒険者ギルドだろう。

 その職員ともなれば、それなりの能力をもっている。戦闘向きかと言われればそれは人それぞれだが、中には精鋭部隊並の者もいるのだ。

「そうだね」

 アイカは頷いた。返り討ちしかない、そんな街も襲撃の対象になる。ダメージを与えることより、不安を煽ることが目的だったのだろうか。

 今更言ってもしょうがないことは頭の隅にやって、レイキはもうひとり心配な人物のことをたずねた。

「エドワードも元気か?」

「うん、『緋炎の月』のレスターさんと仲良しになってたよ」

「レスター! ヒューマンの剣士だな?」

「そうそう。思ったより打ち解けやすい人だった」

 レスターやライナス、スーラなど精鋭部隊のメンバーのことを話す。その様子は、ちょっとは楽しそうだ。レイキは少し安心した。

「リーフさんは…」

そこでアイカは少し困ったような顔をした。

 なんだなんだ、とレイキは傾聴する。

(あのホラ吹き旅人、アイカに何かしやがったのか?)

 レイキの中のリーフは、“アイカの勧誘を断ったのになぜか精鋭部隊にちゃっかり入っているホラ吹き旅人“だ。あれ以来直接会ったことはない。話に聞いているだけだ。

「…。…すごく…必死そう。一緒に頑張れたらいいんだけど…うーん」

 どういうことかと、レイキは続きを無言で促す。んー、とアイカは考えた。

「すごく必死。…守りたいけど力がないって思って焦ってるのかも。メンバーがメンバーだし…。私とエドはすごくないけど…あ、エドは戦い以外のことがすごいか」

「あいつもあいつだぞ」

 レイキはぼそっと言う。

「え?」

「お前もあいつも似たようなもんだって言ったんだよ」

 アイカは少しびっくりして、ちょっと嬉しそうにしたあとに、悩む。

「それって褒めてるの?」

「いや」

「…」

「人の心配ばっかりしてるところとか」

 う、とアイカ。

「見えるとこは見えるのに、見えてないとこは全然気づかないところとか」

「えー? うーん…」

 アイカが首をかしげるのを放っておいて、レイキはリーフのことを思い返す。すごく必死? 一緒に頑張れたらいい?

(まったく。お前もな)

 だからレイキはこういうとき、アイカの傍にいるのだ。アイカはアイカが心配したいことを心配すればいい。レイキはそのアイカをフォローする。お互い弱い部分はフォローし合ってきた。ここはレイキがフォローするところだった――アイカは意識していないみたいだが。

 

 だが、今回は、どうも心配や不安やそういうものが重すぎるような気がする。それなのに、レイキは戦場で直接力になることはできない。今までこなしてきた依頼や討伐とは少し違う。こういうときは、どうすればいいのだろうか。

「心配したって、リーフのひっつめた感じは変わらんだろ、多分。周りにすげえメンバーいるんだ、お前はもうちょっと気楽でもいいんじゃないか?」

 んー、とアイカは難しい顔をする。

「そうかなぁ。私が一番、リーフさんに近い気がするんだけど…。すごいメンバーだけど、すごいからこそ。ねえ?」

「あー、まあな。けど、フィオさんとかもいるだろ?あの人ならなんか上手いことやってそうだけどな。メンバー選出もフィオさんだって聞いたが」

「ああ、そっか。そうかも…」

 少し納得したようにアイカは頷いた。どこか宙を見つめながらまだ何かをぐるぐる考えているようだ。

 仲間への気遣い、程度なら構わない。レイキが心配しているのは、抱え込みすぎる性格を知っているからだ。大変なときに他人のことばかり思いすぎて自分のことに気がつかないという、本末転倒体質なのがアイカだ。乗り切れるならいいが、今回は、抱え込んだままだと危ない気がする。

「みんなお前の仲間なんだから、お前ひとりであれこれ悩むことねえよ」

「うん」

 アイカは嬉しそうに頷いた。

「うん…そうだね」

「任せていいんだよ」

 レイキの短いことばに、アイカは目で問い返した。

「任せていいんだ。お前、もう色々…テレポートとか、親のこととか、色々、あるんだから。しんどいぞ、あんまり全部もってくと」

「ん、でもそこは、人に任せられることじゃないよ」

 きっぱりとアイカは言った。

 今度はレイキが難しい顔をする。

「あー、うーん、…」

 うまく言葉に出来ていなかった。

 アイカはもうついさっき、嬉しそうに頷いたし、それにたしかに、人に任せられないこともある。分かっているが、レイキはまだ、何か、引っかかるのだった。直感が、まだアイカに何かをして、アイカが一番奥のほうで突っ返させている不安のようなものを取り払ってやらないといけない、そう言っていた。それが何かわからない。どうすればいいかわからない。だが、アイカが何か抱えているのは分かる。こんな状況だから、当然なのだろうか。当然だ仕方ない、そうやって済ませていいことなのか。時間が解決するのだろうか。

 

 だけどもう少し、レイキは粘ってみたかった。

「もー、レイキは心配性だなぁ」

「お前がそんなだからな」

「あはは、ご心配おかけします。いつものことながら」

 いつも? と、レイキはひっかかる。

(いつも、もっと遠慮しないだろ。肝心な時に遠慮するんだ、空元気だして)

 そう思うと、どう言うか、どうすればいいか、と悩む前に言葉が口を突いて出ていた。

「お前、もっと俺に任せる感じでいいんだよ。いつもみたいに」

 ん? とアイカは首をかしげる。白々しい…あるいは無自覚なのか。んー、とアイカは少し考えて、やがてこう言った。

「うん、早く済ませて、悪魔倒して、出てくるからね。どうにかしててね」

 レイキはなんと言い返したものか、躊躇した。

 アイカは精鋭部隊。レイキは外で食い止める一戦士。

 だが、そんなことを言いたいのではない。

「だぁー! そこじゃなくてな」

 ん? とアイカ。

 さっきはあんなに、何も言わなくても分かったのに。一番伝えたいことに限って、どうにか形にしなければ伝わらないのだ。一体どうやって、心なんて曖昧なものを形にすれば本当に伝わってくれるのか。無理難題だ。魔法を使え、と言われた方がまだ見込みがある、レイキはそう思う。

 

「お前、何かこう…突っかかってるんじゃねえのか? もやもやっと」

 アイカはふっと笑顔を消した。今、心によぎったそれを、レイキはどうにかしてやりたいのだ。

 アイカはごまかすように少し微笑みながら、しょんぼりとうつむき気味だ。

「なんかねえ…。なんか…よく分かんなくなっちゃった、のかなぁ…」

「よく分かんなくなった?」

 うん、とアイカ。

「色々あったでしょ。レイキ、色々聞いてるみたいだけど、そうなの。でも、それは…まあよくって。なんかね…」

 悩みながら言葉にしていくアイカ。

「なんか…。あのメンバーでひとつ依頼を受けて、やってきたんだけどね。そこで、使い魔に会ったの。城の、関係の人だと思うんだけど。

 その使い魔さんが、私たちに、無駄だっていうの。戦うのがね。それはね、無駄だなんて思ってないから大丈夫なんだけど。

 使い魔さんや、その術者の人は、恐怖の中にある、って、そんなようなことを言ってた。恐怖で容赦なく私たちを殺しにくる。その術者の人たちや兵士の人たちを、私たちが殺すんだろう、って。私たちが殺せば、永遠に恐怖から解き放たれることはない、死は何も解き放たない…」

 アイカの言葉が切れた。レイキは黙って待つ。

「…私たちが戦う相手は悪魔。だけど…兵士の人たちとは、戦わざるを得ないかもしれない。それは、城の人たちにとっては、良くないことなのかなって…。悪魔をどうにかして、私たちは国のみんなも城の人たちも、助けようとしてるはずなんだけど…。

 それにね…もし私だったら、悪魔を追い払って欲しいと思うよ。死にたいわけじゃないけど。私が正気を失ってしまって、悪魔と戦う誰かを攻撃したなら…。…だけどそれは私の意見で。本当のことは分からなくて、人それぞれで。

 だから…なんか…。

 だけど、使い魔さんはね、主を助けて、って言ったの。城にいるんだと思う。だから、ちゃんと戦いたい。助けてあげたい。だけどね、ほら…あー。堂々巡りだよー」

 腕をばたばたさせたアイカ。迷走してんなー、とレイキは頭をかいた。

「まあー、そこまで難しく考えちゃいかんってことだろう」

「ええ!?」

 ざっくりばっさりしたレイキの答えに、アイカは思わず叫ぶ。レイキはしかし、まだ続ける。

「分からんだろ、そんな…自分がなったことじゃないと、そう分かるもんじゃないだろ。考えるな、なんて言わないが。悩んで立ち止まっても、なんもないぞ。被害が広がるだけだろ」

「そうだけど」

「俺たち、冒険者だぞ。やってやんなきゃ」

「そうだけど…うん…」

「あー…いや、冒険者だから、っていうか…」

 またまた上手いこと言えなくなってきて、レイキは顔をしかめた。

 冒険者だから、とかではないのだ。もっと、ちょっとした、日常的な、当たり前で、ありきたりで、当然の、行動する理由があるはずなのだ。アイカは大義のためとかそういうことで心を決めることができる人ではない。レイキはそう分かっている。アイカが分かっていなくても。

「あー…全部全部は、そりゃ、無理だろ。限界がある。ひとりじゃどうにもならん。だけど、その使い魔の術者も、誰も彼も、おまえひとりで相手にするわけじゃない。

 そりゃ、おまえ死にそうになったら容赦する暇なんてないだろう。もう、そこは…難しく考えるなよ。俺が死んだら困るだろおまえ。俺もおまえが死んだら、困るっていうか、いやだからな。それだけ覚えてろよ」

 うん、とやはりアイカは頷く。

「あと、もうひとつ。おまえ、やっぱりいつもどおり、ひとりで悩みすぎだよ。今、やっと俺に話したんじゃないのか、今言ってた悩みだって」

 またアイカは頷いた。

「なんかね。話すようなことじゃない気がして。…レイキには、流れで話せたんだけど」

 おう、とレイキは、内心嬉しくなりつつも短く応えた。

「俺は、明日、近くに居られないけどさ、ほかの、エドワードだって誰にだって、ちょっと引っかかったこと話したっていいだろ。エドワードはおまえのこと気にしてるだろうし、他の奴らは…頼られたってびくともしないだろうよ」

 エルフやハーフエルフのメンバーが脳裏に浮かぶ。とんでもないのが何人もいる。

「そうだねえ」

 アイカはいくらかすっきりした顔で頷いた。

 

 レイキは、あとひとつ、心の中に、言いたいことがあると気がついた。それはアイカのためというより、自分のために、言いたいことだ。それもまた、もやもやと掴みどころがなく、漠然としている何かだ。

「なんつーんだ…そりゃ、俺は精鋭部隊でもないし、外で戦ってる戦士の一人だ。頼る相手には出来ないのかもしれん。

 だけど、ほら、なんつーんだ…俺もいるってことだよ。あー…」

 もどかしい。実質、アイカの助けにはなれないのだ、この戦いでは。戦い、という面で、それは確実だった。だが、言いたいことはそれではない。どう言えばいいのか、レイキには見当もつかない。不器用に、それらしき言葉を紡ぐしかない。

「なんか大事に巻き込まれて中心にいるけど、お前はお前の守りたいもの守ってればいいんだ。で、そのお前を俺が守ればいいんだよ」

「…んー?うん?」

「だから、『空の鈴』、を、だな…」

 レイキがなんとか言葉を探す。

(”続けるんだよな?”いや、”続け…”ようぜ?…”続けるのか?”これじゃ続けない前提みたいじゃねえか…)

 ごちゃごちゃした頭の中から、レイキは必死に言葉を拾い上げた。

「俺ずっと『空の鈴』にいたいから。お前がロードの」

 結局、言ったのはそれだった。言ってから、これでよかったのか?とレイキはまだぐるぐる考える。でも確かにその言葉なら、レイキの気持ちにもぴったり合っていた。

 アイカはどう受け取るだろう、そこが気になった。「続けようぜ」なんかよりは良かったのではないかとレイキは思う。

 アイカはびっくりしたように固まった。

「…うん」

 頷いたアイカの表情を見てレイキは一瞬慌てた――泣く!?

 しかしそれは本当に一瞬のことで、アイカはレイキに笑ってみせた。

「うん。私、続けるから。レイキ、ずっと一緒にいてね」

 何か宝物を見つけた瞬間のように、アイカの目は輝いていた。真っ直ぐな言葉と視線で、アイカがレイキを見ていた。レイキは思わずどきりとする。この戦いでも守るよ、とか、なんやかんや頭の中で回っていた台詞が、全て吹き飛んでしまった。

「ああ」

 変わらない。アイカが本当は誰で、どんな生まれで、これから戦いがあって、戦いが終わっても、『空の鈴』は終わらない。レイキにはそう思えた。アイカは『空の鈴』のロード。レイキは『空の鈴』のガーディアン。そうして続いていくのだ。何があっても。

 この戦いには、勝つしかないし、生きるしかない。

 

 

 アイカは、それを言葉にすることができなかった。

 戦うのは、言葉にならないその理由のためだった。ごちゃごちゃと色々悩んだが、結局、アイカが一番…大切だと感じていたものは、それだった。

 

 『空の鈴』。まだまだこれから始まる夢。レイキとやってきたこと。大好きな世界。怖くて怖くて仕方なくても、それをなんとか超える力をくれるもの。

 

 国のこととか、テレポートとか、精鋭部隊とか、国民のこととか、王族のこととか、それに、両親のこともエドワードのことも、いろんなことが、アイカを駆り立てていた。それらのために、成さなければならなかった。そういうものを積み上げてずっしりとさせて、どうにか揺れる心を安定させようとしていた。

 そんな固まった気持ちが、レイキの言葉でふっと解けていった。

「俺ずっと『空の鈴』にいたいから。お前がロードの」

 それだった。アイカが望んでいることを、レイキも望んで、アイカに求めた。

 もちろん、全てを投げ出すわけではない。ただ、無理やり積み上げて安定させようなんて、アイカには難しいことだった。それが崩れそうなことは、アイカだって無意識のうちに知っていた。

 戦いだ、誰か死ぬだろう。誰かを殺すだろう。

 アイカは悪魔を倒しに行く。守りたいものを守りに行く。城を、自分がいたかもしれない場所を、本当のことの欠片を、知りに行く。

 だけど、とにかく、レイキの言ったとおりなのだ。

(『空の鈴』続けたい…)

 目指すところがはっきりと見えた。

 それを目指してもいいのだ。そのために戦っても、いいのだ。

 

 

***

 

 そこには何もなかった。最初は、そう感じた。

 暗い。自分の息の音、心臓の音、衣擦れの音しかしない。時間も分からなくなった。

 ルナティアは何度も、扉を叩いた。ダークエルフの目で、暗闇の中、扉を見ていた。

 そこには、扉があるのだ。

 どれだけ時間が経ったかわからないが、夢も見た。扉が開く夢。扉が開かない夢。戦いが始まる夢。永遠に闇が続く夢。あの日、ルナが囚われたあと、リーフが死にそうになる夢。エルナのいた村が戦いに巻き込まれる夢。

 

 目を開ければ扉が、目を閉じれば夢が、そこにあった。

 

 武器や魔法道具はなかったが、自分の小さな鞄が放ってあるのも見つけた。エラーブル村で補充した、干し肉やクラッカーなどの非常食と、水もまだ残っていた。

 運がいい? そんなはずはない。

 嫌な予感がした。

(殺す気がない)

 選ぶことが出来るのは、どうにか生き延びることだけだった。

 

 

 

 

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