For an Oath -Ⅲ
For an Oath - Ⅲ( 1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6 / 7 / 8 )
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アイカの空間転移を使うことは、初めて空間転移を成功させた直後にあった話し合いで決定した。
その翌日、アイカとセルは精鋭部隊の集いにも参加した。
「ということで、アイカさんの空間移動で城内へ侵入します」
いつも通り穏やかに、セルは言った。
これは作戦会議なのか、ただの親睦会なのか、判断に困る。メンバーは会議に来た、というより、昼食の席に呼ばれてきた、という感じだ。
なにしろ、武器も防具もない、上から下まで、いわゆる私服なのだ――何かしら装備をしているほうが、冒険者を本業にしている彼らにとっては”私服”と呼ぶにふさわしいのだが。今は、街の一般人に混ざってしまえば冒険者だとは分からない。
精鋭部隊の集いは『琥珀の盾』フィオのいる拠点で催された。
アイカとエドワードは、セルの拠点へ身を移し、空間魔法の練習をしていた。
日が真上に昇る一刻ほど前に、手土産をもったセルと、アイカとエドワードはフィオの拠点へやってきた。
フィオの拠点には既に、リーフと、アーシェ、メル、コロナがいて、食卓の準備をしていた――もっぱら女性陣が主導権を握っていたが。
「こんにちは。デザートが到着しましたよ」
セルの声に、フィオが台所からひょいっと顔を出した。
「よう! よく来たな、アイカ、エドワード、それにデザートとセル」
フィオはセルから布袋を受け取って、中のビンを取り出した。
「お、林檎か」
「コンポートだよ」
そんな会話を聞いたエルフの双子、アーシェとメルが、えー、と声をあげた。姿は見えないが、台所で昼食の支度をしているのだ。
「おいしい紅茶はセットじゃないの?」
「先に言っといてくれたらあたしたちがバッチリ準備してきたのに!」
「でもせっかくリオナお手製コンポートだし」
「あ、ここにもあるじゃん、棚開けるよー」
二人の応酬に、フィオは慣れた様子で入り込む。
「おう、自由にやってくれー」
そのあいだに、セルはアイカとエドワードをテーブルへ誘導した。アイカは楽しそうな台所をうずうずと見ていたが、すでに満員のような台所の気配を察して仕方なく座る。
台所では、エルフの双子の他に、コロナと、リーフとフィオが手伝っていた。女性陣は、ここを拠点にしているフィオと、先に来ていたらしいリーフにあれやこれやと指示を出したり、鍋敷きはどこだの、食器をもっと出せだの、現在の家主であるフィオに遠慮なく要求したりしていた。
「セル、お茶淹れてもっていってくれる?」
コロナが呼びかけた。
ええ、と返事をして立ち上がりかけたセルを、誰かの声が制した。
「いえ、待っていて下さい、僕が持っていきますから」
アイカは、ん? と思う。その声は、誰かに似ている気がした。誰だったか、勧誘したうちの一人だったかもしれない。まあそんなこともある。
初めて精鋭部隊の話し合いに参加するということで緊張していたアイカは、少しほっとしていた。まだ『琥珀の盾』以外のメンバーはリーフという人だけのようだが、この雰囲気から始まる話し合いなら、いいなあ、と思う。今回は昼食をメンバーで食べてから開始すると聞いていた。親睦を深める意味と、もしかしたら、アイカがなじみやすいように気を配ってくれたのかもしれない。
「ああ、じゃあついでに紹介するよ。会うのは初めてだろ?」
「そうですね」
そんなフィオとリーフの声がして、アイカとエドワードはそれぞれ、アイカとリーフが初対面だと気が付く。
何気なく、アイカは目を向ける。
「あれっ?」
アイカが素っ頓狂な声をあげた。
アイカの視線の先のリーフも、ん? と考えるような表情でアイカを見つめた。
「ん? …顔見知り?」
フィオが遠慮がちに言いつつ、棒立ちのリーフからお茶の乗ったトレーをすっと受け取った。お茶を置いて――並べるのはセルに任せて――とりあえず紹介する。
「初対面はアイカだけだな? リーフだ。冒険者じゃないが剣士で、故あって精鋭部隊に加わってもらった。リーフ、彼女がアイカ。『空の鈴』のアイカだ…初対面じゃなかったみたいだな?」
初対面ではない。リーフは再びおとずれた不思議な偶然に、気が遠くなるような妙な感覚を覚えていた。アイカ、という人物と、オルフィリア、という人物が、同一人物であることは、フィオから聞いていた。この精鋭部隊の集まりにアイカが参加するという連絡を受け取ったフィオが、リーフに話したのだった。
ルナティアが守ろうとしている一人、オルフィリア。エドワードの妹。側近がいなくなったのと同時期に行方不明になった、エルディンの娘。
エルミオと初めて会ったあの日、扉の向こうに、エドワードとアイカ――オルフィリアが、ふたり揃っていた。後からそのことに気がついて、それだけでも驚いたというのに…リーフはどこまでも妙な縁で、この出来事と結ばれているようだった。
思い出すわずかな沈黙の後、はい、と頷いたのはアイカだった。
アイカは完全に思い出した。10日ほど前だろうか? リーフを勧誘した。断られたが、こんなところで再会し、しかも一緒に戦えるとは!
リーフの気も知らずに、アイカは笑いかける。
「一度、お会いしましたね!一緒に戦えるなんて心強いです。改めて、よろしくお願いしますね、リーフさん!」
アイカは立ち上がって、リーフに握手を求めた。
「あ、ああ」
リーフは握手に応じながらも、途方にくれたような妙な様子だ。
思わず、といった感じで、リーフは呟いた。
「あなたが…あなただったのか…」
リーフは、なんとも言えない笑みを浮かべた。泣きそうなのか、困っているのか、アイカには判断がつかない。
戸惑ったアイカに、エドワードの声がかかる。
「リーフ殿は、私の恩人の、友人なのだ。父上と母上の旧友の一人を知っているのだよ」
あ、と思わずアイカは声を出す。すっと笑顔が引っ込んだ。
父エルディンは死に、母アルフェは悪魔の契約者。エルナという人はもう亡くなっている。ルシェンか、ルナティアの知り合い、ということになる。
リーフは真剣な表情で話し始めた。
「アイカさん、あの時は、もうこの国は大丈夫だと思ったので、出国するつもりだったんです。それで貴女の勧誘をお断りしました。でも、事情が変わりました」
リーフに何があったのか、事情とは何か、推測はできた。ルシェンもルナティアもメア城にいるのだと、エドワードから聞いている。どちらと面識があるにせよ、リーフはその人を救いたいのだろう。アイカはそう思った。
しかし、次の瞬間、その考えに違和感を覚えた。
リーフがまっすぐに、アイカを見ていた。それは、戦友になる者に向ける視線、というだけだろうか? その強い視線、必死で、真剣すぎて、悲しく見える表情は何を意味しているのだろう?
エドワードに全てを聞いたあとで、自意識過剰になっているのかもしれない――そう思いながらも、アイカには、リーフの気持ちがアイカ自身にも向いているように感じられた。きちんと会うのはこれが初めてなのに。
「改めて、よろしくお願いします」
リーフが何を思ったのかは分からない。だが、それでも、ちらりとリーフの心の中が見えた気がした。
必死すぎて、必死だということに自分では気づけない。本人はただただ必死なのだ。守りたくて、救いたくて。
どう返事をしたらいいか?
いま、頑張らなくていいよ、という言葉は相応しくない。既に必死なのだから、頑張れ、とも言えない。
きっと、リーフは、ルシェンかルナティアか分からないがその人を――もしかしたらアイカやエドワードのことも――守りたくて、どうしようもなくて、”守るしかない”と自分に課しているのだろう。
あ、とアイカは気がついた。
(”だからどうすればいいの? 最善を尽くすしかないでしょ?”)
先日感じたあの気持ち。あの時の自分自身が、リーフに似ている気がした。
だからといって、やはり、今何かを変えることはできなかった。
あの時、セルはアイカに何も言わなかった。そして今、アイカは、リーフに何を言っても届かないことをなんとなく分かっていた。きっとセルはあの時、今のアイカと同じことを感じていたのだろう。
アイカは、リーフに微笑んだ。ただこう言った。
「よろしくお願いします」
一人じゃないんだよ、という気持ちを、めいっぱい込めて。
やがて、ほかのメンバーがやって来た。
アイリーンはエドワードを一目見るなり安堵の表情を浮かべた。
「エドワード様、お変わりありませんか?」
一瞬照れくさそうな表情を浮かべたエドワードだったが、すぐにアイリーンへ信頼に満ちた目を向けた。
「うむ。アイリーンも元気そうでなによりだ」
『旋風』のスーラは、フィオの拠点のドアをくぐるなり、朗らかに挨拶した。
「やー、なんだか久しぶりだねみんな!」
そしてアイカと目が合うと、すたすたと歩いてきた。アイカはぱっと立ち上がって、どきどきしながらスーラを見上げた――スーラは、女性にしては長身だった。
「あなたとは、はじめましてだね!」
「はい! はじめまして、『空の鈴』のアイカです」
「アイカ。はじめまして。私は『旋風』のスーラ。よろしく」
にっ、とチャーミングに笑って、スーラはアイカと握手を交わした。
(この人、スーラさん、『旋風』の一員なんだ…)
気さくでさっぱりしている。報酬がないと動かないという極端な一面がある『旋風』。どんなメンバーがそろった同盟なのかと敬遠していたが、アイカの中で『旋風』の印象は随分変わってきていた。
さってと、とスーラはきょろきょろする。
「コロナ?」
「はーい?」
コロナがひょっこり台所から顔を出した。
スーラは、じゃ、また、とアイカに笑いかけ、コロナのほうへ歩み寄りつつ何かを取り出した。透明な赤い小瓶だ。
「これ、あれ」
「え?」
「あれあれ。持ってくるって約束したやつ。えーっと」
「あぁ、ラミュアとフェアリーの…エスト…《東の…》、ルージュ、ではなくて、なんだったかな…ヴィ…ヴェ…?」
「そう、エスト・ヴェルメリオ・メーア《東の赤き海》!思い出したわー」
そんな二人の会話に、エルフの双子まで加わる。
「うそ、初めて聞いた。古代語? ヴェル、メ、リオ?」
「レッドもルージュも”赤 ”だけど、ヴェルメリオも”赤 ”らしいよ」
「へえー! どう違うんだろうね。誰か魔法で試さないかなぁ」
「これお酒?」
「うん。ん? 使ってみる?」
そうして盛り上がったエルフ双子とコロナ、スーラによって、台所は完全に占拠された。
やることのなくなったリーフとフィオもテーブルに着いて、雑談をする。
「まだ半刻くらい、集合時間まであるのになあ」
フィオは台所の騒ぎを面白そうに見ながら言った。
アイカはふと、アイリーンにたずねた。
「レイキや、ティラさんはお元気ですか?」
ふふ、とアイリーンはなぜか笑う。
「ええ、お元気ですよ。レイキさんは、難しーい顔をなさっていますけれどね」
「何かあったんですか?」
「いえいえ、ただ、アイカさんがいないから落ち着かないのだと思いますよ」
アイカは少し脱力してしまった。呆れたように笑ったが、本当は、レイキの気持ちはよくわかっている。
「はあ…もー。心配ないからって伝えてもらえますかっ?」
「お任せ下さい」
玄関ドアがノックされたのは、そのすぐ後だった。
『緋炎の月』のライナスとレスターだ。ライナスは、自分たち二人以外のメンバーが揃っているらしいことを見て取るなり、謝った。
「すまない、遅くなった」
「いや、みんな早すぎるだけだ。昼食もうできるから待っててくれ」
フィオが言って、テーブルを示した。
レスターはちゃっかりエドワードの近くへ座る。前回の話し合いでもなんだか気が合ったのだ。
「エドワード、元気にしていたか?」
「うむ。レスター殿もお元気そうだな」
「俺はいつだって元気そのものだ。そら、手土産がある。半月まん、期間限定栗あんだ…個数がないから、エドワードには先に受け取って欲しい。あとは、ジャンケンで取らせる」
「よいのか?」
「いいから、早く取っとけ」
アイリーンとアイカはこそこそしている二人に気づいていたが、見て見ぬふりをした。そのアイカに、ライナスが声をかける。アイカとライナスは、昨日あった会議で顔を合わせていた。空間転移を成功させた直後、ロードたちと、フィオやセルといったリーダーたちが集う会議だ。
「こんにちは。疲れていないか?」
人付き合いに必要最低限の笑顔でライナスは尋ねる。空間魔法の練習のことか、アイカの立場のことを気遣ってくれているようだ。
「はい、大丈夫です。ありがとうございます。今日もよろしくお願いします」
アイカが微笑んで、握手を求めると、ライナスはさっきよりもちゃんと微笑んだ。
「ああ、よろしく、アイカ」
昨日も思ったが、ライナスの手は予想よりもかなり大きめだ。エルフらしく綺麗な手ではあるのだが、戦士だな、とアイカはなんとなく感じていた。
そういえばスーラも、身長が高い印象に負けてしまっていたが、手も大きめだった。
(スーラさんは、剣士かな…魔法使いかと思ってたけど…魔法剣士かな)
エドワードと話していたレスターも、アイカのほうへ向き直った。
「アイカさん。俺はレスターです。『緋炎の月』のレスター。よろしく」
レスターは、ヒューマンだった。体つきも、手も、ヒューマンの戦士は分厚くがっしりした印象になる。レイキもそうだ。握った手は、ごつごつして頼もしかった。
親近感を覚えながら、アイカは手を握り返す。
「よろしくお願いします、レスターさん」
そうこうしているうちに、昼食が出来上がった。
どんどんと大皿と、取り皿が運ばれる。
「おー、美味そうだ」
素直に目を輝かせて言ったのは、レスターだ。
ふふん、とエルフの双子が胸をそらす。
「美味いよー」
「おやつはリオナご飯は双子、ってね!」
「おやつはリオナご飯はシアーナだろ、捏造するなよー」
フィオの突っ込みに、ライナスがふっと笑った。
「『琥珀の盾』のことわざか?」
「おう」
「『緋炎の月』にもあるぞ…ココルネの回復術、クレィニァの変身術」
ほぼ真顔で言ったライナス。同『緋炎の月』のレスターは、それを聞いてにやっとした。
「…? ほかの人より秀でているってことですか?」
どういうことか分からず、アイカは首をかしげた。空人であるクレィニァが、変身術で姿をヒューマンなどに似せていることは知っている。
レスターもライナスも愉快そうに笑った。
「逆だよ。優れた者でも不得意な分野はある、ということわざだ。そして、それを任せるのはやめておけという警告だ」
レスターが言って、アイカは赤面した。『緋炎の月』のロードとサブロードに失礼なことを言ってしまった気がしたのだ――ことわざ自体が失礼だが、それはこの際問題ではない。
そんなアイカの気も知らず、『琥珀の盾』のアーシェとメルはのりのりだ。
「あーじゃああれだね、“フィオに遠距離”だね」
「あとは、“セルにアタッカー”とか」
「んー、”オルトに早口言葉”」
「あ、“レイキにアイカ”!」
「あっはは、”セルにリオナ”じゃん!」
どんどん軸が振れていく双子の会話に、皿を運んでいたコロナが一言で止めを刺した。
「双子に一貫性のある会話、ですね」
コロナには決して悪意はない。『琥珀の盾』メンバーはわかっている。冗談が言えないのだ。冗談を言ったとしても、言い方や内容がきつい。
「”コロナに冗談”だね」
スーラが冷静に一撃必殺をかました。えっ、とコロナが少し視線を泳がせて、すみませんでした、と、双子に言えば、きゃらきゃらと変わらない騒がしさで応じた。
「あたしたちのはブレてるんじゃなくて発展してるのよ、覚えといて!」
「スーラもきっつー!」
やがて、テーブルには食事が並んだ。
キノコやかぼちゃ、豆がごろっと入った和え物や、ベーコンとほうれん草のキッシュ、ふわふわ白身魚のムニエル、レタスや色んな野菜をサッパリ味付けしたサラダなど、大皿から好きなものを取るようになっていた。スープと、最初のパン二切れだけは個別に配膳された。豪華だ。
そうして、昼の食事会…もとい、精鋭部隊の集いが始まったのだった。
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