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For an Oath -Ⅲ

     

 

For an Oath - Ⅲ 1 ​/ 2 / 3 / 4 / 5 / 6 / 7 / 8 ​)

 

 

「なんかすっきり納得してない顔だな?」

 部屋に戻ってすぐ、フィオは武具を外してベッドの傍に置きながら、何気なく言った。図星だった。リーフは剣も外さず自分のベッドに腰掛けて、頭の中でまわっていたもやもやをどう言葉にしたものか逡巡した。

「…当然だと思いますよ」

「オルトのことか?」

「それもです」

 オルトが悪魔と契約しているなんて、精鋭部隊の作戦会議まで知らなかったのだ。何日も一緒にいたのに全くわからなかった。それはそうだ、オルトはリーフの命を救ったのだ、どうして悪魔と契約しているだなんて思いつくのだろう。

「も、ってことは…あとは、精鋭部隊がとんでも変人ばっかりでついていけねー!ってとこか」

 身も蓋もない言い方だった。リーフは、いたずらっぽく笑ったフィオに目を向けて、正直に頷いた。

「とんでも変人ばっかりですよ本当に。…僕は場違いだ」

 特にエルフたちが…と、エルフ本人の前で言うのは止めた。

 それでも、とリーフは思う。精鋭部隊を辞めたいわけではないので、勘違いされないようにそれも言葉にしておく。

「…僕はここにいる理由があるから、やりますけどね」

「その思いがあるなら、場違いなんかじゃないさ」

 リーフを精鋭部隊に抜擢した本人は、当然のことのようにそう言った。予期せずリーフは心がくすぐったくなる。しかしそれは少しだけだ。力不足は変わらない。それに、共に戦う仲間への、仲間であるはずの人への、黒い気持ちも。

 信じたくても、信じられないじゃないか。悪魔と契約してるだなんて。

 そう感じているのは、リーフだけなのだろうか。他のメンバーは、何も言わない。冒険者ではない上悪魔のせいで大変な目に合っているエドワードやアイリーンでさえも。

「…オルトさんが、僕を助けてくれました。…でも…」

 フィオはベッドに腰掛けて、小さな木の欠片と、小刀を取り出した。ただそれを眺めている。リーフは静寂の中で言葉を探した。そうしながらふと、どうしたいのだろう、こんなことを話して何がしたいのだろう、と、疑問に思う。

 フィオがちらっと目を上げた。

「オルトは優しいやつだよ」

 一言だけ言って、また木片を眺め始める。彫り始める様子はない。リーフもなんとなしに木片に目を向けた。太い枝を一部切り取ったような、手のひらサイズの丸太。

「悪魔は信じられません」

 うん、と、フィオは声だけで相槌をうった。やはり木の欠片を見つめたまま、フィオは話す。

「俺の友達もそうだ。

そいつは、悪魔討伐のためなら信じられない無茶もやらかす。今は落ち着いたが、知り合った頃はひどかった。あいつは悪魔のことを憎んでいた。絶対に許せなかった。当然の思いだ、契約者に両親を殺され、攫われたんだから」

 酷い話にリーフは眉根を寄せた。

 当然の思いだ。

 それはリーフの思いとかっちり当てはまった。

「今でも多分、悪魔のことは信じてない」

 フィオはふとリーフに目を向けた。それは口調と同じく穏やかなものだった。

「でも、オルトのことを信じている」

 じわっ、とリーフの心に滲んで染み込んだ。そうしたい。信じたいのだ。だが、それでも、オルトは契約者で…。フィオになにか言い返したかったのだが、うまい言葉がみつからない。オルトは悪魔と契約している。オルトが悪いと言いたいわけではなく、ただ、オルトは悪魔と契約している。それだけだった。理由はそれが全てで、簡単すぎて、説明もなにもできない。

「…契約者ですよ?」

 リーフを見ていたフィオは一度瞬きをはさんで、木片に目を落とした。

「ひとつ、事実を話しておこうか…。オルトは…契約内容を覚えていないくらい幼い頃からシュラインと一緒にいたらしい。

 契約をきちんと交わしたのか、何を約束し、約束されたのか、オルトは分からないと言う。それに、少なくとも俺は、シュラインがオルトを『契約者』と呼ぶのを聞いたことがない。出てくればいつも、『この子』と呼ぶ。不思議なことにな。

 話がややこしくなるから、俺たちは、契約者だと思っていることにしている。

 ともかく、オルトはシュラインと一緒にいる。これも本当だ。だが、オルトに悪意があるように見えたか?」

 リーフは口ごもった。ここにきて、オルトが契約者なのか曖昧になった。だが悪魔と一緒にいるのだから、契約者以外にないはずだ。しかし、悪意なんて、欠片も感じなかった。それどころか、命を救われた事実もある。

「…契約者だと思わなかったんです」

 なんとなく後ろめたい気持ちになったリーフは、歯切れ悪く言った。フィオは変わらず、木片を見つめる。

「オルトが危なくなれば、俺たちが助ける。本戦では、その役目を俺の友達が担う。もし、悪魔がオルトに害をなせば、あいつはやっぱり無茶をしてでもオルトを助けるだろう」

 フィオは微かに笑って、ようやく自分のことを話した。

「俺はオルトを契約者だと思っていない。シュラインのことはよくわからないが、オルトの近くにいる悪魔だから警戒してる。悪魔がなにかしようとしたら、容赦しない」

「悪魔がオルトさんを取り込もうとしたら、ということですか?」

「んー、それに限らず何かしようとしたら」

 フィオは目を上げてリーフを見た。

「悪魔と契約してるにしろしてないにしろ…オルトの場合は、一緒にいないと生きていけなかった。それくらい幼い頃から、一緒に生きてきたんだ。悪魔や契約者のことを知ったからって、簡単に別れられるもんじゃない」

 フィオの言っていることは、頭では分かった。しかし、リーフは心で納得することが出来ない。オルトは何も悪くない。ただ、悪魔がいるから…。悪魔とオルトは別でも、オルトは契約者のようなものだ。

 すっきりできないリーフに、フィオは、まあ、と付け加えた。

「冒険者やってたら、悪魔が憎くてどうしようもない時期もあるさ。しかし、目的を忘れるなよ、俺たちの敵はオルトの悪魔じゃないんだ」

「ええ…わかっています」

 リーフは応えて、ようやく装備を解き始めた。

 フィオは木片を目の高さに持ち上げて、観察し、木目を指でなぞる。それから思い出したようにリーフへ目を向けた。

「あれだったら、いつか俺の友達の話も聞いてみたらいい。あいつは俺なんかよりずっと過激だったからな…もっと色々、深いところの気持ちも上手に話してくれるかもしれない。どうやってオルトのことや、悪魔のことに折り合いつけてるのか、参考になるかもしれないぜ」

 さっき話していた、フィオの友達のことだ。幼少期に悪魔に遭遇してしまったという人のことだ。

「どなたなんですか?」

「セルだよ」

 リーフは一瞬ぴんとこなかった。憎しみに満ちた戦士の顔をもつ人物を想像していたから、セル、と言われても当てはまらなかったのだ。

 フィオは言い直した。

「俺たちを送り出してくれた『琥珀の盾』の回復術士、セルだよ」

 このエラーブル村に来る前に、会った人だ。オルフィリア――アイカの空間魔法のことを話した人。

「え…あの人??」

 優しくて優秀な、たまに頼りなく見えるエルフの魔法使い。少し会っただけだが、そんな人だろうと思っていた。憎しみとは無縁なのだろうと。

 それが、リーフの心と重なった憎しみを抱いていた人物だという。その憎しみを通り越した先に、あんな柔らかく笑う回復術士がいるなんて…道筋が全く想像できなかった。

(あんな風になるものなのか…いや、長く生きていればそんなものなのか??)

 考えが表情に丸出しだったのだろう、フィオは笑った。

「あいつは俺より十年分くらい年下だよ。だけど濃くて過酷な少年時代だったせいか、会った時からしっかりしてたよ。あー、違うな、しっかり無茶苦茶してたよ」

 そういう人なのか? 戦いになると実は怖い人なのだろうか? リーフの中で、ほぼ第一印象しかなかったセルのイメージが変わっていった。

「普通に話してもいいけど、一回怒らせてみたら、色々裏が見えるかもなー」

 面白そうに言うフィオに、リーフは眉をひそめる。

「それ大丈夫なんですか?」

 というかあの人が怒るのだろうか? リーフはもはや興味本位でたずねた。フィオは当然のように応えた。

「さあ、俺はやらないよ。まだオルトの悪魔と戦うほうがマシだな」

 

 

 翌朝、日の出の頃にはほとんど身支度を終えた。

 宿の人が早くから朝食を準備してくれた。今朝の予定を事前に聞かれていたスーラが伝えていたそうだ。

「何も動きがないけど…注意してね。村組も、魔法使いはコロナだけなんだから」

 メルのことばに、剣を携えたスーラが、おーい、と突っ込む。

「私、回復術士」

「あ、ごめん」

 

 ダンジョンに向かうのは、リーフと、パーティリーダーのフィオ、メルとアーシェ、アイリーン、そして、アイカだ。

 出発前に、リーフはアイカから改めて挨拶された。

「リーフさん。一緒に頑張りましょう! よろしくお願いします」

その様子は、第一印象とは違った…おっとり天然?いいや、凛々しい、という言葉が合っているかもしれない。

 レベルを考えてもそんなに強くないだろうし、頼りになるかと言われればならないのだろう…ただ、信じられる人だ。

 ルナティアが守ろうとしている人だから、守ろうと思った。エドワードも、オルフィリア――アイカも。

 今、アイカが、リーフに向かって微笑んでいた。

 不思議なことに、それだけで、アイカの助けになれたらいい、と思えるのだった。エドワードもそうだ。リーフと初めて話したあの時、深く考えていなかったが、同じ感覚を覚えた。理由もなく、この人を助けられたら、と思った。

 リーフもついアイカに微笑んだ。

「ええ、よろしくお願いします」

 この一時、リーフは理由のない一途な気持ちになるのだった。

 

 6人は早朝のうちに出発した。

 スーラに言われたように北西へ向かう。

「ああ、あっちだ…」

 まばらに木々が生え、草花がところかまわず顔を出す、道なき道。そこを、メルが先導する。

「何かいるねえ。あたしに分かっちゃうってことは、そういうことだねえ…」

 メルはちらっと振り返ってフィオに目配せした。

 メルが感じ取るのは、マナの変化や、濃度の違い、らしい。つまり、魔法を発動前から察知することができたり、悪魔や精霊といった、いわゆる“マナの塊”が居ることが分かったりする。

 やがて6人は、地面がズレて出来たような、身の丈ほどの壁に行き当たる。その壁に沿って少し進むと、ぽっかりと開いた暗い穴があった。

「これだね」

 メルが確信をもって言った。

 穴は、屈まなければ入れないが、その後は深く続いているようだ。暗くて奥は見えない。

「悪魔か精霊かまだわからないけど、いるよ」

 静かにそう言いながら、メルは視線でメンバーに注意を促した。アーシェは何も言わずに、メンバーに防御の魔法をかける。物理的な防御と、魔法に対する防御の二種類だ。不意打ちや、魔法の全体攻撃が来たときなどに、特に役立つ。術者によるが、一時間程度は持つ魔法だ。

 その後ろで、アイリーンが《転移先》の魔法陣を描き始めた。比較的平らで、草の少ない土の地面。深い紫と黒のロッドでくるりと円を描き、慣れた様子で図形を刻んでいく。

「すごいねえ、《転移先》作れるんだねアイリーン」

 メルが関心して思わず声をかけた。メルもアーシェも、空間魔法はからっきしなのだ。

「いいえ、二十六年もあれば、これくらいは。念のためです」

 フィオは入口に近づいて、足元も壁も頭上も、ぱっぱと調べた。忘れがちだが、罠発見などのシーフ技能もそこそこ習得してるらしい。万能すぎだろ、とため息をつきたくなる段階を、リーフは既に過ぎていた。

「よし。目的は、畑荒らし退治だ。…もちろん他の可能性も視野に入れてな。行くぞ」

 

 フィオを先頭に、すぐ後ろをメルとリーフ、次いでアイリーン、アイカ、アーシェと続く。暗いダンジョン、エルフのフィオの眼ならば見通せるのだろうが、あとのメンバーはハーフエルフ。エルフほど目はよくない。《照らす光》の淡く白い光がダンジョンを照らした。入口こそ狭かったが、数メートルも進むと、不揃いな広さの岩の洞窟が広がっていた。

「こんなとこあったんだ…」

 呟いたアイカの声が、小さく響いた。足音も、ひそめているはずでも、微かな音がかさかさと鳴って聞こえる。

「《忍び足》してもいいけど…」

 メルが口ごもる。フィオは、いや、と即答した。

「温存してくれ」

「うん、そうする」

足音を消すというちょっとした魔法でも、意外と消耗するのだ。6人にかけるとなると、なおさら。それよりは、いざという時に備えて温存したほうがいい。

 

 足音を忍ばせて、何かが潜んでいないかと目を光らせ、進んでいく。

 やがて、左手に分かれ道が見えた。

「それは外れ。真っ直ぐのほうに、いるよ」

「そうか…」

 メルの言葉にフィオは少し考えた。すぐに、リーフに目を向けた。

「リーフ、最後尾を任せる。前は俺に任せろ。アイカとアイリーンは後ろに気をつけつつ臨機応変に頼む」

 なるほど、とリーフは思う。一人旅では出来ない作戦だ。はずれの道とはいえ、悪魔ではないものがいる可能性はある。魔物や、あるいは、誰かが。このまま先に進めば挟み撃ちに合う可能性があるということだ。

 指示にそれぞれ返事をし、リーフは最後尾へまわる。が、フィオは思い出したように呼び止めた。

「リーフ」

「はい?」

「前方で俺が悪魔と戦い始めたとしても、最後尾を頼む」

 もちろん、当然です、という返答ができなかった。そうなればきっと、リーフは前に出たかもしれなかった…それが容易に想像できすぎて、リーフはひやりとした。一人旅ならば、主力は自分だ。自分だけ守り、自分だけ戦えば済む。今回は違う。守る人がいる。

 悪魔の挑発はきっと巧みだ。自分は悪魔相手に冷静でいられないかもしれない。そして、悪魔はそういう部分を狙ってくる。背中が空けば、途端に崩される。そんなことも、分かっていたはずなのに。

「…わかりました」

 危なかった、とリーフは密かに思った。

「ようこそ最後尾へ―♪ しっかり守るからしっかり守ってね」

 アーシェが軽い調子でリーフを招く。この手のタイプはあまり得意な性格ではないが、アーシェが弓も魔法もできることを知っている。リーフは付き合い程度に微笑んだ。

「ええ、よろしくお願いします」

 アーシェもアーシェで、リーフがこんな感じなのだと分かっていた。友達にはなれないかもしれない。だが、戦友にはなるだろう。

 隊列を入れ替え、進んでいく。背中を常に警戒したが、特に何もなく、順調に進む。

「行き…止まりじゃないな」

 先頭を行くフィオは、急に狭くすぼまった道――というか、もはや穴――を覗き込んだ。進むなら、一人ずつ這っていくしかない。

「あー…いけそうだな。この先だろ?メル」

「うん」

 フィオは一瞬、隊列の最後尾を通り越して視線を投げた。リーフも釣られて背後を確認する。何もない。

 フィオはさっさと穴を通り始めた。敵が狙って攻撃してくるなら、今だろう。リーフはなんとなしに剣の柄を撫でた。

一分もしないうちに、フィオの声が少し遠くから届いた。

「こっちは広い。後ろ警戒しといてくれー」

「あいさー」

 なぜかメルが返事をして、潜り始めた。

「あたしたちの代返してくれたみたい」

「代返?」

 うん、とアーシェは頷く。軽い口調と裏腹に、”何気なく”という言葉が当てはまるほどなめらかで慣れた動作で矢をつがえた。

 はっとしてリーフも剣を抜き、通ってきた道、暗闇に目を向ける。

 

「弓士、舐めないでよ――《輝き 纏え》」

 矢が真っ直ぐに飛ぶ。白く眩しい光を放ちながらそれは、まだリーフの目には見えなかった暗闇の中の敵を照らした。時間にして一秒未満、見えた敵はまだ遠かった。横長で、二メートルほどあるだろうか。硬質な太い蔦が組み合わさってできたローラーのようなものの両端から短く大きな灰色の足が二本ずつ出ていて、その上にはひょっこりと何かがくっついている。金属質なローラーに対して、それは何かの動物のようにも見えた。そいつは、ガキッと硬質な音をさせて光を叩き落とした。

「《忍び足》かかってるじゃん」

「召喚物のようですね。大きな畑によく合った形のようです」

 いつの間にかやってきたアイリーンが考察した。本当は、エラーブル村で役立つ召喚物だったのだろうか。黒幕が村の中にいる可能性がメンバーの頭をよぎる。

 フィオ! とアーシェが声を張った。

「あたしたち召喚倒すから!そっち任せる!」

「了解! 無理するな!」

「アイカは先に…」

「行ってもらいました」

 アイリーンがさらりと言った。

「前衛が必要ですが、魔法でダメージを稼ぐほうが良さそうですね?」

 やるじゃん、と言わんばかりの笑みをアーシェは浮かべた。矢が弾かれることは、すでに分かったことだ。魔法のほうが効果が高い可能性がある。

 先に進むための穴があるこちらに来るほど通路は狭くなる。三人は、詰められる前に少しでも広いほうへ、つまり敵の方へ散開しながら向かった。

 本来戦闘用でない召喚物であるなら、盾の防御力も、剣や魔法の攻撃力ももたないか、少なくとも、かなり低いはずだ。侮って挑むわけではないが、リーフの剣が通用するのか試す意義は大いにあった。とくに、あの動物のような部分に対して。ただ、気がかりは、アーシェの矢を簡単に叩き落としたこと…素早さは相当なものだろう。それに…どうやって叩き落としたのか、はっきり見えなかった。ローラーと、動物と、大きな足、何を使って叩き落としたのだろう?

 右側に回ったアーシェが再び矢を放った。ガキンッ!またその音とともに叩き落とされる。今度はその瞬間が見えた。

 ローラーを構成している蔦の一本が解け、生き物のように動いて叩き落としたのだ。

 距離を詰めると、ローラーの両端にいる動物がリーフを見た。毛に覆われふわふわしたものに目だけ付けたようなもの。剣を振る前に、ローラーがその動物たちの尻尾にあたる部分だと、リーフは気がついた。

 

 二匹いるのだ。

 大きな二本足の動物が、金属のような長い尻尾を絡み合わせてローラーを形作っている。

 二匹。それが分かった瞬間、リーフの頭の中で次の一瞬の動きが目まぐるしく浮かんだ。前衛はリーフだけ。アーシェとアイリーン。魔法弓士と魔法使い。相手は素早い。あの尾が単体で動く。一体につき5,6本。

「二体いる!」

 叫んで、リーフはアーシェのいる右側のほうに斬りかかった。

 ざあっと、尾が解けて、二本足の動物が剣を躱して後ろへ跳んだ。尾が三本まとまってリーフに振り下ろされる。剣でそれを受け止め、金属音が響くや否や、リーフは唱える。

「《盾》!」

 バシっと激しい音が鳴る。残りの尾が一瞬遅れてリーフに振り下ろされていたのだ。《盾》に守られた数秒で、リーフは前進する。長い尾はなおリーフを捉えようと《盾》にぶつかり、周囲で激しい音を立てていた。

 尾の檻の中に、リーフと動物の本体がいるような状況。《盾》が消えれば、リーフは一気に不利になる。だから、一体はこれで倒す――リーフは真っ直ぐ、本体に突きを繰り出した。

 その剣を挟み、反らすように、檻の隙間から鋼鉄の尾が降り注いだ。動物の手前で切先は尾にぶつかり狙いを外す。

 もう一体が守りに来たのだ。

 リーフは剣を一旦引く。金属同士がこすれて甲高い音が鳴る。

 もう一度。リーフは構えたが、攻撃に出る前に激しい風が起こった。同時に、檻の一部が素早く動き、隙間ができる。《盾》が切れたリーフはそこから転がり出た。

 守りに来た一体は、アイリーンからの魔法攻撃を受けていた。アーシェの矢を二匹は尾で防いだが、魔法のほうは防ぎきれなかったようだ。

「――ファイアボール《炎の球》」

 アイリーンが何発目かの魔法を放つ。それは強い風の壁にほとんど防がれた。風の魔法を、相手は扱うようだ。

「――バインド アース ヴァイン《縛れ 地の蔓》」

 いつの間にか詠唱を終え、アーシェの魔法が発動した。大地が隆起し、敵の大きな足をがっちりと絡めて固まっていく。

 風の魔法は既に途切れた。リーフは足元に気を取られた敵へ突進し、剣で横一閃する。それほど大きくない動物本体は、断末魔を上げる間も無く両断された。召喚物であるそれは、空中にほどけていく様に消えた。

 まず一匹。

 この先魔法には頼れない。特にアーシェは、そろそろ、使いすぎだ。《盾》はあと2回分ほどスペルストラップに込めてあるが、多用するような魔法ではない。

 残った一匹は、《地の蔓》の拘束を解くことを諦めた。本来継続時間は短いのだが、アーシェがそれを集中して延ばしている。簡単には解けない。決意したようにリーフをキッと見て、長い尾を構える。獣の暗い目が、不慣れであろう「殺す」をリーフに伝えていた。

 

 そのとき直感した。この獣は、人殺しのための召喚物ではなかったのだろう。だが、もうそうではなくなった。リーフは獣の全身からそれを感じ取った。話し合える段階だったなら、戦わなくてよかったのだろうか。

 リーフは構えた。尾のせいで迂闊に突撃できない。一匹目と同じ手段が通じるとは思わない。

 リーフは、合図を待った。示し合わせなどしていないが、動くべき時がある。

 緊張の糸。それは、長く感じられる数秒の後、唐突に切れた。獣の焦点がリーフからずれた、その一瞬。リーフはそれを感じ、魔法使いの二人はマナの動きを感じた。アーシェは集中を継続し、アイリーンは獣に対抗して詠唱しマナを集める。剣を握る手に力が込もり、リーフは、決して遠くはない、だが近くもない、その距離を、数歩、踏み込んで間合いに捉える。獣は、その目は、一瞬のその動きの中、再びリーフを捉えた。魔法を辞め――魔法はもともと囮だったのだろう――、長い尾で、リーフを刺そうと、狙い、動く。魔法をやめるにもそれなりの時間がかかる。リーフが距離を詰めるのと、魔法の取り消しと、その時間が過ぎ、そして、リーフは剣を振る。

 だが、それは空を切った。

 

 予想していた手応えがなく、リーフは面食らう。手応えどころではない。獣は、剣が届く寸前に姿を消してしまった。

 どこにいったのか、どういうことかとリーフは戦闘態勢のまま辺りを見回す。獣が居た場所では、アーシェが継続していた《地の蔓》が崩れて消えていくところだった。魔法の継続をやめたアーシェも、警戒しながらあちこち見回している。

「引っ込めましたね」

 集中を解いて、アイリーンが言った。

「術者が、召喚術を終了したようです。あるいは…術者が魔法を継続できない状況に陥ったようです」

「そっか」

 アーシェのその一言に、どことなくほっとしたような響きを、リーフは感じた。

 再召喚の恐れはない。原則、術者の近くでしか召喚はできないのだ(一度召喚すれば、術者次第だが距離があっても継続できる)。

「フィオさんたち追いましょうか」

「だね」

「そうですね」

 3人は再び、通路とは言い難い穴へ向かった。

 もしかしたら、この先に術者ばいるかもしれない。メルは、悪魔か何かがこの先にいる、と言っていたから、ひょっとしたら悪魔と契約者だろうか…。

 3人がそれを直接確認することはなかった。

 

 

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