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For an Oath -Ⅱ

 

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***

 

 天使のように舞う彼女は、まだ変わらず舞っていた。

 彼女の方へ一歩近づく。

「ウィザード・シルファー」

 声は少し掠れていた。

「私は、もう、ここへ来られなくなります。私がここにいると、外での出来事が何もわからない。その間に、アルフェは…悪魔は、なにかしている。今更気がついたのです。今更…。少なくとも、城の召喚士を使って町を襲撃していたことを知りました。もう、させません」

 シルファーは何も反応を示さなかった。

 もう虚しさにも慣れて、私は独りごちる。

「誰か動いているだろうか…『緋炎の月』あたりが悪魔に気がついてくれたら…。早く、来てくれなければ…。ルナは、無事だろうか…エドワードは生きているのか…」

 ふ、と疲れ果てた笑いを漏らした。

「私はこうやって、独り言を言っているだけ…」

 最後にもう一度だけ、と、シルファーを目で追いながら語りかけた。

「ここにくれば、この程度は正常でいられる。私はまだ、自分の全てを失ったわけではありません。

 だからこそ…ウィザード・シルファー、どう思われますか?

 私は今、自害すべきだろうか?

 城を取り戻しに来た者たちに、私はきっと容赦なく魔法を放つだろう。

 しかし、もしも、あなたが狂った私を討つと約束して下さるなら、私は外へ出て、少しでも悪魔の足枷になるよう死力を尽くしましょう。

 ウィザード・シルファー、あなたが何もおっしゃらないなら、私は自害します」

 ふわりふわりと、シルファーは舞う。

 予想はしていた。だが、すがるしかなかったのだ。これまでも今もずっと、我関せず、と舞い続ける、この、魔法使いに。他にどうすれば良かったのだ。マナが無い場所なんてここしかないし、外に出ようとすれば手を打たれるに決まっているし、よしんば出られたとして、その後は城に近づけない役立たず、さらに、これまでの自分は既にいないのだ。自覚しづらいが、何かが歪んでいるのだ。

 とうとう、押し込めていた言葉を乱暴に投げつけた。

「なぜ答えて下さらない! あなたがいれば何か変えられるかもしれないのに! 死ねと言うなら死にます! 城も何もかも、もう勝手になさればいい!」

 ぱっと踵を返し、扉へ向かう。外に出て魔法が使えるようになったらすぐに、一瞬で死んでやるのだ。

 大股で去る私の前に、シルファーが躍り出た。

 舞いの最中に偶然来ただけだ。シルファーがどくのを待った。だが、すぐに気がつく。

 

 違った。本当に止まった。

 

 舞いが、止まった。

 シルファーはいつものように、少し悲しげな微笑を浮かべたまま、その唇を開いた。

「なぜなら、私の助け無しで、貴方はここまで出来るから」

 少し空気を含んだような薄い声だった。

 呆然とした。この魔法使いは、声をもっていたのか!

 私を見つめながら、シルファーは続ける。

「私は常に『神の石』を守る者である。他に構うことは、守りにひびを入れることになりかねない」

 ふう、とシルファーは息をついた。すると、白い翼が消えた。

「私にも大切な友人がいた。エルフ族のセレネといった。彼女も私も外れ者だった。私たちは二人で『西』からこの『北』へやってきた。私たちは、ただ、自らの運命から逃れたかったのだ。

 私は堕天使。ルシフィル、我が母ルシ、そして私」

 何を話し出したのか、と、ただ聞いていたが、堕天使と聞いて内心驚くと同時に、このマナの無い空間に納得した。

 シルファーは頷く。

「ディル族のルシェン。察した通りだ。この空間で私だけがマナを扱えるのは、そういうわけだ。

 マナのバランスを調整する天使の能力。私はそれを受け継いでいる。翼はもはや飾り、空には戻れないがな。

 私はセレネとともにここへ来た。エルディンと出会ったことで、私は私の天職を見つけた。『神の石』の守護者だ。

 セレネは、私たちの友人から預かった白き剣をエルディンに託し、旅を続けている。今はどこにいるのか…」

 シルファーはなつかしく微笑んだ。

「こうしてすべてを懐かしく思えるのは、セレネとエルディンがいたからだ。

 私は何よりも『神の石』を守る。それが私の役目であり、エルディンとの約束だ。そして、セレネとエルディンの大切なものも、全てとはいかぬが、第一の役目の次に守ろうと思う」

 

 シルファーは優しく微笑んだ。

「自害は思いとどまりなさい。

 このままでは貴方は悪魔リューノンに取り込まれる。残念ながら、私には天使程の力も、協力してくれる仲間もいないから、リューノンのような強力で狡猾な悪魔を消すことは愚か、追い払うこともできない。

 だが、私ではなく、同じくこの国内にいるあの悪魔なら…リューノンと対を成すあの悪魔なら、可能なはず」

「あの悪魔…? 悪魔が悪魔を倒すというのですか? 吸収ではなく?」

 思わずたずねた。強い悪魔が弱い悪魔を吸収することはあるらしいが…。

 シルファーはあっさり頷く。

「悪魔リューノンが全力を出せば、天使族が動く。だからリューノンは全力が出せない。一方であの悪魔は、少なくとも城にいるリューノンより力を出すことができる。

 メア城を取り戻すという点においては、私とあの悪魔がいる限り勝ち戦だ。そもそも、悪魔リューノンならば勝つことなど微塵も考えていないはずだ。

 目的は戦、そこで喪失を経験する人の心だろう」

 シルファーは静まった水面のような銀の瞳で私を見据えた。

「貴方が本当に悪魔リューノンに勝つには、貴方は大切なものを忘れてはいけない。それを守らねばならない。成せずとも、絶望してはならない。

 つまり、信じること。心から。疑う余地もなく」

 あまりのことに目眩を覚える。

「私は…すでに失い、絶望し、だからこのようなことになっているのです」

「それでも貴方が私に助けを求めるのは、まだ失っていない守るべきものがあるから」

 はっとした。

「…その通りです。エルナが守りたかったものを…」

「そう。

 貴方はもう悪魔に近づくことはできない。すぐに取り込まれるだろう。そして歪み、貴方は今の貴方を失う。

 そうならないために、これをあげよう。悪魔から離れれば正気に戻ることができるように。しばらく持ちこたえられるだろう」

 シルファーはゆるく三つ編みにしていた銀の髪を解いて、一本を根元の方から魔法で切った。

「指を出して。手袋は外して」

 言われるまま手を出すと、シルファーは近づいた。

「貴方は暗器使いだったな。好都合だ。手袋と袖とで隠れる」

 シルファーは何やら歌うように唱えながら、器用にルシェンの小指に銀の髪を結んだ。

「あとは貴方が、上手にやらなければならない」

 シルファーはまっすぐ私を見た。

「貴方は待たねばならない。戦が始まるのを待ちなさい。

 悪魔に隙はない。無防備ならば、それは罠と心得なさい。

 ――目を閉じて」

 シルファーに命じられるまま、私は目を閉じた。

 すると、意識の中で私は城の正面から入り、迷路のような通路を風となって駆け抜け、地下へ入った。暗い地下牢の通路の一番奥の重たい扉が、開く…。

 

 ” そこに、貴方の友人がいる ”

 

 パッとは目を開けた。

「そんな…ルナ、が…!?」

 城の周囲には注意を払っていた。先に悪魔に見つかるなんて…。いつも意識していたのに――そう、ここに居るとき以外は。

 そもそもルシェンは、ルナに手を出さない、とリューノンに約束させたはずだった。

(どうなっている? 私は、正確には、なんと約束した? 確かに手を出すなと…代わりに私は、アルフェからいつでも城内で行動できるようにされた…)

「貴方は待たねばならない」

 その言葉の残酷さに、歯を食いしばった。

「今行けば、貴方は友人を殺めるだろう。エルディンのときのように」

「…!」

 少し俯いた視界に、シルファーは滑り込んで目を合わせる。ディル族独特の、不思議に光るような藍色の瞳と、堕天使シルファーの銀色の瞳。

「戦を待ちなさい。必ず、近々始まります。そして、悪魔たちが戦い始めたら、貴方は友人を解放するのです。

 戦が始まれば、貴方がどうなろうと悪魔は気にもとめないでしょう。

 私の与えたその小指の守りが悪魔の計算を狂わせる。

 貴方は戦が始まる頃、まだ正気を保つことができる。

 上手になさい、ディル族のルシェン」

 

 

 

 

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