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For an Oath -Ⅱ

 

For an Oath - Ⅱ( 1 ​/ 2 ​/ 3 / 4 / 5 / 6 / 7 / 8 / 9 

 

 

 翌日、午後。

 大剣の風圧を感じながら、リーフは低い姿勢から突く。

 これはかわせない――相手の様子からリーフははっと我に返った。切先を逸らし、勢いをどうにか鈍らせる。

 相手が反射的に動いたこともあり、リーフの剣は、相手の首のすぐ横、右肩に当たり防御魔法に防がれた。

 打ち合っていた二人は一時動きを止める。

 やがてリーフは剣を引いて、はーっと胸をなでおろした。

 その様子に相手を苦笑する。

「おいおい、殺る気だったな?」

 『琥珀の盾』のウォーレスだ。

 エルミオ、オルト、リーフのいる拠点の家主である。

 リーフは新しい片手剣を――『琥珀の盾』エルミオの伝手で安く――購入し、ウォーレスに打ち合いの相手をしてもらっていた。

 もちろん剣には斬れないように魔法をかけ、念のため簡単な防御魔法もかけて行っていた。

「つい本気になってしまって」

 リーフは少しすまなそうにした。防御魔法があっても、真剣を用いて本気の突きが首に当たれば、斬れないにしても打撃としてひどいダメージが入るだろう。

「寸止めする予定でいたんですが、ウォーレスさんが本業の大剣に持ち替えたら、僕は本気でやらないと勝てなかったんですよ、残念ながら」

 リーフはあまり表情を変えないが、それでもむすっとしているのが分かった。ウォーレスが愛用の大剣に持ち替えてから、リーフは一勝三敗だ。ウォーレスは間合いを詰めさせてくれないのだ。詰めても、ダガーを上手に使ってくる。

 初めはウォーレスがリーフに合わせて片手剣で打ち合っていたが、実戦に近い状態でもやりたいと、リーフが提案したのだった。

「これが冒険者レベル59以上の剣士というわけですね」

「リーフも資格とれば宿とか安くなるぞ?」

「何の話してるんですか。もう1回お願いします」

 距離をとって構えたリーフに、やれやれとウォーレスも構えてやる。

 

 本当は、片手剣を使うエルミオが適任なのだが、作戦会議やら顔合わせやらで飛び回っている。オルトもだ。

 リーフとウォーレスは昨日初めて会った。なんとなく一番話しやすいので、この短時間でそこそこ仲良くなった。他のメンバーがエルミオとオルトなので、一番話しやすいのは当然といえば当然かもしれない――エルミオは何年生きているのか分からないし、オルトはオルトの道を行く。

 リーフはエルフの血が混じっているようだが、ウォーレスはあまり年齢差を感じなかった。

「分かったが、片手剣にさせてくれ」

「何言ってるんですか。次からは僕が勝ちますからあと二回程お願いします」

 大剣では、当たれば打撃としてのダメージが大きすぎる。ウォーレスはこの打ち合いで本気を出せていない。それにも関わらず、三敗したことが気に入らないのだ。リーフは自覚がある程負けず嫌いだった。

「分かった、まず片手剣で勝負して、リーフが勝ったらまた大剣に持ち替えてやる」

 リーフはじとっとウォーレスを見る。片手剣でも勝てないと言いたいのか、と、表情が語っていた。

 ウォーレスは気づかないふりで続ける。

「片手剣なら平等だろ。さっきまでで7勝7敗だからな」

「…そうですね」

 若干不満げなままだが、リーフは頷く。もうすぐ夕方になる。打ち合えるのはあと数回だろう。勝って終わらないと、リーフはもやもやしたままになる。

 ウォーレスは大剣を収めて柵に立てかけた――町外れの訓練場、という名の広場で二人は打ち合っていた。

 

 ウォーレスが片手剣に手を伸ばした時、リーフは町に続く道のほうを振り返った。誰か来た気がしたのだ。

 訓練場の入口――柵の切れ目――から、ふたりの男が入ってきた。エルミオと…少し吊り目の、短い金髪のエルフ。双剣士だ。

「あれ? どうしてこんなとこに?」

 気がついたウォーレスが二人に声をかけた。

「ちょっと用事があって来たんだ。今、大丈夫?」

 エルミオにきかれ、ウォーレスは頷く。目線を送られたリーフも頷いた。

 エルミオの半歩後ろにいた双剣士が、すっと前に出てリーフを見る。にっと笑った。

「用事があるのは俺だ。リーフ?」

 そうたずねられて、特に理由はないが、リーフは直感する――この人とは仲良くなれそうもない。

「ええ、そうですけど。貴方は?」

「『琥珀の盾』のフィオ。よろしく、リーフ」

 フィオはにっこり、リーフは表面上にっこりした。

 それからフィオはウォーレスに向かって片手を立てて謝る。

「ウォーレス、邪魔して悪いな」

「いやあ、俺はそれほど忙しくないし」

「今日の夕飯、ウォーレスん家に食べに行くから、得意のオムライス作ってくれよ!」

 ウォーレスはぐっと親指を立てた。

「任せろ! 今日は丁度当番なんだ」

「ウォーレスが当番の日は必ずオムライスだもんね」

「卵がなければチキンライスだぜ!」

 ははは、とエルミオは笑う。

 そういえば、目が覚めてからの数日の間だけで何回かオムライスが出た…リーフはその理由を知って一人納得した。美味しかったからあまり気にしていなかったのだ。

「俺はウォーレスと先に帰ってるよ」

「おう!」

 ウォーレスはエルミオの言葉に応じ、大剣をかつぎ、片手剣を掴みつつ、悪いな、とリーフに目で合図した。

 勝ち逃げされるのは気分が悪いが、エルミオがああ言うのだから仕方ないのだろう。『琥珀の盾』の中で、エルミオの力は強い。それはエルミオが強いているわけではなく、培った信頼からそうなっているのだとリーフは感じていた。エルミオが言うのだから、何か考えがあるのだろう、と、信じられるのだ。そしてエルミオも、大抵のことはきちんと説明してくれるようだ。

 

 ふたりを見送り、ひらひらと手を振ったフィオに、リーフはさっさとたずねる。

「それで、こんなところで僕に用事とは?」

 ああ、と、フィオは天気の話でもするような気楽さで言う。

「今度の戦いで、俺はリーフと同じチームだ。だから、一度手合わせをしてもらおうと思って」

 リーフの表情が一瞬で真剣になる。

「今度の…。あなたと同じチーム?」

「ああ。まあ、あれだ。超重要チームだ。詳細はまた、な。日が暮れる前に、始めようぜ」

 フィオは剣一本で構える。

 リーフはじとっとした目でそれを見て、指摘する。

「…あなた、双剣士ですよね?」

「おう。二本目は、あんまり抜かないんだ。ソードブレイカーだったりダガーだったり、ハーフソードだったりするが…今日は一本で頼むよ」

 なんだか誤魔化された感があるが、頼む、と言われてしまったので、リーフも構えた。

 恐らくこのエルフは、ウォーレスよりも熟練の戦士だろう。本業であろう双剣を握らせれば、勝てるはずもない。別に勝ち負けを決めることが目的ではないのだが、リーフはついそんなことを考えた。

(いや、どうもこのエルフは『琥珀の盾』のガーディアンのような気がするな…となると…僕をどう使うか見極めに来たのか? 最悪、参戦させてもらえないかもしれないな…)

 それだけは避けたい。戦わなければならない理由があるのだ。

 このエルフに、自分を戦力として認めさせる、あわよくば勝つ。リーフは目標を定めた。

 その直後、気がつく。

「フィオさん、《物理防御》と《斬れない》、しました?」

「あ、してない」

 フィオは慌てて打ち合いのための魔法をかける。

 たしかに、かわせばいい、寸止めすればいい…そうすれば魔法なしでも怪我なんてしない。

(ただ、安全確保できるならしないに越したことはない。だからかけてただけだ)

 ウォーレスとの打ち合いが頭をよぎり、リーフはなんとなく言い訳じみたことを考えてしまった。

(いつもなら、僕だってそんな魔法に頼らない。だけど…)

 だけど――。その続きは、漠然とした黒い気持ちだった。剣を振るう。斬るのは、黒い影。斬ることができなかったあの影を斬るために、振るっているのだ――。

 

 ともかく、フィオがリーフの力量を量りに来た今、リーフもフィオの力を知るチャンスだった。

 重要な戦いで組まされる相手が、どんな戦士なのか。

 フィオには生きている時間も、経験も、何もかもきっと敵わないだろうが…。

(ま、それなりにやってやる)

 このエルフにとっての“それなり”はきっと本気じゃないと駄目なんだろう、とリーフは思う。

 開始の合図を待たず、リーフはフィオに斬りかかった。リーフの“本気でやる”とはこういうことだった。本当の戦闘に開始の合図などない。

 フィオは構えない状態から素早く反応して受け止める。弾いて、すぐに次の右下からの一撃も流し、そしてリーフが回転の力も加えた左の一撃を、さっと二本目の剣・ハーフソードを半分抜いて防いだ。

 リーフは一旦距離を取る。

 もう少し余裕なく受けてくれるかと思ったけど、とちらりと思う――それは、負け惜しみだった。単純に受け止められた、つまり真っ向勝負では全く力が及ばないことを理解してしまったのだ。リーフ自身、悔しさを押し込めたことは薄々自覚していた。

リーフは自分の感覚が研ぎ澄まされ、本当に戦う自分になったことを遠くで感じ、そして相手に立ち向かっていった。

 

 

 空気が変わった、と、フィオは自然と気を引き締める。リーフの猛攻を受け止め、かわしながら、何か嫌な、良くないものをなんとなく感じていた。それは恐らく、向けられる殺気だ。フィオはリーフのことを“憎むべき敵”と思っていない。“相手”であって、リーフという“相手”と、本気で打ち合うことが出来る。しかし、リーフは…。

 リーフは本気だった。それはいい。力量を量りたいのだから、そうでなくては。

だがその“本気”の方向性が、例えばフィオが悪魔だったなら、利用しやすいだろうと思えた。

 フィオは様々な手を使ってリーフの技を引き出そうとした。リーフは反応し、時には足や篭手や、剣技以外でも対応した。これまでの経験で培ったものを、“敵”を殺すためにすべて注いでいた。

「リーフ」

 フィオは、打ち合い前の調子で呼んでみた。

 はっとリーフがフィオを見て止まった一瞬で、フィオは足払いを仕掛けた。

 一瞬驚いたような表情を見せたリーフだったが、すぐに体勢を立て直すと、再びフィオに斬りかかる。

 

 何をそんなに憎んでいるのだろう、と、考えるというより感じながら、フィオは剣を受け流す。今のリーフのような表情を、フィオは知っていた。長く冒険者をやっていると、見る機会がある。そして、そのような冒険者は大抵、一番憎んだ相手に勝つことはないのだ。

 フィオは突如、リーフを刺すように睨み、信じられない力で剣を弾くと、次の瞬間には双剣を交差させてリーフの首を挟んでいた。まったく無駄のない、鮮やかな動き…そして今、一瞬で首を飛ばすことが出来る体勢になっている。

 フィオの殺気に刺され、現状に目を見開き、リーフは固まった。

 

 

 しばしの間の後、フィオが言葉を発する。

「リーフはこれに加えて、真黒い心がこもってたぜ。それは悪魔のエサだ」

 リーフは動かない刃から、フィオへ視線を移す。

 殺気も、憎悪もない、ただ力強い瞳が、リーフをまっすぐに見ている。

 不思議だった。

 この状況で、その瞳を暖かく頼もしいと感じる。

 戦いに備えた鋭い感覚も、心も、体も、落ち着きを取り戻す。

 低く、フィオの声が響く。

「ゆるせ、とは言わない。忘れるな。ただ、リーフが守るべきものを守ればいいだろう?」

 まだ不思議な感覚の世界に包まれながら、リーフが反応しきれず、何も言わずにいると、フィオはふと微笑んだ。

 剣を引き、収める。世界はもとの感覚に戻って、緩徐に進んださっきまでの時間が夢だったかのようだ。

「作戦決行までの宿題だな。さて、夕食が待ってるぜ。帰ろう」

 フィオはリーフの反応を待つ。

 まだ少し呆然としながらも、リーフは訊ねる。

「いいんですか」

「ん?」

「僕が、あなたと同じチームで、いいんですか?」

「リーフなら十分だよ」

 リーフは疑いの眼差しを向ける。

 フィオはくくっと笑って、あの瞳で、言った。

「守りたいものがあるんだろ?」

 守りたいものが…ある。

 リーフは頷いた。

 じゃあ、とフィオは語りかける。

「じゃあ守ろうぜ。そのための剣だろ」

 この剣で、守る。

 リーフは再び頷いた。

 フィオはリーフの背中をぽんっと叩いて、先を歩く。

「守る騎士は強い。殺す戦士より、ずっとな」

 リーフも歩み始める。

 フィオ。この人には敵わない――そう思っても、負けず嫌いのリーフにしては、悪い気分にはならなかった。

(ルナ…僕は弱いけど、あなたを助ける力の一部になるよ。待っていて、どうか…)

 今日も日が暮れる。

 

 

 

 

 

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