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For an Oath -Ⅱ

    

 

For an Oath - Ⅱ( 1 ​/ 2 ​/ 3 / 4 / 5 / 6 / 7 / 8 / 9 

 

 

 

 

 早朝、アイカとティラ、そして新しいメンバー二人がやってきた。

 エルミオの居る拠点、ウォーレスの家へ、アイカたちを送り届けて、ティラは町の《転移先》魔法陣を使って帰っていった。ティラとレイキは引き続きメンバーを集めるのだ。

「おはよう、アイカ。朝早くしかなくてごめんね」

 エルミオにそう言われ、アイカは首を振る。

「ううん。急に、ごめんなさい」

 エルミオは初対面であるはずの二人に目を向けた。

「アイリーンさん」

 まだ紹介していないのに、エルミオはアイリーンに微笑んだ。

 アイカもエドワードも驚く。

 エルミオはいつも通り、穏やかに言った。

「またお会いできて光栄です」

 アイリーンは、深々と頭を下げた。

「私のほうこそ。『琥珀の盾』のご活躍は伝え聞いておりました」

「恐縮です。改めまして…」

 エルミオは丁寧に礼をした。

「『琥珀の盾』ロードの、エルミオです」

 エドワードは一歩進み出た。

「エルミオ殿。お初にお目にかかります。

 私は、エドワード。エルディンとアルフェの息子です」

 エルミオは驚くことなく、さっきより深く礼をする。

「エドワード様。ご無事で何よりです」

 エドワードの真剣な表情に、わずかに影が現れる。

「私は今、一人の剣士。こういう状況であるから身分を申し上げたが、どうか、ただの人、エドワードとして扱って下さい」

 エルミオはエドワードを一瞬無言で見て、言葉が本気だと理解して微笑んだ。

「では、エドワード。アイリーン、それにアイカも、座ってください」

 エルミオが座るように勧めたちょうどその時、玄関に一番近いドアが開いた。

 ふわふわの金髪頭がぴょこっと出て、オパールの目が覗いた。

 あ、と言って、オルトはいそいそとその部屋を出て扉を閉めた。

「おはよーアイカ。あと新しい友達。オレ、オルト」

 エルミオは、オルトに頷きつつ、二人を紹介する。

「エドワードと、アイリーンだよ」

 えっ、とオルトは少しおろおろして、エドワードを見て、アイカを見て、アイリーンを見て、エルミオを見た。どうしよう、と顔に書いてある。

「えーっと…えーっと…エルミオ、…リーフと話して欲しかったんだけど…」

「ああ、もう会っても大丈夫?」

 オルトは頷く。

「分かった。すみません、少しだけ待って頂けますか?」

 エルミオは断ると、オルトの出てきた部屋へ入っていった。

 

 

 戻ってきたのはオルトではなく、優しい目をした赤毛の男だった。

 リーフは借りた服を着てベッドの縁に座っていた。その赤毛の男を見た瞬間、この人がエルミオだ、と分かった。

 エルミオは微笑を浮かべながら、はじめまして、と挨拶する。

「『琥珀の盾』ロードのエルミオです」

 リーフも立ち上がって名乗る。そうしながら内心で不思議に思う――エルフではないし、ディルでもない。だがヒューマンではない…永く生きている人だ。

「俺に話があると聞きましたが、先にひとついいですか?」

「はい」

 エルミオはベッドサイドの椅子に座った。

「今、エドワードと、アイリーン、それに俺の仲間のアイカが来ています」

 ハッと、リーフはエルミオを見る。エルミオは頷いた。

 しばらく言葉が出てこなかった。

「エドワードが…?」

「そうです」

「どうして…?」

 驚きを隠せないリーフ。

「俺たち『琥珀の盾』は、今、国中に散らばって仲間を募っています。先日、エドワードと偶然出会うことができました」

「偶然…」

 奇跡のような偶然に、リーフは呟いて、脱力した。

 なんてことだ。まるで導かれてここに来たみたいだ。剣をエルディンから受け継いで旅人になり、国を出ようとしてルナティアに出会い、オルトに助けられ、今、エルミオに出会い、すぐ扉の向こうには、エドワードがいるという。

 

 長引いた沈黙を破ったのはエルミオだった。

「このあと、会議があります。他の同盟のロードに協力を呼びかけることと、相手の姿を共通認識することが目的です」

 リーフはようやく我に返った。エドワードがそこにいる。『琥珀の盾』が戦いの準備をしている。やるべきことは、とにかく戦力として貢献し、ルナティアを救うことだ――リーフは彼女を思い、真剣な眼差しでたずねる。

「オルトさんから、ルシェンの目的は聞きましたか?」

 エルミオが知っておくべきは、そこだ…リーフは他の様々な感情を抑えた。

 エルミオはよどみなく答える。

「ルシェンが『神の石』を使おうとしていると。友人の命を代償に、『神の石』の力を借りて、命をひとつ取り戻そうとしていると聞きました」

「そうです。そのルシェンの友人は、悪魔に捕まっています。彼女は…ルシェンの友人である彼女は、ルシェンを悪魔から取り戻そうとしています。

…敵の姿の共通認識と言いましたね。悪魔と、アルフェは、もう遅いかもしれない…でもルシェンはまだ取り戻せるかもしれません。味方にすれば非常に強いディル族のウィザードです。敵、と見切るのは早いように思います」

 話しながら必死になっていたことに気がつき、リーフは気持ちを落ち着けようとしながらエルミオの反応を待った。

 意外にも、エルミオは頷いた。てっきり、否定されるかと思っていたリーフは、肩透かしを食らったような気持ちになる…悪魔に歪められた者は討伐するしかない、と、そこまで言われないにしても、難しい顔をされるだろうと思っていたのだ。リーフ自身、ルシェンを取り戻せるのか分からなかった。ルナティアが必死だから自分も諦めてはいけないと思っているだけなのだ。

「ルシェンに会ってみないことには分かりませんが、視野に入れておきます。このあとの話し合いでも伝えます。

 城に突入する班の魔法使いたちには、特によく言っておかないといけませんね」

 真剣に考えながら言うエルミオ。リーフは胸がいっぱいになった。出会ったのがこの人で本当に良かった…そう思った直後、心の底で疑いが小さく呟く。

 

(本当に? この人は、どこの馬の骨かも分からない僕の言葉に、こんな大変な状況で、あっさり頷いた。悪魔に歪められたら、ほとんどは討伐するしかない…。それに、僕も悪魔に歪められてるんじゃないか、って疑わないのだろうか?)

「…どうして僕を信じてくださるんですか?」

 エルミオはなぜか、くすっと笑う。

「面白いことをきくね。リーフが俺を信じて話してくれたのに、どうして信じられないと?」

 当然のことのように言われて、リーフは言葉に詰まった。

「…僕が悪魔の影響を受けている、とは思わないんですか?」

「それを言ったら、全ての冒険者を疑わないといけないね」

 確かに、エルミオの言うとおりではある。冒険者を続けていれば、悪魔と戦うことになる。それだけで疑っていてはきりがない。

(でも僕は、為す術もなくて…)

 エルミオは続けた。

「リーフが悪魔に接触したのは短時間だったと聞いています。それでは影響を受ける心配はないでしょう。怖いのは、悪魔に憑かれていないか、というところですが、オルトがそれを見落とすはずありません。

 それに、リーフは本当に、ルシェンや、ルナティアという方を助けたい一心なのだと、話を聞いて分かりました」

(ああ、ちゃんと伝わってた)

 エルミオの口からルナティアの名を聞いて、オルトが意外にもちゃんと伝えてくれていたことをありがたく思った。

 今度は疑いが首をもたげることはなかった。オルトやエルミオに出会えてよかった、とリーフは思わず頭を下げた。

「ありがとうございます。信じて下さって…助けて下さって」

 そして、エルミオの穏やかな目を見て、リーフは口を開いた。

「エルミオさん、僕も一緒に戦わせてください」

 エルミオは何も言わずにリーフを見つめ返す。

 心のどこかで、エルミオならすぐに頷いてくれると感じていたリーフは少し意外に思った。だがすぐに、続けた。

「僕は冒険者ではないし、既に一度負けています。ですが、一人の剣士として、戦力のほんの一部としてでも、戦わせてください。

 僕だけでは…力が足りないんです。でも、僕がやらなければならないんです」

(ルナと約束を交わしたのは僕だ。待っていると約束した。いつまでだって信じると)

 リーフも、ルナティアも、無力だ…リーフは強くそう感じていた。

 だけど、諦めるわけにはいかないのだ。

「エルミオでいいよ、リーフ」

 唐突にエルミオは言って、微笑んだ。

「『琥珀の盾』のロードとして、リーフ、あなたを歓迎する。ともに戦おう」

 力強い言葉と共に差し出された手を、リーフはしっかりと握った。

 無力で、絶望的だったルナティアとの二人旅。暗い重い海の底から、海面までを切り裂いて浮上するような気持ちで、リーフは心の中で誓った。

 絶対に、果たす。

 その思いを受け取るように、エルミオは厳かに頷いた。

 

 

 

 エルミオが戻ると、既にオルトがリーフのことを話していた。

「ルナティア殿は、ルシェンを取り戻そうとしておられた。私と別れる際にも、そのようなことを言っていた」

 ルナティアとの旅のことも聞いたのだろう。エドワードは真剣な眼差しでエルミオに訴えた。エドワードの正面に座ったエルミオはそれを受け止める。

「ルシェン殿もルナティア殿も、私の恩人です。私たちを…父や母を救おうと必死に…。

 私は、城を取り戻し、国を取り戻さなければならない。そして、私はルシェン殿やルナティア殿を救いたい。

 私だけでは何もできない。だが、成さねばならぬ。『琥珀の盾』ロード・エルミオ。あなたのお力を拝借したい」

 エドワードは深く頭を下げた。アイリーンも同じくする。

 アルフェ様が、とエルミオは切り出した。

「エルディン王が崩御なさった後、俺を訪ねていらっしゃいました」

「母上が…?」

 エドワードは頭を上げ、驚いた様子でエルミオを見た。

 エルミオは続ける。

「この国が悪魔に食いつくされる前に、あなたはメア城を取り戻さなければならない――そうおっしゃいました。

 その言葉をアルフェ様の願いとして受け取り、私はそれを引き受けました。

 エドワード、あなたの願いも、アルフェ様の願いも、私や、集った冒険者たちが引き受けて戦います。

 志をひとつに、共に戦いましょう」

「エルミオ殿…」

 差し出された手を見て、エドワードは呟いた。

 エドワードはエルミオの手をしっかり握り、頼もしいエルミオの目を見て、感謝と決意を胸に微笑んだ。

「ありがとう。共に戦おう」

 

 

 エルミオとエドワードがメア城の兵力などについて語り合った後、今度は他の同盟との話し合いの準備が始まった。

 『琥珀の盾』ガーディアン数名がまずやってくる。ウィザード・セル、ウィザード・リオナ、双剣士・フィオの三名だ。

 オルトと、セル、リオナは三人で《悪魔除け》や《盗聴除け》を家にかけていく。

 

 それが終わった頃、『緋炎の月』のクレィニァと、ココルネがやってきた。

「クレィニァ、尾が出てるわ。踏みそうだから直して」

「ああ。うっかりしていた」

 それからしばらくして、約束の時間の数分前に、『旋風』のロード・アルル、そしてその同盟のガーディアンの男が到着した。

 

 アルルはエルフの女性だった。長い金髪をゆったりと三つ編みにし、優しそうな印象を受ける。

 アイカはその印象が意外だった。報酬が無ければ活動しない『旋風』のロードは、きっと強気で頑固な人だろうと思っていたのだった。

 アルルは玄関に足を踏み入れる寸前で止まった。

「私は魔道士です。『琥珀の盾』のウィザード様、私の使い魔も共に入らせてください。《悪魔除け》で進めません」

 外見のイメージとおなじく、アルルはふんわりとした声色だった。だが、きっぱりしている。

 すぐにセルが謝罪し、オルトが進み出る。

「すみませんでした。ロード・アルル、使い魔と会わせてもらってもいいですか?」

 オルトが言うと、アルルはあらっ、と花のように微笑んだ。

「可愛らしいエルフの子。あなたも魔道士かしら?」

「オルトです。はじめまして。オレは…変身術師です」

 わずかに口ごもったオルトに、アルルは首をかしげた。

「…そうですの? …オルト、では、私の使い魔を紹介しますね。シルエーヌです。――いらっしゃい、シルエーヌ」

 アルルの傍にすっと現れたのは、狐に兎を足したような、銀色の使い魔だった。

 オルトはシルエーヌの前へかがんだ。

「シルエーヌさん、失礼しました。あなたを《悪魔除け》の対象外にするために、触ってもいいですか?」

 シルエーヌは軽く唸った。

『本来なら許さない…だけど…仕方あるまい』

 オルトはシルエーヌに軽く触れて、それから何か唱えた。

「これで大丈夫です。すみませんでした」

「いいえ、ありがとう」

 シルエーヌは姿を消し、アルルは中へ足を踏み入れた。

 その後に、ガーディアンウィザードの男が続く。真面目そうな印象だ。片目が長い前髪で隠れている。

 彼は家に一歩踏み入れて、さっと見回し、一度深く息をした。そして、思わず感心したように呟いた。

「良い守りだ…」

 そうして、メア国を拠点とする四同盟『琥珀の盾』、『緋炎の月』、『旋風』、『空の鈴』の代表者たちが集ったのだった。

 

 

 各同盟メンバーが名乗り、最後はエルミオがアルルに微笑んだ。

「改めまして、『琥珀の盾』のロード、エルミオです。ロード・アルル、突然呼びつけて申し訳ありません」

 エルミオがそこまで言うなり、アルルは穏やかに、だが間髪入れず、話し始めた。

「お招き頂きありがとう、ロード・エルミオ。

 メア城が悪魔に奪われたことはここに来るまでに聞いております。奪還にあたり私たち『旋風』の人員収集力が役立つでしょう。

 しかし、”冒険者”とは職業です。彼らにも生活があります。私の名の元に戦わせるからには、それ相応の賃金を支払わねばなりません。ロード・エルミオ、私を呼んだということは、その伝手がおありということですね?」

 アルルは微笑んだまま、笑っていない目でエルミオを見た。

 さっきエドワードも名乗ったし、身分も明かしている。アルルは、あえて、言葉にしたのだった。

 エドワードもそれは分かっていた。だから、エルミオが何か言う前にエドワードは口を開いた。

「ロード・アルル」

 アルルはエドワードに真っ直ぐ視線を送った。

 永きを生きるエルフのアルルと、王の子としての責任を背負い決意を胸にしたエドワードの視線がぶつかり合う。

「城を取り戻すことは、私が成さねばならないこと。だが、私だけでは成せないことです。

 相手は悪魔。悪魔を倒す者である冒険者の方々とは志を同じくして戦えることでしょう。

 その冒険者たちに…仲間たちに、私個人としても、国を代表する者としても、お礼をさせて頂きたいと考えています」

「…なるほど」

 アルルは微笑んだ――今度は目までちゃんと笑っている。

「具体的なお話をお聞きしてから、『旋風』が協力できるか判断してもよろしいですか?

今回はただのクエストメンバー募集とは訳が違います。悪魔に悟られぬように行うならば連絡手段や移動手段が限られます。例えば冒険者歴十年以上、レベル50以上の者であれば、三日以内に200名以下しか集まりません」

 エルミオは頷いた。

「現在の戦力は、701名。1000名集めたいと考えています」

「千?」

 アルルは思わず怪訝そうに繰り返した。メア城の悪魔相手に千では少なすぎないか、という意味だ。

 エルミオは続けた。

「ただし、レベルは50を超え、悪魔討伐の経験がある方に限ります。

 『旋風』様には、7日以内に200名程集めて頂きたいと考えています。具体的にお話させて頂いても?」

「ええ…お聞かせ願います」

 千の冒険者でどうやってメア城を取り戻すのか。悪魔リューノンを討つのか。

 エルミオはまず、相手の姿から語り始めた。

 

***

 

 目の前の旧友が、全ての元凶に思えた。

 今、彼は動かなくなった。私がそうしたのだ。

 メアの城の中でなぜ人を殺すほどの魔法が扱えたのか、それもこの動かない男は国王だというのに、なぜ事は成せてしまったのか、そんなことは、まだ、考えられない。

 気が狂いそうな時間が流れ、その間中私の頭の中は混乱していた。どうして。殺してしまった。元凶なのか。違うと分かっている。どうして。悪魔のせいだ――私はもう、戻れないところまで来てしまったのか。悪魔のせいだが、私のせいだ。

 玉座の間の扉を、誰かが開けた。慌ててやってきたその者は、私のしたことを見て私を殺す兵士だろう、そう思った。だから私は無抵抗に、ただ待っていた。

 だが、その人物は動かない。

「ルシェン…」

 彼女が私を呼んで、ようやく気がついた。兵士ではない。

 それでも、私は彼女を見ることができなかった。旧友を殺めたのは私だ。

 彼女は動かない男に駆け寄った。すぐに、死んでいると分かり、私を見上げた。私は視線を合わせない。

「…どういうこと?」

 急に、私はどうでもよくなった。体の力が抜けて、だがなんとか立ち続けた。

「見ての通り」

 彼女は戸惑うような仕草をみせた。

「見ての、通りって…」

 しかし彼女も熟練の冒険者だ。何かがふっと切り替わった。立ち上がると、目を合わせようとしない私に詰め寄った。

「外に出ないと、ルシェン。ここにいるからいけないんだ。そのうちルシェンまで取り込まれてしまう。さあ、行こう」

 私の腕を引っ張る彼女。鬱陶しくて振り払った。

「もう遅い」

 彼女は驚いたように私を見た。以前の私ならこんなことしなかった、と、彼女の様子が教えてくれた。それがさらに私を不快にさせる。

「まだ遅くないっ」

「いいや。そんなことよりルナティア」

「そんなことって」

 私は思いついたのだった。それしかない。せめて、旧友であるルナティアには、お願いしてみようと思った。最初は断られるかもしれないが、ルナは私のことをよく知っている…。

「見つけたんだ。協力してくれないだろうか」

「え?」

 言ったあとに、あまりにも言葉が少なすぎたと気がついた。改めてお願いする。

「エルナを取り戻す方法を見つけた。この城にある『神の石』の力を使えば、可能だ。協力してほしい」

 ルナティアは固まった。やがて、悲しい顔で首を振った。

「エルナは、死んでしまった」

 さっきも、動かなくなったあの男に同じことを言われた。さっきは失敗したが、今度はそうさせない。させてたまるか。ルナティアを殺してはいけない。

「だから、ルナティアの力が必要なんだ」

 無意識に一歩彼女に近づいた。彼女は一歩後ずさった。

「エルナを取り戻すために、ルナティア…その命を、くれないだろうか」

 ルナティアは息を呑み、うろたえた。

「な、何言ってるの…ルシェン…」

 仕方ない、当然の反応だ。

 また一歩近づくと、ルナティアはふらふらと数歩後ずさった。

「命を取り戻すんだ。私の大切なエルナを…。そのために、大切な仲間であるからこそ、ルナティア、命をくれないだろうか」

 蒼白な顔でルナティアは後ずさる。

 ああ、そうだろう。今すぐに決断するのは難しいかもしれない。自分の命よりもエルナを大切に思っているのは、私くらいなものだ…。だがルナなら、よく考えてくれるはずだ。

 そして、やはりルナティアはこう言ってくれた。

「あなたを助けに来るから。ルシェン。…ルシェン…ごめんなさい…!」

 そしてルナティアは、ぱっと踵を返し、ダークエルフの身軽さで駆けて玉座の間を去った。

 ルナは戻ってくる。

 私を助けに戻ってくる。

 ふ、と、動かない男に目をやる。

「だそうだ、エルディン。『神の石』を借りるよ。エルナを取り戻したらすぐに返す。他にどうこうするつもりはないんだ、安心しなさい」

 穏やかに語りかける。応える声はない。二度とない。私が殺してしまったのだから。

 

 空虚な気持ちが私を支配した。

 どうしたのだろう。

 気がつけば、殺した友の傍らに跪いていた。

 どうしたというのだろう。どうしてしまったのだろう。

 エルディンを殺してしまった。

 エルナのために『神の石』を使うと言った私を、エルディンは止めようとした。

 国王として当然だ。『神の石』はメア国の力。民からの信頼。精霊に預けられた絆。王族はそれを守らねばならない。

 国王として…当然だ。だが、そうではなかった。私はよく知っている。ディンがどんな人物か、知っている。

 友として、当然だったのだ。

 だから私も、ディンたちを助けようとしていたのに、いつからこうなったのだろう。おかしい。私は狂っている。

 だがエルナがいなければ何もかも変わらないのだ。だから、エルナは戻ってこなければならないのだ。

 何が違う?

「おかしいな、ディン…私はどうすればいいのだろう。…エルナ…」

 誰も応えてはくれなかった。

 こぼれた涙が何のためか、分からなかった。

 

 

 

 あれから、ここに来たのは何度目になるだろう。

 なめらかな白い床には、巨大で複雑な魔法陣が描かれていた。

 いずれもなめらかに彫り込まれたいくつもの美しい線は、それぞれ微妙に深さが異なっている。

 その上を、白い翼を広げて、飛ぶ真似事をしながら舞う女がいた。

「ウィザード・シルファー」

 私は女を呼んだ。

 メア国一の守護魔法使いであるシルファーは、何も聞こえなかったかのように、舞い続ける。

 エルディンが死んでから、シルファーはこうして全てのコミュニケーションを断っていた。『神の石』を守る魔法使いとして、シルファーなりの守り方を実行しているのだ。

 毎日、シルファーへのとっかかりを探しているが、この広い部屋にはなぜかマナが無く、本業の魔法に頼ることができない。

 かといって、言葉にも反応がない。

 触れようにも、シルファーは2、3メートル程は上へ飛び、ずっと移動し続ける。

 どうしようもない、シルファーの支配する空間だった。

 マナが無いせいで魔法が使えないが、おかげで悪魔の力もここには及ばない。

 この、シルファーが守る部屋でだけ、私は悪魔の力から逃れ、正常でいられた――少なくとも私がそう感じている、というだけなのだが。

 ここに来れば恐ろしい罪悪感に苛まれる。同時に、今守るべき者を思い出すことができる。だが、罪悪感、責任感、そして冷静に考えたリスク――リューノンがこの空間に興味を持つこと――が、それをさせない。

 外に出れば、ここへ来たくなくなる。だが、エルナを取り戻すために―――『神の石』を手に入れるために―――来るしかない。

 シルファーは、いくら頼んでも、怒っても、けなしても、褒めても、助けを求めても、黙っていても、ただ舞っていた。

「なんの干渉も受け付けず、ずっとそうしておられるおつもりか?」

 うっすらと微笑みを浮かべながらシルファーは飛ぶ。どういう意味の笑みなのか分からない。

「悲しいならなぜ笑うのです。寂しいならなぜ地上におられるのです。…優しいならなぜ、憐れむのならなぜ、助けて頂けないのです」

 応えはない。

 虚しい。途方もなく。

 エルナのために、とここへ来て、正気に戻ってこの無意味な独り言を繰り返し、外へ出て、また狂うのか。

「あなたは、ここを守る魔法使いとして、正しいことをしておられる」

 すがるような思いで語りかけた。声が震える。

「もし貴方にも大切な者がいるのなら、私に、わずかでもいい、ヒントを下さらないか?私がこの地獄から抜け、私の大切な者たちを守るために、助言を頂けないだろうか」

 やはり、返事はなかった。

 だが、シルファーは私の前でくるり、ふわり、と舞いながら、「セレネ」と、なつかしむように呟く。

 次の言葉を待ったが、シルファーは何も言わず、微笑みを浮かべたまま舞うだけだった。

 

***

 

「5日です。それまでに200名集めます」

 アルルはふんわりした声で、きっぱりと断言した。

「ただし、冒険者に限らず、実力がレベル60以上の者を集めます。よろしいですね?」

「ええ。よろしくお願いします。判断をお任せします」

 エルミオが穏やかに返答して、アルルは微笑んで応じた。

「『琥珀の盾』と『緋炎の月』の魔法使い、それに悪魔シュラインがいなければお断りするところでした。

 それから、今後、精鋭部隊の方々を紹介して下さいますね?」

 精鋭部隊、そのメンバーが戦いの鍵のひとつを握っていた。城内に入り、アルフェとルシェン、それに神の石の魔法使いを目指す少数精鋭部隊が編成されるのだ。数名はもう決まっている。

 アルルの言葉に、これまでほとんど黙っていたフィオ――『琥珀の盾』初代メンバーの双剣士――が口を開いた。

「その隊には、俺も属する予定です。メンバーの目星はつけてます。『旋風』のスーラさんにも、精鋭部隊に加わっていただきたいのですが」

「スーラ…そうですね。よろしいですわ。スーラには伝えておきます」

「それと…『緋炎の月』の、ライナスさんとレスターさんにも」

 フィオはクレィニァに目を向けた。クレィニァはちらっと口元で笑った。

「ライナスと、レスターか…よく知っているようだな、ファイター・フィオ」

「伊達に長生きしてませんよ」

 フィオは少し悪戯っぽく笑った。

 

 こうして話し合いは詳細なメンバー編成まで進んでいった。

「魔法封じを解除しても、城内でのテレポートは出来ません…」

「魔法陣の展開場所は塔の上二箇所か…」

「神の石を守る魔法使いは…」

「悪魔リューノンをおびき出すのは楽だと思います」

「盾部隊がしんどいな」

「マナの石の在庫は…」

 

 5日程度でメンバーを集め、必要な準備をし、9日目、早朝に仕掛けることに決まった。

 

 

 

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