For an Oath -Ⅱ
For an Oath - Ⅱ( 1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6 / 7 / 8 / 9 )
*
その日の夜。
レイキは酒場にいた。
エドワードに話したいと持ちかけられ、賑わっている場所で話すことになったのだった。レイキもエドワードに聞きたいことがあったから、ちょうど良かった。
「待たせたな、レイキ殿」
酒場が初めてだったエドワードは、人ごみや酒のにおいや、独特の雰囲気に戸惑った。入口できょろきょろするエドワードを、レイキが引っ張っていって、隅のほうに二人で座った。
「初めてか」
「うむ。外に出ることがなくてな」
これまでエドワードが城から出たことがなかった、そのことがレイキに脳裏を過ぎった。だがエドワードはいたって素っ気ない。
「酒はいけるのか?」
レイキは尋ねる。エドワードの立場は知っているが、エドワード自身が一人の人として扱って欲しいと望んだこと、それに、身分を隠すこともあり、レイキは仲間に接するのと同じようにしていた。
「いや、あまり得意ではない。付き合い程度で、勧められれば一杯飲む程度だ」
「そうか。あんまりキョロキョロするな、目立つ」
レイキに言われて、エドワードは、はっとおとなしくなった。
「ああ、すまない」
エドワードは色々見たいのを我慢した。何もかも新しくて、好奇心が止まらない。
ふと、旅好きな父、エルディンの気持ちを理解した気がした。
(城を出たいと思うわけだ…まして、父上は元々、ルシェン殿やルナティア殿とともに冒険者のようなことをなさっていたのだから)
レイキは適当に注文をし、やがてグラス二つと、つまみが数品運ばれてきた。
エドワードは目を輝かせる。
「ほう、これはなんだ?」
「…枝豆」
レイキはどこから突っ込むか非常に悩んで、悩みすぎて見たまんまを答えた。殻つきは初めてなのか、枝豆が初めてなのか…。
「いや、違う、そんな話をしに来たんじゃない。そうだろ?」
「む? ああ、そうだが」
「俺も聞きたいことがある」
レイキは酒を口にし、エドワードを何気なく、だが注視する。
「先に聞かせてくれ。エドワード、お前はどうして『空の鈴』にいるんだ?」
エドワードは、む? と内心考える。レイキは何が言いたい?
新メンバーは、人数がまとまりすぎないように、また、戦力のバランスも考えて、拠点を決められる。問題なければ勧誘した者と同じ拠点になる。
エドワードを勧誘したのは、アイカだ。一緒にいるのは自然な流れだ――エドワードの身分さえなければ。
「…私がなぜ、『琥珀の盾』のロード・エルミオではなく、レイキ殿たちと同じ拠点に身を置いているか、という意味だろうか?」
「…まあ、そんなところだが…」
歯切れ悪いレイキの言葉に、エドワードはひとつ思い当たった。
(やはり、アイカへの態度だろうか…)
レイキがアイカを大切に思い、守るために行動していることは分かっていた。
エドワードはあえて、はっきりと言葉にする。
「なぜアイカの傍にいるのか、ということか?」
レイキの表情がにわかに厳しくなった。
やはりか、とエドワードは思う。
「その答えも、今日この場でレイキ殿に話そうと思っていた。アイカにも、明日話そうと思っている」
レイキの表情は厳しいままだ。
「アイカには、私から話したい。黙っていてくれるな?」
「事による」
レイキらしい応えだ。
表情をゆるめず、多少の憎しみすら感じる視線に、エドワードはふと思いつく。
(レイキ殿は、もしかすると、妙な誤解をしておられるのか?)
そうだとしたら、その誤解もすぐに解けるだろう。
「私には、妹がいた――」
レイキは黙ってエドワードの話を聞いた。
しばらく何も言わず、酒場のざわめきの中で、じっとグラスを眺めていた。
「そうか…」
呟いたレイキの表情に厳しさはなく、代わりにうっすらと困惑のような、複雑な思いが表れていた。
「お前が、本物の、アイカの兄貴なのか…」
その続きは言葉にしなかった――だから最初からアイカだけは呼び捨てだったのか。しかも無意識でやってやがったな?
レイキは一人納得する。なにしろ、「レイキ殿」「ティラ殿」ときて、なぜか「アイカ」だ。なんなんだこいつ、と思わざるを得なかった。変な虫なら追っ払ってやろうと思っていた。
レイキの内心など露知らず、エドワードは曖昧な反応を返す。アイカと血のつながりはある――だが、それだけしかない。
「アイカは覚えていない。二歳で別れたきりだったからな」
「…そうか」
レイキは頷いた。エドワードには、その短い返事が気遣いのように思えた。
「明日にでもアイカに伝えるつもりだ」
「…」
「レイキ殿、アイカを支えてやってほしい」
「…は?」
考え込んでいたレイキは思わず、といった感じでエドワードを見やる。予想外の反応に、エドワードも一時戸惑った。
「ああ、いや…」
レイキはなにか納得いかないように口ごもって、酒を煽る。
「そりゃ、もちろん…支えるが…」
エドワードは目で問ったが、レイキは別の質問をする。
「王位を継ぐんだろ?」
「ああ」
エドワードは頷きながら、レイキに先を促す。
「どうにかしようと思ってるのか? アイカのこと」
どうにか? とエドワードは内心首をかしげた。
「それは…ああ、王族に引き戻すのか、ということか?」
レイキは頷く。
エドワードは安心した。同時に、なぜか寂しくなった。
(先の先まで心配しているのだな、レイキ殿は。アイカはレイキ殿が守るだろう)
「アイカは冒険者がよかろう。アイカが王族だと知る者は一部だけだ。これまで通りにしていれば、何も問題はない」
あっさりとそう言い切ったエドワードに、レイキは怪訝そうに眉を寄せた。
「引き戻そうと思わないのか? ――あぁ、引き戻すっつうか…一緒にいようと思わないのか? 家族だろ?」
「私がそう思っても、アイカがそう思わないのなら仕方あるまい?」
「…そりゃあそうだが…」
肩をすくめたエドワードに、レイキは諦めたように頷いた。今何を言ってもどうしようもない。一緒にいたくても、それはアイカのことを考えたときに叶わないことかもしれない。一緒にいたいという感情は、理性に埋もれてしまっているのだろう。
(こいつはアイカに執着がある。…納得しているならそれでいいが…)
いや、とレイキはもう一つの可能性を考える。
(俺も同じだ。アイカはきっと冒険者のままでいるだろうが、そうじゃない可能性もある。アイカと別れるのは俺の方かも知れない)
それは、まだ先のことのように思っていた…ヒューマンの自分が先に死ぬだろうし、なにより共にいる間はアイカを死なせたりしないと誓っていた。
死の覚悟と、別れの覚悟は少し違った。
(俺が生きているうちは、守り続ける、と、思っていたんだが…)
あ、とレイキは思いついたようにエドワードを呼ぶ。
「む?」
「さっき、俺にアイカを任せるようなことを言ってたが、あれはどういうことだ?」
アイカを支えてやって欲しい、という言葉だ。
まるでレイキが1人でアイカを支えるような言い方だった。改めてレイキに言っただけで、エドワードを含め仲間が支えることは前提でそう言われたのかと無理やり解釈したが、やはり違ったようだ。
エドワードはまっすぐにレイキを見たまま、あまりにもあっさりと言う。
「そのままの意味だ。アイカを支えてやって欲しい。真実を知れば、恐らく抱え込んで、苦しむだろう」
「そうかもな、言われるまでもなく俺はあいつを守る。お前もそうするんだろ?」
言葉に詰まるエドワード。
レイキは、おい、と突っ込みそうになるのをこらえた。せっかく再会した兄妹が、何もしないなんてありえないだろう。会えたのなら、何かをしなければ後悔する。
(すべきだ)
レイキは強くそう思った。もしレイキ自身が今家族と会えたなら、絶対にする。
ようやくエドワードは、目線を下げたままだが、口を開いた。
「私では…何もしてやれない。私は、アイカのことを知らない。血の繋がりはあっても、それだけだ」
エドワードは、不機嫌そうなレイキに真っ直ぐ視線を送った。
「レイキ殿、貴方の方が本物の兄に近いだろう。ずっとアイカの傍にいてくれたと聞いている。
私は、この戦いの後、王としてこの国の民を守る。その中に、アイカもいる。これが私のやり方だ。アイカが無事だと分かれば、それでいい…。
だから、レイキ殿は、この先も、アイカの傍にいて、アイカを支えてやって欲しい」
それは、本音だった。
レイキは感じた。
本音だが、半分しかない。というか、全部本音であってたまるか――レイキはムキになっていた。
だいたい、そうでなければ、エドワードが寂しそうに見える理由はない。
「お前がそんなだと、あいつはもっと悩むぞ」
「え」
本気で困惑した様子のエドワード。レイキは、はあーっとため息をついた。
「兄妹だけあって似てるよ、あんたたち。
お前がなんとなくもやもやしたまんま、だがアイカのためだけを思って言ったってのは分かる。
アイカも同じようなやつなんだよ、そのへんは。わかるか?」
難しい顔のままのエドワードに、レイキはもう一つため息をついて、酒をぐいっと煽る。
「お前らは馬鹿だな。アイカにとっての一番の不幸がなにかわかるか? 厄介なことに、周りのやつらが不幸になることだよ。その周りの奴らに、お前はもう含まれちまってる。アイカを幸せにしたいなら、お前はまず、さっき自分が言ったことに納得するなり何なりして、もやもやしたり不幸になったりするのをやめなきゃならん。ましてお前はあいつの家族だ。お前は自分を軽く見すぎてる!アイカがお前を軽視すると思うか? そんな奴か、アイカは? それかなんだ、お前がアイカを軽視してんのか?」
そんなこと許さない、と言わんばかりのレイキに、エドワードは気圧される。だが、アイカを軽視、という言葉にだけは少しむっとした。
「い、いいや…」
「だろうが! それにだ、あいつが今ここで生きてんのは、お前が、逃がしたからだ。お前が守ったんだ」
「そ、れは…そうだが…」
「いいか、お前はアイカの兄貴だ。血の繋がりがどうとかじゃない。お前もアイカもそう思うから、そうなんだよ。お前はアイカの兄貴だろうが」
ずい、と指をエドワードの額に押し付けて、レイキはしかめっ面で言い切った。
たじろいでいたエドワードは、息を呑む。
「アイカも、そう思うだろうか…」
呟いたエドワードに、レイキは、当たり前だろ!と呆れる。
「あいつがどれだけ家族に憧れたか…それこそ、俺だから分かる」
ふと真剣な顔になり、レイキは椅子に体重を預けた。いつの間にやら空になりかけのグラスを、持ち上げようとして、氷が鳴った。レイキはそのままグラスを置く。
「やっぱり違うんだよ。家族と、仲間ってのは。よくわかんねえけど違う。
話してやってくれよ。支えてやってくれ。俺も一緒に支える。アイカは、多分今も、家族に捨てられたんじゃないかって可能性を怖がってる」
はっと、エドワードは初めて気が付いた。そんなこと少し考えれば予測できただろうに、気がつかなかったことに驚きもした。
あの城の中、父も母も、妹の存在も知っている自分とは違うのだ――そう気がついて、エドワードの中で何かが力強く芽生えた。
「うむ」
捨てられてなどいない。その一点だけは、救いになるだろうか。両親は、もういないも同然だ。それどころか、母を討たねばならない。
(私が、母上を討つのだ――)
アルフェが悪魔であると、エドワードは確かに分かっている。アイカはどうだろうか、私を恨むだろうか…そこまで考えて、レイキの言葉が蘇った――そんな奴か、アイカは?
(そうではないのだ、きっと…)
エドワードとアイカは、まだ二人だ。それだけは、アイカにとっても、救いになるだろうか――エドワードにとってそうであるように。
”兄妹だけあって似てるよ、あんたたち。
…アイカにとっての一番の不幸がなにかわかるか? 厄介なことに、周りのやつらが不幸になることだよ。その周りの奴らに、お前はもう含まれちまってる。
…ましてお前はあいつの家族だ。
…アイカがお前を軽視すると思うか?
…血の繋がりがどうとかじゃない。お前もアイカもそう思うから、そうなんだよ。
…あいつがどれだけ家族に憧れたか…“
レイキ殿、とエドワードは騎士を呼ぶ。
「貴方で良かった。アイカの傍に居てくれたのが…私と出会ってこうして語り合ってくれたのが、レイキ殿で良かったよ。ありがとう」
レイキはようやく笑った。にやり、と。
「俺も。アイカの兄貴があんたでよかったよ。
いつからか決めてたんだ。アイカの家族が見つかっても、そいつらがクソヤロウだったら場合によっては斬る、ってな」
はは、とエドワードも笑う。
「それは過激だな。そうならなくてよかった」
「ああ、良かった。あいつ、捨てられてなかった」
(捨てられてなかったよ、お前。俺も身の振り方考えなきゃな。もし、お前が家族の元へ帰るなら…)
レイキは酒を注文しようとして、エドワードのグラスに目をやる。わずかしか減っていない。
「俺はもう一杯いくが、お前、二杯目いくか?」
「うむ、レイキ殿の勧めだ、飲もう」
別にそんな勧めたわけじゃ、と言いかけて、レイキは嫌な予感がした。
すでにグラスを傾けているエドワードに慌てる。
「あ、待て、おい!ハーフエルフだろ、アイカと同じ――」
時すでに遅し。エドワードは飲み干した。
そしてにこにことレイキを見た。
「うまい!」
レイキは様子を伺う。妹よりは強いのか?
だがすぐにその幻想は打ち砕かれた。みるみる顔が赤くなっていったのだ。
「レイキ!」
「おう」
諦めと後悔の混じった返事をしながら、レイキはエドワードを注視する。一体どんな無茶を言うのか、はたまたやらかすのか?
「お前と私とどちらのほうが兄なのか?アイカは末っ子で長女であるが、私たちはどちらが長男となるのだろうか?」
「はあ? そういう認識になったのか…別に兄弟じゃないだろ」
「なにをー!?」
テンションが壊れ始めたエドワードに、レイキはおつまみをすすめる。そうしながらちゃっかり二杯目を注文した。これで潰して持ち帰ろう。
「ほう! レイキ、これはなんだ?」
「たこわさ。辛いぞ」
「うむ!」
「酒がくるまで肴で遊んでろよ」
「レイキ! からいぞ!」
「そうだな」
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