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For an Oath -Ⅳ

 

 

For an Oath - Ⅳ 1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6 / 7 

 

 

 

 アイカ、フィオ、アイリーンは、三人で暗い城内を玉座の間に向かっていた。アーシェとメルは、魔法塔のクレィニァたちを援護しに向かっている。先に玉座の間へ向かったライナスたちのパーティにはまだ追いつかない。

 シルファーの言ったとおり、城内にいたはずの人々はほとんどが戦いに出ているようだ。ひたすらに続く暗い廊下、自分たちの《照らす光》だけがいくらか先までを照らす。戦いの音はほとんど届かない。状況の見えないまま、三人は走った。

 先頭を行くフィオが十字路の角をちらりと覗き、足を止めた。

「ゴーレムだ」

 聞こえるか聞こえないか、その声にアイリーンは回り道である左の通路を示した。

「回りましょう」

 メア城を守るゴーレムと決着をつけるより、回り道の方が早い。

 フィオはゴーレムの様子を伺い、アイカとアイリーンに合図を出し、二人は足音を忍ばせて走った。左の通路は入るとすぐ、右に折れている。その先にはいくつか格子のある小窓があったが、差しているはずの朝日はなく、ぼんやりと灰色の光の中に通路が続いていた。

 すぐにフィオも追いつく。

 窓の外ではあちらこちらで時折光が閃いた。敵か、味方かの攻撃魔法に違いない。攻城戦、という割には、その光は少なかった。

「盾部隊がもたせてくれてる」

 先へ進みながらフィオが唇の端を上げた。不安に駆られていたアイカに目を向けて、フィオはこう続けた。

「もともと俺たちは千人程度だ。今は、もう少し正気に戻った兵士が加わっているだろう。分散しているから魔法塔からの狙い撃ちも難しいし、それにロード・クレィニァたちが大魔法を防いでいる。防御がメインの戦いだから、こちらが使うのは《盾》ばかりさ。そう考えると、あれくらいの光で妥当じゃないか?」

 肩をすくめたフィオ。言われてみるとそんな気がして、アイカは頷いた。

「はい」

「よし、急ごう」

 窓のある通路を通り抜け、ゴーレムを避けながら三人は駆けた。ライナスたちのパーティは、もう玉座の間だろうか…戦っているだろうか。

 

 息を潜めて進み、とうとう最後の曲がり角に差し掛かった。

 先頭を行くフィオがぱっと一歩戻り、二人を制止する。

 ゴーレムだ。

 アイカは振り返った。さっきの道にもゴーレムがいる。玉座の間へ続く道はさっきの道と、この一本道。あとは…。

 三人は一旦少し角から離れた。

「ここにもゴーレムがいるということは、恐らく、アルフェ様がゴーレムを起動させたのでしょう」

 アイリーンの推測にアイカははっとする。

「王族が使える、防御の魔法…?」

 アイリーンは頷いた。

 城を守る仕掛けは色々あるが、ゴーレムも、王族以外でも発動できるものと、王族だけが使えるものがあるそうだ。アルフェがゴーレムを起動させたということは、玉座の間でライナスたちのパーティがぶつかったのだろうか。

「恐らく、玉座の間へ続く道を行く限り、一度はぶつかってしまう…」

 アイリーンの言葉を平静のまま聞き、フィオは頷いた。

「ならここで倒そう。相手は大型の騎士みたいなやつだった。核がどこにあるか、知ってるか?」

 口を開きかけたアイリーンの視線が、フィオの背後に向けられる。フィオとアイカは剣を抜いて振り返り、アイリーンは一歩離れて杖を構えた。

 まだ離れた角から、悠然と大きな岩の騎士が現れた。

「喉です」

「ああ、なるほど」

 アイリーンの答えに納得する。

 角を曲がって現れたゴーレムは、三メートルほどの大きな体をしていた。頭は小さく、首周りは鎧で囲まれたようになっていて太い。藍色に光の筋が何本も走っている滑らかな岩の体は全体が鎧のようだ。切り落とすことは愚か、何かで貫くことも不可能に思われた。長身の割に手足はそれほど長くはなく、この通路でも両腕から生える刃を振るえそうだ。

「アイカは俺の精霊を見たことあるな?」

「はい」

「これで挟み撃ちだ。大体直線になればいい」

 くるりと回して双剣の片方を収め、その柄をアイカに差し出した。

 フィオが言う、今からやろうとしていることを、アイカは見たことがあった。フィオが何を意図しているのかも分かる。一瞬躊躇し、アイカは自分の剣を収めると、フィオの剣を抜いた。常に片手で扱うための剣は、アイカの剣よりいくらか短い。薄く桃色がかっている刃は、金属の中で最も丈夫と言われるオリハルコンだ。

「すぐに終わらせるぞ」

「はい」

「俺が背後をとる。アイリーン、支援を頼む」

「了解しました」

 アイカは剣を構え、歩調を早めたゴーレムに対峙する。

 フィオさんは焦ってる――アイカは初めて、そう感じた。持っている手段を一切出し惜しみしないで、進むつもりだ。

(フィオさんが背後を取るなら…)

「私が先に出ます」

 刃の腕を構え大股で突進してきた岩の騎士。目を離さないまま、フィオが何か唱えると、アイカの握る剣の柄にはめ込まれた宝石が薄く発光した。蛍光の、青い光。精霊の力だ。

「アイカ頼む」

 アイカは駆け出した。背後ではアイリーンが補助する魔法を唱える。少し距離を取ってフィオが続く。

 騎士の巨体が迫る。進む方向を、重心を、切先の動きを、アイカの目は捉え、感じ取る。剣を握り刺すような意識を向ける。騎士の勢いは止まらない。剣は地面とほぼ並行に構えられたまま。

 横薙ぎが来る――アイカは剣を両手で握り、姿勢を低く、備えた。一撃はきっと重たい。ひとつ躱して、左側に反撃して、反対側からフィオが抜ければ――。

 いざその瞬間を迎え、アイカは焦った――横薙ぎは来ない。重心は前のまま、突進が止まらない。

 

 抜けられれば、背後にはアイリーンがいる。だが、この重たい岩の騎士を押し返す術など持ち合わせていない。まさかゴーレムごときが、目の前で敵意をむき出しにする剣士よりも、後ろに控える魔法使いを狙うなどということをするのか?

(そんなの…!)

 普通は、ありえない――…知識と、経験上は。

 アイカは騎士に轢かれないように脇に避けるしかなかった。構えられたままの刃が頭上を素通りする。フィオも騎士の動きに気がつき、背後のアイリーンを気にする素振りを見せる。だが次には、片手に剣を持ったまま、位置を調整するように数歩端に寄った。水平に構えられた腕、ほとんどは刃だが、肩寄りのところは比較的細く、刃もない。

「アイリーン、自衛しろ!」

 叫んだ直後に、フィオは跳び上がる。迫る騎士の腕に掴まり騎士が走る勢いを利用してくるりと回って登った。弱点の喉はすぐそこだ。

 騎士はアイリーンに突進し、ついにアイカの予測していた横薙ぎを放った。

「――《盾》っ」

 鋭い衝突音が鳴る。《盾》はその一瞬アイリーンを守ったが、それでも衝撃で弾かれてアイリーンは数メートル転がる。

 ゴーレムの肩にしがみついたフィオは、薙ぎの直後に剣を振り上げ切先をゴーレムに向けた。鍔の宝石が青白く光り、刃は雷の魔法を纏う。

 ところが騎士はもうアイリーンを追わず、フィオを潰そうと体ごと壁にぶつかった。すんでのところでくるりと飛び降り、フィオは騎士とアイリーンの間に立つ。剣を構えた。 しかしまた騎士の狙いは変わる。

 素通りしてきたアイカを振り返った。騎士を追っていたアイカは足を止めて、相手の動きを待つ。

 騎士はアイカに突進を始めた。その歩幅なら、5歩――次はきっと、剣を振るうだろう。アイカは騎士の動きに全身全霊を傾けた。

 

 切先が、肩から腕全体が、動く。重心が、前へ。上から、振り下ろすような突きが来る。

 アイカは前へ跳び転がった。光の筋を通した黒い刃が目の端で動き、風圧を近くに感じた。懐に飛び込み体勢を立て直すなりアイカは剣を掲げる。切先を、頭上へ。弱点の喉へ向けて。

 見上げたゴーレムの背後に、双剣の片割れを振りかざしたフィオ。飛び上がったその一瞬、アイカと視線が交錯する。

「 ヴァセン《こっちだ》 」

 その一言と共に、フィオの剣が騎士の首に振り下ろされる。刃が当たる寸前に、アイカの握る剣がぱっと白く輝き、雷が迸った。バチン、と、衝突音にも似た音を鳴らし、皆の視界を白に染め、雷はフィオの握る剣へ飛ぶ。その道筋にあった騎士の弱点、首を、雷はものともせずにまっすぐ進んだ。

 

 白い一瞬の後、静寂を取り戻した通路に、とん、とフィオが着地する音が小さく鳴った。

 剣を掲げたままだったアイカは、はっと我に返って後ずさりする。

 騎士の体に走る光の筋が、中央のほうから輝きを失っていく。巨体が力を失い、前のめりになっていく。床にめり込んだ右腕の刃のすぐ傍をアイカが通り過ぎたとき、ついに騎士は重たい音を響かせて膝から崩れるように倒れた。

「大丈夫か?」

 間を開けずフィオが訊ねた。すでに立ち上がっていたアイリーンが返事をし、アイカもゴーレムから目を上げて頷いた。

「大丈夫です」

「よし、急ぐぞ」

 フィオは通路を半ば塞いでいるゴーレムを乗り越えながら言う。

「他のゴーレムが来る前に、行こう」

 アイカは双剣の片割れを返し、フィオがそれをくるっと回して鞘に収めた。彼は倒れたゴーレムを振り返ることもなく、先を急ぐ。

 アイカは一度ゴーレムを振り返った。もう動かない。

(でも、次があれば、フィオさんのあの大技は、何度も使えるものじゃない)

 精霊の力を借りているおかげで普通よりは消耗が少ないとはいえ、強力な魔法だ。それに、そもそもフィオは魔法使いではない。王族の防御の魔法が作動しているならば、玉座の間でもゴーレムが動いているはずだった。

 

 3人は急いだ。玉座の間まではあとわずか。そこからが、本当の戦いだろう。

 最後の角を曲がる。先に見える玉座の間の大扉は、閉じられていた。

「やはり防御の魔法が作動しています」

 アイリーンが扉を見上げた。城壁と同じであろう黒い石で出来た扉には、先ほどのゴーレムと同じように、光の筋が通っている。

 アイカは周囲を見回した。ゴーレムの姿はない。先発したライナスやエドワードのパーティは、中だろう。同じように周囲を確認してから、フィオが言った。

「入ろう」

 アイカは頷いた。

 主精霊の名前を持つ者と、その真名を知る者の二人ならば、守りが作動していても扉を開けられるのだそうだ。

 アイリーンを見る。頷きあって、アイカは扉に向かった。アイリーンと共に扉に触れる。触れたところから、しゅわり、と不思議な感覚があった。すぐにそれが、何かの魔法だと気が付く。アイリーンが落ち着いて手を当てたままなので、アイカはそれに習った。

 アイリーンが何かをぶつぶつと早口で唱える。長い古代語で、アイカには理解できないが、その中に自分の真名があることだけは聞き取った――フェリシア・アルフェリア・イネイン。

 その名が空気を震わせるのは、初めてだった。精霊を除いて、フェリシアという名を知っているのは、アイカ自身と、エドワードと、アイリーンだけなのだから。

 気づけばアイカは、唱えるアイリーンの凛々しい横顔を見つめていた。アイリーンは真剣だ。思えばいつだって真剣だった。エドワードのために。アイカのために。

(私の真名を知っているのが、アイリーンさんとエドで良かった)

 やがてアイリーンの詠唱が終わった。

 扉はゆっくりと開く。通れるほどの間が開くなり、フィオ、アイカ、アイリーンは順に中へ駆け込んだ。

 

 扉から玉座へ幅の広い道を作っている紺色の敷物の上には、さっきのゴーレムと同じような色の黒い石が散らばっていた。何かが砕け散った後のようだ。楕円の部屋の奥にはアルフェが、そしてエドワードとコロナがいた。

 その手前、進めばすぐにでも戦闘に巻き込まれる場所で、巨大なゴーレムとライナス、レスター、スーラが戦っている。スーラが剣を一閃すると透明の薄い刃が飛び、ゴーレムの足あたりの魔法防御を破る。すでに飛び出していたレスターがそこを狙って、魔法の強化を受けた剣を振るう。何度も攻撃を受けたのだろう、ゴーレムは弱くなった足のほうからバランスを崩した。手をつくようにして踏ん張るゴーレムを、不自然に存在感をもった影が飛び出して縛り、地面に引き込むように引っ張り倒す。影の魔法は、ライナスの精霊魔法だ。レスターが剣を握ってゴーレムに登る。これで勝負は決まっただろう。

 その時、悲痛な叫びが場に響いた。

「あの人を! エルディンを! 愛していたからに、決まっているでしょう!!」

 アルフェだった。初めて会った時とは全く様子が違う。アルフェが『琥珀の盾』のエルミオを訪ねて、事が始まったあの時。アイカがアルフェのことを何も知らなかったあの時。心の底から刺のような悲しみが吹き出して、心も身体も張り裂けるような、嘆き。これが本当のアルフェの言葉でないとしたら、一体何が真実だろう。

 アルフェはさらに叫んだ。

「こうなると薄々でも分かっていたのに、そんな世界に愛しいものを生むはずないでしょう!」

 私たちのことだ――アイカはそう思った。エドワードと何かを話していたのだろうか。

 疑問がごちゃまぜになり、アイカは一時混乱した。そもそもエドワードはなんと言って、アルフェはこう答えたのだろう?

「エドワード様…!」

 アイリーンがまず駆け出した。アイカもまた駆け出す。アイリーンが行ったからではない。行かなければ、と思ったからだ。

 

 もう最初とは違う。いろんなことを知った。行かなければ。何も伝えられないかもしれないが、多分、言っておかないといけないことがある。

 駆けた。ゴーレムと決着をつけるまさにその時を迎えたライナスたちを通り過ぎて、エドワードとコロナの元に、駆けつけた。

 アルフェを見上げて、アイカは思うままを叫び返した。

「私は良かったよ。私は生まれてきて良かったよ」

 届いたのか、定かではない。

 

 頭を抱えて震えるアルフェ。

 その傍らに、突如、男が現れた。

 黒いローブに、黒髪。藍色の瞳は、ディル族の特徴をもってくっきりと見える。その瞳が、場をぐるりと見回した。

 まさか、という氷のような予感を裏付けるように、エドワードが息を呑む。

「…ルシェン殿…」

 ルシェンは震えているアルフェを振り返り、そして冒険者たちに向き直った。

 アルフェの体から音もなく暗い影が湧き出て、ルシェンの背後に近づく。

 既に構えていたコロナがルシェンに手を伸ばしながらなにかを早口で唱えた。マナは守りの魔法に形を変え、ルシェンから影を遠ざけようとする。力は拮抗しているように感じられる。 しかし、悪魔自体を遠ざけても、悪魔の影響は常にある。

「何者だ…私の仲間を、奪わせはしないぞ…」

「ルシェン殿、違うのです――」

「エドワード、下がっていてください」

 目に浮かぶのは敵意。

 ルシェンの周囲にマナが集い始めた。

 

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