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For an Oath -Ⅳ

 

 

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「下がるのは貴方です、ルシェン殿!」

 アイカとアイリーンが呼ぶのも構わず、エドワードは幅の広い6つの段を上り、玉座の傍のルシェンに詰め寄った。

「あなたの言葉が私を支えた。ルシェン殿、あなたと対峙する理由などありはしない。もう、充分です…母との決着は、せめて決着だけは、私につけさせて頂きたい」

 ルシェンは読めない表情でエドワードを見返す。背後の影が止どまり、アルフェが微かに身じろいだ。影からルシェンを守っていたコロナは敏感にそれを察知する。張り詰めた空気を、低い声が揺らす。

「それが本当の貴方ですか、エドワード」

 ルシェンの静かな言葉に、エドワードは力強く頷いた。

「はい」

 悪魔の影響下から抜けたあと、ルシェンに会うのはこれが初めてだった。最後に会ったのは、ルナティアに連れられて城を出る前。父、エルディンに会いに来たルシェンと、ほとんどすれ違っただけだ。ルシェンが来て、ルナティアが来て、ようやく事が動いた。彼らがもたらした変化が始まりを与え、エドワードをここまで導いた。

 エルディンを殺めたのがルシェンだという事実は、悲しいことだ。しかしそれ以前から、なんとなく父親の死は予感していた。アルフェが事を起こすと思っていた、その一点が違ったのだ。だから余計に悲しかった。ルシェンは、ただ、旧友たちや、エドワードを助けるために行動して、そのために悪魔に近づきすぎてしまった…。

 あとは、任せてほしい。

 エドワードの気持ちを知ってか知らずか、ルシェンがちらりと微笑んだ、気がした。目の錯覚かと思うほどのものだ。エドワードだけに向けて――エドワードはそう感じた――頭を下げる代わりに、目を伏せるように瞬きした。口元が小さく動いた。

「成して、お見せ願います」

 

 暖かい声。声が切れるか切れないか、応える間もなくエドワードは吹き飛ばされていた。空気の塊はエドワードを階段の下へ落とす。魔法を継続していたコロナにぶつかりかけて、アイカとアイリーンがエドワードをどうにか受け止めた。

 ふたりに支えられ、咳き込みながら玉座を見上げたエドワード。次には、もう、刺を含んだ声が飛ぶ。

「その力は私のためではなくエドワードのための力だ、魔法使い。無駄な消耗をして流れ弾で彼を殺さぬよう警告する」

 ルシェンはコロナを見下ろして言い放った。すでに魔法の継続が厳しいと悟っていたコロナは、継続しながらも目だけでルシェンを見上げる。

 ルシェンはすっと視線をエドワードに移した。

「あなたには」

 藍色の目に狂気が現れた。

「ウィザード・シルファーが『神の石』を差し出すよう、あとで交渉して頂こうと思っています。死んでもらっては困る」

 再びマナが集まり始める。ルシェンの敵意に従って。

「コロナ! エドワードを守れ!」

 ライナスの指示が飛んだ。それが精鋭部隊の決定だった。

 コロナは厳しい表情のまま、魔法を止める。防いでいた悪魔の影は、あっという間にルシェンを包んでしまう。見上げたまま悔しそうに顔をしかめながらも、エドワード、アイカ、アイリーンと共に玉座から離れるように促した。

「ここでは巻き込まれます。今の私では守りきれません、下がりますよ」

「私も戦えます」

 アイカは思わずそう言っていた。エドワードは冒険者ではないが、アイカは冒険者だ。スペルストラップの《盾》で自衛も出来る。

 コロナに訴えたアイカだったが、すっと二人の間にフィオが割り込んだ。鋭い眼差しは玉座を見上げる。

「一旦下がってくれ」

 フィオはひとつ瞬いて、いくらか柔らかくした戦士の目をアイカたちに向ける。

「アイカ、防御を頼む。しばらくコロナの消耗を抑えたい。アイリーン、ここぞという時に、頼む」

 下がれ、と、有無を言わせない言葉と姿勢。自分たちよりもパーティのことを優先すべきだ、とアイカは感じ取って従った。フィオを残して、アイカたちは後退する。

 そもそも、とアイカは思う。このメンバー、この相手では、アイカは戦力外なのだ。それでもここにいるのは、テレポートの魔法と、アイカの立場があったから。シルファーのところへ残れと言われてもおかしくないはずだったのに。

 とはいえあとのことを全て任せようなどとは思わなかった。契約者は、ほとんど面識すらなかったとはいえ、アイカの母親で――その実感が薄くても、少なくともエドワードの母親なのだ。そして、何より…。

 ――愛しいものをこの世界に生むはずないでしょう!

 後悔をしている人だ。その後悔が必要ないものだと、アイカは言うことができる立場だ。アイカの声が届いたのか分からないが、アルフェは今、頭を抱えて小さくなっている。

 まだ、何度でも、できる限り伝えることに意味はあるはずだ。

 

 フィオが双剣を抜く。ライナスはただ玉座に対う。倒れたゴーレムから降りたレスターが両手で剣を握る。スーラは細身の剣を身体の斜め後方に下げて、後衛としての立ち位置で構える。

 ルシェンは鬱陶しそうにそれを見下ろした。

「邪魔をするな…私には取り戻さなければならないものがあるんだ」

 

 ゴーレムの防御を破ったスーラの水の刃は、ルシェンに届かずに散った。王族の守りの魔法、目に見えない障壁がそこにあった。同じ手では破れない。すぐに悟って、冒険者たちは手を変える。

 障壁の内側から、ルシェンは光の攻撃魔法を打ち込む。レベルの高い冒険者たちからしてみれば、速いものの威力はそれほど高くない。とはいえ、詠唱なしで、短い間隔で放たれる。こんなペースで魔法を使うなんて、普通なら5分持てば良い方だが…。

 障壁に守られたルシェンが大魔法を使うのを阻害しているのは、距離を取ったままのコロナとアイリーンだ。ひたすら詠唱を続け、マナを確保し続ける。大魔法発動を予防する最も一般的な方法のひとつ。実際に魔法を使うより消耗は少なく、コロナやアイリーンほどになれば回復力のほうが上回る。

 その二人に隙をついて飛んでくる光は、尽くスーラが斬り、砕いた。

 フィオが斬り白い雷が迸る。レスターの突きが障壁と拮抗し、狙われ放たれた攻撃魔法を《盾》で防ぐと弾かれた勢いで後退する。二人が攻撃したまさにその場所を狙ってライナスの矢が飛ぶ。

 アイカの目は戦況を追った。レベルの高い冒険者たちの戦いは、『琥珀の盾』で見てきた。相手がこんなに魔法を使ってくるのは初めてだし、こんな状況も初めてだ。それにしても、どうやっても、全く勝機が見えない…。

「…これじゃ…」

 アイカが思わず呟いた。精鋭部隊たちは何も言わずに攻撃を続けるが、いつになれば障壁が破れるのか見当もつかないし、ルシェンが消耗する気配もない。これじゃ、ダメだ。

 精鋭部隊も当然そうと分かっているはずだった。それなのに続ける。突破口はどこに? 見逃しているだけだろうか?

「アイカ、大丈夫だ」

 エドワードがじっと戦場を見つめながら言った。

「アイリーン。頼む」

 集中をゆるめて、アイリーンがエドワードに凛々しい笑みを送った。それに頷くと、エドワードはアイカに向き直った。

「あの障壁は、王族の守りの魔法を元にしたものだ。だから――」

「待って」

 止めたのは、コロナだ。アイカは思わず期待してコロナを見つめた。

「すみません、エドワード。でも、もうひとつ、あの障壁にはどうしようもない弱点がある。タイミングを図ってるところだから…」

 続く言葉が力強い。

「事が動くのを待って、それから思うとおりに動いて下さい。アイカさん、《盾》の心構えを。エドワードさんをフォローして下さい。呪いの恐れもあります、アイリーン、お願いします」

 コロナの目は、ルシェンの一挙一動、そして精鋭部隊の配置、動き、構え、そこから見える意図を追っていた。そして、アイカはそこから悟った。

 障壁に攻撃を加えるフィオ、レスター、ライナス。ただただ鬱陶しそうに”的”を狙って光の魔法を放つルシェン。それを躱し、スーラはそれを斬り、躱せなければ《盾》ではなく最低限の《魔法防御》で防御する。

 あまり長引かせるつもりはないに違いない――アイカはエドを見た。エドもアイカを見て、コロナと、そしてアイリーンを見た。ふたりは頷き合って、ひっそりと動き始める。戦場の淵を、速やかに。

 アイカは知っている。コロナの得意分野は、空間魔法。恐らく空間の固有精霊などもたないディル族が、障壁の向こう側にテレポートで来られるほど、メア城の魔法封じは弱まっている――戦っている冒険者たちはルシェンが来た時からそれに気づいていたに違いない。稀有な空間を司る固有精霊をもつコロナに、テレポートが出来ないはずがないと。

 そしてもうひとつ、王族の守りの魔法である障壁。精鋭部隊は、障壁も悪魔によって変質している可能性を考えていた。だが大事な一点は変わらなかったようだ。少なくとも王族のための守りであるという点だけは。だからエドワードは、すでに一度障壁を突破した――障壁はエドワードを拒まず、彼をルシェンのすぐ近くに立たせた。

 せめて決着だけは――エドワードの言葉は、精鋭部隊にも届いている。

 剣を握って移動するふたり。その動きにいち早く気がついたのは、後衛のライナスだった。ちらりと、表情一つ変えずにふたりの位置を確認する。すぐにマナが動くのをアイカは感じ取った。その変化は密やかなもので、見た目には状況に何の変化もなかった。

(何の…魔法だろう…?)

 アイカにはわからなかったが、ともかく、自分たちに有利な何かだろうと考える。もしかしたら…姿を隠す何かだろうか。

 ふたりはゆっくりと、ほとんど玉座の真横、ルシェンを間に立たせずアルフェを真っ直ぐ見れるところまで移動することができた。

 じっとアルフェを見上げるエドワード。アイカはその横顔を見、そして玉座の上の人を見た。本当にいいの、なんて言葉はもうない。もしエドワードが出来ないなら、アイカは代わりを務める覚悟だ。冒険者としても、個人としても。それに、もう一度、最期までは何度でも、伝えようと決めていた。何度伝えられるか、分からないけれど。

 激しい音と共に何度目かの雷撃を加えて、やはり結果を変えられないまま、フィオは障壁から後退する。飛んできた光の攻撃を掠りながらも躱す。続けざまに、剣を構え障壁に迫ったレスターへ魔法が飛ぶ。予測していたレスターは、ダガーでそれを斬って打ち砕き突進した。

 

「 エミュリア《繋ぐ霧の道》 」

 コロナの声が、確保していたマナを大きくうねらせた。

 

 切先は障壁にぶつからない。消えた、次の瞬間、ルシェンの目の前に現れたレスター。目を見張るルシェン。レスターは突進の勢いのまま。テレポートに対応してその目は、そして切先は、ルシェンを捉える。

 咄嗟に前へ出た左腕、左胸の脇に剣を受けて勢いでルシェンが倒れた。覆うように立ったレスターが剣を振り上げる。だが、紙一重、反射的にルシェンが振った右腕の袖から暗器が飛び、レスターの足に巻きつくほうが早かった。ぐんっ、と引かれてレスターはバランスを崩す。

 再びマナが動いた。

 玉座から距離のあったフィオが突如、障壁の内側に現れる。双剣はすぐにルシェンに向けられた。目の端でそれを捉えたルシェン。悟ったことだろう。

 終わりだ――。

 ――そして、行くなら今だ。 エドワードとアイカは走り出す。アイリーンはそれを目で追う。契約者に止めを…決着をつけるのだ――。

 

 駆け出した、その一歩。アイカはぞっ、悪寒を感じた。不吉なマナの動き、気配。咄嗟にエドワードの腕を掴んで引き止める。今行けば、殺される…。

 ほとんど同時に、真っ黒な魔法が巻き起こって、玉座から何もかもを遠ざけ拒絶する意思が吹き荒れた。否定される…自分の全てを、否定される。そこにいてはいけないと。そこにいるなと。来るな、消してやる。お前はいなくなれ。そして、途方もない孤独感――。

 アイカはエドワードを引き寄せながら数歩後退った。

 押し返されたフィオは膝をついてどうにか吹き荒れる魔法に耐え、障壁の内側に留まる。最初の一波を乗り越えると咄嗟に、フィオは剣をひと振りしてレスターの足とルシェンの右腕を繋ぐ暗器の線を斬った。レスターの体がぐらりと傾いて、そのまま玉座の段を転がり落ちる。段の下の方でふらふらと体を起こそうとするが、立つには至らない。

 オルトの守りの装備が皆を守っていた。これなら耐えられる。レスターもきっと大丈夫だ。おさまりゆく魔法、士気を取り戻すのは難しくなかった。

 だがアイカは、エドワードの腕を離さない。他の魔法使いたちと同じように、アイカはまだその魔法の恐ろしさを感じ取っていた。

 黒い魔法は弱まったのではなく、収束していた。

 それはどこに向けられるのか。《盾》の心構えを――コロナの言葉が脳裏に蘇る。

 

 前触れ無く、黒い魔法が真っ直ぐに飛んだ。狙いは、コロナ――予測していたスーラがコロナの前に割り込む。

 一切臆することなく、魔法耐性のある剣を振るった。ルシェンの光の魔法を幾度も防いできた細身の剣は、黒い魔法に立ち向かう。強化されたオリハルコンの刃は柔軟にそれを受け止め、やがて、これまでにない高く鋭い音を立てて――折れた。

 だがスーラは退かない。魔法使いの瞳は真っ直ぐに前を向いている。黒い魔法はスーラが纏う防御の魔法に阻まれてコロナに届かない。完全に魔法を相殺させたかに見えた。

 数秒の後、黒い魔法が消え去った。魔法が終了したのだ。無傷に見えたスーラは、その場に崩れ落ちる。防御で力を使い果たしたのだろうか。コロナが駆け寄って支える。

 アイカは愕然とした。Lv100を超える冒険者。無敵でも不死身でもないと、『琥珀の盾』にいたアイカはもちろん知っている。その強さも知っている。信じがたいその光景を凝視しながら、今更体の芯に震えが走った。

 その一瞬、エドワードがアイカの手から離れ、駆けた。はっとアイカはそれを目で追う。行く先の玉座を見上げる。

 アルフェが顔を上げていた。無感情に、不気味にフィオに目を向けている。アイカは血の気が引いた。一番近くであの黒い魔法を受けたフィオが立ち上がるには、あと少しだけ、時間が要るはずだ…。

 アイカが思わず駆け出そうとしたとき、ルシェンは傷を負いながらもようやく身を起こした。フィオは目線を上げる。動かない体を動かそうともがく。恐らくルシェンを巻き込んで障壁の外へ飛び出そうとしたのだろう。だが動く前に、ルシェンの魔法が飛ぶ。

 この場にいる誰も魔法防御の効果を失っていた。その上、障壁の内側にいるフィオには新たな魔法の助けが無かった。為すすべもなく光の塊を受け、フィオは障壁の外へ飛ばされる。どうにか受身を取ったが、まだ動作は鈍い。ダメージは大きかった――むしろアイカはほっとしてしまった。こうでなければ、アルフェはフィオを殺したかもしれない。

 

 唐突に、としか表せないタイミングで、また事が動いた。アイカは再び、空間魔法のようなマナの動きを感じ取る。ルシェンが来た時と同じような…。

 玉座の傍、ルシェンとアルフェのすぐ傍に現れたのは、リーフだった。

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