歴史の本
★近道→パウリ族 、定形魔法 / 魔法陣、星の砂漠、大悪魔 / 堕天使、ダークエルフ・ヒューマン / 召喚竜
根が大地を掴み、枝が空を押し上げ、その世界は始まった。
はじまりの樹の《葉》から生まれた、神と呼ばれるものたちと、精霊とよばれるものたち。
はじまりの樹の《実》から生まれたヒト――ヒューマンやエルフ、ドマール、天使といった種族や、動物と呼ばれるものたち。
はじまりの樹の《息》、世界に満ちるマナは、生き物たち自身や、その心に応じて姿や性質を変える。
◆いちばんさいしょ
6の大神が生まれた。
イリア《光》、オルフェウス《闇》、スピラリエル《生》、エイシェル《死》、メルキーナ《滅》、アメリア《時》。
10の神が生まれた。
イリアの下に、《太陽(審判)》エリアス、《天空》セラ。
オルフェウスの下に、《太陰(音楽、審判)》ルビアス、《大洋》テラ。
スピラリエルの下に、《創造》パーレント、《大地(豊穣)》ジェラ。
エイシェルの下に、《静寂》ソア。
メルキーナの下に、《破壊》シン。
アメリアの下に、《記憶》モシュメ、《運(出会い、勝負)》フォルトナ。
大地と海と数多の精霊が生まれた。
植物が生まれた。
動物が生まれた。
各地にある、はじまりの樹の一部である『母の樹』から、精霊と動物の間の種族が生まれた。
世界は大きく5つに分かれていた。東西南北、中心の、樹。
東西には『太陽と月の海』があった。太陽と月は、交互に、東の海の果てから昇り、西の海の果てに沈む。
中心には、樹のある大地を取り巻くように、『記憶の海』があった。当時は、誰の記憶かも分からないものが渦巻いて、現れては消えていた。ヒトが生まれてからそこは、体や命を、大気・大地・海に還した者の記憶や想いが貯まることのある海となっていった。
10の種族が生まれた。
エイシェルが〈ヒューマン〉を生み出した。
アメリアが〈エルフ〉を生み出した。
メルキーナが〈マー〉を生み出した。
スピラリエルが〈小人〉を生み出した。
イリアが〈ドマール〉を生み出した。
オルフェウスが〈ミユ〉と、思いつきで〈ラーク〉と、ついでに〈月影〉が誕生するように細工をした。
メルキーナとイリアが〈空人〉を生み出した。
アメリアと、メルキーナ、イリアが〈ドラゴン〉を生み出した。
イリアとオルフェウスが〈天使〉を生み出した。
ここまでが、神々が大きく関わった世界のはじまり。
時間という概念を用いて言うなら、100年ほどが過ぎた。
◆パウリ族
世界にはマナが、空気のように存在している。
意思や心をもつあらゆるものには魔力が宿っている。
この世界の者は、魔力に意思を乗せ、マナに伝えることで、マナを変化させることができた。魔法が魔法と呼ばれる前から、それはあった。
イメージすること。具体的に、思い描き、そうしたいと望むことで、それぞれ操ることのできる魔力に応じたマナの変化を実現することができた。
*マナの濃度は各地でばらつきがあり、それは長い時を経て変化していた。(偏り過ぎないようにすることが天使族の役目のひとつである)。魔力があっても変化させるマナがなければ、変化は実現できない。
*主に生物が体内にもつその者固有のマナ=魔力は、ヒトそれぞれ性格があるように、それぞれ性格が異なっていた。
特に、出身地や精霊名によって大きく影響を受け、得意属性(属性は地、水、火、風、樹、空、光、闇、時 に大分される。さらに細かいこともあるcf.幻、氷)が偏ることが多かった。ちなみに似た者同士分類…光、火、雷 / 闇、水、風 /樹、地 / 空/時
*また、魔力の性格と個人の性格によって、得意な魔法(攻撃、防御など)が変わる。
+マナの性格(その地域の主精霊と環境に影響される)によって使いやすい魔法も変わる。
ドマール族は『南』に生れた、魔力が強く、マナの変化をさせることに特に長けていた。
世界が生まれて100年、さまざまな種族が生まれた。300年初頭、ドマール族の一部の者が小人族に悪質なイタズラをした。呪いをかけたのだ。不幸にも、行った者達は特に魔力が強く、それは効果を発揮してしまった。
パウリ族が誕生した。小人族の寿命は本来120年程だが、呪いはパウリ族の寿命を5年程度にまで縮めてしまった。魔法が確立される前、加減の仕方を誤ったマナの変化・呪いであった。
小人族を創ったといわれる生の神スピラリエルの使い、ルビス、そしてドマール族を創ったといわれる光の神イリアの使い、ミーシャの2者が、神の使者として初めて人の前に姿を現した。
ルビスはパウリ族に素早い成長を与え、少なくとも4年半、五体満足で自由に動ける時間を与えた。
ミーシャはドマール族のうち、呪いを行った者から光を奪った。二度と太陽の下に出られないように夜に閉じ込めたのだった。
*基本的に、神たちは人が行ったこと自体について、その結果を消すようなことはしない。
◆マナエナディの定形魔法
ドマール族のエヴァ、マナエナディは、マナを操る行為に制限をかけたり、操作をより正確にして加減のないマナの変化をなくす術を見つけ、世界に広めることを約束した。するとミーシャはマナエナディをはじまりの樹のもとへ連れてゆき、マナエナディは樹と対話をした(らしい)。マナエナディは、樹の記憶にあった言語を持ち帰った。それは、魔力に乗せた意思よりも、マナを従わせる力が強いものだった。古代語と呼ばれるものだ。(魔力に乗せた意思≦古代語<魔力に乗せた意思&古代語)
*樹から生まれた、アラク、パン、フェアリー、ハーピー…などは、元々古代語のみを話していた。
そして、360年頃、マナエナディは魔法を確立させた。
仕組みは、これまでのマナの変化と同じだ。
マナエナディは、最も恐ろしいことは感情に任せて魔力を暴走させ、かつ、周囲に十分なマナがあった場合であると考えていた。
魔法には呪文が必要であるとマナエナディは世界中に広めることにした。マナエナディ本人と、弟子であるルナフィナディが中心となり、それは何百年もかけて世界に広まった。当時ドマール族の寿命は500年程だったが、マナエナディは1160年頃まで生きた。
さらに、魔法と共に、神の使いのことを広めた。ドマール族(ブラックウィッチ族)の誤ちに対して神の使いがどのような処分を下したか。マナで他を害せばどのような結末となるか。神は傍観していない、見張っているのだと。
強く、古代語を用いることを教え、それは世界に広まって行った。
*魔法屋は、この教えを伝えていく人々でもある。
より、コントロールする(暴走させない)には古代語が必要。イメージに合った古代語があればなお良い。
より、自分の思う通り正確にするためには詳細で具体的なイメージが必要。
より、強い魔法を使うには、魔力と、マナと、意思が必要。
イメージが上手な魔法使いたちは、古代語をあまり必要としなかった。ただ、形の決まった魔法(cf《風の刃》など)は、それはそれで使ってた。
魔法使いたちは、古代語を学び、コントロールしやすい形の決まった魔法を次々生み出していった。
扱いやすいその魔法は、種類を増しながら、世界に広まって行った。
弊害として、魔法確立前の、古代語を用いない魔法(以降、マナの変化を魔法と呼ぶ)を使える者が減少。魔法をより緻密に・思い通りに扱うことが困難になった。
古代語を用いる魔法が世界中の常識になったのは、400年代末期。大体の人が簡単な魔法は使えるようになった。
480年.(『太陽の丘の伝説』)形の決まった魔法が定着する決定的な出来事が起こった。古代語を用いない魔法使い達を中心とした、戦が起こった。
『西』で起こった戦は、大魔法を扱ったために竜の生活にも影響を与えてしまい、竜たちの怒りを買い、竜は戦の中心であった魔法使いたちを殺し、それによって鎮まった。
◆魔法陣
この戦の直前、『西』の魔法使いが、マナをかき集める方法を研究していた。その者はエルフの魔法使いで、治療師であった。魔力かマナが足りないために命を落とす者がいた。魔力は一朝一夕にはどうにもならないが、マナを集めることが出来れば…と考えたのだった。
それは天使の役割を阻害する行為につながりかねない研究であった。その者は博識であり、天使たちの役割も承知の上で、それを阻害しない程度に、そして、用いた後にマナを再び離散させることができる、そんな方法がないかと模索していた。
はじめは古代語で研究をしていた。そのうち、古代語以外で出来ないか、と考えた。そして、形を描くことに辿りついた。始めて描いたのは、○だった。○の中央に立ち、その者は広くマナに語りかけた。すると、マナは集まってきて、そして数秒で去って行った。それは、古代語を用いずに魔法を行うのならば十分な時間であった。
その研究の途中段階を盗まれ、戦に利用されたのだった。(480年・太陽の丘の伝説)
竜により粛清され、その後悪用されることは公にはなかった。
戦の後、その者は研究を続けた。ドマール、ディルの友人と協力した。マナエナディ、ルナフィナディはその者を訪ね、ともに研究した。
そして、魔法陣を生みだした。
最終的な目標であった、マナを集め、魔法終了時にマナを離散させる、というものも果たしたが、他にもさまざま形が、古代語のようにマナに影響するということが分かった。古代語を唱えずともコントロールする方法が発見されたのだった。
そして、マナを集め、魔法終了時にマナを離散させる形は、始まりへ戻る形であった。○、☆は効果的であった。
三角を二つ組み合わせた形(ダビデの星の形)(基本6属性=地水火風空樹)は、さまざまな魔法に応用が可能であった。ほとんどの魔法を強化することが分かった。ただし、それ自体のみでは強化はわずかであり、さらに形を組み合わせなければ大きな効果は得られないことが分かった。
このため、よく用いられる魔法陣は○とダビデの星を組み合わせた形なのである。
魔法陣は描く大きさが大きい程効果が増した。
小さくても効果が高い魔法陣は、後後研究されていくこととなる。
魔法陣は大掛かりで準備が必要なため、普段使われることはなく、治療師や、研究者、定形魔法ばかりに頼らない魔法使いなどの間で広まった。また、冒険者がうまれてからは装備やアイテムに用いられた。
この状況に危険を感じた天使は、さりげなく、徐々に、マナを上空に離散させた。
*マナの減少を敏感に感じた者は、早くも世界は終わるのか、とか思ったり。
*魔法の属性分類は「地水火風空樹・光と闇・時間」という分類が普通。使いやすさや使用頻度から、「地水火風樹光闇・空間と時間」と分けられることも多い。
◆星の砂漠
世界の外にも命はあった。
《星人》リリエンタールは、はじまりの樹が押し上げた空の向こうにいた。
1127年頃、はじまりの樹は枝を伸ばして、空の向こうへ、まるで手を伸ばすように背伸びをした。
そのとき、星人たちが空の穴から落ちてきてしまった。
はじまりの樹の背伸びは、星人や、マナエナディがはじまりの樹に語りかけて収めた。語りかけたとき、マナエナディは底なしの孤独感を感じた。
マナエナディは樹の友人になった。
そして、樹と常に繋がっているドールを創り、2人、世に送り出した。旅すること、仲間を惹きつける性質をもつドールだ。はじまりの樹は、ドールを通して世界を歩くことができるようになった。お礼にはじまりの樹は、マナエナディと、その弟子ルナフィナディの持っていたネックレスに魔法をかけた。友達を守る、樹の意思が宿ったネックレスは、後にマナのネックレスと呼ばれるようになる。
◆大悪魔
『南』では魔法の国が(精霊の領域に重なるように)できていった。
その最中、ドマール族(古)は考え方と住む場所の違いから、ドマール族(黒のドマール)とディル族(白のドマール)に分化(400年代)。この考えの違い、というのは、ドマール族が呪術に敏く、ディル族がそれ以外の魔法に幅広く(個人差大)敏いことにつながっている。
*ドマール族:人の内部への干渉(固有マナへの干渉)が割に得意。なので、真名を隠さない人も多い。呪術・解呪、変身、回復が得意(固有マナに干渉するとはいえ、回復は呪術と方向が真逆なので、どちらか一方のみ得意な場合が多い)、召喚、補助、攻撃が他種族よりも上手。個人への干渉はタブーではない。人を救う術に繋がる、同時に人を滅ぼす術に繋がるとしても。
ディル族:外部マナコントロールが上手い。人の内部への干渉(固有マナへの干渉)はあまりすべきでないと考える。それは本来タブーであるべきだ(考えの頑固さに差あり)。人が人の宿命を力尽くで大きく左右するようなことはすべきでない(人の心に干渉したり、相手の構造を変えてしまったり、操ったり・・・それは悪魔のすること)。攻撃、補助、召喚、時間、空間が他種族に比べて上手だったり使えたりする。回復が得意なドマールには劣るが、回復も他種族より上手。
以上、すべて個人差大。全部得意ってことはない。
200年代には当時最強であった大悪魔テオフィネスを早くに封じた(『東』)。500年代初頭、戦のために渦巻く悪意を、モンスター化することが間に合わず、テオフィネスよりずっと強力な大悪魔の誕生となった(天使はマナ離散を優先してあたっていたので余計に対応が遅れた)。
デュノラケルとステヴィウスであった。一般的にデュノラケルが最強と言われるが、ステヴィウスは本来同等の力をもっている。デュノラケルは冷徹で無感情で、ただ単純に、それが使命であるかのように人を殺し、見せしめるようにしていった。ステヴィウスは恐怖や悲しみ、怒り、絶望といった感情を振り撒く性質があり、殺してくれと言われた時にのみ殺していった。
この2悪魔を封じることは困難であった。悪魔はすなわち、人から蒸発して出た感情がマナに伝わり残存し、意思を持ってしまったものだ。それは体をもたず、樹が生み出したものではないという2点以外、他の生命と同じだ。
命を入れることが出来るのは、体。
天使の数を減らすことは、悪魔を助けるだけだった。それも考慮した。
デュノラケルは、エルフの幼子の体へ。ステヴィウスは、天使の幼子の体へ。いずれも自ら申し出てくれた者だった。必ず解放すると約束し、天使たちはその幼子に悪魔を封じ込めた。そして、もっとも魔法に長けた種族であるドマール族にデュノラケル、ディル族にステヴィウスを、封印し続け管理することを頼んだ。
200年後にはドマール族やディル族の研究により、体ではなく物に命を閉じ込める術を見つけ、エルフの幼子はルナフィナディに付き添われて故郷へ帰って行った。言葉を失っていたが、エルフの幼子は笑うことが出来た。200年、一人で、恐らく約束を信じて純粋な心を保ち続けたのだった。
デュノラケルはドマール族(クランデスタ家)が『闇の谷』と呼ばれることとなる場所へ封じ続けている。
ステヴィウスとともに居る幼子は、ステヴィウスと別れることを拒んだ。
二人はいつのまにか、ほとんどひとつになっていた。天使の性質である、全てを平等に愛すること。それが影響したのだろうか。緩んだ封印術の中で、ステヴィウスは幼子の体で身を起こし、ディル族や天使族へ、ただ言葉を投げつけた。「私をこの者の体に押し込めた、その非情な行いを永遠に悔いるがよい。この者は私を受け入れている。愛を知るは、この者のみだ。マナを操る一族よ、私はいつかそなたたちの檻を破ってみせよう。その時には私とこの者の苦痛を存分に味わわせてやる」。「私はステヴィウスと一緒にいます。私は大悪魔ステヴィウスを逃がしてあげるわけにはいかない。だから、ステヴィウスが大悪魔でなくなるまで、一緒にいます。ステヴィウスはああ言いましたが、私は誰も憎んでなんかいません」
そうして二人は、いつのまにかひとつになった。どちらも失われないまま、天使の永い命と体、悪魔の魂、ひとつになったふたつだった心。
ディル族(カルミオレ家)は、代々ステヴィウスを封じる役目を受け継いでいる。ステヴィウスが大悪魔である限り、封術を解いてはならない、という戒めと共に。
◆堕天使
天使族は、全ての生き物を愛する性質を持つ。また、量・範囲に制限はあるもののマナを自由に動かすことができる(その量・範囲が大きすぎて、無制限に見えるほど)。
天使族は生まれながらにして、世界のマナバランスを調整すること、そしてヒト(天使族含む)の負の感情(これの定義はまた別の機会に。)がマナに伝わり具現化したもの=悪魔をモンスター化すること(つまり、物理攻撃が通じる状態にして、人々が自身の手で倒せるようにすること)を役割として自覚している。
1002年、天使族のルシフィルは、自ら地上へ降りた。天使族には理解できない感情をもったためだ。”個人”に対して特別な強い感情を抱き、天使族としての役割を放棄したのだった。
それは“個人”への愛ゆえの行動だったが、天使族はそれを愛と認識し難かった。全ての生き物を愛する性質をもつため、ルシフィルを疎うことはほとんどの者がしなかったものの、理解しがたいものだった。天使族は授かった力で多くの者を救うことができる。それを放棄してまで、自分の好きなように生きようとは考えられないのだ。
時間は穏やかに過ぎた。やがて、1010年、ルシフィルは娘を授かる。天使の生殖能力はエルフよりもずっと劣る。それでも生まれてきた娘ルシは、どんな人間やディルよりもマナを上手に扱い、どんな天使よりも能力的には劣っていて、翼はあれど飛ぶこともできなかった。
1020年代になり、ルシフィルが病に倒れた。世界中を見ても稀な病だ。マナの濃度が、空と地上では大きく異なる。それが影響してのことだったが、当人たちには知る由もない。
どんな医者・治療師・回復術士にも、ルシフィルを治すことは出来なかった。
ルシは、最後の希望にすがり、旅をしてはじまりの樹を訪ねた。
そして、飛べないはずのルシは、途方もなく巨大な樹の枝になる命の実のうち、小さなひとつもぎ取って、持ち帰った。
命の実を口にしたルシフィルには奇跡がもたらされた。謎の病は治り、すぐに以前の元気な姿を取り戻したのだった。
人々は驚いた。それは噂となって広まり、未来には伝説として残っている。
命の実のことを知った天使族は、憤るどころではなかった。
なぜ樹が簡単に実を渡してしまったのか、なぜルシが実を持ち帰ることができたのか、その意味を両者とも理解していたのか、怒りと混乱の波が起こった。
命は循環する。全ての命が樹から生まれ、身体は大地に、記憶は海に、心は空に還る。そして全てと同化し、樹へ戻ってきて再び”ひとつ”の命となる。それが命の実。それは、生まれる前の生き物の姿だった。
天使族は、ルシの行為を許すわけにはいかなかった。
”個人”のために自らの役割を放棄した者の娘が、”個人”のために命をひとつもぎ取ったのだ。
天使族は、ルシフィルやルシを堕天使と呼んだ。
奇跡の噂の直後に、命の実をもぎ取る罪の重さと、その結果の罰のことが広まった。ルシに続くものが現れないようにするために、広めなければならなかった。
1025年、ルシは赤い本に封じ込められた。
ルシフィルのその後は、伝わっていない。
時は流れた。
「堕天使ルシは封じられてしまいました」
と終わっていた伝説の続きが始まったのは、1650年だった。
これはエルフとヒューマンの戦の引き金のひとつにもなった事件である。
1650年、ヒューマンの少女が、ルシの赤い本を見つけてしまった。ルシの赤い本は、エルフ族のとある一族の監視のもと厳重な封印の中にあったと伝わるが、少女はルシを赤い本から解き放った。
*ルシフィルの病は、マナ濃度の違いが病に繋がる代表事例。
※クレィニァの場合、幸いにも、変身術を用いる際に「魔力(固有マナ)を保存しておくアイテム」を使う。例の病は周囲のマナ濃度と固有マナとのバランスが崩れて固有マナがうまいこといかなくなる(心のある生命を保つのに固有マナは必須)というもの。クレィニァは定期的に変身術を用いていて、その時に固有マナが本来の状態に戻るので、ルシフィルと同じ病になることはなく地上のマナ濃度に順応していった。(たぶん。)
◆ダークエルフとダークヒューマン
エルフとヒューマンは、特に種族差によって対立が目立っていた二種族であった。
ヒューマンをはじめ、小人、ミユ、ラークといった、せいぜい100年の寿命の種族。そして、エルフ、ディル、ドマールといった、400年以上の寿命の種族。生きる時間の違いは無視出来るものではなかった。
エルフは主に『西』でエルフだけの国をもっていた。『西』では一国に1種族というのは珍しいことではなく、ヒューマンや小人、ミユ、ラークなどもそれぞれ国をもっていた。
『南』でも、ドマールやディルは独自の国・文化を持っていた。ヒューマン、小人(特にドワーフが多かった)、ラーク、月影といった種族も多かったが、それほど対立はなかった。魔法の技術はドマール・ディルが、芸術面の技術は小人、ヒューマン、ラークが長けていた。協力し合うことも多かった。
ルシとヒューマンの少女のことが広まったとき、エルフとヒューマンの反応は違った。ルシが命の実を取ったのは1025年。600年も前だ。ヒューマンにとっては伝説だったが、エルフの中には当時の大事件として記憶している者もいた。ルシの解放に関心の薄いヒューマンに対して、エルフにとっては悪夢が繰り返される予兆に思えた。
ルシとヒューマンの少女は、公に姿を現さず、どうなったのか知られていない。
この出来事で、エルフのヒューマンに対する溝が深まった。
ヒューマンはその雰囲気を所々で感じ取った。
ルシとヒューマンの少女は、いずれも子供であり、また、解放されたという噂以降、大きな事件は無かった。ルシは長い間閉じ込められていた事実もあり、十分に罰は受けたと考える者もいた。エルフの中でも、ヒューマンを非難し続ける者、そうでない者、意見はそれぞれであった。
ヒューマンの中では、ヒューマンの少女ごときに解かれてしまうような管理をしていたエルフがそもそも悪い、600年も前の伝説のことを言われても、という意見の者が多かった。ルシ云々ではなく、反ヒューマンのエルフがいる(増加した)ということのほうが、ヒューマンにとっては重要なことだった。
悪化した関係はほぼ変わらないまま、時が流れた。
1695年、再び事は起こった。
命の実を、こっそりと、あるヒューマンの騎士が持ち帰ったのだ。持ち帰った理由は、諸説ある。私欲のため、恋人のため、主のため…それは重要視されなかった。
その騎士のいるヒューマンの国を、エルフは滅ぼしにかかった。
1696年のことだった。ここから、エルフとヒューマンの、4年にも渡る戦争が始まる。お互いを滅ぼすための、大規模な戦争だった。
*この世界で4年も戦争やってるのは珍しい。4年もやる前に、地域の精霊の怒りを買って(少なくとも戦闘は)強制終了する場合が多い。『西』には竜もいるため、精霊だけでなく竜も粛清にくる可能性がある。事実、400年代の魔法使いの戦争は竜に粛清された。
この戦争は、事の発端が命の実のことだったため、手を貸した精霊がいた。それに対する為に、守りにのみ手を貸す精霊もいた。そうして大規模な戦争になってしまった。
公には、戦争の大きな原因に悪魔の関与はない。天使族は渦巻く悪意に当てられたマナや、強い悪魔になりかけたマナを、魔物化させる作業に追われた。
エルフとヒューマンは、複数の国を巻き込んで、殺しあった。
『西』は混沌と化した。
天使族は、魔物化も、マナバランスの調整も担う種族だった。能力が高く、永い命をもつ。しかし、その数は非常に少ない。
戦争で使用するためマナが『西』に偏り、そして本来なら魔物化すべきマナは天使の仕事が追いつかず徐々溜まっていった。
5つ目の大悪魔の誕生が現実味を帯びてきた。
1969年の終わり、戦を続ける者たちに、不思議なことが起こり始めた。*1
戦えば目の端に愛する者がちらりと映り、眠れば夢で神々しい何かを見、元はといえば命の実のことを思って始まったはずの戦いが一体何の為なのかと、疑問が心に浮かぶ。樹を、世界を、命を思うのならば、戦いを、心から、止めることだ、と、何者かの声なき声が聴こえる。
*この頃既に精霊は、戦いから手を引いていた。手を貸すにはマナが“汚れ”すぎて力を発揮しにくくなっていたこともあった。続ければ、自らを滅ぼすと気がついた。
戦をやめる動きが大きくなった。すると、戦に乗じていた悪魔の動きが浮かび上がった。
戦を続けたい悪魔たちは、小さな細工をして回った、といわれている。また、戦の中、契約者を得た悪魔も多数いた。契約者と悪魔は、種族に、国に、戦士たちに、戦を続けるように仕向けた。
悪魔と関わっていない者たちも、その流れに身を任せてしまう者が多かった。
ここまで戦ってきたのにやめては、死んでいった者たちに顔向けが出来ない。
命の実をとった罪は重い。
滅ぼされるならば、その前に滅ぼす。
理由はどうであれ、戦は、終わらなかった。
戦を続けるものたちと、戦の終わりを望む者たちの気持ちの距離が離れていった。皮肉なことに、新たな争いも起こった。
エルフとヒューマン以外の種族で戦に加わっていた者たちは、ほとんどが手を引いた。
武具・防具や、他の道具の底が見え始めることは誰しも分かっていた。休戦になるか、それを隙として滅ぼすか、あるいは、その前に大悪魔が現れるか…。
どちらが先に起こるかは、分からなかった。戦いを止めなければ…その思いが、多かれ少なかれ誰の心にも生じたていたのに。
1700年、戦いを続けるものたちに変化が起こった。
綺麗な肌のエルフたちも、 健康的な肌色だったヒューマンたちも、戦を続ける者は例外はなかった。
神々しい夢、それが再び現れた。言葉ではない、何かを告げられ、目覚めると、全身の肌の色が変化していた。
燃え尽きた後の灰、その黒を落としたように。
戦は終わった。
人々に干渉しないはずの神が干渉した唯一の出来事だと言われる、ダークエルフとダークヒューマンの誕生によって、幕を降ろした。
その二つの種族は、魔法の才の一部も失われた。
例え回復術士であった者でも、他人に干渉する魔法(主に回復、解呪)が使用できなくなってしまった。
その後、『西』出身のエルフ、ヒューマン、ダークエルフ、ダークヒューマンへの差別や、偏見が生じた。
ダークエルフやダークヒューマン、変化しなかったものの遠回りに・間接的に戦に関わっていたエルフやヒューマンは、以前よりずっとひっそりと生きるようになった。
*エルフは、特に未開拓地の多かった『北』へ移住し、その地域の主精霊のもとでひっそりと生きる一族も多かった。
*ダークエルフ、ダークヒューマンへの偏見:
ヒューマン・エルフ以外の種族からの偏見*戦を続けてたやつ。神から散々、「やめなさい」との思し召しがあったのにやめなかったやつ。*ヒューマン、エルフの中には、家族や一族の中の者がダーク~になった事例も多くあったので、どうにか受け入れていた。
ヒューマン・エルフからの偏見*偏見というか、戦を続けたものたち、という事実から、差別的な目でみることが。ただ、「滅ぼされない為」「命の実のため」という理由を知っているので、まあ人による。
*1裏設定:樹が手を出しそう(根を出しそう)だったので神が先に手を出した。
*1神は、人が生み出した結果を消すことはしない。
*ダークエルフ・ダークヒューマンを生み出したのは、神「だと言われている」。
*裏歴史: ヒューマンの大国に、エリーゼという盲目の姫がいた。彼女は、多くを語らない。三女であるため、王位にも縁遠い。目立たない存在であった。
目立ってはいけない存在だった。エリーゼには、先天的に予知の能力が備わっていたのだ。
意図せずとも視える、可能性のあるいくつもの未来を、エリーゼは過去と区別しづらいことがあった。口を開けば、未来のヒントがこぼれることもあった。
エルフの王子アレン、そしてエリーゼの幼馴染であり騎士・魔法使いであるジャンとカーレスは、エリーゼの予知能力を知っていた。また、エリーゼと話すことが出来る数少ない人物だった。彼らが戦の中、どう動いたのかは、史上には残っていない。
*裏歴史:ヒューマンの騎士が命の実を取る前、白い剣と、白い弓が、ヒューマンの騎士と、エルフの弓士にもたらされていた。それは”望みの剣”と”望みの弓”。悪魔トゥーラが創り出した武具。まだ何にも染まっていない武具は、どんな望みをも映し、叶える…。主を変え旅するうちに、武具は望みに染まっていく。それは、主たちの意思。武具は、人が人に似るように、マナが魔法となるように、性格を変えてゆく――。