top of page

16'ハロウィン

     『琥珀の盾』メンバーの都合がいい年のハロウィンには、ほぼ暗黙の了解でイベントが始まる。

     平和なハロウィン、大混乱なハロウィン、さて、今回は…。@1771~1785年頃までのいつか(FaO後10ヶ月以上)

 

 

 

・アイカ、ティラ、セルヴァ、リオナ、メル、アーシェ、フィオリエ(フィオ)、オルト、エルミオ、少しレイキでハロウィンを楽しむだけ。

・これまでの「エイプリルフール」「七夕」よりもしっかりめに書いてます。とはいえ本当にあった出来事かどうかは不明です。でも今回は、本当にあったんじゃないかなー…?メルとアーシェのちょっとメタい発言を除いて。

・暫定の設定でも書いています(=本編等で確定させていない設定が出ています)、が、そんなにズレてもないはずです。また、設定云々あんまり気にしていません。

「ハロウィーンという文化をご存知ですか?」

 上品さを失わないきらきらした笑顔でティラが話した。通りかかった市場の一角にはかぼちゃが積んである。

「ハロウィーン? …あ、お菓子あげたりもらったり、お化けの格好したり…『盾』でもみんなのタイミングが合えばやってましたよね」

 アイカが聞き返すと、はい、とティラは頷く。

「あれは、主に『南』のドマール族の文化なんですよ。発祥については諸説あります。冬の始まりにやってくる悪霊や魔物から身を守るために仮面を被ったり特殊な衣装を纏ったり、焚き火をしたりしていたそうです。今では、悪霊ではなく悪魔と呼びますけれど、昔々は悪霊と言ったそうです。地域差がありますが、この習慣は現在でも続いています。

 『西』では季節精霊の行事の方が色濃いため、ハロウィーンがない地域のほうが多い気がします。魔物や悪魔を追い払うという意味で、火を炊いたり、玄関先にカボチャをくり抜いたランタンを吊るすことはあります。仮面を被ったり仮装をする地域もあります。ミユ族やラーク族の多い地域では、打楽器の列が音を鳴らしながら街中を歩くということもするみたいですよ。

 『東』では子供達が、架空の生物や魔物に扮し、バスケットや袋など入れ物を持って、Trick or Treat《お菓子をくれなきゃイタズラするぞ》! と言いながら家々を回り歩くのです。大人たちは家でお菓子を準備しておいて、やってきた子供たちにお菓子を配るのですよ。玄関先にはカボチャのランタンを吊るすことが多いですが、カボチャ以外もよく見られます。『東』の人の遊び心ですね。

 ところでアイカさんは、ウィル・オ・ウィスプやイグニス・ファトゥスと呼ばれるものをご存知ですか?」

 

 いつも通りの、長い割に聞きやすいが慣れていないと聞き逃す解説がティラの口から流れ出し、ようやく質問で止まった。アイカは慣れているので、苦もなく要所を聞き相槌を打つ。

「ウィル・オ・ウィスプは魔物の名前で聞いたことがあります。炎の魔物でしたよね?」

「その通りです。ハロウィーンの仮装として『東』ではよく登場するのですよ。名前の由来や意味がはっきり分かっていないので少しもやもやしますが…リトルフェアリー族によると、ウィルというフェアリーがカラフルな光を纏って、仮装をしている子供たちを驚かして、家々からもらったお菓子を少しずつちょろまかしていった、というイタズラフェアリーのエピソードが由来だそうです。そうだとするとイグニス・ファトゥスという名前は釈然としませんけれど、別の地域の呼び名と混ざったのかもしれませんね。あるいは、イグニス《火》、ファトゥス《愚者》またはファトゥス《語る者》と分けずに、イグニスファトゥスという単語、固有名詞として考えるべきなのか…。

 ともかく、アイカさん。私はそのウィル・オ・ウィスプの仮装道具を手に入れました。良かったらアイカさんに差し上げたいのですが、いかがでしょうか。ちょうど冬の始まり時期ですし、『鈴』や『盾』の皆さんにTrick or Treatと言って回ってみては?」

「えぇっ、でも、普通、子供が仮装してやりますよね? 私、あげる側じゃないですか…?」

「今年はアーシェさんやメルさんもやるとおっしゃっていましたよ。リオナさんのところでお菓子を貰って、エルミオのところでお菓子をもらうかイタズラをして、フィオさんにイタズラをしようか、と」

 なるほど、年上相手で、身内だけにやるなら…とアイカは納得した。

(…リオナさんってアーシェさんたちより断然年下だよね…)

 気がついたが、まあいいか、とだけ内心呟いた。

 

 

 人参で色をつけた生地のフルーツロールケーキに、紫芋のクッキーとカボチャのクッキー、金平糖。テーブルにハロウィンの色合いが広がり、キッチンには楽しみを予感させる香りが漂っていた。準備は万端だ。

「ほろ苦いものも、少しあったほうがいいと思わない?」

 リオナはセルヴァに訊ねた――最近セルヴァは「セル」と名乗るのをやめて、真名の一部であるセルヴァを名乗っていた。彼の真名は少し複雑になり、「セルヴァ」が分かっただけではどうやっても真名に届かなくなったからだ。

 作り始める前に、ココアがない、とリオナは気がつき、呟いた。やっぱり気になっていたようだ。

「これでいいと思うよ。でもたしかに、オルトと、アーシェとメルは、ほろ苦いのがあればもっと喜ぶかもしれないね」

「そうよね。次回は、ココアを忘れずに仕入れておきましょう」

 持ち帰れるように、お菓子を包む紙も準備してある。まだ包まない。家を持たずここで食べていく人のほうが多いのだ。

 玄関に、カボチャのランタン。光は、魔法ではなくロウソクを。マッチで火を灯す。

 

 『盾』で家をもっていて、お菓子を準備し待ち構えられるメンバーは決まっていた。リオナとセルヴァ、ヒューマン族で家族を持つ剣士のウォーレス、宿屋経営をしているサポーター、他数軒だ。住んでいる場所は決して近くはない。もちろん彼らが準備をするのは主に近所の子供たちのためだ。とはいえ、多めに準備はするし、いい歳して仮装してやってくる仲間がいるのも分かっているので心構えも出来ていた。

 

 

「Trick or Treat★」

「Trick or Treat☆」

 近所の子供たちがもう来ないであろう夜遅くになって、やってくる。明らかに慣れた発音で、ふたりの声がした。

 メルとアーシェだ。

 セルヴァがドアを開けると、双子のエルフがリボンを付けた籐かごを差し出し、ポーズを決めていた。一人は黒のトンガリ襟、赤ワイン色のミニスカート・ワンピースの上からコルセットで腰を締め、手首、足首までを細かい蜘蛛の巣のような柄の黒く薄い布が覆う。胸元は開き赤い宝石が揺れる――このネックレスだけは普段も使う装備だ。もう1人はトンガリ帽子に真っ黒でタイトなミニスカート。こちらもワンピースで、上から短めの黒マントを羽織っている。裏地がきらきらした紫だ。チョーカーを付け、右手首、右足首、左の膝上に黒いリボンを巻いている。

「おや、お二人共、瞳の色はどうやったんですか?」

「これ?」

 と、多分吸血鬼のほう…長めの金髪をアップにしている、メル。

「あっ気づいた?」

 と、多分、魔女のほう…ショートヘアのサイドに黒いきらきらしたリボンをつけたアーシェ。アーシェは普段、弓使いなので、「魔女」でも仮装と呼べるだろう。

「色つきのうすーい膜みたいなの、目にくっつける感じで入れてるの」

「すごいでしょー。魔法じゃないのよ、これ」

 吸血鬼メルは赤色、魔女アーシェは金色だ。双子はふっふっふと笑う。

「痛くないんですね」

 セルヴァが関心すると、双子は頷いた。

「全然平気。いいでしょー」

「雰囲気出るでしょー」

「ティラからもらったんだ」

「服は買ったり縫ったりだけどね!」

 リオナもやって来て、声をかけた。

「体が冷えてしまいますよ。中へどうぞ、皆さん」

 おじゃましまーす! と双子が入る。セルヴァはふたりを通して、ドアをぐっと閉めようとした。

 ところが、閉まらない。

 セルヴァは表情ひとつ変えないままでぐっと引っ張る。閉まらない。

 まあ、閉まるわけがないのだ。腕力では敵わないのだから。

 ついに”透明人間”が声を発した。

「ばか、いてっ! おい、分かっててやってるだろ明らかだろ!」

「見えませんねー」

「仮装! 仮装だから! とりっくおあとりーと!」

「何言ってるんですか、あなたあげる側でしょう、どう考えても」

「今更そんな細かいこと言うなよ」

「むしろ私が言う側ですよね? フィオ、Trick or Treat。で、お菓子持ってきてないんでしょう?」

「ちょ、おい力を込めて扉を閉めるな、持ってきてます!」

 なんだ、とセルヴァはドアノブから手を離す。半笑いのやりとりが終わって、セルヴァは訊ねた。

「どうやってるの? そんな魔法覚えた?」

「ティラからの贈り物だよ。使いきりなんだけどさー」

「それ、依頼とか戦闘で使ったほうが良かったんじゃない?」

「いや、継続時間もけっこう適当らしくって、すぐ切れるらしい。そもそもこういう遊びにために作ったものなんだと」

 話していると、キッチンのほうで双子の歓声が上がった。

 

 

 双子はカゴを持ってきたのに結局キッチンでお菓子を食べていた。

「あら」

 リオナが来客の気配に顔を上げる。声がかかれば出ようと、セルヴァは耳をすませたが、なかなか呼びかけはない。どうしたのだろう、と玄関にそっと近づくと、「せーのっ」と小さな掛け声が聞こえた

「「トリック オア トリート!」」

 ふふっ、と笑ってドアを開けると、目の部分をくり抜いて、ほわあっとした口が描かれた白い布…お化けと、ぼやっとした光に包まれ、さらに2つほどふわふわした光球が周囲に浮かぶ…。…。

「お化けと…アイカさんは、ウィル・オ・ウィスプですか?」

「えっ! よく分かりましたね…!?」

 アイカは、魔物のウィル・オ・ウィスプを見たことがない。似ているのか似ていないのか判断もつかないのだ。似るもなにも光球なのだが、ぼやっとした光加減はよく再現されているとセルヴァは思う。ただし、色がオレンジ、紫、ピンク、黒とランダムに変化するのは違う。

アイカはいつもと違う真っ黒な服装だ。首元と手首にふわふわと飾りが付いたワンピースだった。この服に光の魔法がかけられているのだろうか。

「アイカじゃないよ! ウィスプだよ! オレは、おばけだよー! トリックオアトリート!」

 お化けがわさわさーっと動く。やけにふわふわと布が動くのは、きっと布の下で一部変身術を使っているのだろう。羽でふわふわやっているのだ。

「これは失礼しました。お菓子は、食べていきますか? ウィスプさんとお化けさん?」

 ウィスプさん、と呼ばれてアイカは恥ずかしさが戻ってきたようだ。お化けは元気よくわさわさふわふわした。

「食べてくー!」

 その後、キッチンに入るなり、お化けさんはオルトになった。布には手や口の穴がなかったのだ。

「レイキさんはご一緒じゃないんですね」

 仮装したがらないだろうな、と思いつつもリオナはたずねた。

 あ、はい、とアイカ。

「レイキもティラさんに仮装を勧められたんですけど…顔を出さなくて済む仮装だったんですけど、それでもやっぱり断られちゃいました」

「それって透明人間?」

 フィオが突然喋って、アイカはきょろきょろした。オルトもそうして、魔法使いの彼はすぐに視力以外の感覚でフィオに気がついて目を丸くした。

「すごーい! なにそれ! 見えない! こんなに見えないの初めて! 幻術―?」

「なんだろうな? なんだと思う?」

 フィオが多分首をかしげて言う。えっ、とアイカはオルトの視線の先を見つめる。

「光の魔法の可能性もあるんじゃない?」

 と、ロールケーキにフォークを入れながらメル。セルヴァも頷いた。

「その可能性が高そうですね。そちらのほうが作りやすそうです。透明人間ならレイキさんもやってくれたんじゃないですか?」

 はっ、とアイカは虚空を見つめるのをやめて頷いた。

「そうかもしれません。ティラさんに勧められたのは、仮面を付けるやつだったんです」

 仮面、と聞いて双子は顔を見合わせた。

「まさか、タキシード?」

「フリル付き全身タイツとか…?」

「ライダーだったり…?」

「なんだそれ」

 フィオが全員の内心を言葉にした。

「いや、なんか…」

「ねえ…?」

 双子は再度顔を見合わせて首をかしげ合った。

 

 あと来るとしたら誰だろう、とリオナは考える。想定していた仲間たちを思い返す前に、玄関の呼び鈴が鳴った。チリリン、と。

 そして慌てたような呼び声。

 なんだろう、とキッチンの皆も気にかける。

 セルヴァが出ると、ヴァース村の住人が息を切らして立っていた。ヒューマンの若者だ。たしか見張り番見習いだったはずだ。

「セルさん、すみません、村のはずれにカボチャ…いや魔物が出て。多分誰かが召喚失敗したんだと思うんですけど。手を貸して頂けませんか」

「分かりました、ちょうど仲間もいます、案内してください」

 当然の返事ではあるのだが、言わないまでもそれぞれ多少なりとも思った――…この格好で行く?

 

 こんなに光ってたら囮になるのがいいかも、とりあえず、剣を借りよう。アイカは決めた。

 寒さよけが切れたからちょっと寒いけど、かけ直しは相手を見てからにしよう。メルは思った。

 弓がない、魔女やろうかな。アーシェは考えた。

 むしろみんな仮装してるほうが違和感なく変身も使えてやりやすいや。オルトはいつもより気楽だった。せっかくなのでお化けの布をかぶり直した。

 俺まだ透明だけど。フィオは誤射されないことを最優先にしようと決めた。

 

「とりっく おあ とりーと★ とりっく おあ とりーと★」

 枝の手と一本足に黒マント。びょんびょん跳ねるカボチャ頭。

「なるほど、たしかに、召喚物らしいですね」

 セルヴァが道の先にいるオレンジ色の光に目をやりながら言う。普段着に一枚、ローブを足しただけの格好だ。

 村から少し離れた森の中。身長は3メートルほどあるだろうか。さきほどとは違う見張り番によると、長身のカボチャ頭は少なくともその身長以上跳ねることが出来るそうだ。

「お…っきくない?」

「めっちゃ跳ねるねー」

「捕まえるの大変そうだねー」

「あれ、なんか実害あったの?」

 今は道の先でうろうろしているだけのようだ。

「お菓子を吸い込むんです」

 見張り番の答えに、双子とアイカはふりかえる。セルヴァはおやおやと呟く。困ったかぼちゃねえ、とリオナ。オルトは、そんなことするの! と、お化け布の下から怒った声を出した。

「あのマントの下に素早くお菓子を吸い込んでしまうんです。追いかけたら、逃げられてしまって…どうにか逃がさずにお菓子を取り戻せませんか。うちの子のお菓子も吸い込まれていて」

「でしたら、お菓子でおびき寄せられるかもしれませんね」

 ひょいと、リオナは包を取り出した。少し開くと、クッキーと金平糖がのぞく。わお! と双子が喜ぶ。

「準備いいねー!」

「余りそうだったので差し入れにと思い、持ってきていたんですよ」

「私、目立つので囮しますね」

 ウィスプの光を纏ったアイカが申し出て、お菓子の袋を受け取った。

「空中はオレに任せてー」

 オルトはやる気まんまんだ。

「お菓子、予備で俺も持っとくよ」

 透明人間の声に見張り番は不思議そうに見回した。アイカはえーと、と、金平糖を虚空に差し出す。何かが触れて、金平糖が消えた。

「バインド《縛り》するね」

「万が一なら時間稼ぎで小技使って足止めするから」

「炎禁止ね、チョコやキャンディーが溶けるから」

「努力します」

 双子が言い合った。

 セルヴァとリオナはその都度サポートに徹するようだ。

「とどめバシっと、フィオ行く? 誤射怖いから魔法しないほうがいい?」

「おー、それで頼む。バインド直後に出る。…透明効果いつ切れるんだろうなぁ」

 そろそろ不便だなあ、と言いたげだ。

「じゃあ、引き寄せます。よろしくお願いします」

 オルトは白い鳥に変身して空高く飛び、あとはアイカを残して道の端に避けて隠れた。

 ウィスプを纏ったアイカがお菓子を手に、無防備を装ってかぼちゃ頭に近づいていく。

 やがて、はた、とかぼちゃ頭がアイカを見つけて止まった。一本足でゆらゆらとバランスを取りながら見つめる。まだ距離があったが、相手の大きさも考えて、アイカも立ち止まった。

「とりっく おあ とりーと★☆★」

(やっぱり来た!)

 ぐぐっ、とかぼちゃ頭はジャンプの前段階の力を入れた。あ、まずい――…アイカは直感する。ひとっとびでお菓子を奪われる気がする。袋を握り締め、踵を返した。

 待機していた面々は、予想していたより少しはやく、全力疾走して戻ってくるアイカに気がついた。

 がさっ、葉が鳴る。フィオさん、とリオナが声をかけた。

 びょーんっ! とかぼちゃ頭は跳んだ。

 早めに逃げたおかげであとひとっとび耐えられそうだ…あとひとっとびだけ。

(しまったぁ、《早く》使えないとしんどかった~~~!)

 後悔するアイカは背後で声を聞く。

「とりっく おあ」

 ああ、跳ぶ。

「とりビュギャッ」

 踏み潰されたような声でかぼちゃ頭が悲鳴をあげた。

 振り返ると、かぼちゃ頭は転んでいた。足の部分の木が切断されて短くなっている。

 今逃げたら、かぼちゃ頭との距離が開きすぎるかもしれない。足が短くなったということは、移動速度も落ちるだろう。逃がさず、お菓子を取り戻し、討伐しないと。アイカは一歩近づいて叫んだ。

「私のお菓子だから! お菓子、あげないから! 追ってきても私がしっかりお菓子握ってるからー!」

「とりーと★」

 かぼちゃ頭がくるんびょんっと跳ねて起き上がった。

「わっ来たっ」

 びょんこびょんこと跳ねてやってくる。

 逃げる先、両側の木の陰から魔女アーシェと吸血鬼メルが颯爽と現れた。

「悪いかぼちゃは」

「夜闇の戦士が」

「星にかわって」

「おしおきよ!」

 数秒の集中時間の後、時間差で二人は唱えた。

「――《渦巻く風》!」

「――《縛り》!」

 強風がアイカとかぼちゃ頭を足止めする。煽られてかぼちゃはその場でくるりくるりと回転した。そして、《縛り》の効果が発現し、かぼちゃ頭はその場で動けなくなったはずだ。

 ところが、《縛り》の術者、メルが「ん?」と戸惑った。

「しくった! アイカ逃げて!」

 うそ、魔法耐性高くない? とアーシェ。

 つまり、《縛り》が失敗したのだ。理解したアイカは収まりつつある風の中、再び走り出した。

「とりっく★ おあ★」

 遮るように、再度メルが唱える。

「《 縛れ 地の蔓 》!」

「とりーと★」

 跳んだ。みんながそれを見上げた。星が散りばめられた夜空を背景に、かぼちゃランタンが怪しく輝く。《地の蔓》は対象を逃して土に戻ってしまった。

 こっちに降りてくる…アイカはお菓子袋を握り締める。

 かぼちゃ頭が落下を始めた、その時。さらに高くから白い鳥がかぼちゃ頭に体当たりした。

「とびギャッ」

 落下地点を大きく外れたものの、かぼちゃ頭は上手にくるりと体勢を立て直し、着地する。

 白い鳥は、かぼちゃ頭とアイカたちの間に降り立った。

「…ん?」

 アイカは目をぱちくりした。背中に誰か乗っている。黒マント。そして…かぼちゃ頭――ややこしいのでパンプキンヘッド。パンプキンの被り物をした人のようだが、そのパンプキンはオレンジ色に光り、時々光に紫が混じるという不思議なものだった。

「悪いかぼちゃは」

 パンプキンヘッドが剣を抜いた。なんだろう、その刃は金属らしからぬ…まるでおもちゃの剣だ。

「正義のかぼちゃが許さない」

 いや、本当におもちゃの剣のようだ。多分、木を削ってカッコイイ感じに塗装したデザイン重視の斬れないやつ。叩かれると痛い。

「さあ、お菓子を返せ、さもなくば――…」

「とりっく おあ」

「おまえをパンプキンパイにしてやる!」

「とりーと★」

 かぼちゃ頭が初めて反撃した。びょんっと跳ねてぐるんぐるんと回転する。マントの下からたくさんの何かが勢いよく飛び散った。

 防具も、防御魔法の手段もないアイカは一発をべちゃっと手で受けた。

(熱、く、ない…あったかい)

 それは茶色い液体だった。

「…チョコレート???」

 パンプキンヘッドを乗せたまま白い鳥オルトは攻撃をかわして飛び立つ。旋回し、攻撃を止めて振り返ったかぼちゃ頭めがけて飛んだ。闇の中、背中のパンプキンヘッドの明かりでぼやっと照らされた白い鳥。

 かぼちゃ頭の真上から、パンプキンヘッドが飛びかかる。おもちゃの剣を振りかざす。身のこなしが本物の戦士だ。

「パンプキン ハント《南瓜狩》っ!」

 おもちゃの剣が紫に輝く。ごっ、と、木でかぼちゃを殴った音に続いて、紫の光がかぼちゃ頭を両断するように迸った。

「HAPPY HALLOWEEN★☆★」

 楽しげな断末魔(?)には、きらきらとした効果音(?)も混ざって聞こえた。かぼちゃ頭はぼわんっと弾ける。すると、色とりどりのお菓子の包が飛び出し、そこらじゅうに降り注いだ。

「うわあ!」

「すごい!」

 双子は感嘆してお菓子をキャッチし始める。白い鳥が降りてくるなり変身を解いて、お化け布の裾を持ってお菓子を受け止めて走った。

 降り注ぐお菓子の中、華麗に着地したパンプキンヘッドはおもちゃの剣を収める。そしてかぼちゃ頭がいた場所に残った、普通のかぼちゃを持ち上げた。

 アイカはパンプキンヘッドに呼びかける。

「エルミオ?」

 すると、パンプキンヘッドはアイカに歩み寄り、かぼちゃを差し出した。

「私の名前はシトルイユ」

「え?」

「リオナさんに頼んで、パンプキンパイを作ってもらうといい。一人分は必ず残しておくように」

「あ、うん分かった」

「マニアックな古代語使うんだね、シトルイユ《南瓜》」

 いつの間にかやってきたセルヴァが呆れた。

「言い訳次第ではパンプキンパイはありませんので、そのつもりで」

「そんなひどい」

「子供達からお菓子巻き上げて、見張り番に余計な心配をさせたことお忘れなく」

「シトルイユは、これからこのお菓子を全戸配布する予定だ」

「頑張ってください」

「…」

 夜も遅いですから、とリオナがさらりと締めに入った。

「配布は明日にしませんか?」

 うん、とセルヴァもアイカも頷く。

「そうですよね」

「とりあえず、お菓子集めましょうか」

「ありがとう。シトルイユは君たちの協力に感謝する」

 いつまでシトルイユするんだろう、と思っていると、シトルイユの背後にチョコレートが…ところどころチョコレートで存在が確認できるようになってしまった透明人間が近づいた。

 シトルイユは気配に気がついたのかぱっと振り返る。同時に、透明人間がパンプキンヘッドを持ち上げた。

「あっ」

 赤毛が出てくる。シトルイユは、エルミオに戻った。

「なんだ、おまえが黒幕か。何やってんだよ~」

「チョコ付き透明人間、黒幕は別にいるんだよ」

「んん、分かった、ティラだな」

 あっさり言ったフィオに、エルミオは感心した。

「よくわかったね」

「まあ、今回みんなティラから衣装もらってるからな」

 珍しいですね、とセルヴァ。

「ティラさんは迷惑をかけない遊びが上手ですが。今回はどうしたんでしょう?」

「準備したのは全部ティラ。倒すとお菓子が出てくる、お菓子を吸収した場合はそれが3倍になるジャックオーランタンを召喚したのは俺」

「やっぱりおまえか」

 フィオに言われてエルミオは素直にごめん、と言った。

「予想外に、お菓子を察知する範囲が広かったんだ。ティラからもらった使いきり召喚道具で、時間制限付きのやつなんだよ。本当は俺がみんなを訪ねてジャックオーランタンのいるところまで案内するつもりだったんだ。

 見張り番にも今から謝ってくる」

 エルミオはフィオからパンプキンヘッドを取り返すと、かぶり直した。そして離れたところにいた見張り番へ近づいていった。

「なんで被り直したんでしょうか」

 思わずアイカが言ったが、誰も答えをもっていなかった。ちなみにちゃんとパンプキンヘッドを脱ぎ直してから謝り、被り直してお菓子を渡していた。

 大量のお菓子を抱えて、セルヴァとリオナの家へ、戻る。お化け布はお菓子袋と化していた。

 

 おもちゃの剣は、ジャックオーランタン討伐専用の武器だそうだ。『東』のある街では毎年、かぼちゃに魔法を施して、少しの魔力と詠唱でジャックオーランタンを召喚できるようになる、いわゆるスペルストラップを作る。そして街中で召喚し、専用武器を持った子供から大人までが、ジャックオーランタン討伐に繰り出すのだ。

 ちなみに、エルミオが召喚したものは中サイズ。普通に倒そうとするとちょっと難しい。ジャックオーランタン討伐イベントでは、事故防止のため攻撃魔法や呪魔法といった被害が出そうな魔法が禁止されている。使わないように、ジャックオーランタンの魔法耐性はかなり高いのだ。ただし足止めのためにいくつかの魔法は有効だとか。ジャックオーランタン召喚は非常に複雑な魔法で、さらにそれを専用の南瓜に込めている。本気で遊ぶためのこの魔法は、開発されてから徐々に改善していき、今年ようやくこの形にまでなったらしい。

 

 翌日、街の各所でお菓子を配布した。チョコまみれを逃れたメル、アーシェ、エルミオ、オルトは仮装して、昨日は友達のかぼちゃがお菓子を独り占めしてごめんね、と謝る。

 シトルイユがしょげながら謝ると、子供達は、いいよ、と許してくれた。そしてお菓子の袋を手に帰っていく。あるいは、周りで大はしゃぎして、駆け回っている。

「みんな優しいなあ。シトルイユは嬉しい」

 と、シトルイユが泣くと、なんで泣くのー、泣かないでよー、と声がかかったり、からかったり、そっと慰めにきたり、心配そうにしたり、笑ったり。

 たまにお化けの裾をぴらっとめくって中を確かめる子供がいたが、予想と違う中身だったのだろう、何も言わずに閉じたり、戸惑うか興味深そうな表情をしたり。

「お化けさんは鳥だから飛べるの?」

「違うよ! お化けさんは、飛びたいって思ってたから飛べるようになったんだよ!」

​ 子供とお化けさんのやりとりは真剣だ。

 アイカと、フィオ、セルヴァ、リオナはお菓子を補給する役だ。

「あら。アイカさん」

 お菓子袋の詰まったカゴを抱えたアイカは、あ、と振り返った。

「ティラさん!」

 村の賑わいと同じようにきらきらした目でティラがいた。アイカのお菓子のカゴに目を留める。

「まあ! そのお菓子の量から察するに、ジャックオーランタンを倒せたのですね?」

「はい! エルミオが倒しました。衣装もこのお菓子も、ありがとうございます。よかったらティラさんも」

 よいしょ、とカゴを持ち直し、片手を空けてお菓子袋を差し出した。

「ありがとうございます。良かった。時間内に倒せないと、吸収したお菓子の分だけ小さなジャックオーランタンに分化して微妙な悪戯を半日行うという、致命的ではないもののちょっと鬱陶しいものになってしまうんですよ」

「えっ」

「小さなジャックオーランタンにも、鬼ごっこのごとく専用武器で攻撃すれば、一撃でお菓子に変化するのですが、エルミオ1人では多勢に無勢ですからね」

 ほっとした笑顔でティラは語った。

「では、私はこれで」

「え、もう行っちゃうんですか?」

 ティラは頷いた。

「時間制限で小さなジャックオーランタンに分化することを知らずに、いくつか南瓜を配ってしまいましたので。あと一箇所だけ行ってきますね」

 お菓子、ありがとうございます。再度お礼を言って、ティラは目を輝かせる。

「お菓子配り、頑張ってください」

 アイカは笑った。

「はい。ティラさん、ありがとうございます」

 楽しそうな笑顔を残して、ティラは去っていった。アイカはお菓子の補給に向かう。魔女アーシェが魔法の小さな花火を打ち上げていた。

 

 

「とりっく おあ とりーと★」

 小さなかぼちゃ頭だった。30センチくらいだろうか。案山子みたいなやつで、明らかに仮装ではない。誰かの召喚物だろうか。

 『空の鈴』の拠点、小さな家に戻る途中の近道でそいつと遭遇した。

 レイキは買ってきたものを思い浮かべて、応えた。

「あー、お菓子は今もってない。あとでやるから悪戯は勘弁してくれ」

 というかこれは、倒すべきなのだろうか。レイキは悩む。召喚主はどこにいるのだろう。

「とりっく★」

 南瓜頭はぴょんこぴょんこと飛び跳ねて近づいてきた。レイキは多少心構えをしてそれを見守る。

 びょーん、とレイキの前で飛び上がった。

「びゃっくしゅんッ!」

 くしゃみ(?)と共に白いふわふわがかぼちゃ頭から飛び出した。べちゃ、と服にそこそこ付く。

「うおっ、なんだこれ」

 戦闘中に汚れることに慣れているので、服が汚れても洗えばいいレイキは割と冷静だった。

「…生クリーム??」

「とりっく おあ とりーと★」

 逃げるようにびょんびょんとかぼちゃはレイキの横を通り抜けていく。

「待て」

「ミギャッ」

「微妙に迷惑だな」

 かぼちゃ頭を片手で捕まえて、レイキは帰路に付く。

 『空の鈴』の魔法使いに見てもらおうと考えたのだ。

(俺じゃ何もわからん。…生クリームか…)

 レイキは、今日帰ってくる予定のアイカのことを考えた。多分、お菓子をもって帰ってくる。だからレイキは、ちょっといい紅茶の葉を買ってきたところだ。

 召喚主が見つかるまで、かぼちゃ頭を保護しておこう。ついでに生クリームをもらおう。

 今日、拠点にいるはずのメンバーを思い浮かべる。何かお菓子が作れそうな気がする。

(アイカが帰ってきて、トリックオアトリートとか言われても、これで万全だな)

 跳ねれないかぼちゃ頭はレイキに掴まれたまま、拠点まで持ち帰られていった。

 ハロウィン二次会が始まる。

 

 

Fin.

 

 

◆あとがき◆

以上、餅草とラインで盛り上がった結果生まれたハロウィンでした!ヽ(´∀`*)ノ

最初は、フィオの仮装を狼人間にして、

フィオ「トリックオアトリート!」

セルヴァ「いつも通りのため仮装とみなしません」

とか、

準備してたら真っ先にやばそうなパンプキンヘッドが玄関に立っていて、

エルミオ(やっぱり南瓜男)「Trick or Treat★」(雰囲気たっぷりに声色変えて)

セルヴァ「あなたあげる側でしょう? 全員にあげる側でしょう?」

エルミオ「(私は シトルイユ《南瓜》。トリック オア トリート《お菓子か、悪戯か》)」(流暢な古代語で)

とか、

レイキに仮面舞踏会チックな仮装をさせる

とか、

思っていたのですが、書いたらこうなりました。

ノリ100%でした。

楽しかったです。ティラさんにノリで喋っていただくと、知らなかった(未定だし今後書く事もないであろう)世界のことが明らかになっておもしろいです。

お付き合いいただきありがとうございました!​

​少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

 

資料集に戻る

 

bottom of page