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R・E・Asterisk -Ⅰ.時の洞窟

 

 

REAsteriskⅠ( 1 / 2 / 3 ) Ⅱ.探求の都市 へ

 

 

 馬車は森の中の道でスピードを落とした。

 レンとエナは、護衛依頼を受けた馬車に乗り、来た道を戻っていた。『旋風』のケインも一緒だ。

 道の途中で止まった馬車から降りる。レンとエナ、そしてケインが、大地が割れ、そして隆起し、分断されている道で立ち止まる。

「…これが、クラックスタラック?」

 ケインが、小さくなっているレンに尋ねた。

「はい、あ、の…コントロールに自信がなくて、完全詠唱したんですけど…」

 道を分断させてしまったことに加えて、魔法の威力についても言われていると感じたレンが言い訳をした。なにしろ相手は大地の拳士ケイン。同じ定形魔法を使っても、威力や効果が段違いなのだろう。

「随分、…」

 ケインは自然に言葉を飲み込んで、レンたちを振り返った。

「下がっていてください。直します」

大地の拳士は静かに、行く手を塞いでいる魔法の跡に向かった。

息を潜めて見守るレンたちは、森の音の中、ケインが呟く声を聞く。やがてマナが動く。単純な魔法とは一線を画す、細やかな動き。そして、いつの間にかケインと重なるように現れた何かの気配。魔法とも、マナとも、人とも言い難い――…。

 あっ、と言いかけてレンは口をぱっと塞いだ。両手の下で潰されてくぐもった声が出る。

「…大地の拳士の、固有精霊、だ…!」

 レンが興奮してエナに囁くと、へえー、とエナも小声で聞き返す。

「大地の拳士って精霊使いが副職?」

「いや、精霊使いではないはず。具象化してないだろ」

 つい冷静に切り返したレンに、エナは何か思い出すように頷いた。

「あー、そうか」

「…エナ、あの精霊感じれるのか?」

「まあ、一応。ダークエルフだし」

 エルフ族、ダークエルフ族は、精霊の世界の感覚を、生まれながらにして本能的に知っている種族だ。もちろん個人差が大きい。

 そっか、とレンは考える。大地の拳士の固有精霊で、あれくらいはっきりしていれば、普段あまり魔法を使わないエナでも、種族ゆえ簡単に分かるものなのだろうか。

 その精霊と、ケインは、ふたりで協力してマナを扱い、魔法を使う。

 まるで自ら砕けるように、大岩がひび割れ、細かく石となってごろごろと転げ落ちていった。そのほとんどは狙ったように、地面の裂け目に落ちていく。

 数分のうちに、道の先が見えた。地面の割れ目は石で埋まるに留まらず、石が積み上がっている。

 魔法はそれだけでは終わらず、積み上がっていた石が、今度は更に細かく砕け、変化し、砂利となる。割れ目を埋めた石の隙間に流れ込んだ。

 地面はほとんど平らになり、遠目には地割れの跡など気にならない。

 精霊の気配が感じられなくなると、ケインはすたすたと、平にした地面に歩いていき、軽く拳を上げた。一瞬にして岩の塊が手の甲のあたりに構築され現れ、その岩の拳でケインは地面を叩いた。

 どっ、と重い音がする。端から端までどっ、どっ、と叩いて歩き、ようやくケインはレンたちを振り返った。

「これで良さそうです」

 すっげえ、と、始終目を輝かせて注目していたレンは、ケインに駆け寄ってばっと頭を下げた。

「ありがとうございます! すみませんでした! でもこんな魔法が見れて俺幸せです!」

 少し気圧されたふうのケインは、いやいや、と言ったあとに小声で続けた。

「随分、威力がありますね」

「えっ」

「もしかして、他の魔法も、威力が高くなりがちですか?」

 レンは少しうろたえる。まったく言われたとおりだった。しかし、地の魔法を、大地の拳士にまで威力があると言われるなんて、思っていなかった。威力があるとは普通なら褒め言葉だが、意図していないのに威力が高くなるというのはただ術者の未熟さゆえだ。

「はい…分かってたので、完全詠唱して、コントロールしようとするんですけど…あ、でも」

 レンはちらっと、耳飾りに触れた。村でフードの男から受け取った、シトリンのカフスだ。

「これに魔力込めたから、今後は少しマシに…なりますかね…?」

「そうかもしれないね。しかし、また増えるんですよね?」

 そう、魔力保存の宝石は、その場しのぎのもの。魔力はまた増えてしまう。レンはしゅんとして頷いた。

「魔力は自分ではどうしようもないけれど、イメージは、自分でコントロールできます。

 少し強めとか、弱めとか、漠然としてしまう調整ではなく、何がしたいのか、目的を思い描くといいかもしれません。たとえば今回のクラックスタラックなら…大地の変化によって道を塞ぐんだ、と。道を塞ぐだけで、いいのだと」

 レンは目を丸くした。

「なるほど! やってみます!」

「普段から、ちょっとした魔法で練習してみるといいですよ。いざという時、加減しすぎて自分や仲間が危険に晒されてはいけませんから、その、思い切ってやるべきときは、思い切ってやるほうがいいときもあります」

「はい。…練習してみます」

 難しいな、と思ったのが顔に出たのだろう。ケインは付け足した。

「経験していけば、見極めてできるようになりますよ。さて、御者さんをすっかり待たせましたね。行きましょう」

「はい!」

 馬車に乗り込みながら、エナがこそっとレンに言った。

「ラッキーだったな」

 レンはこくこくと頷いた。道を分断したのは悪かったが、『旋風』のケインにアドバイスをたくさん貰えた。

「エナに会ってからすごい魔法使いにいっぱい会ってるよ。エナすごいな」

「ん~。まあ、嬉しそうで良かった」

 

 

 馬車が進み出す。

 ただの護衛依頼だったのに、と、レンは思い返す。『旋風』に会って、悪魔討伐に立ち会って、魔力保存の宝石・シトリンのカフスを受け取って――…。

「あーっ!」

 なんだよ、とエナ。

 レンは言おうとして、口をぱくぱくさせたが、首を横に振った。

「…なんでもなかった」

「なんだそりゃ」

「いや、アースが…あんまり、話せなかったなってだけだよ」

 口から出まかせ。しかし言ってから、たしかにもうちょっと話したかったなぁ、と悔しくなった。あの戦いの後で、なかなか話す雰囲気ではなかったのだ。

(しまったなぁ…シトリンのカフスの人に、結局お礼言えてないや。名前も分からない。でもあれだけすごい魔法使いなら、なんか情報ないかなぁ…)

「そんなに好きならまた会いに行こうぜ」

 エナはわりと真顔で冗談を言う。言ってから、にやっと笑う。

「す、き、とかじゃ、まだ、ないけど…! だってさあ、普通に、可愛かっただろ…!?」

「まあな。でも俺はもうちょっと歳上な方が好みだな」

 そんなやりとりをしながら、レンは、まあいいか、と考えた。

(フードの人。青紫の目。きっとまた会う。お礼はその時にしよう)

 

***

 

 

「おい」

 なんとなく家に帰る気になれず、『時の洞窟』とアンバー村の間の道を歩いていた。

 契約者と悪魔を討伐する瞬間を見たのは、初めてだった。そこで矢を放つのも。それも、見知った人に向けて。

 知らない世界だった。知らない、怖い世界だった。その怖い世界に一緒にいた人を、多分、守りたくて、アースは矢を放った――自分が知らない自分がいた。その自分を新しく知ってくれる人がいた。

(馬車に乗ったら、隣の町に着いて、私がまた別の場所へ歩けば、それが旅になるのかな)

 レンとエナが脳裏を過る。

 声をかけられたのはその時だった。

 見知らぬフードの人が、立っていた。この人も旅の人なのだろうか、とアースはじっと見つめた。

「あいつらはどこへ行った」

「あいつらって、『旋風』さんたちのこと?」

 いきなり聞かれたので、アースも遠慮なく話した。

 違う、とフードの男。

「魔法使いと剣士の二人組がいただろう」

「うん。探してるの? 友達?」

「友達じゃない。だがちょっとした知り合いだ。どこへ行った?」

 素直に教えるほど、警戒心がないわけではなかった。しかしながら、アースには目の前の男が、どうにも、悪人には見えないのだ――悪人は優しい顔をしているというが、どう贔屓目に見ても、男は怪しいし、目は鋭めだった。

 どうしようかと考えて、アースは思いついた。

「じゃあ、一緒に行っていい?」

 男は絶句した。呆れていたのかもしれない。

「…どうしてそうなる」

「私、レンとエナがどこに行ったか知ってるけど、怪しい人にそのまま教えて何かあったらいけないから。私が一緒に行って、だめそうだったら途中で止めちゃいえばいいか、って思って」

 怒るだろうか、とアースは見守ったが、男はただただ心底面倒くさそうに、頭を抱え、今度は空を仰ぎ、ため息をついた。

「お前、旅に出たいのか」

「え、どうしてわかったの?」

 アースの目がちらりと輝いたので、また男はため息をついた。

「仕方ないな。…それで、もちろんあいつらがいる場所までの、行き方は分かってるんだろうな?」

 うん、とアースは頷く。

「レンとエナが、ケインさんと話してるの聞いたから大丈夫。まず馬車に乗るの」

「その馬車はいつ来る?」

 アースは黙った。馬車は…しばらく道が塞がっていたし、そもそもこの村に来る馬車のほとんどは、人を運ぶものではない。

「何日後か…」

 うーん、とアースは悩んだ。レンとエナがその数日の間待ってくれるわけではない。歩いていくしかないのだろうかと思ったところで、男がたずねる。

「まずは隣街まで行けばいいのか?」

「え、うん」

「分かった」

「え?」

 男はアースに近づいて言った。

「エルフ。大層な精霊がついているようだが、パートナーとなるにはまだ遠いようだな」

 アースはむっとした。固有精霊のことを言われるのは、好きではない。

「精霊は関係ない」

「いや、ある。おまえたちは、うまくやれば、色んなことが見えるようになる。たとえば俺が、どれだけの力を隠しているのかとか」

 男は一瞬で、ある程度魔法を扱うアースがまったく分からない一瞬で、色々と細かく魔法をかけたようだった。

「行くぞ」

 男はアースの手首を掴んだ。地面を蹴ると、ふわりと空へ浮き上がる。

「うわあっ! すごい!」

「…恐れ知らず。手を振り払うなよ、はぐれるぞ」

 眼下を過ぎていくアンバー村。家々が小さい。すぐに通り過ぎてしまう。

「すごいねえ! えっと、名前は? 私はアース」

「また、大層な名だな、アース《大地》とは」

「変える前に慣れちゃったからこのままなの。好きじゃないけど。名前は?」

「…ニオ」

 若干不機嫌そうな声を聞き取って、アースは尋ねた。

「ニオも、好きじゃないけど変える前に慣れちゃったの?」

「…無駄口が多いな。俺の集中が切れたら、落ちるぞ」

「ごめん」

 多分、ニオは余裕だ。アースはそう思いながら謝って黙ることにした。連れて行ってもらえるなら、いいや、と。

 風は感じるが、寒くはない。多分これも、ニオが寒さよけの魔法をかけてくれたのだろう。

 すごい、と、アースは何度も何度も思いながら、空の旅を楽しんだ。

 ――世界はきっと、すごいのだ。

 ――最初に知ったのが怖い世界でも、世界はそれだけではないはずなのだ。

(きっと、だから、レンとエナは、冒険者なんでしょ?)

 本人たちに聞いてみたい。

 アースはその思いだけで、大きく一歩どころか、町へひとっ飛びする旅立ちを迎えた。

R*E*AsteriskⅠ.時の洞窟 fin.

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