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風の音

 

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 試験会場を後にし、山の向こうと通じるトンネルのほうへ歩いていく。ふと見ると、ちょうど、寂れたこの場所のトンネルから、人が出てきた。

 その男は、エルフではなかった。剣を携えている。旅の荷物をまとめて背負っている。旅人か、冒険者か。

 風の都では見慣れない、赤毛だ。それに、赤みがかった茶色っぽい色の目。小人でもミユやラークでもないから、ヒューマンだろうか。

 その男は、下りの風に吹かれながら、気持ちよさそうに景色をぐるっと眺めた。

 薄い色の空が広がる。白っぽい山の所々、銀色の石が顔を覗かせる。日の当たり始めた麓のほうでは、ちらちらと銀色が輝く。もうじき風の塔にも光が当たるだろう。

 色合いは、フィオリエの日常と同じだ。だが、その景色は、広くて遠かった。

 

 冒険者、と、フィオリエは呟く。

 《悪魔を倒すもの》とも呼ばれる冒険者は、なぜ冒険者という名称なのか。

 憧れるとともに逃げ道として考えてきたそれは、その名称の通りの自由と、責任と、なにか素晴らしいものがある。そんな気がした。

(都に留まるつもりはない。俺は、冒険者になりたい…)

 そう考えてすぐにはっとした。もう冒険者になったんだった。

 あとは、ただ、旅に出ていないだけだ。名前だけの冒険者から、本当に冒険者になるだけだ。

 冒険者になる、それが現実味を帯びてきて、フィオリエの胸は高鳴った。

 フィオリエがゆっくりと道を歩く間に、赤毛の旅人は山を下り始めていた。

 彼は風の都に行くのだろうか。そう考えて、すぐに思い直す。下る道は、風の都の寸前までは一本しかない。旅人とフィオリエは、どうであれ途中までは同じ道を行くのだ。

 せっかくなら、旅の話を少し聞けないだろうか。フィオリエはそう思うなり、赤毛の男を追って山を下り始めた。

 白い岩の坂道を、赤毛の男は降りていく。フィオリエのほうが山道は慣れている。すぐに追いついた。

 

「おーい!」

 声をかけると旅人は振り向いた。反射的に剣に手を伸ばしたが、無防備に近づいてきたフィオリエを見て警戒を解いた。一瞬緊張したフィオリエも、ほっとして、足を止めずに降りていった。

「風の都に行くんですか?」

 声をかけながら、フィオリエは赤毛の男に違和感を覚えた。何が変なのか分からないが…エルフではないからだろうか?

「そのつもりです。あなたは、風の都のエルフ族?」

「はい。フィオリエです。よろしく。良かったら、一緒に行きませんか?」

「そうですね。道も一本のようだし。俺はエルミオ。短い間だけど、よろしく、フィオリエ」

「ああ、よろしく、エルミオ! よかったら、旅の話とか聞かせてもらえないか?」

「…マナの冒険者だね?」

 エルミオの言葉に、フィオリエは曖昧に頷く。

「今なってきたとこですけどね」

「百聞は一見に如かず」

 フィオリエは少し戸惑う。話してくれないということか?

「…自分の足で行って直接見ろって?」

「それが一番いいと思うよ」

 あー、そうかあ、と、フィオリエは妙に納得する。エルミオが言うと、なんだか、そうなのだという気がする。

「エルミオは、旅を始めて長いのか?」

 うーん、とエルミオは曖昧な返事をして考えた。

「まあ、そうなります」

「…?」

 二人で下って行く。フィオリエの分からない、という表情を見て、エルミオは続けた。

「俺にとっては、これが普通なんだ。ずっと旅をしている。ひとつの場所に留まるのは…まだだ、と思う。なぜだかね。留まると、なんだか、居心地が悪いような、本能に逆らっているような気がしてしまうから」

 フィオリエは相槌を打ちながら、本能、という言葉が出たことにびっくりした。根っからの旅人なのか? 先天性の旅好き? 不思議な人もいるものだ。

 しかし、自身も、“風の都に留まるつもりはない”などと考えている。この人と自分と、何が違うのだろう…フィオリエはふとそう思った。何か違う気はするのだ。多分、よくわからないが、理由が違うのだ。でもやりたいことは同じような気がした。

 フィオリエはにーっと笑った。

「俺も!旅に出ようと思うんだ。都だけに留まってる気はさらさらない。エルミオが言ったように、自分の足でいろいろ見に行くんだ」

 エルミオは少し興味深そうな視線をフィオリエに送った。

「あえて、旅をして生きることを選ぶんだ?」

 フィオリエは気後れしそうになったが、おう! と強気に言う。

「都の中だけで暮らすなんて御免だからな! 俺はもっと、こう、世界を見て、世界の中で挑んでいくんだ!」

「挑む?」

「おう!」

 まっすぐ問い返されて、フィオリエはまたもや気後れしそうになった。だが、エルミオはどうやら、単純に疑問に思っているだけのようだ。批判する気は一切ないようにみえる。

 あー、とフィオリエは言葉を探した。

「挑むっていうのは…それくらいの気合で行くってことで挑むって言っただけだ。んー…都しか知らないのもつまらないと思うんだよ。旅に出たら色々大変だろうけど…。色々見たいし、都で剣の腕が上がっても、たかが知れてるし、旅して世界の中で鍛えられたら、強くなれると思うんだ。俺は、もっと強くなりたいんだ」

 ふうん、とエルミオは少し興味深そうに相槌をうつ。

「強いと、生き残ることができるね。だから強くなりたいということ?」

 フィオリエは戸惑った。そんなにはっきりと理由を考えたことはなかった。ただそうしたいと思っていただけだ。

「あー…そこまで考えてなかったな…。うーん。…エルミオは、旅立つきっかけは何だったんだ?」

 エルミオは少し考えた。

「強いて言うなら…多分…生みの親が…俺にそのような宿命を与えたから」

 親がそう言ったから、ということか? とフィオリエは内心首をかしげる。

「でも、本当はきっかけも何もなくて、俺ははじめから旅をしてるよ。こうやって言うと、聞いた人はみんな不思議そうな顔をするんだ。だけど、そうとしか言えない。分かりにくくてごめんね」

「いや。…でも、やっぱりちょっと分かんないな…まあいいけどさ。それより、エルミオは冒険者なのか? どうして旅をしてるんだ? それも、その、宿命? ってやつ?」

 今、フィオリエにはそこが重要だった。フィオリエには特にはっきりした理由はない。エルミオにはあるのだろうか、もしかしたら結局ないのではないか。きっかけも知りたかったが、聞いても分かりそうにない。

「俺は冒険者じゃないよ。悪魔と戦うことはあるけれど…。旅をすることに理由はないよ。俺にとって、生きることと同じだからね」

 おおっ、とフィオリエは感動した。宿命、というのはこういうことなのか?同じ、”理由はない”にしても、”生きることと同じ”なんて言うと、なんだか…かっこいい気がする。

 旅が生きることと同じになった経緯を聞きたかったが、それをするとまた同じ答えが返ってくるだろう。宿命云々というやつだ。

 

(俺もそうしよう!)

 冒険者になりたい理由なんてとりあえずどうでもいい! なってから考えよう!

「俺もそうしよ」

 目を輝かせて言ったフィオリエに、エルミオはなんのことかと目で問いかけた。

「俺もとにかく冒険者やってみる。旅する理由はそのうち見つける。まずは、強くなりたいし、色々見たいからっていうので十分だ!」

 エルミオは面白そうにしながら頷いた。

「そうか」

「うん、そうだ」

 なんとなく会話が途切れた。二人は山道を下っていった。

 見慣れた景色の中へ戻ってきた。都は近い。

 やがて、分かれ道があらわれた。右は都へ帰る道。左は、都をそれて山を下る道だ。

 このまま左へ行けば、旅が始まって、冒険者として生きていくことになるのだろうか。ちらりとそう思ったフィオリエの脳裏に、クロヴィスの顔が浮かんだ。怒るだろうか。

「右かな?」

 エルミオに尋ねられて、フィオリエは、え? と聞き返す。すぐに、都への道を聞かれているのだと気がついた。

「うん、右に行けば風の都だ」

「そうか」

 エルミオは頷いたが、歩き出さない。不思議に思ってフィオリエが見やると、同じようにエルミオもフィオリエを見た。

「右に行く?」

「え? …エルミオは風の都に寄っていくんだろ?そしたら右だな」

「フィオリエは左に行きたそうだったから」

 指摘されてどきっとした。

「あ、まあな…早く旅に出たいんだ…」

 

「しばらく一緒に行くかい?」

「え?」

 すぐに理解できず、フィオリエは固まった。

「旅は初めてだろ? 誰かと一緒のほうがいいよ。

 一緒に行くのは、『西』を旅する間でもいいし、これから俺は『北』へも行く予定なんだけど、それからも一緒にいてもいい。適当なところまで、一緒に行かないかい?」

 どうだろう、と、決して強要するふうではなく、エルミオは穏やかに言った。

「フィオリエは強くなりたいし、俺は戦力が増えると嬉しい。それに、一人旅もいいけれど、人と一緒にいるほうがおもしろいしね」

 フィオリエは困った。エルミオと一緒に行く? 考えようとして、自分が全く何も考えていなかったことに気がついたのだった。

 一人旅なのか、旅の技術を誰に学ぶのか、都の誰かにお願いするのか…少し考えたことがあるのは、山の向こうまで一人でいって、そこから誰か捕まえるなりしてどうにかする、というやつだ。山の向こうに行けばどうにかなるなんて、保証もないのに。

 もしかしたらすごいチャンスなんじゃないか? とフィオリエは思う。

 旅慣れした剣士が、声をかけてくれるなんて。それも、戦力として期待されている。その上、「適当な時まで一緒に行こう」という、将来を思い描けていないフィオリエにとってうってつけな提案をしてくれている。

 これ以上の好条件はないのではないか。

 気持ちが大きく傾いたその時、クロヴィスと、両親の顔が浮かんだ。

 クロヴィスはすぐ分かってくれるだろう。母親はともかく、あの父親が頷くだろうか…いや、頷かなくても、出ていこう。出て行ってやる。強くなってちゃんと冒険者になってから戻ってきて、冒険者を選んだことが間違いじゃなかったって納得させればいいんだ。

 ようやくフィオリエは頷いた。

「一緒に行こう。行かせてくれ。都に戻って、挨拶してから発つんでいいか?」

「ああ、もともと都で一泊するつもりだったんだ。発つのは明日の早朝でいいかい?」

 明日か、とフィオリエはどきどきする。

「わかった」

 いよいよだ。突然の旅立ちになってしまった。

 わくわくしていた。旅立つ前の段階を踏むことは、気が進まなかったが、それを引いても有り余る高揚感があった。

 

 

 まずはクロヴィスを探した。

 エルミオは宿屋へ向かった。このエルフの都には、商人や、希に風の塔見たさにやってくる旅人を泊める場所がある。エルフの都に外部の人がやってくることは少ないが、風の都はどちらかといえば多いほうだ。

 今日はクロヴィスも休みだ。フィオリエが冒険者の証を持ち帰るのを、待ってくれているはずだ。

 風の塔の次に高い場所。きっとそこにクロヴィスはいる。それは、今帰ってきた門の近く、白い岩の長い階段を登った先にあった。本当は、塔の次に高いのは魔法外壁に沿って立っている見張り台だが、そこは例外だ。守護団でなければ立ち入れない。

 

 今日も、風が吹いていた。風の塔がカロンカロン、リンリン、シャラシャラと鳴り、その広場にも音を降らせる。

都のエルフが、子供時代に訪れ、自由を見つける場所。大人たちには用のない広場。青っぽい葉を茂らせた木がぱらぱらと生え、白めの土がたまって所々に草花が顔を出す。

 19になったフィオリエとクロヴィスもまた、そこにいた。

 

 

 笛の音がしていた。

 クロヴィスの横笛だ。フィオリエの横笛より少しだけ軽めの笛で、クロヴィスが吹くと、フィオリエが吹くよりも、風と混じって、遠くへ音が飛ぶ。高めの音域が出る笛だが、その低音をゆったりめに吹くのがクロヴィスのお気に入りだ。

 木製の横笛は、この都にいる者にとって馴染み深いものだ。大人たちの多くは、自分で木を削って作っている。

 都のエルフなら音を出すこともでき、指使いも覚えているのが当たり前だ。フィオリエやクロヴィスも、親から貰った自分の笛を持っているし、吹くこともできた。

 大人たちは風の塔の音を聴きながら、自由に笛を鳴らして、風と一緒に唄うように吹く。大人たちの大半はそれができる。フィオリエとクロヴィスにとって、その吹き方は信じられない高等技術だ。

 

 クロヴィスの笛が鳴る。流れ、風が吹くような三拍子。ロングトーンと八分音符を繰り返し、所々翻るような細かい音符が入る。降り注ぐ風の塔の音が、クロヴィスの吹く曲に、自由気ままな輝く飾りを施す。

 今、フィオリエは笛を持ってきていなかった。戦闘の可能性があるときは、持たないようにしているのだ。持ってきていれば、この曲に一区切りついたら、一緒に吹けたのに。

 フィオリエは広場の隅に黙って座った。クロヴィスの視界にぎりぎり入る位置だが…集中しているから曲が終わるまで気がつかないかもしれない。フィオリエは音を楽しむことにした。

 日の当たる広場。その木陰で吹くクロヴィス。まばらな木の間から、都が白く、時に銀の光を反射し、青っぽい葉が揺れ、きらきらと輝く。

 

 最後の午後なんだ。

 不意にフィオリエは気がついた。

 明日、旅立つのなら、これは最後の午後だった…いや、明日、旅立つから、これは最後の午後なのだ。急に、クロヴィスの曲がどこか寂しい曲に聴こえてきた。

 今、笛を持っていないことを、フィオリエは後悔した。

 やがて音は止み、クロヴィスは笛を降ろした。それを惜しむように、風は吹き続ける。

 クロヴィスは吹かれながら、ぼうっと都を見るともなしに見ていた。余韻が完全に消えた頃、フィオリエは座ったまま呼びかけた。

「よう」

 本当に驚いた人しかしない独特の飛び上がり方をして、クロヴィスはフィオリエをばっと見た。フィオリエは大笑いした。クロヴィスは少し決まり悪そうに、にやっとする。

「なんだよ来てたのか」

「来てたよ、ずっといた」

「いつからだよ」

「終わり三分の一くらいかな」

 フィオリエは立ち上がった。クロヴィスは手慣れた手つきで笛を手入れし、携えた革のケースに収めた。

「取れた?」

 クロヴィスからの早速の問に、フィオリエはあっさり頷いた。

「おう」

 ほら、と、胸元につけた冒険者の証を示した。

 クロヴィスは目を輝かせた。

「ほんとだ、おめでとう! やっぱ少しずつ形が違うんだな」

「ああ」

 フィオリエが手に入れたそれは、父親のものとも、クロヴィスの父親や他の守護団メンバーの物とも違った。そういうものなのだ。間違いなく冒険者の証だと分かるのだが、銀色でほぼ円形であること以外はみんな違う。筋が入っていたり、装飾模様があったり、様々なのだ。

「俺も今度取ろうかな。試験難しかった?」

「いや…あー」

 フィオリエは一瞬悩んだ。試験もなにも…どうして冒険者の証をもらえたのかも分からない。首をひねって答えた。

「試験っぽい試験はなくて…でも、もらえたんだ」

「ん?」

「いや、なんか、剣の試験とか、魔法の試験とかあるのかと思ったら、全然そういうんじゃなくて…色々話して、精霊と通じ合う方法を教わって、その後もらえた」

 クロヴィスは一瞬ぽかんとする。

「それじゃ…指導してもらって、証をもらったってことか?」

「ん、そうだなぁ…」

 二人はなんとも言えない表情だったが、クロヴィスがぱっと顔を輝かせた。

「それって、見込み大ってことじゃないか!」

「え?」

「証を取ったあとの伸びしろも考えての、合格だったんだろ、きっと!」

「えぇ、そうか~?」

「そうだろー? だって試験してないんだぜ! 話しただけだろ? 人格とか、あ、こいつ頑張るやつだなー、とか、そういうとこ見てたんだよ」

 楽観的すぎる気がしたが、言われると悪い気はしなかった。

(フィオリエなら大丈夫、とかって言われたしなー…)

 へへっ、とフィオリエは笑った。

「ついに冒険者になったな。”本物”になるのは、守護団で修練を積んでからか」

 確信をもったクロヴィスの言い方に、フィオリエは笑みを消した。明日旅立つなんて、やっぱり急すぎて言いにくい。だが、言わないとどんどん言いにくくなる。

 

 こういうことは、バシッと素っ気なく言ってしまうに限る。

「いや、明日」

 にっ、とフィオリエは笑った。

 クロヴィスは、へ? と目をぱちくりする。

「明日出発。なんかさ、試験会場からの帰り道で、旅慣れしてる人と偶然会って、その人と一緒に行くことにしたんだ」

「え? えぇ!? …本当に?」

「おお」

 はぁー? とクロヴィスは天を仰いだ。

「はっやいなー! 一日だぜ、試験受かって一日! 本当かよ。はぁー。明日? いつ頃出発?」

「早朝って言ってたな。今から準備」

「朝か。そうかぁ」

 クロヴィスがほんの一瞬泣きそうな表情になったのを見つけてしまって、フィオリエはちらっと目をそらした。

 明日は朝から守護団の仕事だったはずだ。

 そうかー、とクロヴィスは繰り返す。

「あー、なんだよ、知ってたら何か準備して盛大に送り出してやったのに」

 ちぇ、と口を尖らせたクロヴィス。フィオリエはふーむとわざとらしく顎に手を当てて格好をつけた。

「じゃあ俺が名のある冒険者になって凱旋したときには、パレードでもやってもらおうか、クロヴィスくん」

「はあ? 調子に乗るなこのやろう」

 わはは、とフィオリエは笑った。

「まーいっぱい土産と土産話持って帰るさ。今日俺笛持ってきてなくてさー、帰ってきたとき一緒に吹こうぜ」

「おー。腕落とすなよ? 俺は容赦なく上達するぞ?」

「俺も容赦なく上達するぞ?」

「言ったな? まあ期待しててやる」

「何威張ってんだよ」

 クロヴィスは笑って、しっし、と手を動かす。

「お前準備するんだろ、早く帰れよ」

「お、そうそう。急がないとな。じゃあな、また数年後か、いつか」

「おー。じゃあな」

 フィオリエは広場の出口へ駆けた。ぱっと振り返って適当に手を振る。

「じゃあなクロヴィス、守護団頑張れー」

 クロヴィスはゆるく拳を上げて応えた。

「じゃあなーフィオリエ!英雄にでもなって戻って来いよ」

「え、凱旋パレード本気でやってくれる?」

「ばかやろう!」

 

 さみしいな、という思いをさっと通り過ぎると、あの父親にどう話すか考えを巡らせた。

 幸か不幸か、今日は父親も休日なのだ。

 もやもやした気持ちで家へ足を進める。

(まてよ、エルミオを紹介したほうがいいのかな。”この人と一緒に行くから”? ”この人を旅の師匠に、まずしっかり勉強して”…して…ああああーー)

 説得できる気がしない。勢いでいくしかない。考えることを放棄して、とりあえずエルミオのいるであろう宿に向かう。

 だがやはり、道中では考える。

(勉強して…ちゃんと冒険者やるから…“ちゃんと”ってなんだよ)

 フィオリエに、明確な旅の理由はない。理屈っぽいことは何も言えない。ちゃんと、だなんて、言えるわけがない。

(くそ。理由なんて後でいいだろ!? 俺はとにかく外に出たいんだよ! やってみてからで何が悪い! 生きることと同じなんだ、って、エルミオだって言ってたじゃねーか――いやエルミオがどうこうとか、どうでもいいんだ、でも俺だってそれでいいじゃないか!?)

 ではどうやって説得するのか、という思いは、もう既に無視できない段階だ。

 もやもやもやもや。フィオリエはひたすら宿へ歩いていく。もやもやは止まらない。

 

 都の生活。不自由はない。守護団への入団も、このまま行けばできるだろう。何がいけない?ここに留まることの何がいけない?――ただ、フィオリエの心がそれを拒絶するだけだ。

 旅に出ることの何がいけない? 危険? 守護団だって戦うことがある。人攫いの集団がいるというが、そんなもの蹴散らしてやる。

 こう考えるのは、初めてではなかった。冒険者になって出て行ってやる、と決める少し前から、何度も繰り返した思考だ。いつも同じような道をたどって、たまに違う結論や考え方を得るのだ。

 今もまた、考え、放棄し、また考える。何度目だろう、何かが吹っ切れた。

(勢いしかない。なんでもいい。だけど、俺が思ってることを、俺が本当に思ってることを、言うんだ。俺が思ってることを言わないと、なんにも意味がないんだ!)

 そうだ、と、フィオリエは自分の考えに妙に納得した。すっきりした。吹っ切れた。

 初めてたどり着いた結果だった。

 

 

 

 

 

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