夢の世界を、
頭の中で勝手に作られた嘘の世界だって思ってる人が多いけど‥‥
本当は夢にも実体があって、
それを現実のフィルターを通して垣間見るのが夢なんですぅ。
―――聖剣伝説LEGEND OF MANA 夢魔ベル
*
6.今日の影
12歳の秋、ある日の出来事だった。
ほぼ…なんて言うんだろう。ほぼ日常的な現実味のある登校風景。1,2年前から、なんだか良くないものがいるけど、誰も気づかない。
小さかったり、大きかったり、巨人みたいのだったり、蛇みたいなのだったり。ただ、全て、暗い空気を纏っている。
小さい奴らとか、動きが鈍いやつとか、人に近づかないやつは大丈夫だ。でも以前、登校中に斜め前を歩く女子に蜂みたいなのが集ってて、その女子はその日、風邪気味・食欲不振・暗い表情だった。
どうやらヤバイやつらだ。
まあ今日は大丈夫そうだ。うん、ええと、私の後方数メートルに何か嫌な感じがするけど、それくらいかな。
一体何なんだ。今日の中途半端で意味不明な夢のせいだろうか?
『ヴェールに言われて参りました。よろしくお願いします!』
そんなこんなで考えているうちに、背後の気配が近くなっている。
(はいはい、リアル界まで一体何のご用でしょうかね?リアル界特有の呪いとか霊とかなら私には分からない。どうせユメ関連だろ?何でもアリとはいえ、ゆめだからってリアルにまで手を出すのかよ)
と、心の中で話しかけつつ(大抵これで通じるのだ)、振り返る。
カンガルーっぽい何かが、立ち止まって振り返った私を見ていた。カンガルーではない。目がやけに丸くて虚ろで、暗い空気を纏っている。
(どちらさま?ヴェールじゃないでしょ?今日会った人?)
”今日会った人”…ではないと、私の中で何かが抗議した。”あんなものと一緒にするな”と。
(どうも今日はおかしいな)
突然、カンガルーが大ジャンプした。カンガルーのジャンプ?いや、いや!なんかもっと高い、距離長い!
「え、ちょ」
あっという間に手の届く範囲に近づかれて、私は慌ててカバンを振り回した。教科書の重さで、”回す”には至らず、ひと振りするに留まったが。
すると、カバンからブーメンラン状の何かが飛び出して、カンガルーモドキを吹き飛ばした。
「!?」
危機は脱したがどういうことだ…!?
ブーメランは空中でカンガルーモドキを打ち砕いた。
(なんだ、あれ…!?)
やがて、ブーメランはUターンする。
私は嫌な予感がして、直ぐにそれが確信に変わり、全力で走った。大きく七歩?くらいは逃げられたかな、いやどうでもよくて、あれはとにかく当たるのはまずいっていうか、やばいっていうか!
ドーン!!
信じられないくらい大きな衝突音がした。ドーン?バーン?そんな感じだ。
(これは死ぬだろ――!これはないだろ――!)
今この状況で、ものすごいパニックに近い状況なのに、いったい誰だ、私の中で何やら感動して大喜びしてるやつ!!!
(おまえ!あんただろ!?あんたなんだろ!?今朝の意味不明のゆめの、紫パッツンロングヘアーの!くノ一モドキの女だろ!?)
はいそうですありがとう!みたいな気持ちの返答があった。
(何がありがとうか全く分からないけど、とにかく、リアル界じゃ会話が難しそうだから今日の夢で待ってろよ、ヴェールも呼べ、絶対!)
授業中に寝ようかと思ったが、やめた。きっと私は叫ぶ。
7.白狐ケルベロス
ヴェールは剣士だ。左手で、片刃のソードを扱う。
ただしそれは、人の姿のときのことだ。
ヴェールは自在に、白銀の大きな狐に姿を変える。三つの頭、五つの尾。
人の姿で剣を振るって、暗い影を切ったと思ったら、次にはケルベロスのような白狐の姿で、真っ白い炎を吐く。
強い。
ヴェールはほとんど表情を変えずに、影を倒していく。
ヴェールは背景としても現れたし、主役としても現れた。道案内してくれるときもあるし、何も言葉を交わさないこともある。
どんな夢でも、ヴェールがやることは、影を倒すこと。
それがヴェールの目的なのだろうと、私には分かった。
だから、私が居る、現実世界で見える影が敵なのだと、私は分かった。分かったところで私にはどうしようもない。ヴェールがそれを夢の中で倒してくれると、その形の影はもう現れることはなかった。
リアルのほうに影が現れ始めてから、ユメのほうにも変化があった。
ひとりで戦っていたヴェールに、仲間ができたのだ。
ひとりは男性。黒髪に、光のない黒い瞳。少し尖った耳。笑っていても、なんだか悪意を隠しきれていない詐欺師のような雰囲気だ。
もうひとりは、女性。少し前の夢に出てきた、紫パッツンロングヘアーのくノ一モドキ女だ。大きなブーメランが武器。風も少し操っていた。男性のほうとは対照的に、素直でいい人なんだろうな、という印象。強そうだけど。
彼らの名前は、カロンと、ルルヴ。
白狐ケルベロスの新しい仲間は、黒竜カラスと、舞う紫の花。
8.風が吹く
夢に突然現れたあの女は、ルルヴという名前らしかった。
「ヴェールに言われて参りました。よろしくお願いします!」
彼女が現れてから、私はリアルの影に攻撃ができるようになった。一週間ほどしてから気がついたことだ。
今日も、教室に入ると、空気が暗かった。みんな普通にしているが、影がいる。私には見える。
「おはよー」
席にカバンを置いて、伸びをする振りをして、距離があるまま影を斬るように手を振り下ろす。リアル人の誰にも見えない攻撃が私から放たれて、影は斬られて消え去る。
私は思わず満足げに微笑んだ。
(いいね。便利だね、遠距離。あなたの力は、風の力なんだね)
またも彼女に…ルルヴに感謝されているのを感じたが、私は、こちらこそ、と返す。
(見えるのに対処できないっていうのは、なんか嫌なことだよ。あなたの力を借りられて助かってるよ)
「なに今、窓しまってるのに風吹いたね」
教室の中にそんな声を聴いて、私は付け足す。
(まーまずバレないけど、多用は禁物かねー)
バレたら説明が面倒だし、どうせ信じる人なんていないのだ。まったく。
ルルヴとカロンとの付き合いは、長くはなかった。
9.雨
カロンとルルヴが、真っ白になった夢のあと、ヴェールはまたひとりだった。
私はヴェールと視点を共有していた。
雨が降っていて、雨の音しかしなくて、ずっとそこで立ち止まっていたい気持ちを引きずりながら、歩いていく。
雨が止まない。
私は――ヴェールは――無表情のまま、左手に剣を握って、ひとり、歩いていく。
雨の中でもヴェールの白銀の髪は、光のようにふわふわ、ゆらゆらして、雨に逆らって、風に従って、なびく。しかしその髪からは、水滴が垂れる。水滴が散る。輝く。
きらきらと、歩んだ道の跡に、ガラス玉みたいに、それが落ちる。そして、消えていく。
忘れない。だけど、消えてしまう。
だから、忘れない。
10.白銀の一矢
紫のパッツンロングヘアー、あのルルヴと同じ髪の色をした人物が、ある時現れた。
童顔で、肩の上でパッツンと髪が切りそろえてある。男の子なのか女の子なのか分からないが、ルルヴに似た純粋な印象があった。見た目はルルヴがもっと大人びているのだが。
ポールという名前だった。ポールはショートボウを扱う人で、影を射抜く白銀の矢を放つことができた。
11.雷の剣
ククロは、ポールと一緒に逃げていた少年だ。金髪で元気な少年。いつだって恐れず、笑っている。
ヴェールとポールと、ククロ。3人は戦う。
ククロは、両刃のソードを扱っていた。それはヴェールのよりも短いが太く、雷を放つことができた。
斬ると、まるでゲームみたいなエフェクトで金色の雷が発生して、相手に大ダメージを与える。
勝ったら、ヴェールは剣をひと振りしてさっさと鞘に収めてしまうが、ククロは大喜びする。よっしゃー!という感じで笑って、剣を持った右手を空に振り上げて喜ぶ。
ククロがムードメーカーの役になってくれたから、この3人の旅は明るくなった。
おかげで私も目覚めた時楽しい。