ユメとリアル、そしてその間、それぞれの場所に存在するもの達の物語。
生きるか、死ぬか、在るのか、無いのか。それは夢か、現実か…。
夢の世界を、
頭の中で勝手に作られた嘘の世界だって思ってる人が多いけど‥‥
本当は夢にも実体があって、
それを現実のフィルターを通して垣間見るのが夢なんですぅ。
―――聖剣伝説LEGEND OF MANA 夢魔ベル
*
私が小さい頃から、その人は家族のように当たり前の存在だった。
1.赤い服
印象的なのは、真赤な服。
そして、白く、長い、光の筋のような髪。
蒼い、暗い瞳。
幼子の関心を引く、鮮やかな色彩。
彼は、私の夢の中の人だ。
父や母のようにとても長い付き合いの人だから、家族に対して抱くなんとも言い難い感情を、私は彼に抱いていた。
彼は、大抵、物語性がなくて他に登場人物のいない夢に出てきた。
小学生になってからは、いろんな夢にもたまに出てきて、逃げ道へ誘導してくれたり、夢の中で飛ぶ方法を教えてくれたり(といっても、かなり大雑把だった)、たまに、ただ居るだけのときもあった。
ああ、そういえば彼は人の姿だけでなく、白狐の姿ももっている。私の中では常識になりすぎて、言うのを忘れていた。
白狐といっても、ケルベロスのようなやつで、頭は三つ、尾は…五本くらい?瞳は、人の姿のときと同じ、蒼色。白い炎を吹いたり、操ったりする。
この辺で、やっぱり夢だな、って普通の人は思うのだろう。
私にとっては、ただの夢じゃない。
小さい頃は他人に話したこともあったけど、大人たちは受け流したし、友達にはうまく伝わらなかった。小さな否定を積み重ねられて、私は、彼のことを人に話さなくなった。
私は彼の影響を受けて育って、なじもうとすれば周りに合わせられるけど、なじめない高校生になった。
十歳のとき、ふと彼に名前を訊いた。
「今更か」
二人だけの世界で、呼ぶ必要もなかった名前。
名前があって当然だという観念が私の中で固まったから、訊いたのかもしれない。
世界観が固まるのが嫌で、私は何気なく付け足した。
「無いなら、いいけど」
「いや。俺には名前がある。ヴェigl∂―」
「え?ヴェイ……ヴェール?」
彼は何も言わなかった。
多分”ヴェール”ではない。でも発音できないから、私は彼をヴェールと呼ぶ。
2.目覚まし
いつもはヴェールと二人のその夢に、紫のパッツンロングヘアーの、どことなく忍者っぽい雰囲気の女性が出てきた。
彼女は私に丁寧に頭を下げた。
「ヴェールに言われて参りました。よろしくお願いします!」
「は?」
自分の寝言ともに目が覚めてしまった。
しまった。意味不明なまま目が覚めた。もう一度寝よう。
ピピピピピピピピピピ…
くそ。月曜日だ。
3.金の少年
誰かの思いに触れてしまって、俺は俺として形を成した。
だが物語は一向に始まらない。
形を成さない俺に心はない。だから俺の夢であるはずない。
どこかに登場人物がいるはず。
近くにはいない。俺の中にもいない。
おかしい。俺が存在するはずない。でも存在している。
しかも、かなり感受性豊かなキャラクターかもしれない。
「ったく誰だよー、俺の夢を見てるはずのヤツ。おかしいなー。どうしろってんだよー。俺が探すの?もー、早く起きちまえよー。
まあ、せっかくだから探すか!…の前に、俺どんな感じかなー」
視点を自分の上に飛ばして、俺を見る。
キョロキョロと自分の体をチェックする俺は、金の髪の少年だった。人間に近い。
オレンジの目、とんがって先が赤い耳。マントは黒、その下は茶とかオレンジとかの服、腰にはソード。
強気で明るくて無邪気そうな外見だ。
「なるほど。オッケーオッケー!そいじゃ、行くぜ!」
少年は…俺は、文字通り雷となって走り出した。
4.流れ
紫色の髪。
パッツンっと、肩の上で揃っている。
背は、両親ほど高くない。
童顔。
僕は、そんな姿でそこにいた。
両親に会ったことはない。
僕は両親を知らない。僕の夢を見た人が、両親のことを知っていたようだ。僕は、”あの両親”をもつ子供。ポール、という響きの名前をもつもの。
「ククロ」
僕と、この金の少年、ククロは友達。
「ポールこっち」
僕たちはヴェールに会う前、茶色っぽい夢の中を、暗い空気をまとった、人に似た形をしたものから逃げていた。
走って、部屋の天井の隠し通路を見つけて通って、外に出て、走って、逃げていた。
5.白い人
戦いの中で別れ別れになってしまった彼らを探していた。
ヴェールはユメ界特有の滑るような走り方で駆け回った。
混ざり合い、通り過ぎる景色。
カロン。ルルヴ。一体どこへ行ったんだ?
彼らのことは、大して心配なんてしていなかった、はずだった。
(カロンたちの方からも、俺を探していれば、すぐ見つかるはずだ。まさかまだ戦っているわけではあるまい…そうだとしても俺に援助を求めるべきだ)
ヴェールは、強く、カロンとルルヴを思い描く。
(俺の力が必要なんだ。リアル界に近いユメ人である俺が、”具体的に”戦って倒すための力なのだから)
走り回っても見つからない。ヴェールは方法を変えた。
その場で目を閉じ、世界に溶け込む。
(”カロン””ルルヴ”)
ふわり、海の夢に流れて潜り、やがて水を抜けて飛んだ。
鳥の声…カラスだ。
花の香…あの紫の香り。
ヴェールはゆっくりと目を開けた。
足元に、白い人が眠っていた。もう一人も近くにいて、その人も真っ白だ。
ヴェールは次第に輪郭を失って消えていく二人を見つけた。
「カロン」
黒竜カラス・カロンは、人の姿で、真っ白だった。
「ルルヴ」
舞う紫の花・ルルヴも、人の姿。色を失って真っ白だ。
鉛筆一本で輪郭をなぞっただけのような二人。
「死ぬのか」
ヴェールは二人に話しかける。
「俺をこの戦いに呼んでおいて…カロン、お前は、先に、いなくなるのか…いなくなるのか…ルルヴ…」
この戦いはユメとリアルの間のもの。死が具体的に現れなければならなかった。そうでなければ、倒せないから。
ユメ人が消えるときは、あえて言えば、人に思われなくなったときだ。もっていた自分をなくすときだ。しかし、登場人物でなくなったとしても、登場人物の”材料”として、あらゆるものの意識の外に存在している。
ユメ人は本来、そういう”何者でもないもの”であることが多い。
だが、この戦いでは、リアル界と似た死の定義がある。
ヴェールの目の前の白い人は、死を迎えて、消えゆくものだった。
不思議だった。
ヴェールは、カロンもルルヴも知っているし、覚えている。それに、心に強く思っている。
今、カロンとルルヴの名を心で呼んでいる。
それなのに、カロンとルルヴは死にゆくのだった。
(不思議なことだ。俺がリアルに近づけた本人ではあるが、何とも、不思議なことだ…お前たちは、いなくなるのか…まだ、俺は、お前たちを忘れないのに…)
二人の姿が消えたあとを、ヴェールは長い間見つめていた。