過去は人の心の中にだけある。
過去も未来もどこにもない。
―――聖剣伝説LEGEND OF MANA 七賢人・大地の顔ガイア
*
26.焦げ茶色の荒野
「またこの類か」
愚痴るついでにヴェールの心情を代弁した。カロンは広大な荒野を見回した。
「デカけりゃいいってもんじゃないんだよ、何事も」
「え…これ、地面が、”影”か?」
ルルヴが目を丸くした。
「やるしかないだろう」
ため息をつかんばかりにヴェールは言って、白い炎で焼き尽くす作業に移ろうとする。
「待て待て阿呆。ちょっとは考えろ。埒があかないぞ」
思わず止めたカロンに、ヴェールは少しむっとする。
「あほうなんて言い過ぎだ。何かいい方法があるのか?」
ルルヴが言い返し、そして素直にたずねる。
ああ俺たちの良心、などとカロンは思いながら頷いた。
「せっかくウドの大木が相手なんだ。ルルヴ、力試しも兼ねて、その広範囲の力を使ってみろよ」
ルルヴはぱちぱちっと瞬きをした。それから、う~ん、と空を見上げる。濃紺に星がぽつりぽつりと光っている。
「少し待ってくれ」
カロンとヴェールはちらりと顔を見合わせる。ヴェールの白い炎にしても、カロンの黒い羽にしても、夢主の状態やタイミングが重要なことが多い。それは、なんとなく感じるものだ。ルルヴもそれを待っているのかもしれない。
「飛んでたほうがいいんじゃないか」
ずっと空を見上げて何かを待っているルルヴを見ていたが、ヴェールが不意に提案した。
カロンは一瞬で理解して頷いた。
「確かに。巻き添え食いそうだな」
黒竜カラスと、三頭の白狐は空へ避難して見守った。
「あれっ」
ルルヴのいたはずのところに、ルルヴがいない。代わりに、風が吹いていた。それは荒野の遥か果てからやってきて、波が進むように大地を包みながら広がる。
夢主と、風となったルルヴが波の先、中心にいて、荒野を猛スピードで滑るように飛んでいった。するとそこから焦げ茶色は消えた。紫がかった桃色の花弁を風に散らしながら、5枚の花びらをもつ花が咲き乱れ、地面を覆い尽くしていったのだ。
やがて風が収まり、夢主が別の場所へ飛んでいった後、荒野だった花畑の真ん中で、ルルヴが大きく手を振った。
「おーい!これで大丈夫かな!?」
「完璧」
カロンは呟いた。二人は微笑んで、降りていった。
優しい甘い香りが、風を染めていた。
27.確信犯
――かと思えば、影らしい影のときもあるのだった。
たくさんの、黒い影。せいぜい人より大きいくらいのサイズだ。いやあこれだとやりやすいな、などと、カロンはほとんどその場から動かずに黒い羽で影を射る。無数の羽を操ることが出来るはずだが、3か、5か、その程度の羽をひゅんひゅんと操っている。
「カロン、真面目にやらないかっ」
ルルヴが少し怒ってみせるが、カロンはどこ吹く風。
「真面目さ。せっかく緩く戦えるんだから。ルルヴも、練習試合にはもってこいだろ?俺が全部射って、ヴェールが全部燃やしました、ってんじゃ、いつ練習試合するんだい?それに、俺たちも疲れないわけじゃないんだから、温存出来る時はこうしてサボっておかなきゃな。なあヴェール?」
剣を操り無駄なく3体の影を斬ったヴェールは、相変わらずの無表情でちらりと振り返った。
「…いいから真面目にやれ」
それだけ言って戦闘に戻る。
「はいはい」
優しいねえ、と思いながらカロンは再びゆるい気持ちで羽を操る。
せっかくヴェールがルルヴを責めない言葉で返してくれたが、ルルヴもそれほど鈍くない。
「あ、の…すまない。私の思慮不足だった…。ありがとう、カロン。ヴェール」
ふふっ、とカロンは笑った。
「俺は不真面目だからさ。本当に不真面目だから。本当に不真面目なときには、これからもルルヴにどうにかしてもらう。いいだろ?」
どうせ元気な返事か、まだしょげた返事か、どちらかだろうと予測していたカロンが受け取ったのは、意外な返事だった。
少しびっくりして戸惑ったようにしながら、ルルヴはちらりとカロンを見た。
「えっ…あ、ああ!…いいよ」
「…」
雷に打たれたような衝撃を受けて、「なんだそれは!」と突っ込みたいのを抑えて、カロンはぎりぎり無言を貫いた。
下心はこもっていた。だいたいいつもこの程度の下心はこもっている。しかしこんなに、ものすごく微量の、思うか思わないか程度の下心を感知されるとは予想外だった。その上、この会話の流れだ、ありえない。なぜ今察知した。一部分を切り取れば、突然プロポーズしてOKしました、みたいな会話になってしまうではないか。
「夫婦とは」
唐突なヴェールの発言に、カロンは咳き込んだ。
「…どうした」
蒼い目を向けて冷静にたずねるヴェールにカロンは口だけ笑って、笑っていない目を向けた。
「いいや?確信犯なのかどうか見極めが難しいが、後で話そうかヴェールくん」
「構わないが」
ヴェールはあっさり続けた。
「俺の父親を知っていると言っていたことを、思い出した」
ああそんなことも言った、とカロンは思い出す。ヴェールの父親は戦友だ。
ふふ、とルルヴは笑った。
「ヴェールによく似ていたよ」
「見た目はな」
ルルヴに目を向けて少し驚いたヴェール。その背後の影を、カロンの黒い羽が射抜いて倒した。
「ルルヴも知っていたのか」
カロンもルルヴも当然のように頷く。
「そりゃな、俺たちは先の戦いに参加してたから」
「私というか、うーん、名前は同じだけどね。リアル人の言う”同一人物”ではないんだけれど。ももさんや、カロンや、ヴェールのお父さんのことは覚えてるよ」
ヴェールは二人を交互に見て、不思議そうにする。
「俺は間の者だ。だが、父親はユメ人だったと聞いた」
ああ、とカロン。
ヴェールは不思議そうにする。
「父親は死んだものだと思っていた。…皆に、忘れられたのだと。ユメ人としていなくなったのだと。…戦いの中でリアル人に近づいて、本当に、死んだのか?」
うーん、と難しい顔をするルルヴに対して、カロンは涼しげだ。
「いいや?お前の親父は死んじゃいない」
うん、とルルヴも頷く。
どういうことかとヴェールは目で問いかける。
「お前の親父は永遠さ」
疑問符が大量に浮かんだ。ルルヴはなんとなーく意味を感じ取って、あー、と小さく頷いている。
カロンは黒い羽を操りながら、仮面の笑顔のまま。
「わからんでもいいさ。そのうち分かる。お前はユメ人でもリアル人でもあるし、なによりこの戦いじゃ、ユメ人だって、死にうるんだ。いろんなことが曖昧。枠にはめようとすると余計混乱するぞ。
ともかくお前の親父は戦死なんかしてないし、消えたわけでもない。どうしてそうなったかは本人たちしか知らないが、あいつは永遠になったのさ」
羨ましい、とカロンはちらりと思った。
「…あー。夫婦っていいなー」
「な、なんだ唐突にっ」
「なんでルルヴが突っ込んだ?」
「べ、別に…、…なんでもない…」
「ふうん」
まだ疑問符を浮かべているヴェール。少しむっとしてみせたルルヴ。二人を視界に入れながら、黒い羽を操る。俺は望み過ぎだろうか、という思いがカロンの心を過ぎった。
28.白と水と黄と少しの緑
大したことじゃないんだ。
白っぽい、クリーム色っぽい、優しい色合いの夢だった。クリーム色の石を詰んだ塀があって、その一歩横を、細い、水色の、色鉛筆で淡く描いたような小川が流れていた。
塀はそんなに高くなくて、ルルヴと並んで座っていると、なんだかとても穏やかな気持ちになった。自覚しているが、いつもの意地悪な言葉も出てこないくらいに、穏やかになった。
それだけなんだ。
「さて、次行こうか。影たちを倒そう」
ルルヴは真面目だ。名残惜しいと、その表情が物語っている。それで満足するしかないだろう。
ここでぐだぐだとするのでは、カッコ悪い。
「そうだな」
さっさと済ませて、また、いつか。
そのいつかの時、俺が俺でいられたら…いいのにな。
29.鏡は鏡、影は影
その影はあまりにも俺に近かった。
想いの残骸、かもしれない、ってな。自らの言葉が蘇る。
”俺は俺のまま。ずっと俺のまま。リアル人のようになりたい。俺は俺でしかないものになりたい”
グサリと、突き刺さる声無き声。言葉になんてしたことはない。
”錯覚しているだけだ。俺はユメ人。本当にずっと俺自身だけであることはないんだ…”
“俺はずっと俺でいたい。友と一緒にいたい…”
やはり俺は望みすぎた。
ずっと俺でいるなんて、ユメ人であることを否定することだ。
”あいつやヴェールが羨ましい ”
倒せない。
悟ってしまった。
影は俺に似た姿で、俺の目に映った。
ユメ人に取って代わりうる?
「お前たちは、なんなんだ…」
問いかけたが、もう答えは知っていた。
光のない黒い目が、鏡のように俺を見ていた。口もとだけが笑う。
「俺はカロンだ」
それは俺だ、お前は違う。
そう言い切れるならば、俺はそいつを倒せただろう。
ユメ人は、個をもたないんだ。曖昧なんだ。だけど俺は俺でいたいんだ。その名も想いも俺のものだ。その名や想いをもっているならば、おまえは俺なのだろうか。
30.声を持たない傍観者
そうやって悩んで考えたあなたが、あなたなんだ、と、早朝、布団の中で、心の中で言った言葉は、届いたのかどうなのか、分からない。
それは私自身が生み出した言葉ではなくて、いつか誰かから頂いた言葉だったと思う。それが、まどろんでいたら、ふっと出てきた。カロンに届けてあげたかった。
ユメ人とかリアル人とか影とか、仕組みのことなんかよくわからない。カロンは分かっていたのかもしれない。でも私にはわからない。でも…カロンは、カロンしかありえない。
だからきっとカロンとは二度と会えないだろうと、分かった。
ちらりと見えた時計は4時半。逃げるように、祈るように、二度寝を。
Ex.1.白い場所
(不思議なことだ。俺がリアルに近づけた本人ではあるが、何とも、不思議なことだ…お前たちは、いなくなるのか…まだ、俺は、お前たちを忘れないのに…)
それなのに、カロンとルルヴは死にゆくのだった。
カロンとルルヴは、彼らしかありえなかった。
だから、カロンとルルヴは死にゆくのだった。
ユメ人が知らないであろう”二度と会えない”ということを、ヴェールは知っていた。