あはははは! 迷子って楽しいよね!
―――聖剣伝説LEGEND OF MANA しるきー
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31. 風彩布
この世界で、このユメの世界で、その存在が何の証明になるのか。
子供? いや、子供”という設定”。リアル世界から見れば、そういうことだ。
考えるのを、やめた。そして、ただ思い込んだ。こうだと思ったことを信じた。
このひとつだけは、そうしても許されないだろうか。そうすることによって、それが真実に――もしかしたら事実にすら、なるならば。
色とりどりのカーテン。薄桃色、橙色。暖かい色合いが流れる背景に、なびく淡い色の薄布。
紫色の髪が、ルルヴと同じ。カロンに通じる特徴は…咄嗟には見当たらない。強いて言えば、ぱっと見凛々しい表情、だろうか。
じっと見ていると、紫髪の子供弓士のほうから問いかけてきた。
「あの…」
なんだ、と声に出さずに問い返す。遠慮がちに、…彼、だろうか、彼女、だろうか、判断がつかない…弓士が当然の質問を投げかける。
「あなたは…誰ですか?」
なぜかほっとしたような表情で、ヴェールの体の力が抜けた。
「そんなに、似てはいないんだな」
そのつぶやきに、弓士はすこし不機嫌そうな表情を見せる。しかし口を開く前に、おい、と別の少年が口を挟んだ。
「無視すんなよー!」
この夢で、その少年の存在は薄い。雷に姿を変える、色黒の金髪の剣士。
お前をか、それとも質問をか…と言葉にはせずに内心で言って、応えた。
「ヴェールと呼ばれている」
ヴェールは弓士から目を離せないまま、続けた。
「おまえの両親とともに戦っていた者だ」
ヴェールの言葉は夢に馴染んだ。
ハッ、と。今その設定が事実になったかのように弓士の記憶に突然現れる両親。明確には、象られることはない。曖昧だが、確かに存在したものたち。そして、確かに心に湧いた感情。それはヴェールへの警戒を一気に解いた。
「私は、ポール」
それから、と、ポールという弓士はいつの間にか横にいる少年を紹介する。
「彼はククロ。僕の友達」
「よろしくなっ、ヴェール! 雷のククロだ!」
これからともに戦うことは、前提だったかのようだ。わずらわしい話し合いはなく、3人は戦友となった。
「…ああ。…よろしく」
そうして三人の戦いが始まる。
「お前無愛想だな~」
「ククロッ! 失礼だぞ」
思わず微笑んでいた、その理由はヴェール本人にも分からない。
「いや、構わない」
32.逃げ道
ヴェールと出会う前の、私の始まりの世界。
逃げていた。
視点は、ポールと一緒だったり、ポールを見下ろす位置だったり。
殺伐とした、命の感じられない、妙に人工的な風景をいくつも通り抜けていく。
追ってくるのは、影、と呼ばれるもの。ククロがそうと教えてくれた。
動物や、人や、そんなものを象ろうとして、成せず不安定に崩れそうになる影たち。すべて黒色のゾンビのような、と言えば伝わるだろうか。
ああ、そして、走って、走って、そして、そして――…真っ白い、炎のような風のような温もりが世界を包み込み、その真っ白になった世界に、色が広がって、新しい夢に、気が付けば立っていた。
その白に似た白銀の髪の男が、蒼い瞳に赤い服の男が、いた。
じっとこちらを見るばかりで何も言わないので、ついに私から問いかけた。
33.鼻歌
楽しい曲。
それは、俺が知っている曲。
俺の声が、思い描くより少し調子の外れたメロディーを形にする。
ポールは、周りに登場人物がいなければ小さな声で一緒に歌うこともある。
オクターヴ違いで歌うのは楽しい。
この曲のサビのところが一番爽快だけど、サビのちょっと前の静けさが一番わくわくする。
正しくは、すべての語尾に”ことになる ”という意味の語が付く。
これは、俺の夢を見ている奴が楽しいと思っている曲。
俺はユメ人。俺は、ククロ。
34.ふわふわ
弓矢を扱う私はいつもヴェールの後ろだ。
さらさら、かな、ふわふわ、かな…って、いつも思う。
白い、光に似た、毛先三十センチくらい波打ってるヴェールの髪。
三十センチって、もう毛先じゃあないか。
きれいな髪。光の筋みたい。
「なーに考えてんだポール!?」
声とともに背中をぱーんと叩かれる。
ククロがニコーっと笑顔で視界に割り込んできた。
「べつに、なにも」
少し慌てて言うと、ほんとか~? とククロ。
「ククロはなんでそんなに楽しそうなんだ?」
「俺は考えてた!」
企み顔のククロ。ポールはためらったが一応聞き返してやる。
「…何を?」
ククロは楽しそうに笑った。そして突然駆け出し、ヴェールに追いついて、背中をぱーんと叩いた。
「ヴェール!」
ぱっとククロを見るヴェール。不思議そうな表情だ。
「なんだ?」
「髪いじりたいからちょっと座ってて!」
ポールはどきっとした。ククロに心を読まれた気がした。
ヴェールはますます不思議そうな表情になる。
「俺がいじりたいから! そこに石あるから座って! ポールも来いよ」
「わ、私も!?」
と言いつつポールは駆け寄る。
ヴェールはそんなポールを見てひとつため息をつき、石に腰掛けた。
いつの間にか風景は、広い草原の中に一本道がある、気持ちの良いものだった。
ドキドキしながら初めて触ったヴェールの髪は、指ですくとさらさらで、軽くて、本当に光のようだった。まとめた毛先を手のひらで触ると、ふわふわしていた。
「さらさらだなー!」
「うん。で、ふわっふわだ」
「そんなに楽しいか?」
「「うん楽しい!」」
ふたりが飽きるまでの小一時間、ヴェールは楽しそうな声を聞きながら、空と、草原を眺めていた。
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