top of page

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

過去は人の心の中にだけある。

過去も未来もどこにもない。

 

 

                                       ―――聖剣伝説LEGEND OF MANA 七賢人・大地の顔ガイア

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

21.長方形

 どこまで続くのか分からない、長方形がひたすら伸びた形の部屋にいた。窓や隙間は一切ない。

 私は走っている。

 逃げている。

 何かから。何から?

 音がする。

 低い、地鳴りのような音。

 水だ。後ろから。

 水が。来ている。追いつかれる。

 追いつかれるに決まっている。でも走るしかない。

 出口はない。いくら走っても風景は変わらない。何も変わらない。

 恐怖で足が動かない。

 ああ。

 走れ。

 動け、足。しっかり走って。

 動け動け、動けってばぁ…!

 

 ゴンッ。

 

 目が覚めた。

 布団の中で本当に足を動かしてしまったらしい。蹴って、頭側の柵にぶつかって目が覚めた。

 柵があってよかった…。

 

 あの部屋をヴェールたちが壊してくれていることを願って、またまどろんだ。

 

 まだ、逃げ切れず、勝てず、怖い夢を見ていた、小学生のときのお話。

 

 

 

 

 

22. 狼の大群

 民家の二階だというのに、狼の大群に襲われて親が死ぬ夢を見るなんて。

 

 ヴェールは、夢の主の視界、つまり意識から外れている部分で、狼の形をしたそれを斬った。しかし、数が膨大だ。いくらでも湧き出てくる。目覚めてもらうしか解決方法はないように思えた。

 ふと気がつくと、一匹だけ黒い狼がいて、ヴェールを見ていた。ヴェールは蒼い瞳でそれを見返す。

 すると、彼は言った。

「きみか。あいつの息子で、ももさんとのハーフというのは」

 飛び出した母親の名前に、ヴェールは眉をひそめた。

「俺はあなたを知らない。誰だ?」

 俺かい?と、狼の口が動いて、にやっと笑った。一歩ヴェールに近づくその間に、ぐんっと背が伸び、漆黒の翼がばさり、と羽ばたいた。黒いカラスに見える一瞬を経て、そこには光の無い黒い目をした男が、怪しい笑みを浮かべて立っていた。

「俺はカロン。先の戦いで、きみの父親と共に戦い、生き抜いた者だ」

 不適に笑って、カロンは目を細めた。

 黒い翼が再び現れ、カロンの周囲で羽ばたいたかと思うと、一枚一枚の羽に散り、狼たちに襲い掛かった。

 あっという間に周囲の狼たちを一掃して、カロンはヴェールを観察するように視線を動かした。

「きみの力を貸して欲しい」

 カロンはずっと口元だけが笑っていた。そういう仮面を被っているような錯覚すら覚える。

 ヴェールは何も言わなかった。返事をするには、カロンの言葉が少なすぎる。

「ユメ人とリアル人のハーフなんて特殊な存在、この戦いでは有利だろう?

 リアルでは、死ぬということがあるそうだ。それを俺たちの世界でも顕すことができる。先の戦いでは、ももさんの力が大きかった。しかし、ももさんに心配ばかりかけるのも悪いからな。

 きみがいれば、ももさんの力どころか、ほとんどリアル人に頼らなくても、死ぬということを顕すことができるはずだ」

 ヴェールは、ようやくたずねた。

「戦いとはなんのことだ」

 カロンの笑顔が凍った。

 初めて、仮面ではなく本当の表情が出る…カロンは苦笑した。

「あ、そこからか」

 

 

 

 

 

23.戦友

 カロンは、人の姿をもって登場した。

 その夢には、大きなカラスも登場したが、いつの間にかそのカラスとカロンは同一であるという設定になっていた。

 カロンは二つの姿をもち、黒い羽を矢のように操って戦うことができた。

 ももの夢の中で、カロンはその力を最大限に発揮することができた。逆に言えば、他の人の夢ではなかなか思うように戦えない。カロンのような変身や、身動きひとつせず敵を全滅させてしまう強さを、無意識の中で信じてもらえないからだ。

 

 その事実もあり、ももの夢は居心地が良かった。

 戦いが終わってからも、カロンのほうからたずねることがあった。ももが望んで、カロンがたずねていくこともあった。

 

 なぜだか、戦友の姿は、いつのまにか見なくなった。

 ももが一番愛したはずの、彼。カロンやルルヴの戦友。

 ヴェールの父親。

 

 カロンたちは、ユメ人だ。彼も、また。

 ももの夢にいることで、とても長く個をもって登場しているが、ももが忘れてしまったり、意識しなくなれば、個を失うものだ。

 

「ももさん」

 カロンは呼びかけた。

 戦友の姿が見えないことを、たずねようとしたのだ。

「はい?」

 ももは、年をとっていた。夢の中でも、そうだ。若い姿で登場するのは稀なことだった。

 穏やかに微笑んで返事をしたもも。その笑顔を見たカロンは、疑問も、不安も、何もかもが収まっていった。

「いや、なんでもありません」

 ももは、穏やかだった。

 どこか凛としたその姿は、若い頃と変わらない。

 カロンの戦友は、もう夢に現れることはないのかもしれなかった。

 それは死ではない。ユメ人に死はない。

 そして、ももが彼を忘れていないなら、彼という個を失ったわけでもない。

 戦友は――カロンよりも長く戦ってきた、戦友は――もう戦わないだろう。穏やかに、永遠に、ももの傍にいるのだろう。

 理由はない。カロンはただ、そう確信した。

 

 

 

 

 

24.宇宙サメと掃除ロッカー

 灰色の球体の星。夢主の言葉を借りれば、“小学校にある灰色の掃除ロッカー”がぽつんと置いてある。

 黒一色の背景に、絵の具を落としたような白や黄、赤の星が散りばめられている。

 その中に、大きなサメが泳いでいる。

 夢主は、掃除ロッカーに逃げ込んだ。目覚めは、近い。

 

 戦友の息子は、随分、物理的な戦いを繰り広げる。左利き。片刃の剣を扱う。そして、強い。

 サメをあっさり片付けた彼に、カロンは乾いた拍手を送った。

「流石、あいつの息子だけあって強いな」

「こういうやつは、何度も戦ったことがある」

 ほう、とカロン。

「そいつらが、俺たちの敵だ」

「…?」

「そいつらは、ユメでもリアルでもないものたちだ」

「…」

 いつの間にか、失われた背景。その中でカロンは相変わらず、光の無い目、口元だけの笑みを浮かべ、淡々と話した。

「影、と呼んでいる。このユメ人の癌みたいなやつを駆逐する作業が、だいたい100年に一回以上あるんだ。定期的な大掃除ってわけ」

「…」

 ヴェールはただ、蒼い目を、伏せた。カロンの笑みが少しだけ翳る。

「…無口なところは、似てないな」

「悪かったな。俺も、どちらでもないものだ」

「は?」

 カロンは思わず言ってから、面倒くさそうに言った。

「違う、お前は、どちらでもあるものだ」

 ヴェールは、意外そうにカロンを見た。カロンは笑顔の仮面を取り戻し、話を続けた。

「影を掃除するには、影を、具体的に、倒すことだ。そのためには、死ぬということがあるリアルの力を借りる。今回みたいにな。

俺たちユメ人はもともと、具体的で個のあるものじゃない。リアル人や、意思のあるものに触れている部分が個として現れるだけだ。死ぬ、というやつを顕す為にも、リアル人の力が必要だ」

「…悪夢となるから、倒すのか?」

「その程度のことじゃない」

 なんて言葉足らずなんだ、カロンはそう思いつつも、ヴェールの言いたいことを汲み取って会話を続ける。

「影たちは、ユメ人を…こう…喰うんだ。俺たちユメ人もいなくなるかもしれない。影が俺たちに取って代わりうる。影たちが増えて普通のユメ人が食われてしまわないように、影を具体的に倒すんだ」

「…あいつらは何者なんだ?」

 カロンはまた少し面倒くさそうにした。

「影は、多分、ユメ人…というか…俺たちの、思考や望みの残りカスだ。その俺たちは、リアル人なんかに触れて個をもつ。つまり、残りカスは、俺たちの思考や望みでもあり、夢主であるリアル人の思考や望みでもある…」

 カロンは仮面のまま、動きを止めた。そして瞬きをひとつして、付け足した。

「…かもしれない。ってな」

 ヴェールはそれを、また少し意外そうに見ていた。

その時ヴェールに向けた目、そこに、光が見えた気がしたからだ。それは、さきほどまであった夢の、宇宙のようだった。黒いばかりの窓に、星がひとつ映りこんだような。

「…そうか」

 ヴェールの反応はそれだけだった。

 以降、カロンとヴェールは、二人で戦い始める。

 

 

 

 

 

25.マグマ

 団地だった。

 夢主が暮らしている団地。火山なんて近くにないのに、自然関連の本や番組をよく見ていたために、マグマを怖がっていた。その夢では、マグマがゆっくりゆっくりと、道路を進み迫ってくるのだった。とんでもない不安。逃げなければいけないのに、走る動作をしても、前に進めない。

 

「…これも、影、なのか」

 ヴェールが眉をひそめた。

 仮面の笑顔で、カロンは、ふーむ、とうなった。

「影、だな」

 そして、無責任な視線をヴェールに向けた。

「お前の炎で焼き払えるだろ?」

「…」

 広がり続けるマグマを見ることなく、ヴェールは、カロンを見返す。「はあ?」と言いたげな表情に、カロンは苦笑した。

「冗談だよ。俺も手伝うさ」

 三頭の白狐と、黒竜カラスは、それぞれ、白い炎と、黒い翼でマグマを、影を、消していく。地道な作業だ。

 そんな中、カロンが不意に言った。

「そうそう。もう一人、招きたいんだよ。いいだろ?」

「何が」

「新しい仲間だよ」

 カロンは言ったが、ヴェールは聞くともなしに聞きながら、作業を続けていた。

「おい」

 カロンはヴェールの正面に回りこむ。ヴェールは素っ気無い。

「呼べばいいだろ」

「違う。ここに招いて、仲間にするには、あんたがやってくれなきゃダメなんだよ」

「…?」

「俺はももさん経由でいけたけど、あれは一時的なもので…ともかく、あんたが、リアルとのつながりなんだよ」

「…?」

「いいか、ともかく、彼女の名前は、ルルヴ。紫の花の香。風の力がいいだろう。広く吹く感じだ。女性らしい人をイメージしろよ?」

「?…俺がイメージするのか」

「そう言ってるだろ」

 びしっ、と突っ込んで、カロンはまだ続ける。

「そうだなぁ、髪は長いほうが好みだな。それから…」

 カロンの言葉を最後まで聞かず、ヴェールは呼んだ。

「紫の花の香、ルルヴ」

 おい!というカロンの声と、被って、凛とした声が応じた。

「はいっ!」

 あぁ、と渋い顔のカロン。ヴェールとともに、女性に目をやった。

 きりっとした、それでいて、純粋な印象の女性だった。ポニーテールにした長い紫の髪は、腰よりも下でパッツリと切りそろえてある。

 ほう、とカロン。やるじゃないか、と視線をヴェールに投げたが、当のヴェールは我関せず、だ。

 ルルヴは、少しはにかみながら、はきはきとお辞儀をした。

「はじめまして。ルルヴです」

「やあルルヴ、どうだい、具体的な、個のある自らの姿は」

 ルルヴは、カロンにうなずいて、ヴェールに笑いかけた。

「嬉しい!ありがとう、ヴェールさん!」

「…ヴェールでいい」

「俺のことも、カロンって呼んでくれ、ルルヴ」

 なんだかわからないが仲間が増えたようだ。ともかく、ヴェールたちは今、マグマをどうにかしている途中だ。大した自己紹介もないまま、ヴェールは作業に戻る。

「ヴェールは無口無愛想、なかなか難ありだが、根はいいやつだ。仲良くしてやってくれ」

 カロンのフォローに、ルルヴは素直にうなずいた。

「もちろん。とても仕事熱心なようだ。私たちも、行こう」

「…ルルヴ、きみは、まだ力を得ていないんだから、今回はまずその姿に慣れるところから始めてくれ。焦る気持ちも分かるが、俺たちの技を見て、自らの力の参考にするもの、大事なことだ」

「あ、そ、そうだな…」

「…可愛いからよし」

「え?」

「なんでもないさ」

 

 

 

 

 

 / 

 

サブメインへ戻る

 

bottom of page