エナ -師匠のこと Ⅰ.旅人と剣
そして、出会った。悪魔と戦う旅人と、冒険者の少年。
継ぐ剣。この繋がりは、戦いの続きか終わりか…。@1801~
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そこに、はじまりの樹が生まれた。
根が大地を掴み、枝が空を押し上げ、その世界は始まった。
はじまりの樹の《葉》から生まれた、神と呼ばれるものたちと、精霊とよばれるものたち。
はじまりの樹の《実》から生まれたヒト――ヒューマンやエルフ、ドマール、天使といった種族や、動物と呼ばれるものたち。
はじまりの樹の《息》、世界に満ちるマナは、生き物たち自身や、その心に応じて姿や性質を変える。
そのマナの性質により、長い時間を経て、意図せずヒトの心から生まれたもののひとつが悪魔であった。それは体を持たないため、滅ぼす方法が限られていた。天使族は悪魔を怪物の姿として具現化させ、それを他種族のものが剣や魔法で討った。
歴史の中で、怪物は《魔物》、それらや悪魔自体を討つ者は冒険者《悪魔を倒す者》と呼ばれるようになった。
一人の剣士がいた。冒険者《悪魔を倒す者》であり、かつては少年であったダークエルフの青年。
彼を育てたのもまた、悪魔と戦い続けた者であった。
*
灰色の空、雨の前の湿ったにおい。まだ少年と青年の間にいる冒険者ふたりは、山のほうへ急ぎ足だ。
丸太で段を区切っただけの幅広階段が、木々の間を縫って村と山を繋いでいる。ふたりは途中から、その階段道を逸れて進んだ。道は一応ある。村人たちは避ける道、ダンジョンへ向かうための道だ。
「もうちょっと左に逸れないかなぁこの道」
弓矢を背にかついだ背の高い青年が、先を行く青年の背中にぼやいた。
「とりあえずダンジョン入らねえ? 雨降りそうだし」
少し小柄な黒髪の少年は、振り返り歩きながら、大した事じゃないふうに提案する。真っ黒い髪に、肌色の上に薄い黒を落としたような皮膚。ダークエルフだ。
そうだな、と弓使いの青年。
「雨の中村に戻るよりは、ダンジョンのほうがいいよなぁ」
「そうそう。ずっこけて死んだら笑えねえよ」
ダンジョンの入り口は複数ある。本来目指していた入り口は、ゆるやかな階段をひたすら進めばたどり着く場所だった。しかしそれが、倒木のせいで通れなくなったのだ。だから今、回り道をしてどうにかたどり着けないか試していたのだが…どうも、目的地から逸れてしまっている。
最悪、たどり着いた別の入り口から入って、ダンジョン内部から回っていくことになるかもしれないが…。
「まだ、ダンジョンで戦ってやばくなるほうが、格好はつくよな」
先を歩きながら、笑っていない声で剣士が言った。今の自分たちのレベル――共に、20台――では、手に負えないダンジョンも、付近にはあるのだ。
「どっちも御免だぞ」
笑って言うと、剣士も笑った。
「俺も。まあ、深入りしなきゃ大丈夫だろ」
「あーあー、その前に足元の心配だな。降ってきたぞー」
ぽつり、目の近くに落ちた水滴を拭って、弓使いは顔をしかめた。剣士も空を見上げた。
「うわ。行こうデイン」
「転ぶぞ、エナ」
「転ばねえよ!」
「今、やっぱ転ぶかもって思ったろ」
「うっせ!」
雨は次第に強く打ちつけ始める。二人はマントとフードでそれを凌ぎながら、道の先にあった洞窟へ駆け込んだ。
*
ざあ、という音に包まれた。
入り口から差し込む薄暗い灰色の光。洞窟は奥へ奥へ、暗く伸びていた。ひとまず魔物の気配はない。二人はフードを取り、水を払う。
なんとなしに洞窟内を見回した。火は…燃やすものがない。
「止まねえな」
ダークエルフの剣士、エナは、ぬれるぎりぎりのところで空を見上げた。灰色の雲は、厚い。
その後ろで、弓士のデインは腰を下ろす。
「待つしかねえべ。作戦会議しようぜ。どうやって目的地まで行くよ?」
エナも、デインの前へ腰を下ろす。デインは広げた地図を指した。
「今多分このへん。だいぶ北寄りな」
「よく地図持ってたな」
「念のためだよ」
本当は一本道を行って、薬草を取って帰るだけの依頼だったのだ。デインは石橋を叩いて渡る性格だった。
「で、この道ダメだったろ。あとで倒木のことは村とギルドに報告するとして、だ…おいおい」
洞窟の奥に目を凝らしていたエナを、デインはじとっと見た。あ、いや、とエナは慌てる。
「違えよ。もぐってみようとか、言わねえよ」
デインは疑いのまなざしを向けたままだったが、すぐに地図へ視線を戻した。そのデインを、エナが呼ぶ。
「なんだ」
不機嫌そうに顔を上げるデイン。エナはまた洞窟の奥に目を凝らしていた。
「いや、なんか、音しなかった?」
「なに?」
“音”の使い手であるミユ族の血も受け継いでいるデインは、耳を澄ました。エナよりは多くを聴き取れるはずだが、雨の音に邪魔されていたかもしれない。
二人はしばらく耳を澄ましていた。エナが、やはり気のせいかと首をかしげたとき、デインは慌てて地図をたたみ始めた。
「やばい。なんか居る。こっち来る。走ってる」
「まじか」
デインが広げてあったマントを装備しなおした。その程度の余裕はまだあるのだと、エナは自分もマントを装備しなおす。
雨は、少しは弱まったものの、まだ止みそうにない。しかし、そんなこと言ってられない。洞窟の奥から何が来るか分からないのだ。二人は外へ駆け出した。
「おい」
エナはデインに呼びかけ、洞窟から少し離れた木立を指した。急いでその木々の後ろに隠れ、怖いもの見たさに、様子を伺う。
息を潜めて数秒、洞窟から誰かが走り出てきた。十分に距離を取るなり振り返って剣を構える。くすんだ緑のマントが翻り、空を切った後ぴたりと構えられた片手剣が、鈍く光った。
それを追って、もう一人――いや、一体、というべきか――洞窟から飛び出した。
人?いや――。
エルフの森にもいる、アラクという蜘蛛と人の間の者と似ている? しかし――。
エナもデインも一瞬目の前のそれが何なのか、理解できなかった。
黒ずんだ長い腕が8本。先に出てきた剣士を求めるように、空を掴み、我先にと伸びる。その腕の間に見え隠れする必死の形相が、二人の目に映った。泣いているのだろうか。待ってぇ、待ってぇ、という哀れな声がデインには聴こえた。バランスを崩しながらも駆け続ける。
あれは、悪魔、なのだろうか…。
エナも、デインも、まだ、遭遇したことはなかった。
腕は、剣士を貫く勢いで伸び、迫る。それを、ゆったりとして見える余裕の動作で、剣士は躊躇なく切り落とした。
腕は、その持ち主は、痛がる様子もなく、剣士に迫る。剣士は、手が届くかどうかというギリギリの距離で切り、かわした。
「《まぶたを閉じた世界 自らだけになった者よ》――」
有名な詠唱が、デインの耳に届いた。悪魔を滅ぼすことが出来る魔法のひとつ、《送る炎》の冒頭。
「あの剣士、《送る炎》使うぞ」
「まじで、魔法使い?」
「か? それか、スペルストラップ持ちか? 詠唱してる」
「あんな戦いながら集中なんて、無理だろ」
「やっぱスペルストラップ持ちだな…」
剣士は、途中まで詠唱していたが、もう少しというところで残っていた腕をかわし損ねた。あ、と思わずエナが言ったときには、ばっさりとそれを切り落としていた。そして距離が縮まった一瞬で、剣士はぱっと屈んで地面を抉り取り、相手の顔に向かって投げつけた。
腕を切られても痛みを感じていない様子だったのに、視界が遮られると、そいつは慌てて、手や、手があった腕で泥をぬぐう。すばやく距離をとった剣士はまた詠唱を始める。
八本腕のそいつはふらふらして向きを変え、剣士を探して小走りに動き回った。目をこする。泥は落ち、血走って潤んだ目が悲しそうだ。
「あ」
デインは顔をひきつらせた。エナも、げ、とデインを見る―――目を合わせてしまった。
(ばっか、どうすんだよ来るだろこれ来るだろ)
(やっべどうすんだよ来るだろ来るよな、やっぱ来るよな?)
八本腕の奴は、ふらふらと、次第に早く、確かにこちらへ走ってくる。
「やべえって、やべえって」
エナは逃げ腰になりながらもとりあえず剣を抜く。デインが逃げようとしないのだから、剣を握るエナに逃げるという選択肢はないのだ。
デインは慌てて矢をつがえる。その顔が情けないなりに必死で、なんて顔だ、とエナは思ったが、そんな場合ではない。多分自分もそんな顔だ――いやとにかく、なんでも、後衛のデインに前を任せるわけにはいかない。
「おまえもうちょっと下がれよ」
矢の前に出るわけにも行かず、エナはそう言いながら半歩前に出ようとしつつもデインにちらちら目線を送った。
デインはとにかく必死に一発目を放った。それから数歩後ずさる。
迫ってくるそいつの勢いは止まらない。当たってないのかとも思えたが、そういえばそもそも、腕を切られても反応がない相手なのだ。
――いややっぱ無理だろ…。
まともに魔法は使えないし、スペルストラップなんて高価なもの持っているはずもない。
逃げろ、という警告が、麻痺した頭の中で鳴り響いていた。
「――《送る炎》」
突如、そいつは炎に包まれた。泣き叫ぶような断末魔が長く続く。よたよたとバランスを崩して、ふたりの目の前で倒れた。魔法の炎は、最後には金色に燃え、おぞましいそいつを灰にし、巻き上げながら共に消えていく。
静かになった。
あとには何も残らない。
呆然とするふたりに、足音が近づいた。あの剣士が歩いてやってきて、固まっているふたりを順に見た。
金髪。緑の眼。腰には剣。全体的に焦げ茶色の革の装備――シンプルなアーマー、ブーツ、膝当て、前腕を守るガーダー。左腕のガーダーはいい装備だ。少なくとも、今のエナやデインには手の届かない代物だとひと目でわかる。所々に、埋め込まれている薄桃色の金属が覗き、そこに施された複雑な装飾が見える。何か魔法の効果がありそうだ。それに、ベルトも。やはり薄桃色の金属が使われている。オリハルコン、だろうか…!?
「無事ですね。注意を引きつけてくれたおかげで魔法を使う隙ができました、ありがとうございます。しかしああいう時はなりふり構わず逃げないと、そのうち死にますよ」
ばっさりと言い切った剣士の男を、ふたりはまだぽかんとしたまま見つめた。
あのおぞましいものを倒した男は、大した感動もなく、安堵もなく、怒りもなく、乾いた冷たさを感じさせた。冷徹なわけではないだろうに。恩人ヒーローの印象がひゅるひゅるとしぼんでいった。
「あんた…あなたも冒険者?」
デインが、すげえ強え、と感動しながらも、この無感情さに戸惑っているのがエナには分かった。エナ自身もそうだったのだから。
いや、と男は否定する。
「僕はただの旅人だよ」
慣れた質問だったのだろう。決まった台詞をさらりと言ったに決まっている。そんな素っ気無さだった。
つまり、冒険者に間違われることをしょっちゅうやっているということだ。しかし百歩譲って冒険者ではないとしても、この装備でただの旅人だなんて、嘘だろう。
「それで、あなたたちは、どうしてこんなレベル不相応な場所に来ているんですか?」
レベル不相応。やはりこの先のダンジョンは、そもそもレベルが違う場所だったのか。
旅人の呆れ気味な口調に、エナは思わず言い返す。
「来たくて来たわけじゃないっすよ。目的地は別にあったんすけど、倒木のせいで通れないから回り道を探してたんです」
デインも頷く。
旅人はひとり、いまいち納得いかないような顔で考えていた。
「…ああ、そうか。村の人からは何も聞いてない?」
エナとデインは顔を見合わせた。
「特には…」
「あー、魔物がいるから、気をつけてって…まあ、そりゃあ」
あえて言ってくれたのは、村人が冒険者ではないからだろうと、そう思っていた。魔物がいるから気をつける、なんて、冒険者にとっては当然なのだ。
「なるほど」
旅人はやっと納得したようだ。
しかしエナとデインはわけがわからない。
「なるほど、って、何かあったんですか?」
デインの問いに旅人は頷いた。
「何か依頼を受けてきたんだろうけど、同時に僕も、別の依頼を受けてたんだ。魔物の討伐。さっきのやつ」
炎と一緒に消えていった、おぞましいあいつ。
「魔物って、そのことを言ったのかもしれないな」
えぇ、とふたり。冗談じゃない。ああいうのは、魔物は魔物でも、もっと言い方があるだろうに!
「あなたたちの依頼は? もう達成した?」
「ああ、俺たちのは…」
言いかけたエナは口をつぐんでデインを見た。依頼も報酬も横取りされることだって、ある――冒険者同士ならば。この旅人は、どうなのだろう。
(でも成り行きとはいえ助けられたしさ)
(下手に隠してまたなんか危険があるよりは、な)
短いアイコンタクトの後、エナは言葉を続けた。
「…俺たちのは、薬草を採ってくるだけっす。本当は一本道の簡単な依頼だったんです」
「その一本道が潰れて、迂回路に選んだのがこの道か…中から回れそう?地図は?」
言われてデインは地図を出す。そういえば雨が止んでいたと、エナはようやく気がついた。
覗き込んだ旅人に、デインが説明する。
「ここが目的地で、こう来て、今このあたりです。だから、こっちに通じてれば…」
「…うん、そっちに行く道もあったな」
「あったんですか!?」
「あったんすか!?」
「うん」
声を揃えたふたりに、旅人はあっさり頷いた。そして当然のように続ける。
「行ってみる? この距離なら、何日もかかるようなことはないだろうし」
「あ…えーと」
エナは困った。デインも困ってエナに視線を送った。
(この人、付いてくる流れ?)
(そんな感じだよなー…)
(たしかに俺たちだけでダンジョン潜るのはまずそうだけど…)
手伝ってくれるというなら申し訳ないし、依頼を横取りしようとしているならそうはさせたくない。
そんなふたりのことを見透かして、旅人は、あのね、と切り出した。そこからは立て板に水だ。
「まず、あなたたちふたりで行くのは危険だ。さっきのようなやつがもういないなんて保証はない。それに、取りに行くものが薬草ということは、そこそこ急ぎの依頼かもしれない。薬なんだから。なんにせよ必要なものだ。簡単な依頼とはいえ確実に達成しないといけない。
それから、どうせ僕はまだダンジョンに潜る。ちょうど片方の道を探索したところだから、もう一方の、あなたたちが目指す方の道も、見ておきたい。ハズレならハズレでいい、ハズレだということが確実になるんだから」
あと、と旅人は付け足した。
「報酬は、魔物討伐の報酬を貰うから。薬草採取の報酬は一切いらない」
疑うような顔で聞いていたデインが、その付け足しで表情を変えた。「あ、いいの?」と言わんばかりだ。絶対報酬取られる、そう思っていたことがダダ漏れだ。
旅人は、多分、いや絶対、気がついていたはずだが、全くそんな素振りは見せなかった。
「僕は、僕の受けた依頼を完遂するついでに付いていくだけだから」
そして初めて、ちらりと微笑んだ――が、愛想笑いに見えた。
「僕は、リーフ。短い間だけど、よろしく」
まだ付いてきてくれって言ってないけど…エナはちらりと思ったが、もう断る気は失せていた。悪い人ではないと思う。
ただ、気になるのは…全然”見えない”人だということだ。
*
結局、リーフという旅人と共にダンジョンへ潜り、結果、薬草も手に入れて、村へ帰還した。簡単だったはずの依頼は、ちょっと問題が起こっただけなのに、二人では解決できなかった。
薬草を村長に手渡して、報酬を受け取って、エナとデインの依頼は終わった。
村長の家を出て、さあ次の依頼でも探しに、クロスローズにでも行こう。馬車の護衛があればそこで小銭を稼ぎながら――…というのが普通の流れだった。
飴色のテーブル。隣の部屋に干されている薬草類の独特な香り。
「このところ、暴風が多いようですね」
とっくに魔物退治の話は済んでいたが、席を立とうとしなかったリーフがそう口にした。
ミユ族とヒューマン族のハーフだという村長は、神妙な面持ちで頷いた。少しとがって普通より一回り大きい耳は、ミユ族の特徴だ。木彫りの、切れ目のない指輪をした村長の指は、歳の割に長くてきれいだ。ヒューマンもミユも、年を取ると髪の色が変わることがあるが、村長の淡い金髪はおそらく元々だろう。まだ白い髪になるには早い。
リーフと、村長は、お互い黙ったままでいた。まるで、何時間も共通の悩みを語り合ったふたりが、なにかを通じ合わせながらそうするように。何秒も過ぎて、不意に村長がたずねる。
「やはり冒険者に、それも、精霊に詳しい方に依頼を出すべきでしょうか」
やわらかな彼女の声に、リーフはうなずく。
「そうですね」
何かエナたちに分からない前提の知識をもって話を進める二人。精霊? 暴風が多いですね、と来て、いきなり精霊や冒険者?精霊に詳しい冒険者って、かなりレベル高い奴じゃねえのか、と、エナはやっとそれだけ思う。エナとデインはただやりとりを見つめる。初心者冒険者の性だろうか、なんだか大きそうな話に内心少しわくわくする。
「念のため、レベルは高めに指定しておいたほうがいいかもしれません。それに、ソロ…個人ではなく、パーティがいいでしょう。詳細と、カリスタさんが感じた違和感も記して依頼を出せば、ギルドも納得するのではないでしょうか」
村長、カリスタはリーフの言葉に小さく頷きながら聞く。言葉が終わったあと、何か逡巡して口を開いた。
「お詳しいのですね」
感謝の含まれた、穏やかな声だった。
リーフも、つられてか、ふっと笑う。…愛想笑いではない。
「ただの旅人です。とはいえ、冒険者たちと共闘する機会も多いほうですから。詳しくもなります」
「あなたのお知り合いには、適任者はいませんか?あなたの紹介ならば、安心して任せることができます」
リーフが考える番だった。おそらく、何人かの顔は浮かんだ――エナには、そんな沈黙に感じられた。
「残念ながら――…いや」
リーフは訂正した。
「いるには、いると思います。しかし、僕が、誰が適任なのかわからないんです。魔法には詳しくないもので。それに、連絡が取れません。僕も、彼らも、ほとんどが根無し草ですから。ギルドに任せるのが一番だと思いますよ」
カリスタは少し残念そうに、しかし納得した様子で頷く。
「分かりました。ご助言、感謝致します。
依頼を出してから冒険者の方がいらっしゃるまで、何日かかかりますね」
「ええ、そうですね。高レベル者への依頼となると、誰にでも頼める依頼に比べて時間がかかるでしょう」
「しばらく滞在して下さいませんか?」
「構いませんよ」
問いも直球なら答えも早かった。すごい自信だ、とエナは驚く。そして直ぐに、違った、と考え直した。リーフに奢りの気配はない。自信、それもあるだろう。だがそれよりも…責任、というものだろうか。”完遂”と言ったリーフの声が脳裏に蘇る。
この人は、とエナは思った――この人は、多分いつでも、どこまでも真面目で全力なのだろう、と。だから即答できるのだ。
リーフは付け加えた。
「畑仕事や掃除などをお手伝いさせて頂けませんか?」
「そんなことなさらなくても、宿とお食事くらいは提供させてもらいますよ。ご安心下さい、旅人さん」
「いえ、…ありがとうございます。でも、日中手持ち無沙汰になってしまいます。せっかくの縁ですから、お邪魔でなければ、是非」
ふふ、とカリスタは上品に笑った。
「助かります」
話が決まった。リーフ、この剣士は、まだ村に残るようだ。
「あの! それ、俺も、一緒に、ダメですか?」
咄嗟に、機を逃すまいと、エナの口から言葉が急ぎ飛び出した。
デインは驚きながらエナを見る。デインに構っている余裕はなかった。
まったく見えないこの人は、リーフという旅人は、そこらの冒険者よりもずっと誠実に思われた。強くて誠実な剣士。
そう、強い。あの魔物との戦い、閃く剣、ばっさりと、あまりに軽々と切り落とした…あの一瞬の光景がエナの脳裏にあった。エナの体格は、冒険者になる前に基礎を教えてくれた人よりも、父親よりも、リーフのほうに近い。リーフはそんなに、背は高くないし、がっしり厚い体格でもない。なにかやり方を、学べる気がする。
「何かあっても俺は報酬とかいらないので! 宿代と食事代を、労働で返させてもらえたら助かります。その分働きます! 色んな手伝いだったら力になれると思います!
それで、リーフさん、もし良かったら、滞在する間、戦い方を見てもらえませんか?」
え、と声に出そうな表情だった。リーフが意外そうにしたこと自体が、エナにとっては意外だった。何度かこういうことを言われた経験、あるだろうに…ないのか?
「ああ、僕でいいなら…教えるなんてできないから、勝手に盗んでくれるなら」
おっし! 内心叫んだ。
「ありが…」あ、違う。
エナはカリスタを見やる。お願いする前に、カリスタは頷いた。
「構いませんよ。この機会をしっかり活かしてください」
ああ、すげえ、この人もしかして元冒険者なのかな。そんなことをちらりと思いながら、エナはお礼を言った。
*
「じゃ、俺は戻るわ」
村長の家を出て、デインはあっさり片手を挙げてみせた。もう、次の依頼の予定があったのだ。ここに来る前からわかっていたことだ。
「勝手なことして悪い」
「いんや? もう依頼は終わったんだから。勝手も何もないべ」
「そっか」
この依頼限りの臨時パーティだ。元々そのつもりで来ていた。現地解散、とは決めていなかったが。
「また縁があるだろ。そんときゃよろしく」
「ああ。またな。気をつけてな」
デインは今から戻って、新しくパーティを組んでみるらしい。
いい出会いだといいな…去りゆく背中を見ながら、エナはそっと思った。
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