旋風 Ⅱ.スーラ
簡単に応えてきた期待。つまずいたとき、それは重荷になった。
ふとした出会いで踏み込んだ道、いつのまにか重荷は消える。@1505~1510頃
( Ⅰ / Ⅱ / Ⅲ / Ⅳ / Ⅴ )
大河の源流、そのひとつ。泉を囲むエルフの里。
深い緑。空を隠す枝葉は高くにあり、淡い木漏れ日が微かに揺れる。
はじまりの樹の分身とも言われる“母の樹”、そこから生まれる種族のうち、フェアリーたちと、一人のアラク、六人のパンが、エルフと共にそこで暮らしていた。
スーラは15の頃から冒険者を志した。
スーラの固有精霊イシュカ《海に還る水》は、大精霊ほどではないが、かなり上位と言える精霊だ。幼い頃からイシュカと触れ合い、スーラは水属性を主力に、魔法使いとしての頭角を現していた。
期待されていた。それに応えるのは苦ではなく、喜ばれると嬉しかった。
理由はそれだけだった。いつしか師匠に憧れて、魔物や悪魔から人を守る仕事がしたいと思った。それが、冒険者だった。
かわいい子には旅をさせよ、両親も周囲もそういう性格だった。スーラも、少し寂しく思いつつも、役立つ人物になって戻ってこようと思った。
そうしてスーラは、師匠や、他数人の冒険者志望者と一緒に、故郷を出て『北』へやって来たのだった。ヒトの冒険者試験にはもちろん受かった。
4年もすると、仲間たちはそれぞれ、故郷に戻ったり、さらに修行を積んだり、行く道を決め、別れていった。
スーラは伸び悩んでいた。
冒険者資格を取得してもうすぐ5年。レベルは40台。低くも高くもないが、問題はレベルではなかった。
スーラは回復魔法や補助・防御魔法を主に扱う、後衛だった。個人では戦えないクラスだ。ましてレベル40程度では、こなせる依頼は知れている。前衛のいるパーティと組むしかない。
ところが、スーラはそのパーティプレイが苦手なのだった。嫌なわけではない。向いていない、と感じていた。
スーラは第一印象で大体その人物をつかんでしまう。幼い頃からそうなのだ。
それでも、大抵の人とは仲良くできる。ただ、合わない、と直感すると、もう駄目なのだ。スーラはあっさりとその繋がりを放棄する――それがまだパーティの仲間であったとしても。繋がろうとしても、繋がらないと分かりきっているからだ。
そしてその合わない相手は、なぜか大抵魔法使いや後衛なのだ。すると、息が合わなくなる。合わせようという気も失せている。仕方なく合わせることもある。
スーラに言わせれば、合わない魔法使いたちは奢りがすぎるのだ。“してあげてる”オーラが出ている。目線が上すぎる。それに付き合ってあげられるほど、スーラは大人ではなかった。
魔法使いが複数いるとき、息が合わないのは大問題だ。いわゆる魔法の素であるマナには限りがあり、周囲のそれを一人が使い切っている状態だと、他の魔法使いは思うように魔法が使えないのだ。
スーラと、スーラの精霊イシュカは強かった。強いから、合わせる気がないときは、他の魔法使いの予想を超えてマナを扱った。そんなことをすれば特に魔法使いから嫌われて当然だ。
その気配も察して、スーラはパーティプレイを避けたがった。
(まったく、面倒だな…)
パーティプレイも、アシスターという役割も。色々。
5年目にはスーラもとりあえず独立してみた。いつまでも師匠にくっついていては格好がつかないからだ。マナの冒険者資格も取得した。基礎だけは習っていた剣も握って、ソロで依頼をこなせるようにもなった。
特に何がしたいというわけでもなく、たまに故郷のことを思い出しながら、冒険者として過ごした。もう帰ろうかな、なんて言って帰ればいいんだろう…そんなことも考えた。どこかの村で治療師になることも考えたが、結局、人付き合いが苦手なのだから、何も変わらない。
あるとき、公募の魔物討伐の張り紙を見つけた。ギルドの掲示板の前、スーラは依頼・公募内容を読む。
それほど急を要さない、むしろ冒険者側に経験をさせるという主旨を感じる依頼だ。その意図を感じ取り、若干不満に思ったが、背に腹は変えられない。冒険者として稼げないなら、飲食店とか、物運びの手伝いとか、そういうバイトをしなければならなくなる。これまでも多少はしてきたが、飽くまで冒険者が主軸だ。
(まあ、いいでしょ、冒険者主体のやつだってたまには。レベル30以上か…その割に、けっこういい報酬だなぁ)
何気なく主催者の欄に目をやると、この数年で何度か聞いた名前があった。
アルル。
無所属の魔法使い。
スーラは気持ちが高揚するのが分かった。
アルルとは、二回くらいだろうか、パーティを組んだことがある。第一印象から、何か裏があると感じていたが、その通りだった。
ふんわり天然系のようで、さっぱりバッサリした性格。上から目線の女王様気質かと思いきや、行動に思いやりがある――まあ、ちょっと女王様気質なのは否定できない。ともかく、なかなか、好きなタイプの人物だ。
最初のときはアシスターの役割で参加していたが、攻撃魔法でのサポートが的確だった。その次一緒になったときは、アタッカーをしていた。本業がどっちなのか分からないが、いずれにしても力を出し切っていない様子だった。
(決まり決まり! って人数制限…)
「7人まで…!?」
スーラは慌てて、張り紙を取って、人の間を縫って窓口へ走った。
「これ!! あの! まだ募集してますか!?」
思わず口走ったスーラに、窓口の職員は冷静だ。スーラが叩きつけるように置いた紙を、とんとん、と指差した。
「ここね、募集期間。まだ大丈夫ですよ。採用不採用はアルルさんが決めるので、保障はできませんけれどね」
「お願いします!」
その後3日間、採用通知が届くまでの間、魔法屋手伝いのバイトをしながら、久しぶりの緊張を味わった。そして3日後、スーラは思わず歓声を上げたのだった。
*
「回復術士のスーラ…何度かご一緒しましたね」
アルルは相変わらず、ふわりと笑った。
「覚えていてくれたんですね!」
嬉しそうなスーラに、アルルもにっこり。
「独特な雰囲気をまとっていらしたから、印象に残っていました。今回は、ひとまずアシスターをお願いしますわ。しかし――」
妙な言い方をして、さらにアルルは加えた。
「可能なら、“大砲”をやってくださっても構いません。ただし、周囲をよく見て撃ってくださいね」
え、とスーラ。初めて言われた。“大砲”というのはつまり、後方から大魔法を放つ魔法使いだ。アシスターではなく、アタッカー。回復術士であるスーラに、そんなことを頼む人は今までいなかった。
思わず、スーラは口走った。
「“大砲”より、前衛魔法使いのほうがやりやすいです。ソロのときは結構前衛やってるんです。パーティプレイで前衛経験ないんで、ちょっとアレかもしれないけど…」
言ってから、わがままを言い過ぎた、とスーラは口をつぐんだ。しまった。せっかくアルルとのパーティプレイなのに、早速溝を作った。
ところが、スーラの思いに反して、アルルはうなずいた。
「そうですか。では、状況を見て可能なら前衛もお願いします。スーラさんは魔法の威力が無駄に高いことが多い印象ですから、アシストが間に合わない場合だけ後衛に回って頂いた方がいいかもしれないと、私も思っていたのですよ」
やったという喜びや、大丈夫だったという安心感よりもまず、「化けの皮がはがれた」と思った。
(さらりと「無駄に」って言った、今)
さっぱりしすぎて、スーラは何も反抗する言葉を思いつかず、そんな思いもないまま、素直にうなずいた。アルルはさらに続けた。
「前衛魔法使いの見本なら、そこにいますから、参考になさってくださいな」
アルルは、別の冒険者と話していた男を示した。なんとも、見た目からして後衛、魔法使い、という感じの男だ。
「あの人ですか?」
「あの人です」
「あの、金髪の男の方ですけど」
「ええ、その人です」
「より後衛っぽい雰囲気のほうですよね?」
「そうです」
三度見して、手で示しても、アルルの応えは変わらなかったので、スーラは納得いかないまま頷いた。
(前衛…? アシスターの間違いじゃないのか…多分あれよりは強いんじゃないかな、私…)
依頼は、特に急ぎではない魔物討伐…というか、雑魚掃除だ。大してしんどくはない。フィールドも、屋外でそこそこ見晴らしがいいし、進行は牛歩。少なくとも、前半戦、スーラは前に出ることも無く、定期的な補助魔法の使用以外はあまりやることがなかった。
そこからだ。というか、それまでは多分、ただの試験だったのだ。
パーティを分けた。アルルと、その後衛らしき前衛の男は、スーラと同じパーティになった。意図的にそうしてくれたのだろう。
「スーラ、前衛をお願いします。補助魔法はひとまず自分のことだけ考えていて下さい」
スーラにはそう指示を飛ばし、アルルはそれまでと同じく後衛の配置だ。
「よろしく」
改めて、後衛風の前衛男がスーラに挨拶した。名前なんだっけ、という内心の呟きは、笑顔の仮面で隠す。
「こちらこそ、よろしく」
前衛は、その男とスーラ。後衛は、弓使いと、アタッカー寄りの魔法使いアルル。
スーラはハーフソードを握って前衛として振舞うこととなった。前衛として初めての、パーティプレイ。
後衛風の前衛男は、穏やかにスーラへ話しかけた。
「補助魔法の継続は、アルルや俺に任せてもらっても大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。出来てなさそうだったらお願いします」
初めての前衛だと申告したから、思いやってくれたのだ。出来るけどね、という余計な一言は言わない。
さていよいよ掃除を再開しようか、というとき、予想外のことが起こった。
「アルル、まずいことになった」
主催側の一人、ミユ族の男が遠くからアルルを呼んだ。遠くにも関わらず、その低い声が間近で聞こえる…音使いの技だ。
その声に続いて、急に騒がしくなる。
振り返ると、どこから湧いて出たのか、大量の魔物。先導してしまいながら、一人の冒険者が逃げてくる。
スーラは魔物の多さと、その勝手な冒険者に眉をひそめた。
(なにしてくれたんだ、まったく…)
振り返ったアルルは、表情すら変えずにこう言った。
「五十ほどね。ケイン、最前線で誘導を」
「了解」
ケインと呼ばれ、例の前衛男が前へ駆ける。アルルはさらに、声を張った。
「一掃しましょう」
アルルの言葉に驚いたのはスーラだけではない。
魔物は、トカゲのような姿で、大きさは小さくても一メートルはある。それが、五十匹ほど迫ってくるのだ。こちらは10人。ようやく中級者にさしかかろうとする冒険者たちは、それを一掃するなんて、――やらざるを得ないが――できるのか疑ってしまう。
先ほどのミユ族の声が再び聴こえた。
「ケインに続け。ただしケインより前へ出てはいけない、巻き添えを食らうぞ。アシスターは補助を最小限に。攻撃や防御も出来るだけ武器防具で行ってくれ。しかし当然だが自分の身を最優先にな」
よく耳に入ってくる低音。指示を理解した冒険者たちがすぐに動き始める。信じられない、と一度は思ったものの、落ち着いた指示の声と、魔物にまったく動じていないアルルがあったからだ。
スーラはアルルを背に、魔物へ向き直って剣を抜いた。そして目を見張った。
最前線へ、と指示を受けた後衛風前衛男、もとい、ケイン。いまや、魔物をおびきよせてしまった哀れな冒険者に代わって一番魔物に近いところにいた。スーラが振り返ったとき、ケインは拳を振り上げていた。
低い姿勢。数秒後には魔物の爪が届くだろう。拳を地面に向けて、力を込めて押し出すように放った。
ズ、バン、と地面が震え、鋭く隆起した。魔物たちを囲むように突き出し、狭く追いやる。魔物たちは一時混乱したが、進めるほうへ、冒険者たちへ襲いかかろうと、突進を続けた――ケインが作った道の通りに。
「う、わぁ~、反則…!」
思わず声を出してから、スーラは気を引き締めた。道が作られて戦いやすくなったが、魔物の数はほとんど変わらない。道の出口にあたるところには、術者のケインがいる。土煙の中、すぐにでも戦い始めるはずだ。
スーラは魔物を迎え撃つために土煙の中へ走った。Lv49。今いるメンバーの中ではどちらかといえば高い。ケインの魔法に驚いて動けないでいるのは、Lv30代の冒険者だろう。
(パーティプレイは苦手だけど、伊達に経験値積んでないからね)
そう自分を鼓舞し、ケインと並ぶと剣を振るった。
他の前衛たちも加わり、乱戦状態に近くなる。しかし、どうしてか、やけに、余裕があった。
道のおかげで食い止めやすいとはいえ、今、前に出ているのは5人。あとの5人は後衛だ。
(ああ、そうか…)
後衛の援護が上手いのだ。補助魔法は、アルルではない冒険者がやっていくれている。スーラと同じように募集された冒険者だ。
そして、アルルの援護。時折どこかで、バチ、バシ、という音がする。スーラは少しして気がついたが、雷の攻撃魔法でこまめに援護されているのだ。
(すっご…威力間違えたら大惨事なのに…)
スーラは思わずちらちらとアルルに目をやった。どうやったら、どんなに集中したら、こんな細やかな攻撃魔法で援護ができるんだ?
アルルは時折なにかをつぶやきながら、ほとんど瞬きなしで戦場に目を走らせていた。指先はうろうろと、攻撃対象が変わるのに伴って狙いを変える。
そのアルルの周囲では、ミユ族の男が両刃の剣を握っていた。乱戦から抜けてアルルを狙った魔物をことごとく切り伏せる。
そういえば剣も帯びてたな、とスーラは思い出す。ミユ族の男は、ミユ族らしく見栄えを重視した服を着ていた。コートのように長い、だが厚くなく、風にほどよくなびく上着、その下に剣が見え隠れしていた。
(無茶苦茶だな…)
なんという主催メンバーだ。
逡巡したとき、ふっと背後の殺気に気がついた――反応が遅れた。
やば、と振り返るのと、岩の拳が魔物を吹っ飛ばすのとは同時だった。ケインの攻撃だ。片手に岩を纏うようにして、そのまま魔物を殴り飛ばしたのだ。
「後ろは気にしなくていい」
それだけ言って戦闘に戻る。スーラも応じる間もなく、アルルの半端ではない技術についてはとりあえず考えるのを止めて、目の前の魔物に集中した。
*
思わぬ大討伐があったものの、予定通りに雑魚掃除を済ませて依頼主である街魔法使いからの報酬取り分を受け取り、冒険者たちは解散した。
「アルルさん」
スーラは高揚した気持ちが微かに滲んでいることを自覚した。
冒険者たちが立ち去るか立ち去らないか、スーラはアルルを呼ぶ。アルルは魔法使いっぽいのに前衛のケインと、それにミユ族の、レイフという名前らしい男となにやら言葉を交わしていた。
「ひょっとして、同盟とか作る予定がありますか?」
アルルは微笑んだ。先程までのパーティプレイ中のふんわりした笑顔ではなくて、どこか冷めた印象の笑み。
「あぁ、丁度いいわ。スーラさん、こちらからお話しようと思っていましたの」
え、と、スーラは胸が高鳴った。アルルが再度口を開くのを見守る。
「あなたはお強い。しかし個人で戦える相手には限界があります、どうしても。しかしパーティプレイならば限界など取り払えます。やり方と、メンバー次第で」
そこでアルルはほんのひと呼吸置いた。
「あなたのおっしゃる通り、私は同盟を作ります。少数精鋭、必要に応じて今回のように大規模にも化ける同盟を。行えることの限界を取り払い、私が、私たちが信じる方法で悪魔を、魔物を、討伐するのです。個人を助けるために小回りも効き、多くの人を苦しめる元凶を断つ力ももつ。
私の同盟に来ないかしら? スーラ」
アルルがふんわり笑顔の優しい声の美女? いや違う。今、スーラの目の前で、アルルは不敵な笑みを浮かべている。来ないかしら、だなんて言っているが、もうここまでで勧誘が成功していることを分かっている。ふっとスーラは笑った。
「ついてくよ、ロード・アルル」
にこり、とアルル。
「ではその前に少しここまでのことで言わせてくださいね。
パーティメンバーはあなたのために集めるものではなく、目的を果たすために集めているのだから、合う合わないはあれど、だからといってあまりに勝手をするなら当然メンバーから外すわ。あなたとても強いのだから、そうと自覚して力を扱いきらないと、本当に強いとは言えないわよ。いつか身を滅ぼしてしまう前に私やケインから魔法のコントロールを盗んで頂戴ね。回復術士スーラ、いざというときマナが足りないという事態がいかに深刻か、理解なさっているでしょう?
それから、そのこと以前の問題だけれど。人付き合いは苦手かしら? 私も苦手だからそう感じたのだけれど。
あなたは自分の世界を変えることができる。でも、あなただけで世界を成り立たせることはできない。
無理しなくっていいのよ。少しだけ、分かり合える人がいれば。あとはそれなりにやってればいいのよ。それなりに、思いやりをもって、ね」
立て板に水だった。清々しいが、なかなかのメッタ刺しだ。スーラは頷いて聞くことしかできなかった。最後で少し救われたが。
「そ、そう…それなりにで、いい、かな…」
「…あなた、それがいけないことだと思っていない?」
「え?」
「みんな仲良くなんて、出来るわけないじゃない。それでもそれなりにやっていくのよ。そんなものよ。その辺、少し大人になりなさいな」
そしてアルルは、ふんわりでもなく、冷めたふうでもなく、微笑んだ。それは他人行儀なものではなくて、スーラが見た中で一番素直な笑顔だった。
「よろしく、スーラ。私は身内にはなんでも言ってしまうから、私との関係を壊してやるくらいの気持ちで言い返してもらってかまわないわ。あなたが思うことなら聴くから、言って頂戴」
スーラは、どこから言おうか迷って、こう言った。
「アルルって、本当に人付き合い苦手なんだね」
「理解してくれたようで嬉しいわ」
「私も」
よくわからない脱力感を覚えながら、心の底でこの人に対する尊敬と信頼が輝いた。
友達になれる気がした。そして、それ以外の人とそれなりに合わせるだけで、この友達の同盟を形に出来るのなら、悪くないと思った。
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