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R・E・Asterisk -Ⅱ.探求の都市

     

 

REAsteriskⅡ( 1 / 2 / 3 ) Ⅲ.家出魔法使い へ

 

 *

 

 ニオの助言に従ってアスクの街を歩いたが、レンとエナの手がかりはなかった。アースは知る由も無いが、この時レンたちはオルトと一緒に薬草採りに行っていて、シトールイの村にいたのだ。

 仕方ないので一泊しようと、宿屋をたずねた。

 宿屋のへの泊まり方は知っていた。アンバー村には小さな宿屋がある。村の人と話すのは好きだったし、宿屋の手伝いもしたことがあった。洞窟のエルフは普通そんなことしないが、アースは、故郷は好きでも、その中で感じる視線や囁き声は嫌だったのだ。

もっているお小遣いが、宿屋に一泊してご飯は食べられる程度であることは分かっていた。ただし、アンバー村での場合だ。値段をきいて、気がついた――場所が違うと値段が違うのだ、と。確かに当然そうだろう、場所が違えば人も物も出来ることも違うだろう。アースは焦りよりも、発見に納得して、頷いた。

 怪訝そうにしている宿屋の受けつけの青年に、アースはお願いしてみることにした。

「私、お金が足りませんでした。何かお手伝いすることで足りない分の代わりにできませんか?」

「はあ?」

 やや面倒臭そうに言われて、アースは諦める心構えをもった。しかし青年は、やや迷った後、周りにさっと視線を走らせて、声を低くした。

「何が出来るんだ? 皿洗いと、洗濯くらいはさっさとやれるのか?」

「! できます!」

「一泊だけだぞ。使えなかったら追い出すしかない」

「はい」

「普通はこんなことしないからな、覚えておけ」

「……ありがとうございます。どうして、」

「リディア、おおい」

 アースの疑問を遮って、青年が呼びながら、カウンターの後ろにあったドアを開けた。

「ファラの友人なんだ、手伝いで一泊させてやってくれ」

 はあ? という呆れ声と共に、小柄で背筋のぴんと伸びたヒューマン族の女性が出てきた。臙脂色のエプロンのポケットに、花形の当て布があるのを、アースは目ざとく見つけた。可愛い。

「まーた、妹に甘いんだから」

「るせえ、悪いか」

「はいはい。ファラちゃんにエルフの友達いたの? 掃除洗濯皿洗いくらいは出来るんでしょうね?」

「はい!」

 アースは、仏頂面をしている“ファラのお兄さん”と、リディアという人に真っすぐ向いて、

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

「しょうがないね、おいで、名前は?」

 あ、と、アースは一度言いよどんだ――アースという呼び名が嫌なら、ここで、他の名前にしちゃえば……?

 しかしいざとなると、咄嗟には思いつかず、結局、「アースといいます」と告げた。

 アースが借りる小さな個室に、小さな鞄と弓矢を置いて鍵を閉め、早速仕事が始まった。リディアは意外にも、面倒な様子をみせずに、簡潔に仕事を教えてくれた。アースでも出来る単純なことを割り振る。夕方まで仕事をするその間に、いつの間にかアースは「アースちゃん」と呼ばれるようになっていた。

 少ない従業員がまかないを囲むテーブルに、呼ばれるままに座りながら、その日何度目か数えられないありがとうを口にした。

 まかないの後、アースは少し心苦しくなって、リディアに告げた。

「私、妹さんの友達じゃないんです」

「うん。そうだろうと思ってたから、だいじょぶよ。あの妹バカ、アースちゃんくらいの、ちょっと危なっかしい子、放っておけないのよ。兄っていうのは、ああいうのばっかなのかもね」

 そうだったんですね、と、アースはほっとした。

「リディアさんも、お兄さんがいるんですか?」

「兄貴がふたり。煩くてかなわなかったわ」

 短くて他愛もない会話の最後に、おやすみなさいと言い合って、アースは知らない部屋の知らないベッドで横になった。さっきまでの、リディアとの会話や、レンとエナを探すことや、ニオのことを考えていたが、やがて、まどろみの中でちらと、静かだな、と思った。故郷の外の、人のぬくもりは嬉しかったが、静かになると途端に、部屋も町も、アースという見知らぬ訪問者を観察してくるようだった。

 早朝になんとなく起きて身支度まで整えて出ると、もうリディアが仕事を始めていて、手伝いはじめるとほっとした。朝食と、片付けまで手伝って、それからお礼を言って、エプロンの花形当て布が可愛いと思ったことを伝えて、宿を出た。

 

 そういえば、レンたちに会ってどうするのかなんて、考えていなかった。会ったらどうしよう、何と言おう、用事もないけれど、と、考え始めた矢先、レンとエナを見つけた。

《転移先》魔法陣のある建物の近くで、あ、と言えば、まだ距離があるのにレンがすぐ気付いて、ぱっと笑ってくれた。

 アースはやっとこの街に居場所を見つけて心が馴染んだ気がした。

 

 *

 

 街はずれのドーム型の建物は、《転移先》の魔法陣を保護するためだけにある。そこへ着くかどうかというところで、レンは知った女の子を見つけた。

「アース?」

 先日の依頼で出会ったエルフ族だ。時の洞窟、アンバー村。冒険者の同盟『旋風』のメンバーと共闘し、悪魔をひとつ倒した、あの出来事の後、アースには会えないままだった。

 レンは思わずぱっと笑って手を振ると、アースもほっと笑って駆け寄ってきた。ハーフアップにした長い金髪が踊る。空色のワンピースのような服と、茶色のベルト、所々木のビーズの装飾があった。弓矢と、ふくらんだ腰のポシェット。こんにちは、と律儀にオルト、そしてフランツに挨拶をするアースに、レンは待ちきれず尋ねた。

「なんでここに? 一人で来たの?」

「ううん。ニオと、宿の人がいっぱい助けてくれた。レンとエナと一緒に行ってみたくて、来たの。用事や、言いたいことが、あるわけじゃないの。ただ一緒に行ってみてもいい?」

「いいよ、いいよな? せっかく来てくれたんだから!」

 と、レンはエナを振り返る。

「一緒に行くっていっても、どっか観光するわけじゃねえし…それに、今から行くところは…」

 エナが言いよどむと、フランツが、問題ない、と頷いた。

「未知の世界に目を輝かせる少年少女は、未来の同僚たりえる。きみの時間さえあるのなら、一緒に行こう!」

 アースは顔を輝かせた。

「ありがとうございます!」

 こうして5人という、レンとエナが思うよりもずっと大所帯となって、ラーヴィのもとへ向かうこととなった。

 

「そういえば、ニオも、レンたちを探してたよ」

「…ニオ?」

「友達じゃないの?」

 レンが首をかしげてエナを見る。エナも知らないと首を振る。

「…知らないと、思うけど…別の名前を使ってるのかな…?」

 名乗る名前は普通、真名ではない。レンの真名だって「レン」とは全く関係名前だ。とはいえ、レンだって、「レン」の名前を安易に変えたりしない。ややこしいし、変える必要がないからだ。

「そっか…? でも、アスクまでは一緒に来たから、きっとすぐ会えるよね」

 

 アースの予想は、外れることとなった。

 

 *

 大地を抉ってその身を成した、台形の建造物。所々がふと乖離して宙に浮いては、また別の場所へ組み変わっていく。調査が繰り返されているが、マナを使用し続けること以外は何も害は見つかっていない。

「さてと、ここからが難しいぞ」

 ゆるやかに窪んだ大地の真ん中、建造物の前まできて、フランツがそれを見上げた。同じようにしながらエナが尋ねる。

「“再構築の構造物”の中に、ラボがあるんですか…?」

 ほう、とフランツ。

「これの通称を知ってるんだな。冒険者にはこの関連の依頼もよく出るのか?」

「いや、一回だけ、調査依頼を受けたことがあるだけです」

「なるほど、話が早い! ではレンくんとアースくんのために解説しよう。こいつは高度な魔法陣を用いた、半永久的に循環する魔法のかかった構造物だ。何年前からか存在が確認されはじめた。人為的なものではないかと言われているが、だれが何のために創造したのかはわかっていない…そうだレンくんその通り、つまりこいつの周囲は常にマナが使われているため、見かけ上のマナが少ない!」

 目を輝かせてうずうずしていたレンが大きく頷いた。

「外壁はもちろん、内部もまた破壊と再生を繰り返し続けている…この魔法に巻き込まれると、もれなくバラけて死ぬ! ついでにラーヴィはこの魔法の間を縫ってさまざまなお茶目な魔法を仕掛けている。そういうわけで、ラボにたどり着こうと思う者はまず居ないため、俺たちがラーヴィを独占できるというわけだ!」

 レンの表情が陰っていった。さすがに、魔法への興味よりは命の危機が上回る。アースもやや戸惑ったようだ。エナが、うーん、と考えた。

「フランツさんについて行ったら大丈夫ですね?」

「任せとけ! あいつの罠は愉快なものしかないから、再構築に巻き込まれなければ大丈夫だ。再構築の周期はなんとなく知ってる」

 やや腰の引けたふたりの少し後ろで、

「オレも一緒に行くー!」

 オルトが楽しそうに手をあげた。

 建造物に扉は無く、黒っぽい土色はそのままに、靴の底にやわらかく当たっていた地面が、ある一歩を境に石の硬さになった。マナの少なさを実感しはじめたレンが、

「あ…これ…何かあっても、何もできないかも…」

 と、ぼそぼそ呟いた。フランツは余裕の表情で、

「俺がいくらかマナの石をもってるから、任せてくれて構わない。しっかりついてきてくれ!」

 中は、窓も無いのに暗闇ではなかった。壁の所々に、宿屋でもよく使われる、灯りの魔法陣が彫られていて、ぼわりと発光していた。通路は四角く均一で、うっかりするとすぐに迷ってしまいそうだ。

 走っては止まり、歩き、再構築の魔法を避けながら――事前の、内容のわりに軽かった話し方とは裏腹に――慎重に、着実に進み、階段をのぼった。

「あれ、行き止まりだな」

 角を曲がって見えた壁。フランツは、ふーん、と顎を撫でた。

「何かあるよ」

 と、アースは興味津々に壁の方を見ている。ああ、本当だ、と壁に歩み寄りながらフランツ。

 近づいてみれば、丸い突起物が壁についていた。いかにも“押してくれ”と言わんばかりの、まんまるで平らな、大きめのコインほどのもの。

「押す?」

「押してみていい?」

 オルトとアースがほぼ同時に言う。フランツは大きく頷いた。

「悪いようにはされないだろう。押そう!」

 大丈夫かな、とレンがエナに小声できくが、エナも肩をすくめるしかない。

 どう押すか話し合っていたオルトとアースが、結局ふたりで一緒に指を出して、せーの、と合図する…カチリ。

 カタンッ、と、床が下向きに開いた。急に落下しはじめた体。誰の声だかが、え、うわ、きゃあ、と聞こえた。暗闇の中を数秒間落ちた。

 薄い灯が近づいたかと思うと、どぶん、と、鈍く柔らかい音と感触がして、柔らかい何かに受け止められた。

「うわあ、びっくりしたね」

 少し遅れて、翼に変化させた両腕をバサバサ羽搏きながらオルトが降りてきた。腰にアースがしがみついている…えぇすっげー、とレンが呟いた。

 どちらに進んでも行き止まりの通路のような、長方形の空間の床半分を、ぽよんぽよんした何かが占めていた。レンたちが動くと半透明のそれも波打つ。苦労しながら、エナとレンがなんとか滑り降りる。オルトとアースは最初から普通の床におりて、後の3人を応援していた。

「おおい、手伝ってくれぇ」

 フランツがまだぽよぽよしてほとんど進めていない。見るからに筋力が足りていない体の動だった。あれやこれやと動き方のコツを言っても芳しくなく、最終的に「転がったら来れると思う」とのアースの案で、ごろごろ転がり落ちてきたのを、エナとレンが受け止めた。

「ふう、ありがとう…うっぷ」

 口を押えたフランツ。思わず一歩引くレンとエナ。

「…いや、大丈夫。…ふう…それより、お出迎えだ」

 薄明るい中、フランツの視線の先には、蛇のような何かがいた。それは鈍い銀色で、人の腕ほどの太さがあり、頭が3つあった。金色の双眸が3匹分、こちらを見ている。ラーヴィの使い魔だ、と、フランツが控えた声で教えてくれた。こんにちは、と至って一般的で他人行儀な挨拶から、その蛇に話しかけ始めた。

「メア国研究員でありラーヴィの友人であるフランツだ。ラーヴィに会いたい。研究に有用な情報を得たので共有しにきた」

 シュル、と、蛇は特有の音を鳴らしたが――人でいえば鼻で笑う、に当たるのだろうと容易に察せられた。

『ラーヴィの集中を途切れさせてでも伝えるべき内容なのだろうな?』

「研究者の集中の価値は重い。だがそれと比較することではない。大気と大地のどちらを消し去りますか、と聞いているようなものだ」

『ことばあそびの好きな輩よ…進んでも良いがあとのことは知らない』

 フランツは頷いて、にこやかに振り返った。

「よし、行こう」

 使い魔はしゅるりと銀の軌道を残して宙に吸い込まれるように姿を消した。そのあとを、一行は通り過ぎた。その途端に、行き止まりに見えていた行く先の、壁がゆらいで扉に代わった。わあ、とアースが素直に感嘆する。

 フランツはアースにウインクをひとつしてから、扉をノックした。

「ラーヴィ。開けるぞー、どうぞ、お邪魔します」

 家主の返事はないままで、扉が開けられた。「返事を待つと日が暮れるからな」と、フランツは誰にともなく言い訳する。

 扉の先には突如として、雑多で日常的な空気があった。無機質だった通路の先の空間は、大きな机が3つ、壁面には棚、棚…一面だけ、巨大な木のボードいっぱいに紙が貼りつけてある。通り道は確保されているが、一歩あるけばメモ、また一歩あるけば本、次にはなにやら金属製の小道具、見慣れない何かの根っこのようなもの…と、机の上にも棚のはしにも床にも色々とちらばっていた。

 フランツは大げさに芝居がかった声で、

「新発見だぞラーヴィィイ!」

 と、器用にも一切つまづくこともなく足を進めた。部屋の真ん中、様々な資料や道具が置いてある大きな机の後ろから、ひょい、と誰かが頭を出した。机の後ろでかがんでいたらしい。

「フランツ? まさか、『マナと意志の…』…あら、どちらさま?」

「順にレンくん、エナくん、アースくん、オルトさんだ。将来俺の研究仲間になり得る将来有望な若者たちだぞ!」

「あらそう、でもひとりは『琥珀の盾』の変身術士ね?」

「そうとも言う」

 ラーヴィは白衣をぱっぱと払い、机の向こうから回ってくる間にローブの裾で何かをひっかけて倒した。銀の髪に紫の瞳は、やや億劫そうではあったが、突然の来客に怒ってはいなさそうだ。

「それで、何の用?」

「2件ある。ひとつは先に言った新発見の報告。もうひとつは、レンくんの知的欲求を満たしてやってほしいというお願いだ!」

 またも大きな身振りで腕を伸ばし、レンを舞台上の人のように紹介するフランツ。

「ふぁっ、はい!」

 いつ自分から話そうかとそわそわしていたものの、レンはびくっとして背筋を伸ばした。

「こだい、古代語辞典を、作りたいんです! それで、ラーヴィさんにも、えっと、は、お話を聞いたらいいのではないかと、『旋風』のケインさんに紹介して頂いて…よ、よろしければ、色々、お話を、できたらな、って…」

 じ、とラーヴィに見つめられて、レンはしどろもどろになっていった。あとは何を言えば、丁寧になるのだろうかと、ぐるぐる考える。

「わかった」

 ラーヴィの一言に、え、とレン。

「いいよ、話しましょう。ただし、どれくらい時間がかかるかわからないわ。他の人は、隣の部屋で待って頂ける?」 

 ラーヴィが、パンパン、と手を鳴らして「ティーブレイクよ!」と言うと、右手側にあった本棚の、本が数冊光った。そして、本棚の一部がずるずると奥へ引っ込んだ。

「引きずるなんてスマートじゃないけど、マナを節約したくってね。さ、どうぞ、ティールームよ。人数分のコーヒーが出てくるわ」

「ジュースもあるだろ?」

「ブドウジュースならね。お好きにどうぞ。フランツ、こっちにもコーヒーとジュース持ってきてくれる?」

「おう」

 レンは慌てて、

「俺が取りに行きますよ!」

 と、先にティールームに急いだ。

 そうして各々過ごすことになり、エナに「一時間くらいにしとけよ、オルトさんやフランツさんあんま待たせたら悪いし」と耳打ちされ、レンはこくこく頷いて、ラーヴィのところへ戻った。実験で使っているのであろうデスクのそばに小さな丸椅子を準備してくれていて、ふたり面と向かって座った。

 ラーヴィは興味深そうに微笑を浮かべて、それで、と切り出す。

「本当に、古代語を聞くためだけに来たわけではないんでしょう?」

 どきりとして、レンは言葉に詰まった。

「…あ…え、っと…はい、あの、古代語辞典も本当なんですけど…みんなには言わないで欲しいんですけど、相談させて欲しいことがあるんです」

 初対面の人にこの話をするのには、抵抗があった。たとえ『旋風』のケインに紹介してもらった人だとしても、だ。ただそれ以上に、焦りがあった。強い魔法使いとつながりを持ち、助けてもらわないと、自分にはどうしようもないことだった。どこかにいる父親が、今もまだ、自分のために模索してくれていても、待っているだけではいられない。

 レンはラーヴィをじっと見て、またじっと見られながら、時々考えたり宙に答えを探したりしながら、話した。

 魔力が増えていってしまう病気であること。魔力保存の宝石に魔力を込めることで、一時しのぎをしていること。

「剥奪呪いとか、そういうのに似たやつしか、見つけられてないです。何か、ちゃんと、方法がないでしょうか」

 ラーヴィはしばし考えこんだ。

「剥奪呪いは、使ってくれた人に害がある可能性が非常に高い…あなたは、他人に害なく、自分の魔力を減らす、最終的には増えていかないようにしたい、ということ?」

「はい。なんなら魔法が使えなくなってもいいんです! 誰かを傷つけるくらいなら魔法はいらない」

「あなたは、魔法が好きなようにみえたけれど」

「好きです…でも…それよりも…それよりも、魔力が増えないようにしたいです」

 ラーヴィは小さく何度か頷いた。

「そう、力になってあげたいけれど…」

 やはりここでも手段は見つからないのか、と、レンはしゅんとした。が、ラーヴィは不意に立ち上がって、ティールームへ向かう。そしてすぐに、フランツを連れて戻ってきた。

「私よりは、フランツのほうが詳しいかもしれないわね。せっかくここまで訪ねてくれたけれど」

 フランツは、お、と隠しもせずににこにこした。

「ラーヴィにそう言われちゃ、全力で応えるしかないな!」

「この通り、変わり者だけれど、悪い人ではないから安心して。ウィザード・ケインの紹介を受けた私が、紹介するわ。

 さて、フランツ。徐々に、自動的に、魔力が増加していっている生体があるものとする。その生体の魔力の増加を止める方法は? また、魔力を減らす方法は? ただし、呪いの剥奪のように、他者に悪影響が出る方法はとれないものとする。解答どうぞ」

 フランツはほんの1秒考えたのち、まずこう言った。

「それは、永久的に減らしたまま維持するということか? 生死を問わないのであれば簡単だが」

「永久的であるとよいが、一時的でも手段があれば提示して。また、生死については、生きており、活動が可能であることとする」

「了解。もうひとつ。その生体の魔力が増加する原因は明らかになっていないのか?」

「なっていない」

「ふむ、了解」

 とフランツ。改めて話はじめた。

「結論から言えば、今すぐ俺が提示できる答えは、“少なくとも俺が知っている範囲では、現実的な手段は存在しない”だ。

 そもそも、魔力が増加する原因がわからないので、マナ、魔力に対して取れる一般的な手段から探すことしかできない。

 さて、ややロマンを交えて話していこう。

 まず、魔力が増えるといっても、生体の内側から魔力・マナが湧き出てくるとは考えにくい。そのため、外部のマナを取り込んでしまい固有マナ、つまり魔力にしてしまっているのではないかと考える。

 そこで、解答その一。外部マナを遮断する。これは、天使族、伝説的な存在であるマナ・エナディ《マナの友》、そういった者になら可能であると考える。彼らはマナ自体を操作するというからな。

 解答その二。定期的に爆発する。さて、固有マナまでも使用する魔法に、道連れ呪いというものがある。あれは自分の魔力・固有マナをすべて使って相手の魔力すべて、結果的に命を、道連れにする呪いだ。それに準ずるほどの魔法を、人がいない、周囲に害が及ばない場所で、定期的にその生体のみで実行する。威力を間違えば自滅するリスクがあるにも関わらず、相当な覚悟、イメージ、思いをもって、固有マナを使用するほど全力でやる必要がある。これは、本当に死んでしまいかけた場合にのみ使用を考えてもいいかもしれない。

 …俺が咄嗟に思いつくのは、これだけだな」

 ラーヴィが怪訝そうにした。

「人工精霊は応用できないの?」

「あれは…魔力を減らすことは出来うるが、増加を止めることにはならない。一時しのぎにしかならないってことだな。それに、今のところ、定まった単位のものを移す方法しかない。人工精霊であれば、生体“ひとつ”だけの固有マナを丸ごと移すという形になる。生体の魔力のみを移植するようにして人工精霊を誕生させることはできうるが、生体ひとつ以上のマナがもっていかれる…つまり、死んでしまう。これの応用というと、精霊やそれにあたる物のいわゆる“容量”を小さくしておけばいいわけだが…人工精霊の宝石の、超下位互換が、レンくん、君のもっているシトリンのカフスだ。恐らくそれには、“ある特定の定型魔法1回分”とか、そういう単位で魔力を込めているのだろう。きみはもう、俺の専門分野で考えられる最も有効な方法を、実行しているんだ」

 ああ、と納得した後、レンは、えっ、とフランツを見た。

「俺…僕のことだって、気づいてたんですか?」

「ふっ、研究者を舐めちゃいけないぜ?」

 ニヤリとしたフランツに、ラーヴィはため息をついた。

「カフスが魔法道具だと推測してカマをかけただけでしょ」

「さてね。だが、合っているんだろう?」

 レンは泣きそうな顔でうなずいた。

「ふたりみたいな、すごい魔法使いでも、方法は…」

「レンくん」

 フランツは人差し指を立てて、左右に振ってみせた。

「研究者というのは、日々、この世にあったものと己の想像力を道しるべに、この世になかったものを見つけていくのだよ。わかるかい、今日、なかったとしても、明日、ないとは限らない。まして、探し求め、追い求めて、作り出そうと思いを注ぐ限り、むしろ“永遠に存在しない”ことのほうが難しいんだ!」

 レンの瞳が輝いた。フランツは頷いた。

「それに、きみは今日、味方をふたり、見つけた。それも、優秀なやつをな!」

「…はい!」

 泣きそうだったのをぐっとこらえて、レンはふたりの研究者に力強く言う。

「探して、見つけてみせます…俺、絶対に、どうにかしてみせます…!」

 うんうんと頷くフランツ。ラーヴィはコーヒーを一口飲んで、さあ、と話を進めた。

「そろそろロマンからリアルの話につなげる頃合いかな。今後のことについて提案があるの。レンくんの仲間にも関係してくるでしょうから、呼んできてから話していいかしら? もちろん、魔力増加の件は伏せるよ」

 

 *

 

「体力のある若い冒険者たち、『南』へ行ってみたらどうかしら?」

 突拍子もない提案だった。人は、世界は大きく5つの地域に分けて呼ぶ…『東』『西』『南』『北』、それに、名称は様々だが、はじまりの樹があるとされている世界の中心。今、レンたちがいるメア国の外に、他国と海と未開の地があり、それらがまとめて『北』という地域になっている。『南』といえば、海を渡り、『東』『西』のどちらかをずっと旅して、それから辿り着く場所だ。レンもエナもアースも、そこに行くなんて考えたこともなかった。

「『南』には、ネグロドマールと、アルヴドマールの国がある…一般的にはドマール、ディルと呼ばれる種族ね。我が国よりも、あちらのほうが、魔法が発展しているはず。『北』であちこち古代語を探し回るよりは、『南』まで旅をしたほうが、様々な古代語、ついでに、様々な発見があるかもしれないし、それに道中は大変ながらも楽しいかもしれないね」

 なるほど、とフランツ。

「知られている古代語には地域差があるという。こちらでは一般的に使われない単語でも、違う場所ではよく使われているかもしれないな」

 『南』、とレンは呟いた。レンの父親はディル族で、たしか『南』出身だ。…――父さんに会えれば、一緒に行けたのかなぁ。でも、父さんも魔力をどうにかする方法を探してくれているから、もう『南』は父さんが探したんじゃないだろうか? いや、でも、フランツさんが、今日なかったものが明日はあるかもしれない、って言ってた。それに、何回探しても見つかるまで探すしかないし、ディル族やドマール族の国のほうが、手がかりがありそうな気がする…――。

 『南』に行くなら、と、エナが言うので、レンは少し驚いた。

「船、ですか? とりあえず、『東』か『西』行って…《転移先》魔法陣とかも、使うんですかね…?」 

 船? とアースが目を輝かせたが、黙って話の流れを見守っている。ふむ、とフランツ。

「まず『東』をお勧めしよう。船ではなく、《転移先》魔法陣がある…『東』から『南』に行くのには、船になるだろう。だが『東』までは、海をひとっとびで超えられる。そこから、『星の砂漠』を超えて、フェスタの街を目指すといい。ちょうどいいぞ、ついでに、世界各地から人々が集う、六年に一度の祭りに参加できる。そこで伝手を作って『南』に連れて行ってもらえると最高だな!」

「ああ、フェスタのやつ、今年だった?」

 ラーヴィに、フランツは頷いた。

「ああ。俺も行く。欲しいものがあれば仕入れてくる」

「ちょっとあとで考えさせて。それより、だったら一緒に行けるんじゃない?」

「まあ、出発の日を合わせてくれるなら、一緒にいけるが…俺は来月の10日にアスクを発つが…どうする?」

 渡りに船とはこのことだ。しかし、はじめての長い旅、わからないことしかない。レンは不安気にたずねる。

「あの、すごく、一緒に行けたらありがたいんですけど、お金って、どれくらいかかるんですか…?」

「お金は…うーん、マナの石があれば一番いい。あれは全世界共通で、取引に使える。『東』なら、『北』『南』両方の通貨が混在しているが、『南』だと、俺たちはマナの石頼りになるだろうな。あとは働いて払うしかないが、幸い、君たちは冒険者だ。戦力は重宝される…特に、祭りがある今なら、護衛業は引く手数多だ!」

「そうなんですね…」

 レンは曖昧に頷いた。ちら、とエナのほうを伺うと、なんともあっさり、

「良い機会かもな。行ってみるか?」

「でも、エナ…うーん…ついてきてくれるの?」

「ああ。別に、『北』にこだわる理由は…まあ、勝手知ったる場所だからってことくらいか」

「…でも…」

 何かあってもオルトさんが駆け付けられない距離になっちゃうよ、と、オルト本人が居る場で言いづらく、レンはもごもごと口ごもる。レンの魔法があれば対処できているが、もし、もしはぐれたり、何かあったら…。

 あの、とやや遠慮がちにアース。目が輝いている。

「私もついていってもいい…? お祭りも、他のいろんなものも、見たい。ちゃんと、マナの冒険者証とってくるから、一緒に行きたいな…」

「アースも行きたいの?」

 うん、と小さく頷くアース。

「行ってみたい。フェスタっていう街まででもいい。すごく見たい」

 いいんじゃないか、とフランツ。

「フェスタまでは行き方もはっきりしているし、時間のかかる普通の旅行だ。祭りに参加する期間も含めて、ひと月は家を空けることになる。親御さんにちゃんと伝えるんだぞ」

 親、ときいた瞬間わずかにアースの表情が陰った。少しうつむく。

「ん…そっか、はい。伝えてきます…」

「まぁ、アースちゃん、祭りは六年に一回ある。君には次も、次の次も、そのまた次もあるから。もし一緒に行くならしっかり連れて行くが、今回にこだわりすぎて焦らないようにな」

 フランツとアースの会話をきいていたレンも、次第に心が決まった。

「俺も、フェスタまで、行ってみます。『南』にも行きたいけど…長い旅がどんな感じなのか、フェスタまで行ってから、考えて、その後どうするか、決めようかな…?」

 ちら、とエナを見やる。いいんじゃねえの、とエナ。

「『東』のフェスタ行くだけでも、収穫はあるだろうし。それに、確かに、面白そうだよな!」

 ほっとレンは笑い、アースは、うん、と大きく頷いた。

 

 それぞれやるべきことを済ませててからアスクで集合する約束をして、別れた。

 

 ***

 

 

 あの後、研究室に残ったフランツに、ラーヴィはじっとりした目を向けた。

「現存数が世界に50もないと言われている魔力保存の宝石を、いくらあなたでも言い当てるわけないでしょ。カマをかけたんじゃなくて、知ってたのね、レンくんのこと」

「…いや、カマをかけたんだ。俺の知ってる子なら、魔力保存の宝石を持っていても不思議じゃないと思ったから」

「どういうこと?」

 丸椅子に座って、空のフラスコを眺めて、フランツは語る。

「いろんなことが一致する。…時系列順に話そうか。…俺がはじめて人工精霊の原型を創造したのが1794年…15年ほど前か。まだ意志が薄かったが、宝石スピネルとセレスタイトで成功した。うちひとつを、魔法の上手い友人Aに預けた。何か発見があるかと思ってな。だがその7年後に、友人Aの故郷は悪魔の襲撃を受けた。あの時、友人Aも死んだと…友人Bから聞いた」

「ねえちょっと、友人、何人出てくるの? 登場人物が多い予感がするんだけど」

「友人Aと友人Bだけで済むぞ」

「ならいいわ」

「友人Bは、友人Aの子供を育てた。当時9歳。少しして、子供には魔力の異常があることが分かった。徐々に魔力が増えていってしまうという…訓練して魔力を増すということはあっても、自身の扱える範疇を超えて勝手に魔力が増大するのは、もはや病気だ。友人Bは、とりあえず、魔力保存の宝石を子供に使わせた」

「…それがレンくんのシトリンのカフス?」

「いや、シトリンのほうは、レンくんが独自で手に入れたんだろう。だが、あの感じは、魔力保存の宝石かもしれないと思ったんだ。ラ…友人Bが渡したのは、レッドスピネルだったはず。目立たない所に装備してるんだろう」

「スピネル」

「ああ、俺が友人Bに渡した物だ。研究の副産物さ。

 さて…友人Bと子供のその後のことは知らないが、冒険者として育てるとは言っていた。

 5年前から、『再構築の建造物』が、各地に現れ始めた。ほぼ同時に、冒険者業界で見る名前になったらしいのが、悪魔セレスタイトだ。…契約者の名はルイス。隠す気もないのか、同じ名前を使っている別人なのか、友人Aの使っていた名前と同じだ」

「色々言いたいことはあるけれど…レンくんはそれを知らないのかな。冒険者でしょ?」

「よく知らんが、そういう方面や、そのレベルのやつには、手を出してないんじゃないか?」

 ラーヴィはしばし黙りこくって、あんまりだわ、と呟いた。

「…知らせてあげたほうが良いんじゃない?」

「…死んだと思ってた父親は生きていて契約者になったかもしれない、って? 会ったばかりの俺から?」

「信じられるわけないか…」

 はぁ、とラーヴィは冷めたコーヒーをすすった。フランツはまだフラスコを見つめっぱなしだ。

「もし契約者ルイスが本当にルイスだったとして…ここからは仮定の上の推測だが…『再構築の建造物』は見かけ上のマナを減らす。また、レンくんの魔力異常は、周囲のマナがなければ起こらないと考えられる。この2点は、方向性が一致している」

「『再構築の建造物』により世界中の見かけ上のマナを減らし、それによりレンくんの魔力異常を起こさないようにしようということ? 無謀だわ、計算するまでもない。世界中を再構築だらけにしないと実現できない。すべて設置型で実現したとしてもメンテナンスは必須、いくら契約者といえど過労死する。大体、見かけ上のマナを減らされたら、困るのは人々よりも先に、悪魔や精霊などでしょう、悪魔側が完遂を許すとは思えない」

「そうなんだよな。考えられるのは、『再構築の建造物』は実験の過程である、とかか。…ついに切羽詰まった魔力異常の個体を、見かけ上のマナがほぼ無い『再構築の建造物』の中に居させれば、助かるかもしれない」

「根本的解決にはなっていない」

「まぁな…魔力異常の原因を特定しないことには、どうにもな…」

「やっぱり、それこそ『南』のネグロドマールたちのほうが詳しそうね」

「やあ、話が戻ってきたな」

 フラスコから目を離したフランツが、ぐっと伸びをして、ラーヴィに笑いかけた。

「フェスタ楽しんでくる」

​(続きは執筆中です。読んでくださりありがとうございます。)

 

R・E・AsteriskⅡ( 1 / 2 / 3 ) 

 

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