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エナ -師匠のこと  Ⅱ.始まりの師匠

     旅人は宣言通り不意に姿を消しては戻ってきた。

      リーフのいないある時、エナは故郷にふらりと帰る。@1801~1805上旬頃

 

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 急に僕がいなくなったら絶対に探さないこと。僕が来るなと言ったら絶対に来ないこと。戦闘中、特に悪魔が関わる場合は、僕の指示に必ず従うこと。食事は疎かにしないこと。

 …と、最初に言われた意味は1年で十分に解った。

 リーフという旅人は、対悪魔戦を専門にしていると言っても過言ではなかった。エナからすれば悪魔なんて、探しても見つからない、まだまだ別の次元の話だったのに、リーフはそれをまるで、日常にしている。

「ごめん。思ったより長引いた」

 寄り道をするから先に言って宿を取っておいて、と言われてそのようにすれば、三日行方知れずになった後、戻ってくる…そんなことは日常茶飯事だった。いつまで待とうか、宿代をどうしようか、探そうにも手がかりもないし、”探すな”と言われている。はじめこそ悩み心配したが、次第に慣れた。心配しないわけではない。

 何も言わずにいなくなることもあった。それでも、いつも怒る気が失せるのは、リーフが疲れて帰ってくるからだ。

 ――俺が戦えない悪魔や魔物と戦っているに違いない。手ごわい相手と。

 戦える相手と見込んだときには、リーフは連れて行ってくれた。対悪魔戦もあった。スペルストラップ(詠唱すれば魔法が発動する魔法道具)で悪魔に止めをさせるようになったし、戦い方もよくみてくれた。

 食事についてもよく解った。

 やはり、だ。リーフは食べることを一番の楽しみにしているようなのだ。

「あっちの通り行くよ」

「ええ? そこの店めっちゃ美味しそうですよ?」

「隠れスポットがあるらしい。行くぞ」

 初めは黙ってついて行った。

 颯爽と店に入るリーフ。

 やがて、意見するようになった。

 リーフが注文する前にメニューと値段を確認しておく。エナの癖になった。

 そして重大な報告をする。

「金、足りませんよ」

「いや、足りるだろ?」

「野宿ですか?」

「よくあることだ、気にするな」

 曰く、街まで来ても宿代が足りずに野宿するなんて、旅人にとってはよくあることだったらしい。

 たしかにただの旅人であるリーフには、冒険者割引もなければ、冒険者未満の信頼しか得られない。なんの証もない。知り合いに泊めてもらえることもあるが、それはラッキーな場合だ。とはいえ、リーフが積極的に頼りに行くことはなかった。偶然出会って相手から勧められたら泊まらせてもらう。あとは、野宿。だが食事は遠慮なく摂る。

「野宿なんて、僕たちにとっては日常的じゃないか。食事は心にも体にも必要だぞ。食べれるときに旨いもの食べとかないと、勝てる戦いにも勝てなくなる」

 “食事は疎かにしないこと“…これは、絶対譲れないことに違いない。エナは諦めた。

 そして、楽しむことにした。たしかに、リーフが「この店のこれを食べる」と言うものは、ものすごく美味しい。少なくとも普通に美味しい。野宿だって、幸いメアの魔法壁は優秀なので、町から少し離れた程度なら魔物が襲ってくることはまずない。それに、魔法使いがいるのか怪しい小さな村や町では、リーフも宿を使った。

 確かに、慣れれば、なんともない。

 慣れてから、エナは不意に思った――野外料理や保存食なんて、俺たちにとっては日常的じゃないですか。睡眠や休息は心にも体にも必要ですよね?休めるときにしっかり休んどかないと、勝てる戦いにも勝てなくなるんじゃ?

 しかし慣れてしまい、実害もなかったので、言う機会はなくなった。ずっと野宿でも死なないけど、ずっと食べなかったら死ぬもんな…と、極論を考えて、首をかしげた。そういう問題じゃなかったような…。

 そうやって一年、二年と過ごした。

 ”僕が突然いなくなったら”…その意味を次第に理解した。

 それは、多分、エナの敵わない相手に単身挑むリーフが戻ってこなかったとき。「僕はいつも、生きて戻れるか分からない相手とやりあってるから、お前はいつでも別れられるように覚悟しておくんだよ」と、そういうことだ。あまりにも軽々と、そんな言葉を口にするから、出会ってすぐは思い至らなかったのだ。

 

 いつだったか、リーフが帰ってこないある日、ふと、父親のことを思い出して、それをすぐに無意識の底に沈めた。

 そろそろ、並んで戦わせては、もらえないのだろうか。一体、どんなものと戦っているのだろう。

 

 

 

「リーフさんは、何と戦ってるんですか?」

 ずっと聞きにくかったことを、ついに訊ねた。

 例のごとく数日行方不明になって、戻ってくるなり宿の部屋で横になったリーフ。

 エナは思わず、躊躇う間すらなく、言葉にしていた。

「何か手伝えませんか?」

 三年と少しが経っていた。エナはもう初心者剣士ではない。Lv45、その割に悪魔との戦闘経験が多い、中級者。リーフに鍛えられることのなかった普通のLv45よりずっと役立てるはずだ。

 個人では使うことのなかった大魔法のスペルストラップも使えるようになった。たまに別行動をして受けるギルドの依頼も、推奨レベルが最低45、最高48くらいの依頼をこなせている。

 リーフはじっと立つエナに一度目だけを向けた。穏やかなため息をひとつ。天井に目を向けて、問いかけた。

「例えば僕がお前の目の前で殺されたら、お前は冷静でいられるか?」

「…は?」

 無理に決まっている。

 質問の意図が分からない。

 面食らったエナは、なんだか腹が立って言い返した。

「させねえっすよ。だから、手伝えないかって、聞いてるんです」

 いつもいつも、あまり積極的に戻ってくる気がなさそうなリーフが、いつか本当に戻ってこない気がして。

「…お前は、」

 リーフがため息を含ませて言った。

「思ったより、僕とうまくやれたからな…」

 それがまるで困ったことのように。

「理不尽に離別を与えられた時、どうやってその瞬間から気持ちに折り合いをつけていくのか」

 リーフはどこか遠くを見ていた。呟くように、問題文を。

「どう、認めてやるのか。受け入れてやるのか」

 問題文を理解し始めたエナは表情が硬くなるのを感じた――間違えた。

 悪魔への対応の仕方を言っているのだ。リーフと3年以上やってきたエナは理解した。

”冷静でいられるか?”

”無理に決まってる”

 それが答えだった。その無理な一瞬、感情が爆発して当然の一時をも利用してくる非道な悪魔もいる。エナはまだそういうやつを相手にしたことはない。そして、相手に出来ないのだろう。

「許さないまま、戦うものの、自分をも脅かす憎しみは抱くことなく、どうやってあいつと付き合っていくのか」

 難解になった。エナはまたこの問題文、あるいはこの解答が、理解出来なくなった。

 リーフは虚空から目を外して、エナを見た。打ち合いの後、ちょっとした知識や助言をくれる時の、少し楽しそうな、はっきりしていて頼もしい、師匠の目だ。いつからかこんな表情が見えるようになった。

「うまく言えないけど、あいつらはまるで、…個人とか、魔法とか、名称のあるモノではなくて、現象や、出来事、そのもののような…そう考えて付き合うと、とても、しっくりくるんだ」

「…? …出来事、そのもの、ですか…」

 リーフは一時考えた。

「出来事。…実際には、あいつ、とか、あいつらとか、呼べる存在だろうけど…。…なんていうのか…便宜上、存在している、ような…憎めと言わんばかりに」

「…?」

「…お前、父親が嫌いだったっけ?」

「えっ。…まあ、そうっすね」

 突然のことにエナは口をへの字にした。

 リーフは構わずこう続けた。

「父親がなかなか帰ってこないという、事、自体は?」

「え?」

 全くなかった考え。一時頭が真っ白になって、それから、リーフが何を言わんとしているのか考えを巡らせる。

「あいつら、そういうのが具現化したような、そんな存在に思えるんだよ。僕はね」

 悪魔は、現象。現象が具現化したもの。落とし込むことができずに、エナは内心で言葉の上辺をなぞる。

「あいつらは、現象。現象をもたらすのは僕たちだ。人だ。あるいは、精霊たちや自然現象。後者はまあ仕方ない部分もあるけど、現象を引き起こさないようにするのも、僕たちだ。…これが僕の思っていることだよ。真偽は分からないけど、この考え方で、戦えてる。だから、上々だと思ってる。とはいえ奴ら、まるで人みたいに喋るし動くからね。なかなか考えにくいとは思うけど」

「そうですよね…。…だって、あいつらのせいで人が怪我したり、迷惑したりするじゃないっすか。現象っていうか、現象を起こしてません?」

 うん、とリーフは頷く。

「そうなんだけど…。あいつらが居るだけで、防ごうとしない限り現象が必ず起こる。それを防ぐのは僕たち。…んー」

 リーフはついに投げた。

「うまくいかないな。…現象、と呼んでいいくらいに、その現象を確実にもってくるものたち。こう言ったほうが近いのかな」

 ああ、とエナは曖昧に頷く。さっきよりはわかりやすい。一方のリーフは、やっぱり違うなあ、と言わんばかりに、頭を動かした。寝そべったままで首をかしげ損ねたように見えた。

「まあ、僕はこうだけど、自分なりに考えて納得して、かと思ったら疑って悩んで、最終的に閃いたらそれだよ。それまでは、あんまり無茶してあいつらに挑むんじゃない。ギルドの提示する推奨レベルと、自分の直感とを裏切るなよ」

 眠そうに言った。いつもより少し声が優しい気がしたのは、眠たそうだったからだろうか。

 はい、と頷きながらも、力不足を感じずにはいられない。リーフが休めるように部屋から出ていこうとしたが、背中から声がした。

「ありがとう。夕飯までには起きる」

 まだ日は高い。眠そうな声にエナは笑って応えた。

「分かってますよ」

 まだ手伝えない。今はこれが精一杯か。…あの残酷な質問に、間髪入れず正解出来る日なんて、来るんだろうか。そうなったとして、喜んでいいのか…エナは困った顔でひとり、問題文をもう一度、頭の中でなぞった。

 うーん。無理だろ。

 

 

 いつも通り、リーフはいなくなった。

 

 宣言通り夕飯までに起きてきて、食べて、寝て、起きたらいなかった。夜のうちにいなくなったのだろうか、エナは全く気がつかなかった。

 ただの外出かとも思ったが、その日の夜も戻ってこなかった。

(まじか。昨日めっちゃ疲れてたのに、もう、行くのか…)

 どこに向かったんだろう。今度はいつ戻ってくるだろう。また不意に、「ごめん」とか言いながら疲れて帰ってくるのか。

「…」

 待ちぼうけの一日が終わる。ベッドの上で暗闇を見つめながら、エナは何を考えるともなしに、思い浮かんでくるまま他愛のない思考の中を巡る。

 その中に、おばあちゃんの姿があった。

 13歳まで過ごした実家がある、ヴァース村の、おばあちゃん。

 多分、実家だった家には、今は別の人が住んでいるだろう。家を守っていた人がいなくなって、冒険者の父親をもつ冒険者のエナにとって、その建物の意味はなかった。帰ったところでかーちゃんはいないし。どうにかしようと思って周囲の大人に尋ね、家を売った。

 その村に帰る家はなくても、エナがお世話になった人たちがいる。

(元気かな…)

 急に寂しくなって、エナは目を閉じた。もう早く寝よう。

 そして、明日、村に向かって発とう。

 

 

 ヴァース村。花が多いのだ。それが普通だったエナは、旅に出てからそうだったのだと気がついた。歩けば、民家の側、窓辺、道端、空き地に小さな花畑。

 季節に沿って花が変わる。季節を運んでくる旅精霊にまつわる行事も年に何回かあった。

 一旦、グラスという都市に馬車で向かい、そこで一泊。それから、比較的整った道を、徒歩でヴァース村へ。ちょうど、遠くない場所でリーフがいなくなったから、二日で村に帰ってくることができた。

 何年ぶりだろうか。13歳で冒険者になって、それからヴァース村を拠点に過ごした。家を売って、それから遠出するようになって、リーフと出会った。

 村に入るだけ入って、少し歩いた。来るまではどきどきしていたのに、来てしまえばなんてことはない。しかし、向かうはずの家はない。足が止まった。

 すぐに、毎朝畑仕事を手伝ったおばあちゃんを思い出し、歩き出した。

 昼過ぎの日差しが強い時間。畑仕事を午前中に終わらせ、今は休憩か、洗濯を干しているだろうか。

よく子供の頃遊んだ広場のほうから声が聞こえる。そちらには行かない。家が見えるところを通る。風景は、あんまり変わらない。とある花壇の花の種類が、黄色のが増えたかもしれない。

 なんとなく人通りの多そうなところを避けて歩いていたのだが、ついに前方から人がやってきた。

 目を閉じたまま、杖で行く先の足元を確認しながら歩いている女性。

 近所の、目の見えないヒューマンの人だ。母親伝手にこの人から貰ったクッキーが美味しかったことを思い出す。あまり喋ったことはないが、優しいのだろうなと思っていた。もうそろそろ、おばあちゃんと言う年齢だろうか。

 声をかけるか迷った。そうするうちに、すれ違う。いいや、すれ違う直前に彼女はぴたりと立ち止まった。目を閉じたまま、エナの方に顔を向ける。

「エナくん…?」

「えっ」

 驚いた。確かに、この人は盲目のはずだ。

(あっ。そういえば、魔法使いだっけ…? だから分かるのか?)

 あ、とエナは慌てて返答を口にする。

「あ、はい、お久しぶりです。ちょっと、気が向いて里帰りにきたとこで…」

 見えないのだろうけど、つい、ぺこりと頭を下げた。まあ、と彼女はまるで応じる様にゆっくりと頭を下げる。

「大きくなったのですね。一瞬分かりませんでした」

 見えてるのかな、と、エナは思わず彼女をまじまじ見つめた。しかしそれには全く気づく様子はない。嬉しそうに微笑んで続けた。

「どなたかに会いに行かれるの?」

「ええと、シェリーさんに。お元気かなと、気になって」

 毎朝手伝っていたおばあちゃんだ。シェリーさん。内心では、目の前のこの女性の名前を思い出そうと必死だった。なんだっけ。

 お元気ですよ、と、楽しそうに笑う。

「でも、残念ながら今はお留守です」

「えっ!?」

「ご夫婦でルサックに旅行中なんですよ。あと7日ほどで帰ってこられると思いますけれど」

「ああ、そうなんですか…」

 元気そうで良かった。しかし同時に、思ったよりへこんだ。行く宛は、ないわけではないが、一番に、会いたかったのに。

 よろしければ、とリオナが言った――そう、リオナという名前だった。エナは唐突に思い出した。ああよかった。

「クッキーを焼きすぎたので、よかったら召し上がっていってくれませんか?」

 とても優しい言葉が染みた。改めて、昔貰ったクッキーが美味しかったことを思い出す。

「いいんですか?」

 リオナは微笑んだ。

「ええ、是非。でもその前に、今から北の門まで人を迎えに行くところだったので、先にいいですか?」

 エナはもちろん頷いた。

 エナは来た道を戻る。リオナは誰かを迎えに進む。北へ向かう道。

 エナが冒険者であることはリオナも知っていた。なんとか順調にLv45になったことを報告する。パーティを組んだこともあったけれど、同年代のちょっといろんな三角関係やいざこざで解散し、その後は単騎、それから、師匠に出会ったことも。

 今はどこで何を…何と、戦っているのだろうか。

 会話はそこで一旦終わった。

 リオナの待ち人が、北の門から歩いてきていたのだ。エナたちも、もう門が見えるところまで来ていたが、待ち人のほうが少し早く着いていたようだ。

 背の高いエルフ族だ。長い黒髪を、後ろで三つ編みにして垂らしている。

 エナの記憶には、あまり残っていない。ほとんど会ったことがない人だ。リオナよりもずっと関わりが少ない。その理由に、今気がついた。

(この人、冒険者だったんだ)

 鮮やか、かつ深い緑のマント。暖かくなり始めたこの時期に合わせて薄手だ。その下は、白が基調のローブ。武器はないが、手の甲を覆うアームカバーを着けていた。いかにも、魔法使い。前には出ないタイプの、純・後衛魔法使いだ、多分。

「ただいま」

 穏やかな声でリオナに呼びかけた。次いで、エナに目を向ける。

「こんにちは。フィアーナさんのところの、…エナさん?」

 エナは思わず息を飲んだ。近くに立って気がついた。

 このエルフの胸元に、冒険者証がある。鈍い銀色のバッジ。そこに刻まれた数字…レベル。見間違いかと思って何度か瞬きしたが、変わらなかった。

(ひゃ、く…!? ひゃく、よん、じゅう、超えてる…!?)

 もう一度レベルのところを見直したが、やっぱり変わらない。いち、よん、よん。4は、二つ。144。こんな人、近所にいたのか!?

 それからようやく、この冒険者が自分を呼んだことを理解した。

「あっ、はい!? そうです」

 リオナはそのレベル百いくつの彼と穏やかに話す。

「ちょうど里帰りしているところ、お会いしました。一緒に帰ってお茶にしましょう」

「そうだね。クッキーを焼いてくれてる?」

「もちろんですよ」

 リオナが応えて、彼は、微笑んだ。幸せな笑顔だった。ああ、そうか、とエナはすっかり落ち着く。

 冒険者ではあるが、帰ってきた今は、違うのだ。

(夫婦だな、この二人)

 お邪魔ではないだろうか、と心配するエナだったが、至って自然に二人はエナと家路に着いた。

 

 

 エルフのほうは、セルヴァといった。回復術士だと聞いて、エナは納得した。雰囲気がぴったりだ。

 たまに村魔法使いとしてヴァース村を守る魔法もかけているらしい。今日は冒険者の魔法使いたちに回復術を教えてきたのだという。レベルの高い冒険者は、受験前の冒険者志望者への講座に呼ばれることもある。魔法使い、特に回復術士なら、冒険者以外にだってひっぱりだこだろう。

(回復か…いいなぁ)

 諦めがついているので、羨ましいとは思わないが、憧れはあった。ダークエルフ族は回復魔法が一切使えない。エナもそうだった。

 クッキーと、紅茶。上品ないい香り、控えめな甘さと広がる香ばしさ。決して広くはない家、三人で丸テーブルを囲んであれこれと話していた。

「同盟は入らないんですか?」

 セルヴァは敬語を崩さなかった。しかし、他人行儀という印象はない。いつもこうなのかもしれない。

「同盟…」

 興味がないわけではない。

 メア国の王手同盟といえば、『琥珀の盾』、『緋炎の月』。でも、今入るなら、もう少しメンバーのレベルが低めの身分相応なところがいいだろうと思う。

 同盟に属すれば色々と教えてもらえるだろうし、無名のパーティで行動するより大きな依頼を取りやすい。助けてくれる仲間もいる。

 どうして入らないのか考えると、師匠のことが思い浮かんだ。ちらりと、こじれた若いパーティのことも。それは、ちょっと置いておく。

 あの一匹狼についていく限り、同盟やパーティに属すことはできないだろう。自由にどこへでも行くスタイルだから。

 もしリーフと出会っていなければ、今頃どうしていただろうか。

「エナさんには、さっきおっしゃっていた、師匠がいますものね」

 リオナが言った。

 エナは曖昧に頷く。

「師がいるんですね。今は別行動ですか?」

「はい。…師匠、どっか行ってて」

 どこかとは、と、セルヴァの目が問った。

「いつも急にいなくなって、急に帰ってくるんです。行き先は知りません。俺じゃ太刀打ち出来ない何かと戦いに行ってるんだと思います」

 なんとなしに俯いてしまったが、笑ってごまかした。

「あー、ほんと、いつものことなんすけどね」

「心配ですね」

 心配、か。妙な、意地のような反抗心がくすぶった。何も言わずにいなくなる人を、心配なんて本当はしたくない。

「そのうち帰ってくるんですよ、いつも」

 つまんだクッキーが、美味しかった。いつも、という言葉は、白々しい。エナはなんとなく、呟いた。呟くと、するすると、続いてしまった。

「…並んで戦えたらいいんすけど。そこらのLv45よりは、悪魔との戦いも経験させてもらえたし、スペルストラップも使えるようになったし、ちょっとは役立てるんじゃないかって…思ってたんすけど…まだみたいで」

「インシニエイト ファイア《送る炎》ですか?」

 スペルストラップを使えば《送る炎》をエナでも使うことができる。その魔法は、悪魔に止めをさせる魔法のひとつだ。頷くと、セルヴァは、本当に、感心したようだった。

「そのレベルで悪魔に止めをさせる剣士は、多くありません。きちんと指導を受け取っているようですし、実現出来ると思いますよ」

 超高レベルの魔法使いは、そう言った。口角が上がってしまって、エナは素直に、ありがとうございます、と言う。

 実現。できるだろうか。

 帰ってこなく、なる前に。

 しないとな。

 師匠のことを考えていると、不意に思い出した。

「リーフさん、不思議なことを言ってたんです。あ、師匠なんですけど。悪魔のことを、現象、と捉える…? 現象自体だと考える? とか。そう考えるとしっくりくるんだって」

 納得いかないまま言葉にするのは難しい。伝わったのか分からないが、ともかく、セルヴァやリオナは興味深そうだった。

「現象と捉える」

 セルヴァは繰り返した。リオナは何も言わないが、エナと違って“納得いかない”ことはないようだ。えぇ、分かるもんなのかよ。

「意味、分かりました?」

 ふんわりとですが、と、抽象的な返答。

「その考え方は、リーフさんが積んできた経験による、独自の考え方でしょう。その考え方でなければいけないというわけではありません。自分で納得することが一番大切です」

 エナはセルヴァの言葉に既視感を覚えた。そういえば、リーフにも似たようなことを言われた気がする。

 むー、と考える。

「俺は、あいつらが現象だって思えないんすよね。だってあいつらは、…あいつらが、色んな悪いことしてるじゃないっすか。んー…」

 うまく言えない。一旦置いておくことにした。切り替えた。

「セルヴァさんやリオナさんは、どう考えてるんですか? どう、悪魔のことを考えて、冒険者やってきてるんですか?」

 あ、リオナさんは冒険者じゃないか、とちらりと思ったが細かいことはいいことにした。

 一時言葉を選ぶ間があった。セルヴァが口を開く。

「存在としては悪魔や人、あるいは悪魔や現象を区別しません。性質は頭に置いてあります。これが私の今の考え方です」

 エナは繰り返した。

「存在としては、区別しない、で、性質は区別…頭に置いておく?」

 ええ、とセルヴァはただ頷いた。

「それは飽くまで私が得たものです。エナさんはエナさんで、経験し、考えてください。これまでと同じように」

 あっさりした言葉に、なんだ、とエナは思う。理解を期待されていたわけではないようだ。むしろ“自分で考えるしかない”というのが本題のようだった。

 はい、とひとまず返事をして思いを巡らせる。考え方、納得、現象、性質、悪魔。…経験。獲得して、並んで戦うには、経験がやはり、足りないのだろうなと、その結論しか見えなかった。

 帰ってこなくなる前に。

 ”いつも”というのはただ、”これまではそうだった”だけだ。よく知っていた。

「…でもやっぱり俺、もう一回だけ、手伝えないかって、聞いてみます。そうじゃないと、もう帰ってこないかもしれないし…」

 セルヴァの表情を伺った。分からないが…多分、全面的に賛成は出来ないのだろう。

「リーフさんと話してみます」

 リーフは何も言わずにいなくなるけれど、話し合うことは出来る人だ。大体なんでも言って、言い返され、でも言い返してきた。何かが心の底を掠めた…ああ、違う、親父とは違う。

「頑張って」

 先にそう言ってくれたのはリオナだった。心からの言葉は、暖かくて大きな手のようで、後押ししてくれているようだった。エナは大きく頷いた。

 次いで、セルヴァも言ってくれた。

「また、いつでもいらしてくださいね」

 エナは、セルヴァを納得させたとは思わなかった。でも、止められなかった…それで十分だった。

 

 しばらく村の近況、引っ越してきた人のことや、赤ちゃんが産まれたこと、春の祭りの準備のことなんかを話した。

「それから、これ、良かったらリーフさんにも持ち帰ってあげて下さい」

「クッキーを? いいんですか?」

 断るには、嬉しい申し出。エナは少し厚かましかったかも、と後に思ったが、セルヴァもリオナもそうとは感じていないようだった。

「帰りが遅いようなら全部エナくんが食べて、リーフさんには感想だけ差し上げてください」

 意地悪に思える言葉に、続く。

「今度は是非、リーフさんもご一緒に、帰ってきてくださいね」

 リオナが用意していた布に、セルヴァがクッキーを包んでくれた。渡された小包の微かな重みを両手で受けて、エナは頷く。

「はい! ありがとうございます」

 

 

 

 

 

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