止めてくれた日
人攫いと戦う『仁』で、ユンと育ったセルヴァは譲れない事があった。
それを貫くために、不器用に真似して象った方法は、残酷な両刃となる。@1303頃
※残酷な描写が含まれます。
わざわざ人気のない場所を選んだのは、この殺人鬼とふたりきりになるためだ。
人攫いと戦う『仁』にいた数年前、セルヴァは下っ端だったが、主にユンからいろんな情報を得ていた。
日も沈み、灯りの点った通りから2,3本道を挟んだ、建物の間の空き地。今、セルヴァの前で、恐らくセルヴァを追い詰めたと思って笑んでいる男は、ユンから聞いた話に関わっている奴だ。
多分、契約者ではない。こいつは下っ端で、ただの人殺し。その上にいるのが、人体などを収集している契約者だと言われていた。恐ろしいのは、そいつが”恐らく”契約者であるということ。悪魔の影響なしに、こんな残忍なことを行い愉しむ人もいるということだ。
そうなのだ。セルヴァにしてみれば悪魔なんて正直、大したことはない。止めの刺し方だって分かってるんだから。本当に怖いのは人だ。そしてそこから悪魔が生まれるのだ。
セルヴァの唇に歪んだ笑みが浮かぶ。腹の底から燃えるように湧き出てくる感情が体を震わせた。
「それで、あなたはどうやって人を殺すんですか?」
逃げる一方だったセルヴァの異様さと問いかけ。だが殺人鬼もまだ動じない。
「別に殺そうと思ってるんじゃない。ちょっと目と耳と指といい内蔵を貰ったら死ぬんだよ」
つまり、だ。生きたまま、それをするということだ。セルヴァは大きく息をついて、震えを抑えた。笑いも抑えた。
「順番は? 指からはじめて、目は最後ですか?」
殺人鬼はようやく怪訝そうな表情を見せた。そして明らかに対人用の刃を抜いた。
「ああ…目は動かなくなってからだ」
セルヴァも護身用程度の短剣を抜く。魔法が使えないとき、これが武器になる。
「僕は、こういうとき、冷静じゃいられなくなって、とてもじゃないけど魔法が使えなくなる。だからこれが必要…」
「そうかい、魔法使いだったのか。じゃあ綺麗な指だろうな」
あまり興味なさそうに殺人鬼は言って、斬りかかってきた。セルヴァは言葉の続きを紡ぐ。
「…だと思ってたんですが」
2歩ほど退きながら歪な笑みを浮かべていた。踏み込んでしまった殺人鬼は、つい今までセルヴァが居た場所のその一歩手前で魔法に囚われた。
「設置型だとその限りでもないんです。あなたは、魔法使いではないようですね。これに気が付けないなんて」
短剣を握り締め、微かに息を上げたまま、セルヴァは、焦っている殺人鬼を妙な光を湛えた瞳で見ている。恐怖しているのか、歓喜しているのか、嫌悪しているのか、本人にすら分からない。
魔法罠は、ユンにも少し学んでいたが、『仁』では使う機会はあまりなかった。セルヴァがそんなもの使わずとも、ベテランの魔法使いがいたからだ。
ユンと離れてからだ。魔法罠を活用するようになったのは。普段の戦闘でも、引きつける時はほぼ罠を張るし、それに、こういう時はよく使う。
手練の殺人鬼に先手を打たれて生き抜けると確信するほど、セルヴァは自惚れてはいない。罠はできる限り数段階で仕掛けるし、毒も使うし、死ぬこと以外ならなんだってやる。
今回は思っていたより単純な相手だったようだ。仲間が居る可能性もあるのでまだ警戒は続ける。
セルヴァは抜き身の短剣を握ったまま、動けないでいる殺人鬼に問いかけた。
「何人殺したか覚えていますか?」
目だけを動かして殺人鬼がセルヴァを睨む。ああ、とセルヴァ。
「この魔法、声もダメでしたね」
セルヴァはどうにか一度気持ちを落ち着ける。そして唱えた。今はコントロールできる自信がないから、完全詠唱だ。
「 ―、―――…ウィンドカッター《風の刃》 」
刃を握った右手からだ。そしてさらに詠唱を3回。四肢の重要な部分を風が裂く。
そして罠による拘束を解いた。まともに立てずに殺人鬼は倒れて呻いた。セルヴァはさらに、魔法で刃を弾いて飛ばした。それでも、殺人鬼がどう手を伸ばしても届かない場所に立つようにする。死を見る人は、何をしでかすか分からない。
魔法の使用に伴っていくらか冷静になったセルヴァはもう笑みもなく、ただ、まだ腹の底で渦巻く感情がもたらす震えと戦っていた。
「他に、この付近に同業者はいますか? 雇い主が誰で、どこにいるのか知っていますか?」
「…」
殺人鬼は何も言わない。それはそうだろう。
「こういうときどうなるのか、わざわざ言わなくてもあなたなら分かるんじゃありませんか?」
殺人鬼の額を冷や汗が伝った。おかしなことだ。追い詰められたのはセルヴァのはずだったのに。
しぶしぶ殺人鬼は口を開いた。
「この街にはもうひとり居るが、今日俺が戻ってこないならとっとと逃げるだろう」
セルヴァはまた歪な笑みを浮かべざるを得なかった。なるほど、なんて上手なんだ、と。吐き気がする。
ふたりとも始末したいなら、ここは一旦見逃して、ふたりまとめて始末するほうが楽だろう。
「…雇い主は?」
「知らない。そういうのはお互い隠してやるものだろうが」
「そうですね」
セルヴァはしばし考えた後、どうにか絞り出した声で殺人鬼に言った。
「僕は、回復術士なんです。回復魔法のことならかなり理解していると思います。この精神状態で忌々しいあなたに回復を施すのは非常に難しいことなのですが」
殺人鬼の目に、ちらりと希望が過ぎった。
それを見て取りながらも、セルヴァは淡々と続けた。
「こういうとき、どうなるのか、分かっているでしょう?」
魔法を使うために、セルヴァはまた冷静さを取り戻しにいく。無感情に説明してあげる。
「回復魔法というのは、使いすぎると体力を消耗して対象は死にます。ほとんどの回復魔法は定形魔法であっても、術者の任意で開始と中止を選択できるのですが、まあ先に尽きるのは対象の命ですね。ここが回復魔法の恐ろしいところです。とは言っても、定形魔法なら、治す傷がなければそれほど酷い消耗にはなりません。そこそこ安全です。
さて、体を貫いたままで回復魔法を使うと、どうなるか知っていますか?」
は、と殺人鬼。理解できなかったのだろうか。理解したが、回復魔法で殺されるとは思っていなかったのだろうか。
「どの程度で死ぬのかという感覚も分かって勉強になります」
「な、ま、まてよ、もうひとりが逃げる…」
それくらい自力で見つけますから、などと言い返すのも億劫だ。
回復魔法で死ぬということは、ズタズタに刺されるより痛くもないだろうし、己がやってきたことよりもずっとマシだろうに、妙に怯えられる。得体の知れない殺され方だからだろう。わかっている。
とはいっても、回復魔法だけで殺すわけではないのだが。
この震えをもたらす感情を抑えることが、何よりも難しい。
もちろん、一応動けなくはない相手に近づくようなことはしない。まずは呪魔法バインド《縛り》からだ。
その前にやり方の最終確認をしておく。
「まずは…指からでしたよね」
*
剣士というのは、一体、どんなふうにして刃を振るうのだろうか。震えで狙いが定まりやしない。いつもいつも。おかげで余計、見るに堪えない状態になる。
殺人鬼も自分も頭がいかれている。
意味のわからない激情で頭の中が冷たくて熱くて冷静じゃない。殺人を終えたあと、腹の底の激情をこらえるのをやめると、今度は耐え難い吐き気に襲われる。
このことに、自分は多少はまともなのではないかと、安心感を覚えかけて、そしてその危険な安心感でまた吐き気を催す。
もうやめたらどうなんだ? と、ふっと言葉が過ることがある。
(やめる?)
冷たい炎が燃え上がる。あいつらを見つけてしまった時、放っておくというのか? 『仁』や誰かを待てと? まして僕が倒せる相手なのに見て見ぬふりをしろと?
絶対に出来なかった。それはセルヴァの生き方ではない。ユンとセルヴァは奴らを絶対に許さなかった。
「おい、大丈夫か?」
翌朝、フィオリエに心配されたら決まってこう言う。
「…二日酔い」
若いのに、とフィオリエに呆れられる。飲み過ぎるなよ、と。
*
「おい、大丈夫か? 二日酔いじゃないだろ? 飲み行く格好じゃなかったぞ」
セルヴァは、そこそこ嘘はうまかった。
「格好が変で悪かったね。二日酔いだよ」
大抵、返り血で服はダメになるから、いつも安い服か、もはやただの布を被って行くのだ。たまに、相手ややり方によっては報酬を受け取ることができるから、それほどお金には困らない。
見られていたなんて。油断した。フィオリエやエルミオのことは、巻き込まないようにしていたのに。
フィオリエは、やっぱり――そう、やっぱり、だ。心配してくれる。頼ってくれと、もう何度言われただろう。
だけど、これは僕の生き方で…――…と、言ったら、フィオリエは、何て言い返すんだろう。
(どうして、言ってしまいたくなるんだ。言わないって決めてるのに…)
「はあ…」
盛大にため息をついて、朝食前のテーブルに突っ伏した。
「おいおい。そろそろ二日酔いなんかしないように気をつけろよ」
「…うん」
嘘が下手になったな、とセルヴァは内心呟いた。
*
「二日酔いじゃないね」
エルミオはあっさり言い切った。フィオリエも頷く。
「魔法の特訓でも隠れてやってるんじゃないのか?」
うーん、とエルミオは曖昧に返事をする。違うかなあ、とフィオリエ。
「まあ、なんであっても、なんかやってるよな。ちょっくら追いかけて、差し入れでもしてやって、驚かせてやらないか?」
「…うーん。うん、追いかけてみようか。…装備、していったほうがいいかもね」
「…は?」
「いろんな可能性を考えるとね。なんていうか、フィオリエは、そのままでいてよ」
「は???」
*
おびき出されたのか、うっかりだったのか。どちらでも構わない。
昨夜、彼らは一度失敗している。仕留めそこねたのでセルヴァも失敗したといえる。昨日は、同じ宿に泊まっていたミユ族とエルフ族のハーフが狙われていた。なんとなくその気配を察して目をつけていたセルヴァが、それを阻んだ。
昨夜は1対1…いや、1対2。ミユ族とエルフ族のハーフはセルヴァの味方だったので、こちらはふたり――ミユ族の音使いは多少は戦えた。
しかしながら、逃げられた。追いつけなかったが、音使いの力も借りて、拠点を見つけることができた。
今夜は、セルヴァか、昨夜と同じ対象、あるいは全く別の相手に切り替えるだろうと考えていたが…その前にセルヴァは飛んで火に入ってやることにした。そして内側から火を消してやるのだ。
前情報で、相手が女3人だと分かっている。3人ならば、やりようがある。複数人相手なら狭い室内のほうがやりやすい。
セルヴァが純粋なエルフ族らしいと、昨夜、知れているだろう。おそらく返り討ちだけでなくセルヴァを”対象”として見てくる。エルフの若者は、どうやっても高額なのだから。
3人。一度に遭遇するとして、《盾》と《守護》の使用なしには、戦えないだろう。彼らはたしか人攫いだという話だった――…憎しみで頭が痛くなりそうだ。
だが冷静にならなければ。範囲魔法の使用も、必要になりうる。
《物理防御》と《魔法防御》をかけておく。設置型の魔法には注意しなければならないが、生活の中で通る場所に設置はしない。
セルヴァは彼らの拠点の、玄関扉をノックした。魔法は構えるとばれるので、短剣を握るに留める。厄介なのは、人攫い以外がいた場合だが…。
開いた扉。目が合って空気が凍った。昨日の奴だ。間違いなくこいつは人攫い。
考えるまでもなくセルヴァはほぼ反射的に短剣を突き出した。一瞬反応が遅れた相手の行動を待たずに唱える。
「 ファイアボール《炎の球》 」
短剣は、短剣としてだけでなく、《炎の球》のスペルストラップでもあるのだ。至近距離でファイアボールを喰らい、そいつは部屋の奥へ吹っ飛ぶ。派手な音と共にセルヴァは中へ一歩踏み込み、さっと見回した。一人目はとりあえず、動かない。もう死んだかもしれない。またあの激情が湧き上がってきて、セルヴァを歪に笑わせた。
部屋の隅のほうにもうひとりいた。どうにか気持ちを落ち着けながら、《風の刃》を見舞う。威力は低いが連続で数発。血が散る。相手は、魔法使いだったようで、ようやく唱える。セルヴァは予測する。
「 シュッツェ《守護》 」
「 バインド《縛り》 」
同時だ。やはり人攫い、呪魔法を使ってきた。だがそれを見越したセルヴァは呪魔法を防ぐ《守護》を唱えている。
そして接近した。接近戦はもちろん不得意だが、それはどうやら、相手も同じ様子だ。ならば踏み込んでやる。とりあえず戦闘不能にさえしてしまえば、油断さえしなければあとはどうとでもできる。
殺気を孕む刃を、恐怖と驚愕で見開いた目が捉えていた。嫌でも感じ取るのだろう、普段は向けられる側ではなく、向ける側なのだろうから。嫌でもわかるだろう、それによって、苦痛の中で死んでいくのだということが。
ところがその時、不思議な“音”がした。それは、声だった。ミユ族の、音の技。
「 あっ! 」
たったそれだけ。感情のこもった、その一音だけ。それだけなのに、どうしても注意を逸らされてしまう。
だがそれはセルヴァだけではない、音が届く全員に効果があるはずだ。対象を限定するには、セルヴァと相手の魔法使いは近すぎる――セルヴァは音使いと行動したこともあるから、知っていた。
遮音効果のある魔法を、早く使わなければまずい。
音には続きがあった。
「 止まってっ 」
「っ」
びくりとして、思わず足を止める。もちろん相手の魔法使いも身動き出来ないでいる。
まずい、と直感すると同時に、背後で詠唱を聞いた。
「 バインド《縛り》 」
《守護》の効果時間はせいぜい3秒。もう切れている。
体の内側からひっぱられて縛られるような異様な感覚。《縛り》の効果だ…だが《縛り》は成功率も継続時間も、抵抗によって削られていく。
全力で抗う。やり方は心得ている。魔法使いに対して呪魔法は著しく効果が短くなるものだ。
あまり相手の力も強くなかったらしい、数秒で《縛り》を破る。その間に魔法使いには逃げられた。セルヴァの背後からの増援と合流している。
振り返る前にセルヴァは気力を振り絞って唱える。
「 シールド《盾》 」
「 ポイゾブレス《毒の息》 」
魔法使いの唱えた予想外の魔法にセルヴァは驚く。《盾》でも《守護》でも防ぐことができない、数少ない魔法だが…。
(この室内で《毒の息》…!? 全員死ぬぞ…!?)
増援で来た女が被せるように何か唱えていた。知らない古代語が混じる。一部聞き取れたが、どうやら風の魔法だ。
理解した。
理解することと防げることは違う。
毒の息を孕んだ風は渦巻きセルヴァを包み込む。
息を止めて、そのまま、風の魔法で対抗して返り討ちにすればいい――まだセルヴァは冷静でいられた。相手が人攫いだと、逆境にあるほうが、冷静でいられる。
振り返って、魔法越しに相手と対峙する。風の魔法を準備する。風の魔法ならば、セルヴァも詠唱破棄で扱えるものが多かった。
「 あっ 」
また、あの”音”だ。
セルヴァは、あまり聴いていなかった――聴く前に気がついてしまった。
その”音”を発したのは、ミユ族とエルフ族のハーフ。昨夜助けた相手。怯えた表情でそこにいた。
間諜、ではない様子だ。となると…。
(なんだ、結局、捕まっちゃってたのか…)
不思議と怒りはなかった。ただ、呆れた。そしてなぜか体が震えた。
(その様子だと、僕を捕まえることを手伝えば解放されるとでも言われたのかな。そんな甘い奴らだと思ったのか…いい人なんだろうな)
目眩がした。
ようやく集中して、セルヴァは風で毒を飛散させる。直後に、《毒の息》の継続時間は終わった。
呼吸が浅くて早いことを自覚した。世界が回って、倒れそうになり、ぶつかるように壁にすがって、ずり落ちる。
体の芯からくる震えが、いつものような腹の底からくる激情のためではなく、恐怖しているためだと、やけに冷静に考えた――さっきまでの、相手と、同じだ。全ての、対峙した人攫いたちと。激情は今、呆れによって鎮まってしまった。
笑わずにいられなかった。苦しげな息の下で、投げやりに言ってやる。
「っは…隙を、みて、逃げなよ…意味、なくなる…」
誰かが近づいてきている。言葉を届かせるのも、もう一言ぐらいしか出来ないだろう。
「君が、それで、いきてける、なら…」
僕ならば生きていけない――セルヴァは思った。だから今こんなことになっている。人攫いを見て、攫われる人を見て、放っておくことなんて出来ない。そんな風に生きていくことはできない。放っておいてしまえば、それは永遠に心に深く刺さったままになる。
だけど、そうしてでも生きていたいというなら、早く逃げてもらわなければ、全てが水の泡だ。せっかく僕を上手にはめたのだから。
セルヴァはまた笑った。理由は自分でも分からなかった。エルミオとフィオリエのことがふと思い浮かんだ。申し訳なさが込み上げた。だけどこれが僕の生き方だから、と、思い浮かんだ二人に言う。
フィオリエは、やっぱり怒っていた。そうだろうと思った。
おい、しっかりしろ、と何度も何度もセルヴァを呼ぶ。
パチンッ!
音と比べれば鈍い感覚だったが、たしかに頬を叩かれた。
瞬きをすると、ぼやっとした世界の中にフィオリエらしき人がいる。
「しっかりしろ!」
どういうことだろう。頭が回らない…。幻覚じゃないなら、本物で、ということは、後をつけてきたのだろうか?
フィオリエの隣に跪いたエルミオが、何か言っている。微かにマナが動いた。ああ、キュア《解毒》だ。レベルが低いものしか、エルミオは使えないはず。それでも少しマシになった。さっきよりは焦点が合って、やはりそこにいるのがふたりだと分かった。
「バカ野郎、また無茶苦茶しやがって」
今にも泣き出しそうな怒った顔のフィオリエが、掠れ気味の声で言った。泣かないでよフィオリエ、と、それは声にならない。
情けないことにまた体が震えた。わけのわからない涙も溢れてくる。
”やっと”、バレてしまった。なんて情けないんだ。
「無茶苦茶だぞ。お前、行かざるを得ないとしても、ひとりで行くなよ。どうすんだよ、また死ぬところだったんだぞ」
セルヴァは小さく首を横に振った。喉が引きつれて言葉が途切れる。
「どうすれば、よかった、の…僕、が勝手に、して、っことなのに…」
「言えよ。相談してくれ。頼むから」
「…」
だけど、と思う。惨殺した、あの光景が脳裏をよぎる。フィオリエは、あれを許さないだろう。
「僕はこいつら、と同じだ。狂ってる。おかしい…。フィオリエ。ごめんな、さい。心配されるような奴じゃない…っ僕、もう、たくさん、殺した…」
最後は声にならなかった。フィオリエは何も言わなかった。やっぱりフィオリエでも、掛ける言葉がないんだ。駄目だ、とセルヴァは少し冷静になった。
「…僕じゃ、だめだったんだ…フィオと、エルミオと、一緒に、いるのは…」
ぐっ、と、フィオリエがセルヴァの頭を半ば掴むようにして、そしてわしゃわしゃと撫でた。
「それは違う」
フィオリエは、続けて、言った。
「ごめん」
何を謝られたのか分からず、聞き間違いかとすら思った。セルヴァはきょとんとする。
フィオリエは大真面目に続けた。
「全然気が付いてなかった。お前、うまくやるんだもんな。ごめん。止めてやれなくって」
「え…」
呆然とした。改めて涙がこぼれた。――止めてやれなくてごめん、って。そんなの何もフィオリエのせいじゃないのに。気づいたら、止めてくれていたのか。
その大真面目な顔のまま、だけど、とフィオリエ。
「セルヴァも、言ってくれよ、ほんと…察するのだって難しいんだからな!?」
だって察せられないようにやってたんだから…とは、言えなかった。頷く。
「今後、俺は、お前を止める。いいな、だけど、言うんだぞ。そしたらしっかり、捕縛をして、引渡しが出来るだろ。そのほうが報酬ももらえて一石二鳥だろ。とにかく、ひとりで無茶苦茶するのは、やめろよ。頼むから。本当に。やっても俺がもう絶対止めるからな」
止めてくれるそうだ。フィオリエが。
許せない人攫いたちと対峙したとき、限度をフィオリエが示してくれる。最大限のことをやらざるを得なかったセルヴァを、震えながら刃を突き立てる頭のおかしいセルヴァを、止めてくれる。
絶対に止めてくれる。試みるだけ無駄。
セルヴァは頷いた。
もちろんこれまでの事実は変わらない。憎しみの対象であっても、あの行為は、激情と共にとんでもない罪悪感と恐怖をもたらす。そうだ、罪悪感と恐怖が、あったのだ。それをこれから増やさないだけ。無くなりはしない。
泣いたせいかまたくらくらする。
少し遠い世界で、エルミオの声がした。
「俺の《解毒》だけじゃ力不足だ。治療師のところへ行こう」
そうだお前も、とフィオリエ。
「俺より早く気づいてたんじゃないのか?」
「いや?」
あっさりした返事。フィオリエも、問答している場合ではないと思ったのか、少し言い返すに留める。
「なんか察したらエルミオも言ってくれよ」
「そうするよ。行こう」
「ほら、セルヴァ…おい、しっかりしろよ。背中乗れ」
朦朧としながらも、セルヴァは腕を伸ばす。軽くひっぱられて…それから覚えていない。
止めてくれる――ひどく安堵した。
それから、いつか『仁』でユンに言われた言葉が蘇った――『仁』に入らないほうがいい。セルヴァにはキツいだろ。
止めてもらわなくて済むようになる日は、まだ遠い。
fin.
*あとがき*
おそらくセルヴァ17~18歳。フィオリエは実年齢…歳(人間の親子程度の年齢差。若いお父さんな年齢)、でした。
ここから、私自身が一部スッキリ出来なかったのであとがきと、推測補足です。
セルヴァは自分でも罰せられるべき程度のことは思っているはずですが、社会はセルヴァを裁かないのかというと、多分、セルヴァどころじゃなくて裁かない(『西』はわりかし荒れてる)。むしろ相手が人攫いだったから「制裁対象かもしれないが…でも厄介な人攫いが消えたから黙認」みたいな感じになってる気がします。ダメだなー。治安やべー。
では、セルヴァのほうから申し出ないのかというと、…。どうだったのかな(おい)。
フィオリエは漠然と、セルヴァの生い立ちちょろっと知ってるから、申し出るのが本当だろうけど、申し出ないでほしいけど…って思ってる。っていうかセルヴァより先に捕まえないといけないやつがいっぱいいるだろ、って若干ブレた理論と自覚しながらも思う。
エルミオが止めますな。「駄目。セルヴァは俺の同盟の幹部になるんだよ」っていうのから始まり、「社会に従うことも大切だけど、少し柔軟でもいいと思う」っていう自己中心的ことを珍しく言って。破綻してんな、とフィオリエにすらふわっと思われるけど最後に、
「それに、危ないよ。エルフ族の若者が、どこかに身を委ねるのは。セルヴァがもう二度と世界を信じられなくなる危険を避けるほうが、俺にとっては大事なことだ。行くな」翻訳:昔の知り合いが行政のほうにいて、そいつと何人かヤバイのいるの知ってる。セルヴァが運悪くそいつらに当たったら、********(自重)。
ふむ…激しく後付けだから私が一番納得いってなかったんですが(!?)、エルミオ理論でようやく一応納得。
逆に、罰を受けないことはとてもストレスフルかもしれませんね…精算できないんだから…どうやったって精算はできないことしてるけど、それにしたって全く精算できない(今後回復術士としてたくさん助けるけど、それはそれ、これはこれ。感情は変わるけど精算というわけではない はず)。