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楽士と旅の少年

     『。

      。@1年頃

 

 

 

 真っ白い砂は海のようだ。さらさらと流るる、あるいは風に舞う。日差しの強い薄い空色との境界、旅人はフードの下、紫のくっきりした瞳で、砂と風の乾いた世界の果てを見つめた。

 『東』の『星の砂漠』。一番日差しの強い時間に差し掛かる数刻前に、白い砂の波の頂点から街が見えた。あれからラクダに跨って一刻。

 小さな金属音とともに指の先に輪をかける。そこからぶら下がった輪の中、中心には矢印のようなものがあり、すい、と何かに引かれるようにわずかに向きを正した。それは先ほど見た街とは違う、最終目的地である『フェスタ』を差している。

 旅人は矢印を頼りにラクダの頭の向きをわずかに修正し、白い砂の海を進む。なだらかで大きな波をひとつ登ると、頂から大きな街が姿を現した。『北』から『東』、そして『星の砂漠』を越えたとき、誰もが訪れる街、『アステル』。ここを経由して、フェスタへ向かうのだ。

 ティラの胸は高鳴った。まだアステルにも着いていないのに、フェスタの海の香りがふと蘇った気がした。

 

 ***

 

 白い髪、赤い瞳。

 無垢の世界、すべてがはじまりの一歩。

 

 これは、あの海と祭りの街で出会った少年の思い出。

 

 ***

 

 フェスタ。”祭り”の名を持つ街は、普段は小人族の一種であるリトルフェアリー族が住まう。人口の割に規模の大きな街が本来の姿を取り戻すのは、6年に一度だけだ。その年があと一年先に迫った今、フェスタは活気づいてきていた。リトルフェアリー族よりも、国外から来た他の種族のほうが多い。

 街を歩けば、巨人族が資材を運び、四本腕のラーク族が試奏する音が聞こえ、広場ではディル族とフェアリー族が魔法の花火を試し打ちしている。ドワーフ族が扉を開けたときにちらりと見えた、屋内の芸術品に目を奪われ、水かきのある手の人は変身術を使ったマー族だろうかと考える。あるいはマー族の真似事か。

 数年ぶりに訪れた街。建物はほとんどが灰色の石を積み上げた壁だが、屋根は個性的なものが多い。とんがり帽子、滑り台、ドーム状、ほら貝、三角、たまに角の生えたような屋根も見かける。色も、濃さも、まちまち。こだわりの着色のため、同じ種類の色でも微妙に表情が異なる。賑やかだ。楽しんで作ったのだろうなあ、と、リトルフェアリー族のお茶目な性格を思い、ティラは、ふふ、と笑った。

 灰色の石が敷きつめられた道を迷いなく歩いていく。目指す先には、大きな赤い風船が、青い空高くにぽっかりと浮かんでいた。

 

 *

 

 入口は6つ。巨大なドーナツ状の建造物は、中心の空洞に当たる場所にドームのような建物を抱いていた。そのドームのてっぺんから、赤い風船をつなぐロープが伸びている。

 人が行き交い賑わう中、ティラは入口のひとつから建物の中へ進んだ。日差しが遮られ、一時の間少し暗く感じられる。奥には、中央のドームの建物に続くであろう出口と、そこ以外には張り紙がいっぱいの掲示板や、なんだか物が溢れた箱や、机では足りなかったのか箱を積み上げてできた受付がある。今は受付が始まってから時間が経っているから、箱の受付は使われていないようだ。

 受付には、蝶のような羽をもった小人のリトルフェアリー族と、華やかな服装で長い金髪を綺麗に結ったミユ族、それに、変わった帽子を被った恐らくドマール族がいた。

 ティラはリトルフェアリー族の女性に歩み寄る。ドワーフ族から何かを受け取ったリトルフェアリーは、それをドマールの女性に報告しながら受付の後ろの箱に片付けた。水色と檸檬色の綺麗な蝶の羽をパタパタと、忙しそうに再び受付に立つ。ヒューマン族なら7歳くらいの身長だろうか。リトルフェアリー族は成人でこのくらいだ。

「ようこそ旅のお方~…?」

「お忙しいところごめんなさい、シーラ。シーラ=アルレ」

「歌う万能人! ティラさぁん! お久しぶりですぅ!」

 シーラは明るい水色の目をまん丸にして、文字通り少し飛び上がってはずんだ。

 歌う万能人? そう認識されていたのか、とティラはちらりと思う。

「お久しぶりです。今年は運営側なんですね?」

「そうですよぉ! ついに運営者です! ふふふ。今回も参加されますよねっ。これから下見です?」

「ええ。とりあえず、ラミュアのグループを考えているのですが、他にシーラが特に面白いと思った班、あります?」

『シーラ、ドワーフのところが面白いよ!』

 シーラとティラの間にふわりと光が割り込んで、さらにシーラの背後から紙が一枚飛んできた。

「まあ、ええと、レームさん?」

 ティラは光に向かって話しかけた。15センチくらいのそれは、フェアリーだった。光の中に、蜉蝣のそれと似た薄い羽をもつ人がいた。檸檬色のくるくるした髪が顔の両端で軽やかに揺れる。ホワイト、イエロー、グリーンの、ファンシーな草花モチーフの服もやはりレモンを連想させた。

『お久しぶり、ペレグリンメレ』

「お久しぶりです。ペレ、グリン、とは?」

 見当もつかなかったティラは問い返す。多分、このフェアリーもまた、独自の呼び名をティラに付けたのだろう。メレは歌を意味する古代語のひとつだ。

『放浪する歌、だよ、ペレグリンメレ《放浪する歌》。ぴったりじゃない?』

 ペレグリン、メレ。ティラは口の中で繰り返して微笑んだ。シーラには悪いが、歌う万能人よりずっと良い響きだ。

『ところでほら、これオススメグループなの。シーラも好きでしょ?』

「え~と、これはどれだったっけ…」

 これまでに大量の申込を受けたのだろう、シーラは用紙を見直す。ティラも一緒に覗き込んだ。しびれを切らしたレームが説明を始めた。

『今年の石細工の中ではここが一番だよ! 当日は魔法との合わせ技になるはずだから、ペレグリンメレの魔法の技術と想像力がこのグループにはかっちり合うの。それにこのドワーフたち、魔法嫌いじゃないから安心だよ。彼らは一流の、ビジュ アルティザン!』

 ティラはビジュ《宝石》だけ理解して、なんとなくそんな意味なのだろうと受け取る。

「アルティザン《扱う者》?」

 ティラは自分なりに意味を込めて問い返す。

『んっ? なんて言った?』

 フェアリーは聞き返す。フェアリーなど、もともと古代語だけを使っていた種族は、古代語の“意味”を聴き取るのだという。どうやらアルティザンとは、扱う者、ではなかったらしく、フェアリーを困惑させた。

 意味と言葉が乖離していたら、フェアリーにはどんなふうに聴こえているのだろう…興味深い、と思いつつ、ティラは改めて言葉を発した。

「アルティザン《職人》?」

『うん、そう。彼ら、場所どこだっけ、シーラ』

「ヴェストですね~。ティラさん、もしかしてここに来る途中で通りませんでした?」

 アルティザンは職人という意味か、とティラは記憶に刻みこんでから、シーラの問いの答えを探した。ティラはドワーフの仮工房、祭りの準備のために割り当てられた場所を通ったことを思い出す。目を奪われたあの場所。

「通ったかもしれません。改めて伺ってみましょう。ヴェストの、どのあたりですか?」

「ええと、ホワイトライン《白線》の道沿いと、そこからノルテに向かってちょっと歩いたところの広場が作業場になってます。あと、ラミュアたちは…ねぇレーム、ラミュアたちのは?」

『はいは~い』

 ガサー、と、少し乱暴で不吉な音とともに、もう一枚紙が飛んできた。

「あ~っ!」

 シーラが振り帰って叫ぶ。箱に入っていた紙が舞い上がってハラハラと落ちていく。

『ああ~、後で直すから放っといてシーラ。ごめん』

 レームは少し申し訳なさそうにしながらも、話を進める。

『ラミュアたちは…あらら~、エストだね。海沿い。マー族と組んでるから仕方ない』

 マー族。海の中で生きる、半魚人。組んだことがない。ティラの胸は高鳴る。

「マー族と? 今年はマー族とラミュアが組んでるグループがあるんですね?」

「そうですそうですぅ。今年はそうなんですぅ。だからドワーフのグループとは反対方向になっちゃうんで、エストで一泊、ヴェストで一泊、日をまたいだ方がいいかもですよ~」

 シーラの提案にティラは頷いた。フェスタの街は広大だ。エスト《東》、それも海沿いと、ヴェスト《西》。テレポートのための《転移先》は事故予防のため一般向けには設置されていないし、今日はもう午後だ。日を跨いだほうがいい。

「そうですねえ、そうします。先にエストへ向かいましょう」

 もし断るとしても、断りやすいとわかっているし、とティラは考えた。ドワーフは多分、ラミュアたちよりお堅い。

「ありがとう、仕事の手を止めさせてごめんなさいね」

「いえいえ、受付自体は大体済んでますからね~。その他が色々ですぅ」

「運営、応援しています。一年間と少し、またよろしくお願いしますね」

「大歓迎ですっ! 素敵なパレード、お願いしますよぉ~」

 リトルフェアリーは蝶の羽をぱたぱたと羽ばたいた。

 

 *

 

 ラミュアもフェアリーと同じく、古代語の意味を聴き取る種族だ。ヒトよりも精霊に近く、ヒトと動物の間のような種族。

 マー族が半魚人なら、ラミュアは半蛇人…いや、半人蛇、だろうか。彼女たちの鱗はとても美しいとティラは思う。脱皮後のものも薄く色づいていて、実際に装飾品として重宝されている。

 

 エスト地域でひとまず宿をとったティラは、『星の砂漠』から身につけてきたマントを脱いだ。

 ひらり、と、薄い白の裾がなびく。飾り紐の装飾たちが、微かにしゃらりと音を立てる。

 今ティラが身につけている飾り紐にも、ラミュアの鱗が使われていた。透き通った紫をベースに、光の加減で夕日の橙や鮮やかな緑を宿す鱗。鱗を美しく際立たせるためにあしらわれた黒いつやつやした石。その飾り紐で留めて腰に細く巻いた薄い布は、藍。あえて斑になっていてグラデーションのように見える。鱗はまるで、ゆらめく波のはるか下、深海を輝かせる神秘的な宝石のようだ。

 自称詩人だけあって、どこかミユ族を連想させる、布をゆったりと使った服。裾や首元といった布の淵では、よりきめ細かい白い糸の刺繍がちらりと光る。その薄く長い白いローブの下には、深い青のワンピース。不規則な長さのスカートの裾は、膝のわずか上、あるいはふくらはぎあたりで揺れている。そのさらに下は、ブーツ。

「場違いね」

 旅のために履いてきたブーツを見下ろして、ティラはぼやいた。

 あとは、装備としての、銀の細いサークレット、ブレスレット、イヤリング。

「これはともかく…」

 ティラとしては、この海の街で旅用ブーツはありえない。ラミュアたちに会う前に、買い物が必要だった。

 

 *

 

 海なのだから。

 旅用ブーツなわけがない。海の街を歩くのだから、サンダルだ。アクセサリーに揃えて銀か、無難に茶系でもいい。ポイントに強めの色を入れたいが…これからラミュアを訪ねることを考えると、ラミュアの鱗と相乗効果を生む色。

 

 エストの、商店の密集した地域を歩いた。

 六年に一度の祭りを来年に控えた今、大通りには店舗を借りた多種族がそれぞれ店を開いていた。普段はリトルフェアリーが住まうだけのフェスタの街。この商店街は、祭りの前にだけ息を吹き返したかのように活気づくのだ。今はまさにその時期。リトルフェアリーだけではとても支えられない大規模な祭りの準備期間。生活をするための活動も必要になる。ゆえに、それぞれの種族、それぞれの出身地の特徴が出たものが、同じ商店街に並ぶことになる。

 目を留めたのは、銀の紐を結って履く…というより、身に付ける、飾りの役割が強いサンダルブーツ。あしらわれた石は、黒オパールだろうか。

 その店は、靴だけではなく、装飾品や糸、布、服、を扱っていた。明るく、かつ上品な色合いの店の中には、ティラの予想通りの種族。ミユ族と、ドワーフ族だ。

 ティラに気がついたミユ族の女性が、ところどころに羽飾りをあしらったリボンを編み込んだ美しい金髪をなびかせてやってきて、鈴の音のような声でティラに語りかけた。

「月と夜闇のようにお似合いなことは明らかですけれど、試しに履いてみてはいかが?」

 ああ、素敵な声。ティラは微笑んだ。音の使い手であるミユ族は、自らの声を響かせたり、より魅力的に聴かせたりすることができるという。だが、そんな不思議な音の技を使わなくても、普段から美しい。常に技を使っているかのようだ。しかし、技と呼ぶには”そうしよう”という意思が欠けている。その意思がなくとも充分、人の心に影響するとティラは思う。

 いくら魔法ができても、ミユ族やラーク族のこの素晴らしい一点を、ティラが得ることはできない。だからティラは、それを得る努力を重ね、自らを詩人と称し、歌い、弾き、音楽家に混ざってその技を学ぶのだ。どこまでも、いつまでも。その立ち振る舞いまでも。音楽を軸に人と繋がることまでも。

「ありがとう。そうさせて頂くわ」

 

 即購入したそのサンダルブーツに履き替えて、旅用ブーツは宿に置いて、ティラは再出発した。

 ラミュア族とマー族のいるところへ、まっすぐ…と思っていたのだが、不思議なもの、というか人を、見つけてしまった。

 一見すると普通の少年だった。

 珍しそうに、楽しそうに、街をうろうろ、ふらふらと歩く。目を輝かせて、時に立ち止まる。この海の街の出身ではないだろう。隣町から見物に来たような格好だ。

 少年は、白い髪に、赤い目をしていた。

(なんて言ったかしら…色素の薄いという、アルビノ? それにしても、極端なような…)

 耳の形は丸いから、エルフやミユではない。瞳は、赤だから多少目立つものの、ディルやドマールのようなくっきりしたものではない。腕は2本だからラークでもない。背は低くない…小人だとすれば、高すぎる。だいたい、白い髪なんていうのは、70年くらい生きたヒューマンか、ミユ、永く生きているエルフ、ダークエルフ、あとは、リトルフェアリーか、ゴブリンもありえただろうか…。

(クォーターだとしても…こうなるものかしら? それとも変身術? それにしては魔法使いらしくないけれど…人は見た目にもよらず、魔力にもよらず??)

 ティラの経験上、見た目はあてにならなくても、魔力はあてになる。意図して魔力を上手に隠しているならば別だが、今この街でそんなことする必要はない。

 ふと、別の可能性が頭に浮かんだ。

(極端だけれどやっぱり、赤い目はアルビノのため? それとも、人ではないものとの契約? 悪魔というわけではなさそう…精霊? それとも、母の樹の種族の新種? あるいは、私が見たことのない…天使族? ああ、伝説のリリエンタール《星人》だったら、夢のようで素敵だけれど…それにしても、誰かに、似ているような…)

 本人に訊くのが一番早そうだ。しかし、種族を訊ねられることに嫌悪感までもつ人もいるから、見極めてからでなければいけない。

 ティラは少年に歩み寄った。声を掛ける前に少年のほうが気がつき、目を輝かせた。

「きれ~!」

 ふとティラは笑って、飾り紐のラミュアの鱗を指し示した。

「これですか?」

「それも!」

「ラミュアから頂いた鱗ですよ。私も気に入っています」

「ラミュア?」

「ええ。母の樹から生まれる種族の。蛇の特徴をもっている人々ですよ」

「へえ~!」

 この少年はフェスタやアステル付近の生まれじゃないのかもしれない、とティラは推察した。ここ『東』は、異種族と交流する機会が多い。友好的で、ネガティブな意味で種族を気にする人は稀だ。ラミュアやフェアリーといった母の樹の種族がこんなに人と近いのも、『東』だけと言っても過言ではない。

 どうやらラミュアをよく知らない様子の少年は、どこか遠くから来たようだ。

「どこからいらしたんですか?」

「俺? あっちの道から」

 少年は指さした。ティラは少し困った。

「そうでしたか。私は、『北』のほうから参りました。ティラ、と呼んでください。出身は『南』なんですが、旅をしているんです。あなたは?」

「俺は、えーっと、…」

 少年が考え込むと、微かにマナの気配が動いた。ティラは周囲を見回すかのように感覚を研ぎ澄ませたが、その一瞬だけで気配はまた大気中のマナに馴染む。

「あっ、ラック。ラックって、俺の名前!」

「ラックさん」

「うん! ラックって呼んで」

「…ラックさんには、固有精霊がおられるのですか?」

「ん? それってなんだ? どんなもの?」

 違ったのかな、と、ティラは先ほどのマナの動きを思い返す。

 ティラには固有精霊がいる。エルフ族は精霊と共にうまれ、精霊とともに生きていく。ディル族も、多くはないが、精霊とともに生まれたり、精霊に好かれたりして、精霊と共に生きていく人がいた。ティラもその一人だ。共に生まれたのか、あとで出会ったのか、覚えていない。エルフ族のように精霊と会話をすることは難しいが、なんとなく察しあって力を貸してもらうことができる。

 ラックにもそのような精霊、つまり固有精霊がいて、手助けしてくれているのかと思ったのだが…。固有精霊、という呼び方が違うのだろうかと考えたティラは言い直す。

「精霊で、ご友人やご兄弟のような方がいらっしゃいますか?」

「え~、う~ん、…多分いる…?」

 すると、またちらりとマナが動いた。ラックは目をぱちくりした。

「あ、うん、友達だった。なんかずーっと案内してくれてるひとがいる。そのひとのこと?」

 多分、とティラは心の中だけで付け加えながら頷いた。

「そうですね。…ラックさんは、親戚にエルフ族の方がいらっしゃるんでしょうか? あるいは、ディル族?」

「しんせき?」

「ご両親は、ハーフやクォーターの方?」

 今度はラックが困った顔になった。申し訳なくなってきたティラは言い添える。

「すみません。答えにくいことでしたら、結構ですよ。ただ個人的に、不思議だなと思っただけですから」

「そっか、よくわかんないけど、いっか。ティラはこれからどこ行くの? すげーキラキラしてるから、どっか楽しいとこ行くの?」

 あっさり気持ちを切り替えて、少年はまた目を輝かせた。

「友人に会いに行くんですよ。来年の祭りに向けて、パレードのグループもそろそろ決めないといけませんから、それも兼ねて」

「へえー! 来年、お祭りがあるの?」

「え? ええ」

 てっきり祭り目当てで来たと思っていたティラは、面食らった。この時期にフェスタの街に来るのは、祭りの参加者か、見物人か、他地域の珍しい物品目当ての商人か、そんなところだ。いずれにしろ、祭りのことを知らない者はいない、はずなのだ。

(…旅精霊、だったりして。…それか…誰かの、召喚物? …いえ、あるとすれば創造物?)

 だとすれば、この世界自体が初めてという可能性もある。

 新たな地を歩く、壮大で、自らの小ささを感じ、収まりきらない興奮を覚える、あのどうしようもなく溢れ出る気持ちが、ティラの中で目覚めた。

 相手が何者であるかは、場合によるが、ティラにとって重要ではない。

 この少年が、初めてここを歩くのだということが重要だった。その目は何を捉えるのか。何を感じるのか。ティラにはもう見えないものを見つけるのだろう。

 少年に負けず劣らず目を輝かせて、ティラはたずねた。

「一緒に行きますか?」

 少年は、きらきらした瞳を丸くして、すぐ先に待つ予感に満面の笑みで頷いた。

「うん、行く!」

 

 *

 

 ゆっくりと歩いた。よく立ち止まった。ふとすれば少年は興味の向くものに釘付けになる。目を離せばはぐれそうだ。

 ティラはそれを億劫と感じない。その目が何を見て、何を感じているのか、ひたすらに興味深かった。自分の知らない世界の素敵なことを見つけているのだ。しかしそれは言語化できるものばかりではないはずだ。ティラが感じたことはティラにしか分からない。少年のことは少年にしか分からない。

 少年の視線を追って、表情を見て、そして適度に、彼が見つけたものについて話す。

 そうして歩み、夕方になる少し前にようやく目的地へやってきた。

 建物は減り、やがて街の道は森の中へつづく。街中に比べれば格段に冷涼な森の中に、ラミュアたちの拠点がある。さらに数十分も歩かず、この道は砂浜へ、そして海へと続いている。

「森の中に家があるの?」

 家、とティラは反芻した。家というより、寝床、というべきだろうが…細かいことよりも伝わりやすさを重視する。

「ええ、ラミュアたちは暑いところも寒いところも苦手で、これくらいの森の中に住んでいるんですよ。でも今は、海のほうへ抜けます」

 静かな木々の合間。一歩一歩、高まる何かの予感に、ティラとラックは会話もなく、道の先を見つめて足を進める。潮の香り。やがて夕日の橙色の光が木々の間から差し、地面は土から砂に変化する。道が途切れ、直後に、視界が開けた。

 

 さあ、と優しい波の音。沈みゆく太陽に向かって帰るように風たちは水面を走っていく。その足跡かきらきらと光る。空は既に紺色の幕を降ろし始めていた。長い影が砂浜にふたつ。ティラとラックはじっとその世界に佇んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽士と旅の少年」fin.

 

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